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三章

エピローグ

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 時は少し遡る。
 ジノアはガランを見張るべく魔術学園に来ていた。
 ガランの側近騎士のホウエルが、ガランの様子がおかしいと言ってきたためだ。
 何かよからぬ事を行うのではないかと。
 実際には着いた頃にはもう遅く、アルバートとグレシアの決闘が成立してしまったところだった。
 ならばせめて決闘を始めてから不正を行わないようにと、証拠を撮るためにカメラを護衛の一人に持ってくるよう頼み、ジノアはガランの監視を続けた。

「ガラン様・・・やっぱりおかしいぜ」

「え?おかしい要素ある?」

「あぁ、攻撃をしようにも隙がないぜ。ガラン様は聡明な方だがよ、戦闘面に関しては大したことないんだよ」

「へぇ、意外だね。ボク達兄弟は、他の国の王族と違って全員同じ血縁だから、大差ないと思ってたよ」
 
 ジノアの戦闘能力は、一般人から見ればかなり高い。
 不出来な騎士とはいえ、ニコラの意識を一瞬で刈り取ったことからも、高さがそれなりだと言うことは明白だった。
 ホウエルはジノアの戦闘能力は、アルバートやガランに比べるとかなり高い部類に入るので嫌味かと言いたくなるが、それを言葉にしない。
 ジノアの周りが化け物揃いだからだ。
 決闘が始まって浅い時間ではあるが、三人が落とされた。
 ガーデル、パルバディ、リアスの三名だった。
 ガーデルとパルバディは素人目でもわかるくらい酷いものだったが、それでもリアスが剣を無造作に投げてパルバディが落ちたことは、騎士のホウエルにとっては信じられないものだった。
 リアスの実力はガランが警戒していて、ある程度ガランから聞いていたホウエルだったが、実際に聞いた話と、見たとでは全然違う。
 そこからさらに衝撃は続く。
 グランベルがガーデルを倒したのだ。

「何故グランベルの坊ちゃんが、ガーデル様を落とすことになるんだ!?」

「ホウエル?こっちを少しは気にして?」

「す、すまねぇ」

 ジノアがジト目を向けたにも関わらず、ホウエルは決闘の方に目を奪われている。
 気づけばかなり警戒されていたはずのリアスも、到底予測できない壁抜きと言う攻撃によってだ。

「聖女!そりゃ反則だぜ!」

 更に言えば、その壁抜きに少なからず焦りを見せて反応しているリアスもまた、彼には信じられなかった。
 自身が同じ立場にいたら間違いなく、反応できていなかっただろうとわかっているからだ。

「もー!君は僕の護衛として、ついてきてもらってるんだよ!?わかってる!?」

 流石にジノアにそこまで言われたら、ホウエルも姿勢を正してガランの方を向いた。
 その形相はあまりにも酷く、魔物オーガの進化種、鬼を連想させるものだった。
 
「ジノア様!」

「しっ!」

 その表情はジノアの知る限り見たことのないものだった。
 まるで、ガランの顔をした別の誰か。
 少なくともジノアはそう感じて様子を見ていた。

「くっ、聖女リリィめ。勝手な行動をしおって」

「え?」

「ホウエル、何を思っても声に出さないでね」

 万が一、ガランに聞かれたら困るどころの話じゃなく、誰が見てもガランの様子は話し方からおかしかった。
 しばらく様子見をしていると、先ほどカメラを持ってくるように頼んだ人物がこちらに来た。

「ジノア様、これを」

「ありかどう」

 ジノアは席につき、ガランから見えない角度でビデオカメラを設置した。
 そして撮影し始めた瞬間に信じられないものを目にする。
 そこに写っていたのは------

「セバ・・ス?」

 ジノアが一瞬だけ呆けてしまった。
 その一瞬でガランもといセバスは、こちらの様子に気づく。
 セバスはすぐにジノアの元へと歩き始めた。

「ジノア~、いやジノア様。見られてしまいましたか」

「どうしてセバスが・・ガランの姿をしてるの・・かな?」

 それを聞いてもセバスは悪びれることなく、理由も説明せず、ただガランの姿で立ちすくんでいた。

「ねぇ、聞いて------」

 次の瞬間、セバスを手を伸ばしカメラを壊してしまった。
 証拠品になりうるカメラを真っ先に。
 これでなんらかの理由があって、あえてセバスがガランになっていると言う、限りなく低い線が完全に消えた。
 ジノアはセバスを敵だと判断する。

「全く、計画が台無しですよ。貴方と言い、リリィと言い、どうして若者は言う事を聞いてくれないのですかね?」

「セバス、僕を裏切ってたんだね。信じてたのに!」

「ふふっ、信じていた、ですか。笑わせてくれますね。貴方を貶め、皇族としての価値を奪った張本人だというのに」

 セバスのその言葉にジノアは自身の行動を思い返す。
 ジノアな自身の過去、廃嫡されるまでにおいて、セバスが近くにいながらも事件は数々起きていた。
 その全てがセバスが原因はないだろうが、ジノアが廃嫡になるきっかけが起きたあの事件。
 貴族令嬢連続強姦事件や、シャルネ公爵家での不貞。
 その二つには必ずセバスと言う証人が、タイミングよく欠落していると言うこと。
 そもそもシャルネ公爵家で、セバスに気づかれずに、彼ごとジノアを眠らせる人物は居たのだろうかと考える。
 結論はいないだった。
 ジノアならまだしも、優秀なセバスを簡単に眠らせる人間はそうそういるはずがないのだ。

「あぁ、先に一つ答え合わせをして起きましょう。私は幻惑魔法を使うことが出来る。貴方に化けて令嬢達を次々と食い物にしたのは、この私ですよ。ハハハッ!」

「セバス・・・なんてことを!僕はまだ再起できる状況だったからまだしも、彼女たちにはその事実が残るんだぞ!若者の人生をなんだと思ってるんだ!」

「ふふっ、所詮貴族令嬢の人生なんて、ろくな者じゃありません。寧ろ感謝して欲しいですね」

「君はどこまで・・・お前は!セバスっ!!」

 これほどの人格が歪んでいると言うのに、今の今まで何故気づかなかったのか。
 そもそも何故疑わなかったのか。
 ジノアは、時として身内すら疑いをかける人間だと言うのに。
 いやジノアだけじゃない。
 何故、セバスほどの人物を誰も疑って来なかったのか。
 これは異常だ。

「どうですか?思い返してみたら、私を何故今まで疑わなかったのかと思ってるのじゃないのですか?」

「あぁ、そうだね!僕だけじゃない、どうして誰も彼もがお前のことを疑わなかったのか、不思議でならないよ!」

「そうでしょうね。いくらガラン様が優秀な人物だったとは言っても、所詮は子供のやることです。とかつて恐れられた私に、睡眠剤なんて甘っちょろいものは通用しませんから」

 セバスはジノアの祖父にあたる、前々皇帝の愚行、貴族主義の加速により大事な人達を失った。
 そして復讐をする為に国に喧嘩をふっかけ、次々と貴族の領主達を殺していった。
 その殺し方は様々ではあったが、必ず返り血を全身に浴び、首を領地の中心に飾ると言う彼の怨嗟に、当時の人達は戦慄し、彼に二つ名が付いた。
 返り血をあえて浴びる悪魔、赤い悪魔と。

「そうだね。催眠剤でどうにかできるなら、君に何千人と殺された人達は、今も生きていただろうね」

「えぇ、伊達や酔狂だけでどうにかできるほどこの世界は、帝国甘くない」

 愚帝をあと少しのところまで追い詰めた人間が同じ皇族の人間、しかも成人前の子供相手の策に遅れをとることなんてあり得ない。

「カメラでセバス、君を見た瞬間ゾッとしたよ。だって今の今まで君を疑う意識すら向かなかったんだから」

「それはこの計画は成功に近かったと言うことですね。しかし最後の最後でバレてしまった。いやはや戻ったら怒られて仕舞いますなぁ」

「逃げられるとでも?」

「私を止められるとでも?」

 赤い悪魔を止めることが出来るのならば、そもそも今捕縛しているはずだ。
 それをしていないと言うことはつまり、捕縛することが出来ないからに他ならない。
 そしてもちろん殺害することも。

「しかし失態でしたね。ガラン様の姿でいる時は気をつけていたつもりだったんですけどね」

 セバスの視線が決闘場へと向けられる。
 それに釣られてジノアとホウエルもそっちへと向けた。
 リリィが、聖女が一人の少女と精霊に追い詰められていたからだ。
 おおよそ理解できぬ魔法が次々とリリィへ撃ち込まれていく。
 ジノアにはミライがハーフではあるけど、神話級の精霊の雷神とは伝えていないため、クレセントの存在は知っていたから、風の魔法の規模には驚かなかったが、雷の魔法の規模には驚いて舌を巻いた。

「これはこれは、あれほどの化け物共を従えるとはやりますね」

 それはセバスも同じ気持ちだった。
 リアス以外、彼らの陣営に恐れる者たちは居ないと思っていたためだ。

「他にも私に隠し事をしている人物は多そうですね。イルミナという少女は、素手でグランベルを倒しています。いやはや恐ろしい」

 そしてセバスはポケットにある物に手を伸ばす。
 注射器だ。
 次にはそれをリリィへと向かって投げた。
 決闘場には結界が張られているというのに、何故そんなことがと誰も思わない。
 何故ならセバスは、短距離転移の魔法を使うことができたからだった。
 そして投擲された注射器は、リリィに突き刺さり注入されていく。
 そしてリリィは魔法の直撃を喰らってしまった。

「セバス、一体何を!?」

「私が改良を重ねたとある薬を、聖女に投薬したのです。面白いものが見れますよ?ほら」

 セバスが指を刺すと、魔法で土煙が巻き起こったところから魔法が繰り出された。
 上級魔法、時限炎弾タイムドファイアだ。

「魔法ということは、リリィ殿は落とされていない。しかしあれほどの規模を防ぎ切るのは可能なの?」

「えぇ、私が開発した薬は肉体を強固にする機能がありますからね」

 そのことを語る彼は、今までジノアが見たこともないような意気揚々とした顔をしている。

「実験は成功したんですよ!どうですかジノア様!」

「気分は最悪だよセバス。どうしてこんなことを」

「私の気持ちを受け取ったならわかるでしょう?貴方が捉えられてる時、確かに送ったでしょう?」

 セバスには確かに渡されたものがあった。
 それは幸せの象徴とされる四葉のクローバー。
 それをしおりにして、ジノアは大切に持ち歩いていた。

「それですよそれ!なんだ持ってるじゃないですか!」

「セバスは、僕に幸あれとこれを送ってくれたんじゃないの?」

「ふふっ、おかしな事を言いますね。私は一言でもそんな事を言いましたか?」

 ジノアは思い返してみたが、一度もそんな事セバスは言ってはいない。

「心の安息がいると、そう言ったじゃないか!」

「ですね。貴方には一時的には立ち直ってもらう必要がありましたから。皇族の中で最も厄介で優秀な貴方をね」

 彼との信頼関係は全て偽りだったとセバス自身に伝えられるジノアの心境は、絶望にも近いものだった。

「知っていますか?クローバーはシロツメクサの別名なんですよ」

 そんな名前があったのかと思い返すジノアだったが、そんなことよりもセバスの真意が知りたかった。
 少し前のジノアなら絶望し、そのままそこに立ち尽くしていたが、今はリアスと言った信頼できる友がいる。

「そんなことどうでもいいよ!セバス、君の目的は一体なんだ?」

「さぁ、なんでしょうね?敵に塩を送るような真似私がするとでも?」

「このっ!」

「止せジノア様。あいつに勝てるはず無いだろう」

 殴り罹ろうとしたジノアを羽交い締めで抑えるホウエル。
 彼がジノアのことを止めていなければ、迷いなくセバスは両断したことだろう。

「だけど!」

「ふふっ、私としてはまだ貴方には死なれては困りますからね。その判断は英断と致しましょう」

「待て!!」

 セバスは後ろへと下がる。
 このまま逃走するのだろう。

「ジノア様、一つ忠告しておきましょう」

「忠告!そんなこといいよ!降りてこい!」

「全く、貴方は聡明な方だと思いましたが、まだまだ子供のようなトコロもあるようだ」

 セバスは背中を向け、目だけはしっかりとジノアを見ながら不適な笑みをこぼした。
 
「転生者には気を付けなさい」

「転生・・・者?」

「ふふっ、どうやら貴方はまだ彼らからの信用は完全には得られていないようですね」

「どういうことだ!」

「さぁ、どういうことでしょうね。それではジノア様。次に相まみえる時は敵同士です。今回は私の正体を見破れた事に敬意を表して、ガラン様の場所をお教え致しましょう」

 そう言いながらセバスはその場から消え、ひらりと落ちてきたのは一枚の紙だった。
 
「これは宮殿の地図・・・」

 しかしそれを手に取った瞬間、爆発音と共に決闘場を守っていた結界が崩れ落ちる。
 そして観客の生徒達は慌てふためき、誰か統制しなければ危険な状況だった。

「リアス・・・見てなかったけど、なんて派手にやるんだ!みんな!落ち着いて!取りあえず出口に!押さないで!ホウエルも、向こう側で避難誘導頼むよ」

「だけど護衛が・・・」

「そんなことよりも、早くして!僕は(表向きは)廃嫡された身なんだから、今更誰も命を取ろうとしないって!」

「・・・・あぁ、わかった!」

 ここはドーム形状だから、囲むように会場になっているため、ホウエルは反対側に行き避難誘導を始めた。
 他にもこの状況でも冷静な生徒達、アルナやプラムにリアスのクラスメイトの男爵家嫡男達は、生徒の避難誘導に尽力した。
 教師陣達も対応は凄まじく、魔法の流れ弾を警戒していつでもシールドの魔法を展開出来るように準備した。
 そして化け物レベルにまで引き上げられた聖女リリィは、沈黙し落とされた。

「あんなのが・・・あんなのが・・・」

「あれは教皇・・・」

 教皇は中正な顔立ちだけど、女性だった。
 彼女の名前はルミナス・グラディエーター。
 その美貌を歪ませ睨み付ける彼女の視線は、疲れ切って倒れているリアスに向けられていた。

「忌々しい・・・聖女を上回る魔力・・・あれは認めてはいけない」

「聖女を上回る魔力?」

「いってぇ!おすんじゃねぇよ!」

「そっちこそ!」

 決闘が終わってなおも、避難は難航を示していた。
 貴族達は我先にと言うことを聞かないからだ。
 教皇の言葉が気になるジノアだったが、それよりもすることがあった。

「・・いや、今は避難誘導を優先しよう」

 教皇はブツブツと何かを呟いていたが、そんなことに気を払える余裕もなく、ジノアは避難誘導に勤しんだ。
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