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一章

一難去ってまた一難

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 エルーザは魔物を鷲づかみにしてきたリアスに関心を寄せ、魔物との最初の闘いでリアス一行に畏怖の念を抱き、魔物を一掃したことで恐怖が頭を埋め尽くした。
 そして謎のローブを被った人物達をも捕縛したリアス達。
 ローブの奴らの実力は遠目から見ても以上であり、自身を神話級の精霊持ちと思考を誘導できる男、上級魔法をモノともしない剣速を持つ騎士の女、そして魔物を一掃した魔法に恐怖もせず利用さえしてしまった屈強な男。
 どれを相手取っても、帝国の騎士ではどうすることもできずに全滅にさせられるであろう相手だった。
 しかし彼らは殺害するどころか、捕縛して無力化してしまった。
 生きて捕らえると言うことは、殺すより難しい。
 しかし彼らはやってのけたのだ。
 それに対して、彼らを手放すことは国家滅亡にすら到達すると理解したエルーザは、彼が帝国に被害を被る願いでもしてこない限り、要望に応えようと考えていた。
 そこでまずは闘いを終えたミラが、貴族を後ろに引き連れて国境まで戻って来た。

「いやー疲れたよ」

「おつかれさんお嬢」

「ミライちゃん、はいこれタオル」

 メルセデスとアルナ一番に帰って来たミライにタオルを渡し、ミライはそれを受け取って汗を拭う。
 左手には襟を掴んで引きずられている男がいた。

「あ、陛下。見ていたとは想いますけどこちら、他国の間者だと思われます。どうぞ」

 捕縛された女性をミラは無造作に地面に転がす。
 そこに温情などは無かった。
 手をパンパンとやってミラはその場に座り込んだ。

「陛下、彼の者達が何者かを調べる必要があると思います」

「余もそう考えていた。アデル、すぐに諜報員に調べさせろ」

「はっ!」

 貴族達が居る手前、言葉を正すエルーザ。
 それに違和感を抱くミラだったが、すぐに興味を無くして荒野を眺めていた。
 ミラとエルーザは一度も話をしていないが、先ほどリアスに話しかけていた時と違うことから来る違和感だった。

「あ、イルミナもおかえり」

「ミライ様、アルナ様、メルセデス、ただいま戻りました。タオルですか。別にあの程度の相手に汗を掻くほどじゃなかったですけど、ありがとうございます」

「さすがはイルミナだな」

『当たり前ブヒー!』

「あ、陛下。こちらは今回、魔物大量発生スタンピードを引き起こした人物達だと思われます」

「あぁ、それはわかるんだが・・・」

 エルーザは何故、この男の股間部分が血だらけなのかを聞こうとしていた。
 しかし聞くことをやめた。
 口を開こうとするときに、彼女の目から感情が籠もっていなかったからだ。
 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。
 つまり、開けてはいけない箱と判断した。

「なんでもない」

「そうですか」

 これまたイルミナも無造作に男を投げ飛ばした。
 ミラとは違い思いきり投げ飛ばした。

「派手にやったねイルミナ」

「彼は女の敵です。二度と汚いイチモツは使えないようにしてやりました」

「こいつまさか、イルミナを襲おうとしたの!?」

「えぇ、わたしを捕縛したあとにそう言ったことをするって含んだ言葉を発したので」

「わかった。ボク彼に治癒魔法をかけるよ」

「ありがとうございます」

 エルーザは途中からこの二人が何を言っているのか理解出来なかった。
 たしかに女性に対してセクハラまがいのことをしていたのだろう。
 しかし、だったら何故治癒魔法をかけるのかが、理解出来なかった。

「傷を治すだけのヒールをかければ。ふふっ」

「これで彼は完全に不能です。感謝致します」

 エルーザはゾッとした。
 傷口を治すだけの場合、傷が塞がるだけだった。
 つまりなくなった部位などは元に戻らない。
 傷跡を残さないように治療はできるが、ヒールで傷を塞ぐと他のヒールをかけることができないのだ。
 つまり彼は、子作りが二度と出来ない身体となった。

「君たちエグいコトをする」

「お褒めにあずかり光栄です」

「褒めてないわ!」

 エルーザは頭を抱えた。
 笑顔で一人の男性を不能にする少女が二人も居て、それが一万の魔物を歯牙にもかけないほどの手練れだという事に。
 そしてこの、魔物大量発生スタンピードを防いだ最後の立役者が、自陣へと帰還する。
 イルシアに背負われて、眠った状態のリアスだ。
 
「り、リアスくん!?」

「リアス様、大丈夫ですか!?」

「落ち着け二人とも。寝ているだけさ。こいつが闘った相手は、かなりの手練れだったからな」

「リアス様が意識を失うような相手ですか」

「驚いた。ボク達に当たらなくて良かったよ」

 二人はリアスが負けることはないにしても、苦戦を強いられるとは夢にも思っていなかった二人。
 エルーザはそのことに目を丸くして驚く。
 まるで自分達よりリアスが強いような口調だったからだ。
 しかしエルーザは、端から見てもリアスはこの三人の中で一番弱いと思っていたからだ。
 実際リアスは魔法ではミラに劣るし、体術はイルミナには劣る。
 もちろんそれは二人が異常なだけである。
 リアスは魔法と体術がバランス良く鍛えられた人間であり、ミラが闘ったような相手みたいに極端な封じる策が効かないため、リアスは誰が相手でも後れを取ることがない。

『まぁ殺すより捕縛のが大変ですからね』

「なるほど。殺すならリアスくんにはもっと簡単な方法があるか」

「物騒なこと言わないでくれるかなお嬢さん?」

「あぁすみません。まぁともあれ、こうして帝国を守ったのです。あの権利は下さいますよね?」

 ミラが要求するのは、リアスの関係者に手を出したら、裁判をせずその場で断罪する権利だった。
 死刑にまで持っていきたかったミラだったが、さすがにそれはエルーザも認めなかったため妥協された。

「あぁ、もちろんだとも」

『やりましたねミライ。これで精霊契約の儀について調べることが出来ます』

 ミライは苦笑いをしていた。
 正直ミライは、精霊契約の儀についてはそこまで重要視はしてなかった。
 ただリアスやクレと言った親しい人間に害が来なければそれでよかったのだ。
 しかしリアスもクレも、精霊契約の儀をどうにかしたいと考えているため、ミライはそれに追随してるだけだった。
 万が一自分やクレが精霊契約の儀の毒牙にかけられたら目も当てられないからと言う、クレの精霊としての使命感とは別の思惑で精霊契約の儀を解明しようと画策していた。

「まぁリアスくんはボクとイルミナで運ぶとして、ボク達帰っても大丈夫ですか?」

「あぁ。これから祝勝会を開こうと思っていたが、リアスや君たちにはしっかり休んでもらわないとな」

「ありがとうございます陛下。心遣い感謝致します」

「あ、アルナとメルセデスはここに残ってよ。情報収集よろしく」

「え、ちょっと待ってくれお嬢!」

「ワタクシ達も着いていきますわよ!」

「いやー、情勢は頭に入れて置いた方がいいじゃん?リアスくんが起きてたら一緒に祝勝会に出たけど、この場合は仕方ないよね?」

 圧の籠もった言葉に二人とも首を縦に振るしかない。
 二人ともミライの笑顔と言葉の裏にある言葉を正確に読み取ったからだ。
 お・ま・え・ら・な・に・か・し・た?
 
「あ、アルナ様。俺達はアルゴノート領の代表として祝勝会に出る責務があるよなぁ」

「え、えぇそうね!メルセデス、従者として着いてきて下さるかしら?」

「よ、喜んでぇ!」

 エルーザはその光景を横目で見ていた。
 いつの世も女性は怖い。
 アルゴノート家のヒエラルキーは、ミライという少女がトップに君臨していると理解した。

「領民のみんなー!」

「ミライちゃん。リアスさんは大丈夫なのか?」

「大丈夫、魔力切れで眠ってるだけだよ。みんな、ちゃんと帰れる?避ければ送るよ?」

『僕は何もしないですけど、送りますよぉ!』

 しかしミライの言葉に、領民達は青い顔をして首を振る。
 一度領民達を魔法で帝都まで運んだとき、全員がリアスと同じ様に酔ってしまってトラウマとなっていた。

「あ、気持ちはありがたいんだが、俺達は普通に帰るぜ」

「だ、だな。かみさんが晩飯作る時間くらい作ってやらんとな」

「あぁそうだな!」

 全員の息はピッタリとしていた。
 それだけ怖かったと言うことが窺える。

「そう?じゃあボク達は宿に戻るね。多分次に領に帰るのは、夏期休暇の時になると思うよ。じゃあね」

「あ、ミライちゃん。今日はありがとな。俺達何も力になれなかったけど、お前さんらが居なければ、俺達はどうなっていたことか」

「あ、いいよいいよ。ボク達も打算的な意味でやったことだし」

 そう言って手を振ると、イルミナと共にリアスを抱えてミライ達三人は宿に戻ろうとする。

「リアスの婚約者さん」

「あぁ、どうもイルシア先輩。リアスくんがお世話になったようで」

 イルシアに対して、ミライは余り良い印象がない。
 それはリアスから聞いた花そそでのイルシアを知っていたためである。
 リアスは子入れ替えがなかったから、このイルシアとゲームのイルシアは別物と判断していたが、本心を隠している可能性を考えていたのだ。 

「いいや。俺は借りを作ってばかりだ。少し早いが君たち、入学おめでとう」

「ありがとうございますイルシア様」

「ありがとうイルシア先輩。じゃあボク達はこれでね」

 今度こそミライとイルミナの二人は、リアスを抱えて街へと消えていった。
 まだミライは彼を黒と断言する要素がないため、なるべく会合せずにその場を去った。

 この場にいる者達はリアス達の存在は強く印象づけられて、また次期を含めた領主の彼らは聡明だった。
 リアス達の不況を買おうと思う人間はここには居なかった。



 魔物達の侵攻をリアス達が食い止めていた同時刻。
 宮廷では公爵達がふんぞり返って夜会を行っていた。
 そんな中、宮廷内のプライベートルームでワインを片手に肘を突いて真ん中に居るのは、ターニャ家当主ゾグニだった。

「全く、下手を売ってくれたえ」

「申し訳ございませんゾグニ様」

「もう終わったことはえぇ。馬鹿なことを言う息子に対して制裁をするつもりだったんだがえ」

 ゾグニが椅子にしているのは、先日奴隷オチした男だった。 
 ターニャ家から莫大な借金を抱えて、イルシアとの入れ替え工作を依頼された男だった。
 イルシアにそっくりの子供は、ゾグニの手により処理され、残りの人間も極刑が決まり奴隷落ちとなっている。
 その中で唯一精霊と契約していたこの男を、ゾグニが買い取ったのだ。

「全く!お前は!くその!役にも立たないえ!」

「うぐぁああああああああああああ!」

「うるさいえ!」

 おしりを何度も叩かれるその男の悲鳴は辺りに響き渡っていた。
 それは助けを求める声。
 奴隷落ちしても、人としての尊厳は保つようにするのがこの国の法律にあった。
 いくら公爵と言えど、法律は叶わない。
 だから叫び声を上げて誰かに気づいてもらおうとしたのだ。
 しかしこの場にいる者は彼以外にゾグニ一人だけ。
 助けを求めた叫び声も、ゾグニの酒の肴となっていた。
 しかしそんな中、扉が勢いよく開いた。
 助けが来るかと思った男だったが残念ながら違った。
 ゾグニの側近騎士のベルナルドだった。
 
「ゾグニ様!イルシア様が戦場の最前線に居るそうです」

「おぉ!それは丁度いいぇ!混乱に乗じて、イルシアを消せ」

「そ、それが・・・」

 いつもなら二つ返事で了承する彼が、歯切れ悪く言葉を躊躇っている。
 何か異常事態があると言うことに他ならなかった。

「なんだ。どうしたえ」

「魔物達は数十分の間に全滅したそうです」

「ちっ。もう闘いは終わっていたのかえ。下手に証拠を残せば僕ちんは糾弾されちまうから、この件は保留とするえ」

「ゾグニ様、そのことなのですが・・・」

 これまたいつもとは違う反応に、ゾグニは苛立ちを隠せない。
 しかしベルナルドは優秀であり、手放すには惜しかったため、苛立つ気持ちを心の中に押し込める。

「なんだえ」

「イルシア様には手を出さない方がよろしいかと愚考致します」

「ば、ばかえ!それはドブさらいの良いような世界にしろとでも言うのかえ!」

 グレシアは皇太子の婚約者として、嫁に出してしまったために、このまま行くと次期当主はイルシアとなってしまう。
 長男が生きている場合、例外を除いて養子から当主にすることはできなかった。
 その例外は犯罪者としてしまうことだったが、犯罪関係は皇帝を通して行う裁判になるため、無実の罪で策を弄せば必ずボロが出てしまうため、ゾグニはその手を使って実行を起こすことはやめたのだ。
 しかしこのまま行けば、貴族至上主義の彼は追い出されはしなくとも、今までのような贅沢な暮らしを行うことは出来なくなるため、子入れ替えを失敗したゾグニはなんとしてでもイルシアを排除したかった。

「それが、数十分で一万の魔物をたった三人で倒してしまった連中がいまして、イルシア様は彼らと懇意にしておるのです」

「なにっ!?そんな与太話を僕ちんに信じろと言うのかえ!?」

「これには子爵と男爵には箝口令が敷かれておりました。なので事実だと愚考します」

 公爵という地位は三年後にリアス達に与えると言ったエルーザは、今はこのことを提示しないように考えて配慮し箝口令を敷いた。
 そもそも面倒ごとを避けるために公爵の地位を三年後に延期したのに、このことで面倒ごとを増えるのでは本末転倒であるために考えた結果だった。
 そのことを、ベルナルドは何故知っていたかと言うと、常にイルシアを監視している部下が聞いたことで報告を受けたのだ。
 しかし、すぐに部下との連絡が途絶えたことから、捕まってしまったのだと判断し、すぐにゾグニの元へと駆け付けた。

「箝口令を敷くと言うのは、我々をあぶり出すためだろう。下手にその人物にちょっかいをかけ、それを理由に我々を糾弾すると言ったところだろう。恐らく監視していた部下もグルの可能性が高い」

 ゾグニはその事実から目を背けた。
 それはゾグニじゃ無くても当然の判断だった。
 そんな夢物語を信じるよりも、自分達を出し抜こうとしていると考える方が自然だからだ。
 しかしベルナルドはそうは思わなかった。
 彼の部下は恐怖で、自ら連絡を途絶えたと知っていたからだ。
 その連絡があったとき、ゾグニよりも彼らを敵に回す方が怖いと言っていた。
 ゾグニはあの手この手で人を排除し、その証拠を残さない天才だ。
 故に、ベルナルドは腕を見込まれた時点で、彼に対して下手を打たず了承しかしない人間となった。
 それは家族を危険に晒さないためでもあった。
 そして部下の騎士達も同じ気持ちなため、貴族至上主義のゾグニに無理にでも従ってきた。
 にも関わらず連絡を絶つと言うことは、それが真実であることを示していることに他ならない。
 何故なら、魔物一万を数十分で一掃してしまう人間に策など通用するはずもないからだ。
 圧倒的力の前には、どれだけ策を練ろうと無意味。
 それを目の辺りにすれば誰だって恐怖して逃げ出すに決まっていた。

「その部下は、死亡が確認されるまで調査を頼むえ。貴様も下手を打たないように気を付けるえ」

「かしこまりました」

 今回ばかりは、空返事をして部屋を後にするベルナルド。
 しかしそれも無理もなかった。
 ベルナルド自身、自分の身の振り方を考えなければいけないと考えていたからだった。
 もし、彼の部下が言ったことが事実だった場合、子入れ替えを理由にゾグニを力尽くで排除される可能性もあるからだった。

「あの豚公爵め・・・事態の危うさを何もわかっていない」

 それはグレシアの件があったからだった。
 グレシアとアルバートは政略結婚のため、仲が余りよろしくなかった。
 もちろん政略結婚から恋を育むケースもあるが、二人はそう言ったものはなかった。
 もしその隙を突かれでもすれば、すぐにターニャ家は没落まっしぐらだ。
 何故ならゾグニは、お世辞にも良い領地管理をしているとは言えなかったからだった。
 ベルナルドはゾグニに忠誠を誓っているわけで無いため、共倒れする気はサラサラなかった。

「イルシア様に泣き寝入りすることも視野に入れるしか無いな」

 ゾグニにすべての責任を転嫁し、自分は次期当主であるイルシアに就く。
 完璧なシナリオであり、早速実行に移そうと画策する。
 しかしそれはゾグニも読んでいた。
 その日、ターニャ家の側近騎士と思われる人物が自らの腹に剣を刺して死んでいる姿が宮廷内で見つかった。
 そのことは宮廷内にいた公爵達の話の種になり、それは今年リアスが入学するアルザーノ魔術学園の生徒達でも、話題で持ちきりになった。
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