同居人は料理が美味いけど、俺は料理を食べるのが上手い

篠崎汐音

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二人で酒を飲んだ話

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 同居人兼恋人の健が誕生日を迎え、成人した。お祝いだから何かしてやりたくて、晩御飯は健の好きなビーフシチューにすることにした。ケーキも一緒に選ぼうと話していたら、健が酒を飲んでみたいと言うので、チューハイや梅酒などのポピュラーな酒を買い物カゴの中に入れる。総数六個。内訳はチューハイ三缶、ビール一缶、梅酒三百ミリリットル一瓶、杏酒三百ミリリットル一瓶。ちなみに後者二つは原液だ。賢太郎は増えていくカゴの中身に危機感を覚えていた。
 賢太郎がそこまで酒に強くないことを恋人は知っているはずだ。チューハイ一本でぐったりしてしまった。このうえ健まで下戸だったら、この様々な酒達が消費されるのには長い年月がかかるに決まっている。特に梅酒と杏酒……アルコール度数十五%の代物などは、特に。少しずつ割って飲んでいくしかない。
 ビーフシチューを美味しいと言って食べる健は、いつも通り語彙力が無くて可愛い。たまに隠し味のことや匂い、味付けの違いなどを鋭く突いてみせる健は、今まで食べた賢太郎の料理の味を粗方覚えてくれているのかもしれない。日々の努力や、実家にいたときの苦労が報われた気がして、とても嬉しい。健のお陰で、料理がより好きになった。もっと凝りたい、喜ばせたいと思うようになった。
 ケーキを食べ終わって風呂に入り、暫くしていると、健がいそいそと酒を並べ始める。ああ、そんなに並べたって全部は飲みきれないのに。二人で乾杯して缶を開ける。健の味覚では、ビールは美味しいと思えないようだった。そういえば自分も飲んだことがないと思い、健の飲み止しをもらう。苦いが、のどごしだけは良い。
 賢太郎がゆっくりとビールを消費している間に、健は他の缶を空にしていた。チューハイのうちの一つは度数九%だったはずだが、健はけろりとしている。……これは後で来るパターンかもしれない。梅酒を開けようとする健を制して、後片付けを始めた。

「お前、酒強いんだな」
「なのかなあ。何だかふわふわする」
「後で戻すなよ」
「それは大丈夫だと思う~」

 へらへらしている健は、いつもより口調がのんびりになっている。

「賢太郎。俺、梅酒も飲みたい」
「おいおい」
「一杯だけ」
「はあ……一杯だけな」

 酔っ払いの相手は面倒くさい。無糖炭酸水で梅酒を割ってやり、健の前に出す。いつもより気が緩んでいる恋人は、感謝の言葉もそこそこに梅酒へ口を付けた。賢太郎も梅酒を一口貰う。甘くて美味しい。けれど、アルコールがキツイ。沢山飲めるものではない。
 健はグラスを空けると、賢太郎の肩に寄り掛かった。あんなに飲んだのだから、眠くなったのかもしれない。頭を撫で回していると、蕩けた瞳で賢太郎を見つめる。

「……記憶が無くなるまでは飲めないよなあ。もうやめとくわ~」
「記憶が飛ぶなんて、身体に相当ダメージ来てるってことだろ。無茶な飲み方はやめてくれ」
「うん……。少し気が大きくなってるの、分かるよ。酒って怖いな」

 健は賢太郎に擦り寄りながら、舌足らずの甘えた口調で話を続ける。

「……今日ならさあ。大丈夫だと思うんだよ」
「何が?」
「賢太郎、いつも加減してるだろ。やるとき」

 健は責めるように賢太郎を睨めつける。因みに、賢太郎も酒が入っているので思考が覚束ない。……やるとき? 何を? そこまで考えてやっと、健の言いたいこと――夜の営みに思い至った。

「……や、そんなことはない、けど」
「嘘。いつも俺のこと気遣ってくれるじゃん。嬉しいけど、我慢してるんだろ? 今日は大丈夫だよ。記憶もそんな残らないだろうし。だからさ」

 今日は、賢太郎の好きにして良いよ。

 健の口からそんな言葉が出ることになろうとは思いもよらず、賢太郎は即座に返答が出来なかった。心臓に悪すぎる。

 健を大切にしたいと思うのは賢太郎の意志だ。……たまに本能に身を任せたいと思うこともあったりする。そうしないのは、健にも気持ち良くなってほしいからだ。
 健は最近やっと、賢太郎と繋がるときに快感を得ることが出来るようになった。恥ずかしがる健にどこが良いか聞いて、地道に二人で努力してきた成果だ。健が自分の手で快感に喘ぐところを見て、支配欲を満たしたと言っても過言ではない。けれど、健はその過程で賢太郎に遠慮させてしまったと思ったのかもしれない。
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