22 / 32
オレは同居人と先へ進みたい
6
しおりを挟む
「バイトのシフトを増やして、休日ゆっくり話せる時間がなくなったのはオレのせいでもあるだろ。オレだって健が避ける余地を作ってた」
「……そんなことないよ」
健は賢太郎の言葉を受け止めかねているようだ。あの、例の一夜のことが尾を引いているのは分かっている。
「避けてた理由も、何となく分かる。お前だけが負い目を感じるのはおかしいだろ。オレも努力不足で勉強不足だった。そのせいで、お前に怖い思いさせたんだろ? ごめん」
「……違う。賢太郎は悪くない。痛みに耐えられなかった俺が悪いんだ」
健の心を引っ張り上げたいのに、どうしても上手く触れられない。何か、どうしようもない齟齬が生じている気がする。健は視線を逸らして息を整えた後、賢太郎の両頬に当てていた手を離す。
「お前の誕生日の後から、一人で試してたんだ」
「何を?」
「その……慣らすっていうかさ。指、入れてみたりした」
でも駄目だった。痛くて怖くて、拡げるどころの話じゃなかった。健はぽつぽつと話し続ける。
賢太郎は少なからず衝撃を受けた。健が一人で、先のことを考えて痛みと闘っていたことを知らなかったから。
風呂の時間が長くなっていたのも、健が風呂から上がってすぐに眠りについてしまったのも、賢太郎を避けていたのではなく、健が一人でその苦痛に耐えていたからなのだと気づいて、腑に落ちた。同時に、気づけなかった自分への憤慨と、健に頼ってもらえなかったという無力感が賢太郎の心を襲う。
「あの時さ、もしかして賢太郎を受け入れる流れになるのかなって考えたら、体が固まって動かなかった。自分の指だけでも耐えられないのに、お前を受け入れるなんて無理だと思ったから」
「お前が頑張ってくれてたのは嬉しいけど、無理にする気はないよ。まだ他にもやってないことはたくさんあるだろ。オレのこと、受け入れられなくても構わない。ただ一緒にいたいんだ」
言葉を尽くしても、健の表情は暗いまま変わらない。次第に泣き出しそうな顔になっていくので、賢太郎はもどかしさを感じていた。
「その言葉を信じたいけど……俺、賢太郎の恋人だ、って言える自信がないよ。お前と繋がることができないから。好きなら、恋人なら、痛いのも怖いのも全部耐えられるはずなのにさ。こんなんで、賢太郎のことを好きって言って良いの?」
「良いに決まってるだろ!」
涙を浮かべた健を見てられなくて、賢太郎は力強く答えた。怒りも混じっていたかもしれない。賢太郎が恋人という名の下に、健に苦痛を強いるような男だと思われていたなら心外だった。大きく見開いた健の瞳から、涙が一粒零れる。
肉体関係は、恋愛関係の延長線上に置かれがちだ。ともすればイコールで結ばれてしまうその二つは相互補完的で、二つ揃ってようやくちゃんと完成した恋人だと捉える人間が多いし、恐らくは健もそうなのかもしれない。その考え方だと、未だ行為を完遂できていない健と賢太郎は恋人としては未完成だし、相手を真に愛していないと言うことになる。そのうえ、健は自分から行為を制止した。完成した恋人になるための行動を取れなかったという自責が、健の足枷になっているのかもしれない。けれど、恋人関係を続けていくうちに生じる諸々の苦痛も、愛しているなら――恋人なら耐えられるはずだ、と言うのか。耐えられなかったら仮初めの愛だと言うのか。それはただの呪いだ、と賢太郎は思う。
二人が恋人かどうかは、その二人が決めるものだ。周りがどう言おうと、どう考えようと。それは、その二人が同性だろうが異性だろうが関係ない。二人が恋人でいるために何らかの資格は要らないし、恋人に優劣や段階があるとも思わない。ただ、敢えて資格が必要だというなら、それはお互いを愛しているということだけだ。
キスや行為だって、愛情を示すための手段であって、愛情の尺度を測るものではない。やってみたいと思うこと自体は間違いじゃないし、お互いの合意がとれているならやればいい。でも、それが出来なくたって、それをしなくたって、相手を好きでいて良い。恋人でいて良い。綺麗事だと、絵空事だと言われるかもしれないけれど、恋人なのに気持ちの伴わない行為をしたり、相手の望まない苦痛を強いることの方が不実だと賢太郎は思う。
そんな自分の考えを全て健にぶつけるのは簡単だ。ただ、健がそれをどれだけ受け取ることができるのかは、賢太郎にはコントロールできない。健の考えを無理矢理変えたいわけではない。ただ、賢太郎の気持ちを知って、安心して欲しい。
涙を溢しはじめた健を見て、何も思わないわけはなかった。今日一緒に過ごして実感したが、健は間違いなく賢太郎のことを好きでいてくれている。そして、賢太郎も健のことが好きだ。それだけは否定してほしくなかった。
「……そんなことないよ」
健は賢太郎の言葉を受け止めかねているようだ。あの、例の一夜のことが尾を引いているのは分かっている。
「避けてた理由も、何となく分かる。お前だけが負い目を感じるのはおかしいだろ。オレも努力不足で勉強不足だった。そのせいで、お前に怖い思いさせたんだろ? ごめん」
「……違う。賢太郎は悪くない。痛みに耐えられなかった俺が悪いんだ」
健の心を引っ張り上げたいのに、どうしても上手く触れられない。何か、どうしようもない齟齬が生じている気がする。健は視線を逸らして息を整えた後、賢太郎の両頬に当てていた手を離す。
「お前の誕生日の後から、一人で試してたんだ」
「何を?」
「その……慣らすっていうかさ。指、入れてみたりした」
でも駄目だった。痛くて怖くて、拡げるどころの話じゃなかった。健はぽつぽつと話し続ける。
賢太郎は少なからず衝撃を受けた。健が一人で、先のことを考えて痛みと闘っていたことを知らなかったから。
風呂の時間が長くなっていたのも、健が風呂から上がってすぐに眠りについてしまったのも、賢太郎を避けていたのではなく、健が一人でその苦痛に耐えていたからなのだと気づいて、腑に落ちた。同時に、気づけなかった自分への憤慨と、健に頼ってもらえなかったという無力感が賢太郎の心を襲う。
「あの時さ、もしかして賢太郎を受け入れる流れになるのかなって考えたら、体が固まって動かなかった。自分の指だけでも耐えられないのに、お前を受け入れるなんて無理だと思ったから」
「お前が頑張ってくれてたのは嬉しいけど、無理にする気はないよ。まだ他にもやってないことはたくさんあるだろ。オレのこと、受け入れられなくても構わない。ただ一緒にいたいんだ」
言葉を尽くしても、健の表情は暗いまま変わらない。次第に泣き出しそうな顔になっていくので、賢太郎はもどかしさを感じていた。
「その言葉を信じたいけど……俺、賢太郎の恋人だ、って言える自信がないよ。お前と繋がることができないから。好きなら、恋人なら、痛いのも怖いのも全部耐えられるはずなのにさ。こんなんで、賢太郎のことを好きって言って良いの?」
「良いに決まってるだろ!」
涙を浮かべた健を見てられなくて、賢太郎は力強く答えた。怒りも混じっていたかもしれない。賢太郎が恋人という名の下に、健に苦痛を強いるような男だと思われていたなら心外だった。大きく見開いた健の瞳から、涙が一粒零れる。
肉体関係は、恋愛関係の延長線上に置かれがちだ。ともすればイコールで結ばれてしまうその二つは相互補完的で、二つ揃ってようやくちゃんと完成した恋人だと捉える人間が多いし、恐らくは健もそうなのかもしれない。その考え方だと、未だ行為を完遂できていない健と賢太郎は恋人としては未完成だし、相手を真に愛していないと言うことになる。そのうえ、健は自分から行為を制止した。完成した恋人になるための行動を取れなかったという自責が、健の足枷になっているのかもしれない。けれど、恋人関係を続けていくうちに生じる諸々の苦痛も、愛しているなら――恋人なら耐えられるはずだ、と言うのか。耐えられなかったら仮初めの愛だと言うのか。それはただの呪いだ、と賢太郎は思う。
二人が恋人かどうかは、その二人が決めるものだ。周りがどう言おうと、どう考えようと。それは、その二人が同性だろうが異性だろうが関係ない。二人が恋人でいるために何らかの資格は要らないし、恋人に優劣や段階があるとも思わない。ただ、敢えて資格が必要だというなら、それはお互いを愛しているということだけだ。
キスや行為だって、愛情を示すための手段であって、愛情の尺度を測るものではない。やってみたいと思うこと自体は間違いじゃないし、お互いの合意がとれているならやればいい。でも、それが出来なくたって、それをしなくたって、相手を好きでいて良い。恋人でいて良い。綺麗事だと、絵空事だと言われるかもしれないけれど、恋人なのに気持ちの伴わない行為をしたり、相手の望まない苦痛を強いることの方が不実だと賢太郎は思う。
そんな自分の考えを全て健にぶつけるのは簡単だ。ただ、健がそれをどれだけ受け取ることができるのかは、賢太郎にはコントロールできない。健の考えを無理矢理変えたいわけではない。ただ、賢太郎の気持ちを知って、安心して欲しい。
涙を溢しはじめた健を見て、何も思わないわけはなかった。今日一緒に過ごして実感したが、健は間違いなく賢太郎のことを好きでいてくれている。そして、賢太郎も健のことが好きだ。それだけは否定してほしくなかった。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
不夜島の少年~兵士と高級男娼の七日間~
四葉 翠花
BL
外界から隔離された巨大な高級娼館、不夜島。
ごく平凡な一介の兵士に与えられた褒賞はその島への通行手形だった。そこで毒花のような美しい少年と出会う。
高級男娼である少年に何故か拉致されてしまい、次第に惹かれていくが……。
※以前ムーンライトノベルズにて掲載していた作品を手直ししたものです(ムーンライトノベルズ削除済み)
■ミゼアスの過去編『きみを待つ』が別にあります(下にリンクがあります)
潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話
ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。
悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。
本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209
この恋は運命
大波小波
BL
飛鳥 響也(あすか きょうや)は、大富豪の御曹司だ。
申し分のない家柄と財力に加え、頭脳明晰、華やかなルックスと、非の打ち所がない。
第二性はアルファということも手伝って、彼は30歳になるまで恋人に不自由したことがなかった。
しかし、あまたの令嬢と関係を持っても、世継ぎには恵まれない。
合理的な響也は、一年たっても相手が懐妊しなければ、婚約は破棄するのだ。
そんな非情な彼は、社交界で『青髭公』とささやかれていた。
海外の昔話にある、娶る妻を次々に殺害する『青髭公』になぞらえているのだ。
ある日、新しいパートナーを探そうと、響也はマッチング・パーティーを開く。
そこへ天使が舞い降りるように現れたのは、早乙女 麻衣(さおとめ まい)と名乗る18歳の少年だ。
麻衣は父に連れられて、経営難の早乙女家を救うべく、資産家とお近づきになろうとパーティーに参加していた。
響也は麻衣に、一目で惹かれてしまう。
明るく素直な性格も気に入り、プライベートルームに彼を誘ってみた。
第二性がオメガならば、男性でも出産が可能だ。
しかし麻衣は、恋愛経験のないウブな少年だった。
そして、その初めてを捧げる代わりに、響也と正式に婚約したいと望む。
彼は、早乙女家のもとで働く人々を救いたい一心なのだ。
そんな麻衣の熱意に打たれ、響也は自分の屋敷へ彼を婚約者として迎えることに決めた。
喜び勇んで響也の屋敷へと入った麻衣だったが、厳しい現実が待っていた。
一つ屋根の下に住んでいながら、響也に会うことすらままならないのだ。
ワーカホリックの響也は、これまで婚約した令嬢たちとは、妊娠しやすいタイミングでしか会わないような男だった。
子どもを授からなかったら、別れる運命にある響也と麻衣に、波乱万丈な一年間の幕が上がる。
二人の間に果たして、赤ちゃんはやって来るのか……。
とろけてなくなる
瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。
連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。
雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。
無骨なヤクザ×ドライな少年。
歳の差。
【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】
海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。
発情期はあるのに妊娠ができない。
番を作ることさえ叶わない。
そんなΩとして生まれた少年の生活は
荒んだものでした。
親には疎まれ味方なんて居ない。
「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」
少年達はそう言って玩具にしました。
誰も救えない
誰も救ってくれない
いっそ消えてしまった方が楽だ。
旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは
「噂の玩具君だろ?」
陽キャの三年生でした。
一年前の忘れ物
花房ジュリー
BL
ゲイであることを隠している大学生の玲。今は、バイト先の男性上司と密かに交際中だ。ある時、アメリカ人のアレンとひょんなきっかけで出会い、なぜか料理交換を始めるようになる。いつも自分に自信を持たせてくれるアレンに、次第に惹かれていく玲。そんな折、恋人はいるのかとアレンに聞かれる。ゲイだと知られまいと、ノーと答えたところ、いきなりアレンにキスをされ!?
※kindle化したものの再公開です(kindle販売は終了しています)。内容は、以前こちらに掲載していたものと変更はありません。
浮気を許せない僕は一途な彼氏を探しています
Q.➽
BL
雄々しい訳アリ女系家族に囲まれて、それなりに大切にされながら育ち、綺麗な顔立ちに物腰柔らかな美青年に育った早霧。
当然のように男女問わずモテるのだが、何故か半年以上続かない。
その理由は、早霧が告白されてつき合う時の条件
『浮気したら別れるね』
を守れた人間がいなかったから。
だが、最近告白して来た彼は少し違う、かもしれない?
※浮気やグレー描写ありなので潔癖さんには向きません。
前、中、後編+R18実践編(甘々)での構成です。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる