同居人は料理が美味いけど、俺は料理を食べるのが上手い

篠崎汐音

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オレは同居人と先へ進みたい

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 帰りは渋滞も少なく、スムーズに進むことが出来た。時刻は十七時を回っている。晩ご飯は外で食べることになっているが、一度ホテルにチェックインしてから場所を考えることにした。
 駐車場に車を停めてフロントに向かう。ビジネスホテルなので過度な装飾は為されていないが、清潔感のある内装が二人を出迎えた。宿泊台帳を書こうとすると、健が何食わぬ顔で割り込んでペンを取った。自分の字が汚いことくらい賢太郎は自覚している。住所も健が書くのがふさわしい。現在二人が住んでいるところも、元々は健一人の家だったのだから。
 けれど、健の字が必要事項を埋めていくにつれ、自分も彼と同じところに住んでいるのだという実感が、今更ながらに賢太郎の中に湧いてきた。よく考えたら、健と暮らして――健と出会ってまだ一年経っていない。ほとんど毎日一緒に居て、寝食を共にしているから、もっと長い時間一緒に居ると思っていた。
 感慨に浸っていると、健は既に手続きを済ませたらしく、黒いカードタイプのルームキーを受け取っていた。一枚受け取ってエレベーターに乗り、六階のボタンを押した。ツインベッドで、バスとトイレが別れている客室だ。
 賢太郎は安堵した。というのも、ツインベッドとはいえ男二人で泊まって何かしら言われるのではないかとどぎまぎしていたのだ。女性の場合、同性の友人と旅行なんて珍しい話でもないけれど、男ともなれば奇異の目で見られるのではないかと心配する気持ちが、多少、自分の中に残っていた。どんな人間であれ、一見しただけでは目の前の二人がどういう関係なのかなんて分からないのだろう。健も賢太郎を見上げて何か言いたそうだったが、エレベーターの扉が開いたので、何事もなかったかのように歩いていった。

 客室はビジネスホテルにしてはかなりゆとりがあり、快適に過ごせそうだった。白で統一されたシンプルな室内に、黒い正方形の枕が存在感を放っている。
 荷物を置いて風呂を覗くと、黒くて大きなタイルが敷き詰められた浴室で、浴槽は二人で入れそうなほど広かったので安心した。洗い場も広くて、口コミ評価が高いのも頷ける。一人一万円強と、ビジネスホテルにしては値が張ったが、諸々の条件を鑑みるにかなりお値打ちだ。ちなみに朝食も付いている。
 アウトレットモールの周辺にも、もちろんホテルは点在していた。しかし、安いところだと室内風呂が貧相だったり、逆に露天風呂付きの客室で一人三万円以上かかるなど、なかなか予算と条件が合致しなかった。

「おお、風呂広いね。壁も黒くてシンプルでかっこいい。いつもよりゆっくりできそう」

 健はそれだけ言ってから、ベッドに腰掛けて携帯を触り始めた。晩ご飯は何処にしようかな、と呟きながら微笑んでいる。
 賢太郎は浴室の扉を閉めて、健の隣に座り、肩を抱いた。健がこちらを振り向いたので、唇を奪う。健は目を閉じて受け入れてくれた。唇が意志を持って体温を分け与えてくる。それがあまりにも嬉しくて、健を抱きすくめた後に舌で口内を蹂躙し、真っ白なベッドに倒れこんだ。
 リップ音を響かせながら顔を離すと、熱い吐息が頬にかかった。健は荒い息のまま、賢太郎の両頬を手で包む。

「やっと、起きてるお前とキスできたな。ごめん」
「なんで賢太郎が謝るんだよ。俺が……避けてたせいなのに」

 健に避けられていたことを明言されて、予想以上に傷付いた。けれど、そうだとしても、賢太郎にも能動的に動いて対処する余地はあったはずだ。話し合う時間やチャンスがなかったのは、偏に健だけのせいではない。
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