19 / 32
オレは同居人と先へ進みたい
3
しおりを挟む
ここまでの旅程は概ね計画通りだった。寧ろ、計画よりもスムーズに進んだと言っても過言ではない。しかし、二人は休日の高速道路の混み具合を舐めていた。目的地に近づくにつれて車が詰まっていき、最終的には渋滞に巻き込まれた。
「これは予想外だったな」
「俺達、普段は地下鉄しか使わないしな」
焦っても仕様が無いのは分かるが、ここで足止めを食らうとアウトレットモールに到着する時間が遅くなる。つまり、ホテルに着く時間もその分遅くなり、健と気兼ねなく触れあう時間も少なくなる。急く気持ちを抑えながら、賢太郎は安全運転を心がける。視線の端にちらりと盗み見た健は携帯をいじっていた。
「何見てんの」
「アウトレットモールの地図。結構広そう」
「へえ……」
賢太郎は随分気の抜けた反応をしてしまったが、健は気にしていないようだった。全部回るのは骨が折れそうだと考えていると、太腿に健の手が触れた。健からちょっかいをかけられるとは思わず、賢太郎は飛び上がりそうになった。
「賢太郎、疲れてる?」
「それは大丈夫」
「そうか? 元気なさそうだったからさ。考え事?」
「……予定が全部後ろ倒しになるなって思っただけ」
賢太郎は連なる車の群れを見ながら答えた。ホテルで健とイチャイチャする時間が無くなるのが嫌だ、と正直に答えても微妙な空気になるのは分かっていた。健は観光したがっていたし、アウトレットモールに回る時間を短縮するか完全に無視するという選択肢は存在しない。そもそも、そんなことをするならわざわざ車で出向いていない。賢太郎はそれ以降黙っていた。
健は控えめな笑い声をさせたあと、太腿に置いた手を賢太郎の頭に乗せて撫でつける。さっきから賢太郎の心臓は驚き通しだった。
「なんとなく、考えてることは分かる。もし、早く俺に触りたいって思ってくれてるなら、すごく嬉しい」
健の声は、とても優しくて穏やかだった。その言葉を聞けて良かった。そうだよ、と賢太郎は言いたかった。けれど、だったらどうして、とも言いたかった。
「……ずっと我慢してたからな」
それだけ絞り出して、賢太郎は健の手に心を委ねた。健の顔は見れない。
渋滞の列は少しずつ動き出して、目的地に着いたのは予定より一時間も後だった。
アウトレットモールにほど近いところに無事駐車すると、健が飲み物を差し出してきた。礼を言って一口飲む。緊張が解けて、息をゆっくり吐き出した。
「賢太郎、運転してくれてありがとう。疲れただろ」
「大したことないよ、三十分だし。高速道路を走るのは流石に久しぶりだけど、新鮮だった。お前も隣に居るし」
賢太郎は健の手を握る。乾燥して温かな手のひらが、次第に湿気を帯びていった。隙間なく手のひらを密着させていると、健も手を握り返してくれる。
「最近こうやって、触ってない気がする」
健は、賢太郎の口からぽろりと零れた言葉にどう返して良いのか分からないようで、困ったような、申し訳ないような顔をしていた。こんな恨みがましい言い方をしても、健を困らせるだけだ。本当に伝えたかったのはそんなことではない。賢太郎は真っ直ぐな言葉を探す。
「健に触りたい。抱きしめたい。……キスしたい」
言葉にすると、ますます欲求が高まっていく。外には車もたくさん停まっているし、人も歩いている。今、出来るわけがない。分かっている。握る手が汗で濡れていった。
「確かに嬉しいとは言ったけどさ。今すぐは無理だよ」
健はその発言とは裏腹に、固く手を握り締めてきた。表情も少し明るくなっている。相変わらず困ったような顔をしているが、口の端には微笑みが浮かんでいた。
「頭撫でるぐらいなら良いけど、他はホテルまで我慢してくれよ」
健がそう言って頭を差し出してきたので、賢太郎は握っていた手を離して頭を撫でる。癖毛で柔らかい髪の毛が手に纏わり付いてきて、心が安らいだ。健の表情も柔らかい。
撫でる手が耳に触れたとき、健の肩がピクリと動いた。健の顔は平静そのものだったが、心なしか表情が固い気がする。……もしかして、耳が弱いのだろうか。
好奇心と悪戯心に従って、繰り返し健の耳に触れた。しっかり形を確かめた後、凹凸をなぞるように優しく全体を撫でていく。健は顔を俯かせて、あからさまに肩を跳ねさせた。その度に、賢太郎を制止する声が薄く漏れる。その姿に、いかがわしいことを妄想してしまいそうだった。
そんな健の様を目の保養にしていた賢太郎は、遂に逆襲に遭うことになる。健は賢太郎の手を両手で掴むと、賢太郎の手の親指と人差し指の付け根の交点を思いっきり押した。確か、なにかのツボだった気がする。それを認識する間もないまま、賢太郎は独特の痛みに襲われた。
「そこまで強く押すことないだろ!」
「仕返しだよ。やめろって言ったのに」
健はそっぽを向いたままだ。そんな態度も可愛かったけれど、このままでは触ることすら禁止されそうだったので、賢太郎は許しを求める。健は賢太郎の方に向き直ると、次はないからな、と念を押した。
そんなやりとりの中で、賢太郎の中で大きな錘となっていた心配事が一つ消えていくのを感じる。健が、自分と別れて友人に戻ろうとしているという懸念だ。本当に健がそうしようとしているなら、今みたいなやり取りは出来なかったはずだ。渋滞に巻き込まれた時の優しい声も忘れられない。本当のところは分からないけれど。
何にせよ、腹を割って話すのは今ではない。二人は車を出て、アウトレットモールへと向かった。
「これは予想外だったな」
「俺達、普段は地下鉄しか使わないしな」
焦っても仕様が無いのは分かるが、ここで足止めを食らうとアウトレットモールに到着する時間が遅くなる。つまり、ホテルに着く時間もその分遅くなり、健と気兼ねなく触れあう時間も少なくなる。急く気持ちを抑えながら、賢太郎は安全運転を心がける。視線の端にちらりと盗み見た健は携帯をいじっていた。
「何見てんの」
「アウトレットモールの地図。結構広そう」
「へえ……」
賢太郎は随分気の抜けた反応をしてしまったが、健は気にしていないようだった。全部回るのは骨が折れそうだと考えていると、太腿に健の手が触れた。健からちょっかいをかけられるとは思わず、賢太郎は飛び上がりそうになった。
「賢太郎、疲れてる?」
「それは大丈夫」
「そうか? 元気なさそうだったからさ。考え事?」
「……予定が全部後ろ倒しになるなって思っただけ」
賢太郎は連なる車の群れを見ながら答えた。ホテルで健とイチャイチャする時間が無くなるのが嫌だ、と正直に答えても微妙な空気になるのは分かっていた。健は観光したがっていたし、アウトレットモールに回る時間を短縮するか完全に無視するという選択肢は存在しない。そもそも、そんなことをするならわざわざ車で出向いていない。賢太郎はそれ以降黙っていた。
健は控えめな笑い声をさせたあと、太腿に置いた手を賢太郎の頭に乗せて撫でつける。さっきから賢太郎の心臓は驚き通しだった。
「なんとなく、考えてることは分かる。もし、早く俺に触りたいって思ってくれてるなら、すごく嬉しい」
健の声は、とても優しくて穏やかだった。その言葉を聞けて良かった。そうだよ、と賢太郎は言いたかった。けれど、だったらどうして、とも言いたかった。
「……ずっと我慢してたからな」
それだけ絞り出して、賢太郎は健の手に心を委ねた。健の顔は見れない。
渋滞の列は少しずつ動き出して、目的地に着いたのは予定より一時間も後だった。
アウトレットモールにほど近いところに無事駐車すると、健が飲み物を差し出してきた。礼を言って一口飲む。緊張が解けて、息をゆっくり吐き出した。
「賢太郎、運転してくれてありがとう。疲れただろ」
「大したことないよ、三十分だし。高速道路を走るのは流石に久しぶりだけど、新鮮だった。お前も隣に居るし」
賢太郎は健の手を握る。乾燥して温かな手のひらが、次第に湿気を帯びていった。隙間なく手のひらを密着させていると、健も手を握り返してくれる。
「最近こうやって、触ってない気がする」
健は、賢太郎の口からぽろりと零れた言葉にどう返して良いのか分からないようで、困ったような、申し訳ないような顔をしていた。こんな恨みがましい言い方をしても、健を困らせるだけだ。本当に伝えたかったのはそんなことではない。賢太郎は真っ直ぐな言葉を探す。
「健に触りたい。抱きしめたい。……キスしたい」
言葉にすると、ますます欲求が高まっていく。外には車もたくさん停まっているし、人も歩いている。今、出来るわけがない。分かっている。握る手が汗で濡れていった。
「確かに嬉しいとは言ったけどさ。今すぐは無理だよ」
健はその発言とは裏腹に、固く手を握り締めてきた。表情も少し明るくなっている。相変わらず困ったような顔をしているが、口の端には微笑みが浮かんでいた。
「頭撫でるぐらいなら良いけど、他はホテルまで我慢してくれよ」
健がそう言って頭を差し出してきたので、賢太郎は握っていた手を離して頭を撫でる。癖毛で柔らかい髪の毛が手に纏わり付いてきて、心が安らいだ。健の表情も柔らかい。
撫でる手が耳に触れたとき、健の肩がピクリと動いた。健の顔は平静そのものだったが、心なしか表情が固い気がする。……もしかして、耳が弱いのだろうか。
好奇心と悪戯心に従って、繰り返し健の耳に触れた。しっかり形を確かめた後、凹凸をなぞるように優しく全体を撫でていく。健は顔を俯かせて、あからさまに肩を跳ねさせた。その度に、賢太郎を制止する声が薄く漏れる。その姿に、いかがわしいことを妄想してしまいそうだった。
そんな健の様を目の保養にしていた賢太郎は、遂に逆襲に遭うことになる。健は賢太郎の手を両手で掴むと、賢太郎の手の親指と人差し指の付け根の交点を思いっきり押した。確か、なにかのツボだった気がする。それを認識する間もないまま、賢太郎は独特の痛みに襲われた。
「そこまで強く押すことないだろ!」
「仕返しだよ。やめろって言ったのに」
健はそっぽを向いたままだ。そんな態度も可愛かったけれど、このままでは触ることすら禁止されそうだったので、賢太郎は許しを求める。健は賢太郎の方に向き直ると、次はないからな、と念を押した。
そんなやりとりの中で、賢太郎の中で大きな錘となっていた心配事が一つ消えていくのを感じる。健が、自分と別れて友人に戻ろうとしているという懸念だ。本当に健がそうしようとしているなら、今みたいなやり取りは出来なかったはずだ。渋滞に巻き込まれた時の優しい声も忘れられない。本当のところは分からないけれど。
何にせよ、腹を割って話すのは今ではない。二人は車を出て、アウトレットモールへと向かった。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話
ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。
悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。
本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209
この恋は運命
大波小波
BL
飛鳥 響也(あすか きょうや)は、大富豪の御曹司だ。
申し分のない家柄と財力に加え、頭脳明晰、華やかなルックスと、非の打ち所がない。
第二性はアルファということも手伝って、彼は30歳になるまで恋人に不自由したことがなかった。
しかし、あまたの令嬢と関係を持っても、世継ぎには恵まれない。
合理的な響也は、一年たっても相手が懐妊しなければ、婚約は破棄するのだ。
そんな非情な彼は、社交界で『青髭公』とささやかれていた。
海外の昔話にある、娶る妻を次々に殺害する『青髭公』になぞらえているのだ。
ある日、新しいパートナーを探そうと、響也はマッチング・パーティーを開く。
そこへ天使が舞い降りるように現れたのは、早乙女 麻衣(さおとめ まい)と名乗る18歳の少年だ。
麻衣は父に連れられて、経営難の早乙女家を救うべく、資産家とお近づきになろうとパーティーに参加していた。
響也は麻衣に、一目で惹かれてしまう。
明るく素直な性格も気に入り、プライベートルームに彼を誘ってみた。
第二性がオメガならば、男性でも出産が可能だ。
しかし麻衣は、恋愛経験のないウブな少年だった。
そして、その初めてを捧げる代わりに、響也と正式に婚約したいと望む。
彼は、早乙女家のもとで働く人々を救いたい一心なのだ。
そんな麻衣の熱意に打たれ、響也は自分の屋敷へ彼を婚約者として迎えることに決めた。
喜び勇んで響也の屋敷へと入った麻衣だったが、厳しい現実が待っていた。
一つ屋根の下に住んでいながら、響也に会うことすらままならないのだ。
ワーカホリックの響也は、これまで婚約した令嬢たちとは、妊娠しやすいタイミングでしか会わないような男だった。
子どもを授からなかったら、別れる運命にある響也と麻衣に、波乱万丈な一年間の幕が上がる。
二人の間に果たして、赤ちゃんはやって来るのか……。
とろけてなくなる
瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。
連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。
雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。
無骨なヤクザ×ドライな少年。
歳の差。
【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】
海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。
発情期はあるのに妊娠ができない。
番を作ることさえ叶わない。
そんなΩとして生まれた少年の生活は
荒んだものでした。
親には疎まれ味方なんて居ない。
「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」
少年達はそう言って玩具にしました。
誰も救えない
誰も救ってくれない
いっそ消えてしまった方が楽だ。
旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは
「噂の玩具君だろ?」
陽キャの三年生でした。
一年前の忘れ物
花房ジュリー
BL
ゲイであることを隠している大学生の玲。今は、バイト先の男性上司と密かに交際中だ。ある時、アメリカ人のアレンとひょんなきっかけで出会い、なぜか料理交換を始めるようになる。いつも自分に自信を持たせてくれるアレンに、次第に惹かれていく玲。そんな折、恋人はいるのかとアレンに聞かれる。ゲイだと知られまいと、ノーと答えたところ、いきなりアレンにキスをされ!?
※kindle化したものの再公開です(kindle販売は終了しています)。内容は、以前こちらに掲載していたものと変更はありません。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる