同居人は料理が美味いけど、俺は料理を食べるのが上手い

篠崎汐音

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オレは同居人と先へ進みたい

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 旅行当日、健の表情は最近見た中ではトップクラスの笑顔だった。何だかんだで健も旅行を楽しみにしていたのだと感じられて、賢太郎もつられて頬が緩んだ。
 健はどうだか知らないが、幸い賢太郎は運転に苦手意識はない。手続きをし、荷物を詰め、軽自動車の運転席に座る。健も助手席に乗り込んで、シートベルトを締めた。

 賢太郎はあの日、行為を最後まで出来なくても良いと思っていた。お互い初めてなのだから上手くいかないに決まっているし、賢太郎は健のことをみすみす離す気がなかったので、行為を完遂するのが数年後になったとしても一向に構わなかった。
 そもそもこれから先、健に挿入することが出来なかったとしても、それはそれで良いと思っていた。二人で気持ち良くなれる方法は他にもたくさんある。寧ろ、他の方法から試していくべきだったのかも知れない。まずは二人で愉しむことが一番大事で、できないことはそれこそ時間をかけて慣れて解決していけば良い。二人には圧倒的に経験値が足りないのだから。出来ないことを無理にやろうとする必要はないし、少しずつ積み重ねていけば良い、と賢太郎は考えていた。

 けれど、その考えは全て間違っているかもしれない、と思い始めていた。旅行に出かける数日前から、賢太郎には一つの懸念があった。賢太郎と――誤解を恐れず言うならば、男と――付き合うのは無理だと健が感じたのではないか、ということだ。
 本人にしっかりと確認したわけではない。けれど、健に避けられてしばらく経ってから、賢太郎は気づいてしまった。キスもしない、触れられない今の状態は、二人が付き合う前の――友人だったときの状態と何ら変わりないことに。
 健の望みが、賢太郎と『元に戻ること』だとしたら。もしそうだとしたら、賢太郎にはそれを叶えることは出来ない。友人だったときには考えられないほど、たくさんの健の表情を知ってしまった。今更、何もなかった頃に戻れるわけがない。
 健から離れなければならない……それを想像することすら賢太郎は嫌だった。あんなに可愛い姿を見せておいて、あんなにキスしておいて。あんなに心を許したにも関わらず、そんな悲しいことになってしまうのならば、賢太郎は一生立ち直れないような気がした。……いいや、一生立ち直れるはずがない。

「……賢太郎、どうした?」

 車を発進させない賢太郎に、健は声をかけてくる。健が横にいるのに物思いに耽ってしまったことが情けなかった。今日と明日の丸々二日間、二人でゆっくり過ごせるまたとない機会だというのに。

「悪い、なんでもない。行こうか」

 カーナビに目的地を入力し、幹線道路に入ってからは案内通りに進んでいく。ひとまずの目的地は、ここから高速道路を使って三十分の距離にある、アウトレットモールとテーマパークが併設された観光施設だ。高速道路は海沿いを貫いているので、車内からでも船舶や海が見える。

「そういえば、お前って絶叫系アトラクションは乗れるのか?」

 賢太郎は、何か話題を出したくて健に話しかける。運転中なので健の方を向けないのが非常に心苦しい。

「乗れるに決まってるだろ。じゃなきゃ、今から行くところを候補に出したりしないよ」

 それもそうか、と賢太郎は相づちを打った。実は賢太郎は絶叫系が苦手だ。アトラクションなんて乗った日には、胃の中のものを全て吐き出してしまうだろう。今日寄る施設でも、アウトレットモールでウインドウショッピングする方に気持ちが傾いていた。けれど、そんなことを伝えたら、折角の良い雰囲気が気まずい空気に変化してしまうだろう。こんな話をするんじゃなかった、と賢太郎は後悔した。

「賢太郎は? アトラクション乗れるのか?」
「……実は苦手なんだよ」
「ええ……早く言ってくれれば良かったのに」

 じゃあ今日はショッピングだな、と健は明るい声で言ってくれた。
 賢太郎は、健のそういう優しさが好きだ。賢太郎が出来ないことや苦手なことを無理矢理やらせたり、付き合わせたりしない。それでも一緒にいてくれる。一緒にいる方法を探してくれる。でも、賢太郎だって同じことを考えていた。健に出来ないことがあったとしても、彼と一緒にいたいと願っている。健はそのことに気づいてくれているのだろうか。
 高速道路から見える海の輝きを受けながら、健はどんな表情を浮かべているのだろう、と賢太郎は思いを馳せた。
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