同居人は料理が美味いけど、俺は料理を食べるのが上手い

篠崎汐音

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オレは同居人と先へ進みたい

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 実家を出て以来使っていなかったスーツケースを引っ張り出し、着替えや洗面用具を詰め込む。明日は、同居人兼恋人の健と旅行することが大分前から決まっていた。
 二人の住居は、元々が健の一人暮らしだったため、部屋の広さや間取りが一人暮らしを想定したものとなっている。それは風呂も然りだった。健と二人で湯船に浸かりたいという賢太郎の淡い願いを叶えつつ、風呂以外の目的が欲しいという健の希望を取り入れて、隣の県までドライブすることになっていた。とはいえ、予算の関係上、泊まるホテルは二人の住む県内にあるのだが。もはや日帰り旅行である。
 この旅行で賢太郎が完遂すべき目的は二つある。一つは健と一緒に風呂に入ること。もう一つは、最近余所余所しい健と距離を縮めることだ。

 恋人が最近自分を避けていることに賢太郎は気づいていた。その理由にも心当たりがある。
 数週間前。初めて健の一糸纏わぬ姿を見た。興奮しなかったと言ったら嘘になる。けれど、賢太郎の心持ちとして、健に対する心配の方が勝っていた。健が最初から生気のない顔をしていたからだ。
 健の怯えた表情が心に焼き付いている。まさか、そんな顔を向けられるとは思わなかった。彼が相当不安になっていることが分かったから、抱きしめて、好意を伝えて、名前を呼んだ。健の身体はとても冷えていた。
 健はそれでも頑張ってくれた。目を瞑って耐えていた。初めてのことで不安だったのだろう。賢太郎もそういうことは経験が無かったので、健の様子を見ながら手探りで事を進めていった。
 首筋を舐めると息が上がる。胸を触ると身体が跳ねる。健の変化を全て覚えて、全身にくまなく触れる。手足は冷えていたけれど、健の身体の中心は緩く熱を持っていた。だから、賢太郎も自然と期待が高まっていく。健の全てに触れられると思っていた。
 ……恋人だから立ち入れる領域に、足を踏み入れてみたかった。例えば、今は無理でも、いつかは賢太郎を受け入れてくれるかもしれない所。入れるのは無理でも、その周辺に触れて、存在を確かめたかった。けれど、健に腕を握られて制止された。

「賢太郎、ごめん。無理だ。」

 その時初めて、賢太郎は自分の手も冷え始めていたことに気づいた。健の顔が苦痛に歪んでいて、少なからず衝撃を受けた。どこで間違えてしまったのだろう。まだ自分達には早かったのだろうか。疑問が頭を埋め尽くすばかりで、答えは返ってこない。
 健は謝罪を繰り返すばかりで、一緒の布団にも入ってくれなかった。だから、健が寝た後に勝手にベッドに潜り込んで、後ろから抱きしめた。健は起きてくれなくて、余計に寂しさが募った。

 その日から、健と顔を合わせる時間が短くなった。彼は朝早く出て、帰りは買い物から合流する。食事から風呂の間は時間があるけれど、健は皿洗いや部屋の片づけなど、何かにつけて賢太郎から離れようとして、まともな話が出来た試しがなかった。折角同居しているというのに、明らかに避けられていた。
 健は風呂も賢太郎の後に入るようになって、しかも入浴時間が長くなった。待っている間に睡魔が襲ってきてしまったこともあるし、頑張って起きていたのに健が早々に眠りについてしまったこともある。
 今回の旅行のためにバイトに多く入っていたこともあり、二人でゆっくりするタイミングが見つけられなかった。
 健は、賢太郎の料理を相変わらず褒めてくれる。美味しい、と言ってくれる。食べている間は少し元気になってくれるけれど、時折ぎこちない、寂しそうな笑顔を見せたりする。
 そんな健を見て、賢太郎はフラストレーションが溜まっていた。せめて見つめ合ってキスしたい。たくさん頭を撫でてやりたいのに、それすらも最近出来てない。寝ていて意識のない健にそれらを行っても、虚しい気持ちになるだけだった。
 旅行の計画を早めに立てておいてよかったと思った。二人で旅行がしたいと話したのがあの日の後だったら、健は用事が入ったなどと理由を付けてどんどん先延ばしにするであろうことが目に見えていたからだ。旅行はキャンセルしよう、と言われる可能性も頭を過ったが、健も穏やかな顔で準備を進めていたので、賢太郎は安心した。
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