同居人は料理が美味いけど、俺は料理を食べるのが上手い

篠崎汐音

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同居人と良い雰囲気になってるけど、俺は先へ進むのが怖い

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 一番の目当ては経験者の体験談だ。自分が受け入れる側になるのだろうと考えていた健は、人前では言えないような単語を、震える指で一文字一文字、検索ボックスに入力する。恥で動けなくなる前に検索ボタンを押し、出現した文字の羅列を上から順番に眺めた。
 『経験者による基本の解説』という記事がある。軽く息を吐いた後、リンクの文字に触れた。そのまま下まで読み進める――。

 一通り読み終えた後、健はスマートフォンの画面から顔を離し、ベッドに力なく上半身を投げた。
 健が読んだ記事の中には、男が男を受け入れるために準備しなければいけないことが赤裸々に綴られていた。内部の洗浄の方法、受け入れるための部位の広げ方、挿入の方法、後片付けに至るまでだ。丁寧に扱わないと切れてしまうとか、一回で上手くいくわけではないとか――今までは想像や妄想で補うしかなかった現実が暴かれ、眼前に突きつけられている。
 暴力的なまでに直接的なカタカナの淫語が多用されているのを見るにつけ、何度も胸を殴られているような気分になった。好きな人と惹かれ合って、成り行きで足を踏み入れるのが許されるような安易な世界ではないのだ。自分には覚悟と自覚が足りなかったのだと、健はまざまざと思い知らされた。
 それでも、あっさりと諦めるなんて無理だ。欲を浮かべた賢太郎の瞳が、脳裏に焼き付いたまま離れない。知らない現実に尻込みする後ろ向きな思考より、恋人のために何かしてあげたいという想いの方が勝っていた。

 今日、賢太郎はバイトで、帰宅は夜六時頃になる。一方の健は、午後三時という早い時間に帰宅したというのに、珍しくバイトが入っていない。稀なことだが、こういうときは賢太郎から連絡を貰って健が買い出しに行くことになっている。帰宅後、健が買った食材を使って、賢太郎が晩御飯を作ってくれるのだ。
 買い出しに行ってから午後六時まで賢太郎はいない。その空白の数時間が、賢太郎と繋がるための練習、準備をするチャンスだ。健はベッドから跳ね起きて、外出の支度を始めた。


***


 帰宅した健は、エコバッグの中身を冷蔵庫に詰めていった。買い物リストに載っていた材料を見るに、今日の晩御飯はポトフだろう。

 空のエコバッグを畳み、健は自分のバッグに突っ込まれた秘密の準備道具を恐る恐る取り出した。ローションとゴムだ。どんなものを選んだら良いのか分からず、無難にネットの記事でおすすめされていた種類にした。知り合いに見つからないように、わざわざ少し離れた場所まで自転車を飛ばして買ってきた。……ゴムは、今日は使わないけれど、念のために買っておいた。
 バクバクと心臓が高鳴っているのは、急いで帰ってきたから、というだけではない。不安と、期待と、それらを上回る使命感からだ。
 怖いけれど、賢太郎のために頑張りたい。賢太郎のことが好きだから。その気持ちのまま、ひとり入るのがやっとの広さの浴室に足を踏み入れ、シャワーを浴びて、心の準備をする。
 目を閉じて、賢太郎のことを思い浮かべた。太腿に触れたあの熱を受け入れることができたら、どんな顔をしてくれるんだろう。名前を呼び合ったときの恥ずかしそうな笑顔。健を一心に見つめる真剣な表情。自分しか知らない恋人の顔を、もっと知りたい。ローションを指に出し、後ろに手を伸ばす。初めて触る場所を探ると、背筋がぞわぞわした。言いようもない不安がうごめいている。恋人への想いも、恋人の姿も、その不安を取り除いてはくれない。
 探り出した場所に指を入れようとすると、圧迫感と鋭い痛みが走って、思わず指を離した。体に力が入って、息が落ち着かない。これ以上は無理だと直感し、また別の日に改めて頑張ろうと気を取り直す。けれど、この先に進める気がしなかった。本当に大丈夫なのか、と自問自答したが、答えは出せなかった。
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