同居人は料理が美味いけど、俺は料理を食べるのが上手い

篠崎汐音

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同居人の誕生日は今日だけど、俺は何も用意してない

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「まだ唇がスースーする。細川、歯磨き粉付けすぎなんじゃないか?」

 煮込み終わって皿に移されたクリームシチューを前にして、盛山は苦言を呈した。細川とキスできたことは嬉しいし、準備も気を遣ってやってくれたのは分かるのだが、折角のシチューがひんやりと感じてしまいそうだ。

「歯磨き粉だけじゃない。ガム噛んで、マウススプレー使った」
「これからキスする度に、それ全部するのか?」
「……流石にやりすぎたと思ってるよ。悪かった」

 二人は手を合わせて食べ始める。文句を言うほど唇に清涼感は残っておらず、食事の温かさが冷たさを相殺してくれた。牛乳とチーズが豊かに香って、濃厚で美味しいシチューだ。
 対する細川は、顰め面であまり食べ進めていない。唇どころか口内が極寒なのであろう。このペースでは、食べきる前にシチューが冷めてしまう。勿体ないな、と盛山は思った。

「細川、まだ口の中冷たいか?」
「冷たいというか、キシリトールの味がする」
「ふーん。俺が代わりにもらってやろうか?」
「……本当に? じゃあもらってくれよ」

 細川のその返事は意外だった。心配されなくても全部食べるわ、とシチューを死守されると思っていたのだ。
 ただ、その後の細川の行動は奇妙だった。彼は皿を盛山に寄越すどころか、スプーン置いて、と笑顔で囁いてくる。

「ほら、健。こっち来いよ」
「えっ、何で?」
「ん? もらってくれるんじゃないのか?」

 二人とも、お互いの言動に首を傾げた。何か致命的な思い違いをしているような気がする。

「俺がそっち行くのかよ」
「じゃあオレが行くわ」
「何で細川がこっち来るんだよ。皿だけで結構なんですけど」
「……それだとあげられないだろ?」

 まあいいや、と膝立ちで寄ってきた細川は、盛山の後頭部に手を添えて顔を近づけてくる。盛山は、そこでようやく細川の意図を理解した。

「細川、それ違っ……」

 俺はお前の食事が欲しかったのであって、お前の口の中の冷気をもらう気はない。そう細川に伝えようとしたが、もう手遅れだった。
 唇同士がくっついて、ひんやりとした舌が口の中に入り込んでくる。初めての感覚に硬直して目をきつく閉じたが、細川の手が頭を優しく撫でてくるので、力が抜けていく。細川の舌は、冷気を余すところなく盛山の口内に擦りつけていった。

「健、舌引っ込めるな。出して」
「んん、う……ん」

 粘膜をこすられて舌先に触れられる度に、胸の中からぞわぞわした震えが広がる。その震えは体中の力を更に奪い取って、代わりに熱を生み出した。無意識のうちに細川の胸に縋りつくと、彼は空いた手で盛山を抱えて支えてくれる。体の火照りが、次第に口内にも移っていった。
 頭を撫でてくれていた細川の手が下りて、耳に触れる。くすぐったさと共に微かな快感に襲われて、喉の奥から声が漏れ出た。温くなった細川の舌を舐ると、抱き寄せる力が強くなる。呼吸の合間に唇を離すのも惜しくて、口内の息を夢中で貪り合った。

 盛山は、細川の分のシチューが欲しいという要求を通せなかった悲しみよりも、細川と初めてのことがたくさんできている嬉しさと気持ち良さに満たされていた。ずっとこのままでも良いかもしれない。そう思ったと同時に、目的を果たした細川が唇を離した。

「はあっ……ごほっ」

 肺に新鮮な空気が入ってきて、盛山が咳き込むと、細川が背を軽く叩いて撫でてくれた。盛山は、細川の胸にしなだれかかり呼吸を整えながら、彼の顔を恨めしそうに睨み上げた。
 もっとしてほしかったのに、と文句を言いたかったが、息が上がって上手く話せない。足りない、どうして止めたんだよ。訴えを視線に込めると、細川は柔らかく微笑んで、盛山の唇を指でなぞる。
 
「どうした?」

 細川は、盛山が不服そうな表情をしている理由には気付いていないらしい。優しい声音で甘やかしてくれる細川に、我が儘を言うのがどんどん後ろめたくなってきた。
 そもそも、今は食事の最中だった。欲望のままに細川の唇を求めるのは簡単だが、それではご飯が冷めてしまう。
 それに、さっきのキスの第一目的は、細川の口内環境を正常に戻すことだ。大胆過ぎる手段だけれど、快楽を得るための行動ではない。盛山はそう自分に言い聞かせ、心を落ち着かせる。

「いや、大丈夫。……食べよ。冷めるだろ」
「そっか。そうだな、分かった」

 とは言え、シチューは既に冷めていたので、結局電子レンジで再度温め直す羽目になった。
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