同居人は料理が美味いけど、俺は料理を食べるのが上手い

篠崎汐音

文字の大きさ
上 下
4 / 32
同居人は料理が美味いけど、俺は料理を食べるのが上手い

4

しおりを挟む
 翌日、盛山は起きてからメッセージを確認したが、返信はなかった。
 泊まり込みの集中講義なので、細川はメッセージなど見ている暇もないのかもしれない。細川が最終日に何時に帰ってくるのかも分からなかった。

 ただ、いくら細川と同居しているとはいえ、盛山の交友関係がそこで閉じているわけではない。
 この日は学部の友人と集まってボーリングに行く予定があった。細川のいない寂しさが少しだけでも埋まるかもしれない。
 盛山は朝ご飯のミートパイを味わってから、炊飯器のタイマーをセットして家を出た。

 ボーリングは楽しかった。スコアは振るわなかったが、友人とハイタッチしたり存分に動いたりしたので、高揚感と達成感に満ちていた。帰り道も幸せに包まれていた。
 けれど、帰宅するとどうしても、この楽しさを共有したい「誰か」のことを考えてしまう。友人とはメッセージアプリで繋がっているし、写真だって送られてくる。嬉しいけれど、細川がいないことに変わりはないと思い知らされた。先程まで楽しかった分、落差が激しい。寂しさが倍加している。

 動いて疲れて腹が減ったから、気が弱っているのかもしれない。盛山は昨日の残りのカレーを冷蔵庫から出して、火にかけた。念のために混ぜて火を全体に行きわたらせる。あのスパイシーな香りが部屋の中を包み込んだ。
 皿に盛って食べ進めると、やはり深みと苦味が絶妙にマッチしている。食べるのは二回目なのに、色あせない美味しさだ。皿の中身はすぐに空になった。

 ……物足りない。口寂しい。腹の中じゃなくて、量の話じゃなくて。食べ物の話じゃ、なくて。

 このカレー、リンゴの代わりに何が入ってるんだ?
 これ好きだ。
 美味しい。
 また食べたい。
 次々浮かんでくる素朴な感想を細川に伝えたい。細川に、少しぎこちないけれど嬉しそうな笑みを浮かべてほしい。その顔を目の前で見たい。そういう気持ちがあったから、細川の料理を褒めていたのに。
 細川が作ったものとはいえ、料理だけでは意味がないのだ。

 心の中に芋づる式に浮かんでくるのは、二日前、細川とポトフを食べたときのことだった。
 細川の言う「好き」という言葉に特別な意味を想像していたこと。「間違っている」といけないから踏み込めなかったこと。
 細川の気持ちは分からない。けれど盛山は、自分の気持ちだけは確実に理解してしまった。

 細川にずっと一緒にいてほしい。
 好きという言葉に意地悪な意味だけでなく、真っ直ぐな意味も込めたい。
 細川も同じ気持ちであってほしい。
 細川が帰ってくるのが待ちきれない。早く全て伝えたい。……食事は待てるのに。

 その夜、盛山は深夜まで寝付けなかった。あまり遅くまで起きていると次の日に響く。細川が帰ってくる以外の予定がないとはいえ、できるだけ身なりを整えておきたい気持ちも盛山にはあった。

 願わくば快い返事が欲しい。もし苦い顔をされたら立ち直れない。けれど、その時は受け止めなくてはならないことも分かっている。好きな人の大切な気持ちなのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

処理中です...