都合の良い言葉

篠崎汐音

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 大学時代から八年間付き合っていた江島君に振られたのは、半年前のことだった。私は結婚も考えていたのに、彼はそうではないようだった。美咲のことはもう好きではないから、と彼は申し訳なさそうに告げてきた。
 八年間も付き合っておいて、なんて無責任な人なのだろうと思った。でも、私に何か落ち度があったのかもしれないと無理やり涙を堪えて、別れを受け入れた。大学時代から応援してくれていた友人達にも報告をして、沢山励ましてもらった。次に進んだ方が良いよと言われて、傷ついた心をなんとか奮い立たせていた。

 それなのに今、目を疑う事態が発生している。事の発端は、大学時代からの友人の一人である間橙百合音(まとうゆりね)から、結婚式の招待状が届いたことだ。問題なのは、新郎の欄に江島君の名前が記されていたことだった。式場が、ほんの数ヶ月そこらで手配できるわけがない。
 江島君が二股をかけていて、最終的に百合音を選んだということを、私はその時初めて知った。悔しさと悲しさと、全てのものに対する不信感で胸が埋め尽くされていく。そういえば最近、百合音は友人の集まりに参加していなかった。
 今まで気づかなかった自分を殴りつけてやりたくなる。それ以上に、百合音への憎しみが体全体から沸き立ってきた。
 彼女はどうして、今まで何も言ってくれなかったのだろう。百合音は私と江島君が付き合っているのを知っていたはずなのに。私だけ何も気づかないまま、弄ばれていたのだ。友人だと思っていたのは私だけだったのだろうか。
 大学時代から付き合いのある他の友人たちも、このことを知っていたのかもしれない。私に味方なんていなかったんだ。心臓が締め付けられていって、胸の底がどんどん冷えていった。
 江島君と付き合っていた間は幸せだったはずなのに、その記憶が全て意味のないものへと塗り替えられていく。「美咲の明るくて優しいところが好きだ」と言ってくれていた江島君は、最初から存在しなかったのだろうか。別れの時は耐えていられたはずの涙が、堰を切ったように流れ出す。冷えた胸の底から、どす黒い感情が溢れるのを止められない。
 今まで彼と過ごした時間も、百合音達と過ごした時間も、全てが私を嘲笑っている。どうして、どうしてと問うことしかできない。どうしてこんなに酷いことをするの? 私があなたたちに何をしたって言うのよ!

 携帯が鳴り響いた。大学時代の友人である、小原あざみからの電話だった。招待状のことだというのはすぐに分かった。今の私には、誰かからの言葉を受け取れるほどの余裕はない。電話を取らないでいると、留守電に切り替わって、あざみの肉声がスピーカー越しに聞こえてきた。

「美咲。電話できる状態になったら連絡して。あたしはあんたの味方だからね」

 あざみの言葉を信じていいのかどうか、今の私には判別がつかなかった。ただ、誰かにこの悲しみを知ってほしい。何かに縋れるなら縋りたい。憎しみと不信が私自身を壊す前に、逃げ場が欲しかった。
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