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面倒なものほど愛おしい

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 ベッドが二人分の重さを受け止めて、ギシリと音を立てる。暗い寝室に、厳かな教会の中にいるような冷えた緊張感が漂っている。
 さっきの話だけど、と口火を切ったのは真壁の方だった。

「冗談、だと思ったの?」
「そうじゃない。あなたが生半可な覚悟でああいうことを言う人じゃないって、きちんと分かってるよ。俊明さんが慎重っていうか、怖がりなのは知ってるし。いつか離れるのが嫌だから、一緒にいるのが怖いんだって言ってたこと、覚えてますから」

 宮下の大きな右手が、真壁の頭を輪郭に沿って繰り返し撫でる。子どもに言い聞かせるような丁寧な返答が、張り詰めた雰囲気を和らげた。宮下が自分の性格を分かってくれていること、自分の言葉を信じてくれたことが、真壁は何よりも嬉しかった。
 初めてこの家に泊まったときのことが、真壁の脳裏に浮かぶ。あの頃の自分より、今の方が少しは強くなっていると信じたい。

「悠人くん、人のことよく見てるよな」
「俊明さんのことだからだよ。他のことはあんまり……自分のことですら、ちゃんと分かってないようなものだし。まさか自分が、生意気で捻くれてるように見えるだなんて思ってなかったなー」
「うわ、根に持ってる。ごめんって。心配しなくても、俺よりよっぽど優しくて爽やかな好青年だよ、悠人くんは」
「……捻くれてて、昔のことをずっと根に持ってるのも俺ですよ。一緒にいると、そういう嫌なところが目につくことも増えてくるだろうし。多分、そう簡単には変わらないと思います」

 それでも、俺でいいの?
 言葉にならなかった宮下の問いは、遠慮がちに合わせられた額を伝って真壁に届いた。いいに決まってるだろと念じながら、宮下の頬に手を伸ばす。
 頬を緩ませながら褒めた宮下の長所は確かに好ましいものだけれど、いじけたり拗ねたりする彼の姿を否定しているわけではない。その部分も含めて宮下のことをかわいいと、愛おしいと思っているのだ。

「それでも、いいよ。俺は、悠人くんがいい」

 これまで何度も繰り返してきたはずの、唇を触れ合わせる行為に祈りを込める。心臓の音が煩い。指先が緊張で冷えていき、相対的に、宮下の頬が熱を帯びていくようだった。
 無限にも思えた時間は、終わってみれば一瞬で過去になる。宮下の胸元に頭を預け、唇と指先に残る余韻を記憶に刻みつける。

「渡したいもの、あるんです。ちょっと待ってて」

 寝室を後にした宮下が戻ってきてから、室内が明るくなる。見慣れた寝室が視界に現れたというのに、戻ってきた宮下の表情はいつもより真面目で硬いものになっていて、真壁はそわそわした。

「サイズ合うと思うけど、どうかな?」

 宮下に左手を取られて、薬指に白い輝きが通される。緩やかなウェーブを描くS字の指輪が、ぴたりと指に密着した。予想の千歩先を行く現実が飛び込んできて、思考が停止する。

「俊明さん?」
「あ、……ぴっ、たりだよ」
「……ねえ。俺のも、つけてほしいな」

 小さなリングを受け取り、節の目立つ宮下の指に触れた。もらった指輪と同じものが宮下の指にもはめられていく光景を目の当たりにして、手の震えを止められない。
 一連の動作を澄ました顔でおこなって見せた、宮下の大胆さが羨ましい。場数を踏んだが故の落ち着きを見せるのはいつも宮下で、冷静でいられないのは自分ばかり。一応、年上なのに。
 ちら、と宮下の表情を伺った。幸福をたたえた照れくさそうな笑顔がそこにある。それを目にしただけで、真壁の焦りは消え失せた。こんな状況で、平静な心持ちでいられるわけがない。宮下だって、逸る気持ちを抑えていたのだ。

「あなたの臆病なところも、ちょっと僻みっぽいところも、優しくて俺の気持ちを考えてくれるところも大好きです。俺、俊明さんにとって、代わりのきかない存在でありたい」
「……もう、唯一無二の存在だよ。ありがとう。大切にする。指輪も、もちろん君のことも」

 止まっていた思考が動き出して、ようやく幸せの実感が伴ってきた。この喜びは一人で受け止めきれる大きさではない。どちらからともなく抱き合って、感情の奔流をやり過ごす。好きだ、絶対離さない、愛してる。全部伝えたら嘘に聞こえてしまうような甘い言葉が、出口を求めて体の中を巡っている。……宮下の肌に触れたい、体の奥で彼を感じたいという色情も一緒に折り重なって、胸の中に溜まっていった。

「あ、……んん、なんでもない」
「ん、なあに」
「ほんと、なんでもない。このままが、良いなって」

 口から出かかった欲気を笑って誤魔化す。今はまだ、宮下の温もりに包まれていたかった。しかし、当の相手は不満顔で、真壁を抱きしめたまま体重をかけ、ベッドに押し倒した。

「……俺は、このままだと良くないんですけど」

 したいです、と甘えた低い声で呟きながら、真壁の衣服をはだけさせ、口付けを繰り返す。たくさんの想いが折り重なった胸の底で、宮下を求める欲望に火が付くのを感じた。
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