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螺旋階段は同じ所を通らない

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  それから一週間後、二人で待ち合わせて晩御飯を食べてから、駅近くのビル七階にあるカラオケに入った。
 時刻は午後七時。部屋は三時間取った。二人して席に着いたのだが、気まずい沈黙の時間が流れる。
 元々知り合いだったし、趣味が同じで気が合うとは言え、真壁と宮下が連絡を取り合うようになってから二週間しか経っていない。二人とも歌うことは好きかもしれないが、それを相手に見られるのは気恥ずかしいものだ。

「……ええと、宮下さんからどうぞ」
「え、そんな……ええと、カラオケって最初、何入れれば良いんでしょうね。いつも迷うんです」
「俺達が共通して好きなバンドがありますよね。スパイラルって言うんですけど、ご存じでしょ?」
「そりゃ知ってますけど、スパイラルの音域は俺には高すぎるんですよ。聞いてのとおり、声が低いので」
「キー下げたり、オク下で歌ったりはしないんですか?」
「や、なんかそれは違うというか……俺、原曲キーで入れたい人間なんですよ」
「その気持ちは分かりますけどね」

 うだうだ話しているうちに時間は過ぎていく。宮下は結局、スパイラルではない別のバンドの曲を入れていた。名前しか知らないバンドだったが、宮下が歌っていると言うだけで親近感が湧く。今度聞いてみようかと思い、スマートフォンにバンド名と曲名をメモしておいた。

 宮下の声は低いのに優しさに溢れていて、圧力を感じない。仕事で普段見せる腰の低さも、真壁が年上だからとか仕事で付き合いがあるからではなく、宮下本来の性格から来ているのかもしれないと感じられた。
 二人の歌った曲で塗り替えられていく履歴欄を見ながら、真壁の心は高揚していった。まるで、協力して一つの絵を書き上げたかのような達成感が、胸に満ちている。

「真壁さんって本当に歌上手いですね。高音がきちんと出るなんて羨ましいなあ」
「代わりに俺は低い声出ませんけどね。宮下さんも上手いじゃないですか」

 部屋を取っている間にずっと歌っているのは至難の業で、休憩時間が必要になる。二人してドリンクを煽って一息つくが、お喋りが止まらないので喉も口も休まらない。

「そうだ、真壁さん。今度、一緒にライブのDVD見ませんか? 俺、昔のライブ映像持ってるんですけど、知らない曲が多かったから今まで見てなかったんです。真壁さんにお勧めされた曲も収録されてたので、良ければぜひ真壁さんと見たいんですが」
「それ、俺も興味あります。でも、夜に家にお邪魔するのはご迷惑になりません?」
「そんなことないですよ、気にしないで下さい。また日程合わせましょう」

 日だまりのように穏やかな宮下の微笑みを見て、真壁の心は歓喜に沸いた。人の家に遊びに行くなんて何年ぶりだろう。
 宮下の仕事の負担にならないよう、今度は土曜日の夜に目星を付けて予定を調整することになった。

 あのライブの日以降、連絡無精というよりは連絡を取る相手がそもそもいない真壁のメッセージ欄は、宮下とのやり取りで埋められていく。
 大学時代の友人とやむを得ない理由で疎遠になってしまった真壁にとって、宮下は久しぶりにできた、定期的に会って連絡を取り合う友人だった。しかも趣味が同じなので、必然的に心の距離が縮まる。 

 宮下からお願いされたこともあり、真壁は宮下に対する敬語を外し、彼をくん付けで呼ぶようになった。対する宮下は敬語を崩さなかったが、お互い普通に話そうと真壁は提案した。
 宮下は躊躇っていたが、呼び方はそのままに、敬語と柔らかいタメ口を混ぜて話しかけてくるようになった。彼なりに敬意と友情の折り合いを付けたつもりなのだろう。仕事のときと違う話し方をされる度に、胸がくすぐったくなるのを真壁は感じていた。
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