上 下
3 / 43
螺旋階段は同じ所を通らない

3

しおりを挟む
 向かった先は、野菜を中心とした創作料理が推しの居酒屋だった。菜食志向の女性から密かな人気を集めているらしく、客層は二十代から三十代の女性が半分を占めている。カップルは殆ど見当たらず、友人同士で訪れる客が多いようだ。テーブルと椅子は木目調の柄が入った茶色で統一されており、ディスプレイのガラスケースの中には、パプリカや人参などの色とりどりの野菜達が綺麗に並べられている。

「宮下さん、こういうところよく知ってますね」
「会社の忘年会の二次会で来たことがあるんですよ。料理が美味しかったので、また来ようと思ってたんです」
「へえ、楽しみだなあ。お勧めを教えて下さいよ」
「勿論。この野菜たっぷりアヒージョとレンコンのピザはお勧めですよ」
「レンコンの、ピザ……?」
「ピザにレンコンが敷き詰められてるんです。あの、本当に美味いので、俺のこと信じて頼んでみて下さい」
 
 眉間に皺を寄せた真壁に、宮下は自信ありげな視線を寄越した。
 宮下は、「僕のこと信じてやってみてください」という台詞を最後の一押しに使うきらいがある。自分に自信のない真壁にとって、その言葉をトドメに使おうとする精神状態は理解できなかった。
 それでも、宮下がそう言うと、少し信じてみようかという気持ちになるのだから恐ろしい話だ。宮下は平時から自信満々の振る舞いをしているかというとそうではなく、普段は腰が低く、謙虚で誠実で穏やかな性格だ。そんな男に信じてくれと言われたら、多少の力になってあげたいと思うのは人の性ではないだろうか。そして、大抵彼を信じて動いてみると、上手くいくことが多いのだ。
 なるほど、彼が職場のおば様方に好かれるわけだ。真壁は一人で勝手に納得していた。

 レンコンのピザは、宮下の言うとおり本当に美味しかった。海苔とチーズの上に、レンコンが所狭しと敷き詰められているものだったのだが、レンコンはシャキシャキした歯ごたえで味もあっさりしており、塩味の効いたチーズと良く合う。
 「美味いな」と真壁が一言零すと、宮下はしたり顔になった。会社でやり取りするとき、謙虚さから離れた表情を宮下が見せたことはなかったので意外だったが、今はプライベートなので気を緩めているのだろう。そんな宮下の姿がいじらしくて、真壁の口角は自然に上がっていた。

 オーダーしたものを粗方食べ尽くし、後はデザートを待つのみとなったとき、宮下は細長い紙切れを差し出してきた。

「真壁さん。これ、今度一緒にどうでしょう」 

 それは、カラオケの室料十パーセント割引券だった。期限は今月末だ。
 真壁は歌うことが好きだった。大学時代にはアカペラサークルに入っていたけれど、最近めっきり歌っていない。

「真壁さんってカラオケ大丈夫な人ですか?」
「歌うのめっちゃ好きですし、ぜひご一緒したいです。でも、俺と宮下さんって休みが合わないじゃないですか。今日みたいな金曜日の夜なら、宮下さんの負担にもならないですか?」
「そうですね、そうしていただけると助かります。来週なんてどうですか? 真壁さんもお休みでしたよね?」
「そうっすね。予定もないですし、その日にしましょう」

 休みの日に予定はないです、なんて自分で言ってて悲しくなってくるが、事実なので仕方がない。でも、それで宮下との交友を深められるなら、それも良いと思えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

記憶喪失の僕は、初めて会ったはずの大学の先輩が気になってたまりません!

沈丁花
BL
__ 白い世界と鼻を掠める消毒液の匂い。礼人の記憶はそこから始まる。 小学5年生までの記憶を無くした礼人(あやと)は、あるトラウマを抱えながらも平凡な大学生活を送っていた。 しかし、ある日“氷王子”と呼ばれる学年の先輩、北瀬(きたせ)莉杜(りと)と出会ったことで、少しずつ礼人に不思議なことが起こり始めて…? 過去と今で揺れる2人の、すれ違い恋物語。 ※エブリスタで“明日の君が笑顔なら”という題名で公開している作品を、内容がわかりやすいタイトルに改題してそのまま掲載しています。

晴れの日は嫌い。

うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。 叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。 お互いを利用した関係が始まる?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

陽気な吸血鬼との日々

波根 潤
BL
バイト帰りに男が倒れているのを見つけた面倒くさがりな高校生、杉野清飛(スギノ セイト)はなけなしの良心から彼を助けようと声をかける。 男は杉野の亡き母がその存在を嬉々として語っていた吸血鬼であった。 それをきっかけに始まる奇妙にも穏やかな共同生活。 湧きあがる感情に戸惑いつつも、杉野は陽気な吸血鬼との日常に心地よさを抱き初める。 しかし、吸血鬼にはある秘密があってーー。 陽気で面倒見の良い吸血鬼×投げやりで面倒くさがりな高校生のお話です。 ※吸血鬼について独自の設定とふんわりとした解釈のお話になってるので、思っているようなお話ではないかもしれません。優しい目で見てくださるとありがたい。 (自分としては)ハッピーエンドの予定です。 BL小説を書くのは初めてですが、楽しんでくだされば幸いです。

処理中です...