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3章

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 芦尾に声をかけられたことで、誠は自分の今の表情に陰りが出ていたことを悟り、即座に鉄壁の無表情を貼り直した。自分だけが覚えていれば良いと割り切るには大きすぎるものを手放してしまったのかもしれない。そんな誠の顔色を窺ってか、芦尾は心配そうな表情をしている。
 自分で全てを消したくせに、そのことを今更悔やむような態度を表には出せない。ましてや、芦尾はるりのファンだ。どっち付かずな振る舞いを見せて困惑させたくなかった。勝手に湧き出て制御できない、中途半端なプロ意識が厭わしい。るりとしての人生を捨てることに決めたのだから、正義感に似た感情も、胸に残る罪悪感も割り切るべきなのに、誠には思い切ることができない。
 楽しく喋り倒していたものの、芦尾は要所要所で誠に配慮しながら話していた。誠と芦尾の関係は推しとファンで、対等ではない。始まりはそこからだったけれども、これからもその幻想の関係を続けていくのは健全ではない。誠はもう、芦尾の求める「推し」としての自分を捨てたのだから。誠に出来ることといえば、芦尾のるりへの感情を断つ手伝いをすることくらいだ。
 芦尾は誠の様子を見ながら、食器を片付けていく。誠もそれに倣って、シンクに食器を置いていく。そのまま部屋に戻るのも気が引けたので、洗ってやるかと誠はスポンジに手を伸ばそうとしたが、芦尾が先に洗剤を手に取り制してきた。芦尾が皿を洗っている間、誠は所在なく落ち着かなかったが、いつもだったらすぐに和室に戻っていたことを思い出す――「じゃあ、また」と声だけかけて戻ろうとした。芦尾は「うん、」と頷いたもののの、誠の表情を伺いながら目線をうろうろさせていた。後に続く言葉を探していたようだが、水流の音だけが流れ続け、なしくずし的にお開きになった。
 芦尾が話すのを待ってやった方が良かっただろうか、いや、むしろ話しすぎたか? 誠は自分の行動に後ろめたさを感じていた。けれど、これ以上は胸の内を晒すことになってしまいそうで、一旦落ち着いて、冷静になりたかった。

 その日から、晩御飯のときに芦尾と話すことが増えてきた。新しい配信者を生み出すんだと豪語した割に計画が上手く進まないのもあって、芦尾との話は良い気晴らしになった。過去るりが配信したゲームを製作した会社が新作を出すとか、どこのメーカーのPCが一番性能が良いかなどのコアな趣味の話が多かったが、芦尾は誠の話に大体付いてきてくれたし、機器類に関しては芦尾の方が知識を持っていた。職場の同僚が詳しいらしい。とは言え、芦尾自身の高い理解力や知識があってこそ、そういう話を吸収し、自分のものにできるのだろう。

「そういえば、新しい配信者|《子》の準備はどう? 進んでる?」
「あー……方向性が定まらなくて迷走中」
「そうなんだ。一朝一夕にはいかないよなあ」
「そー。どうしたもんかなって感じ。つかアンタさあ、切り替え早すぎだよ。女の子だと思ってた配信者が男だったって分かったんだから、少しは思うところあるんじゃねーの?」

 芦尾は誠の出方を伺うような話し方をするので、自分のことを話題にすることは少ない。たまにこうして、誠から水を向けてやらないと、芦尾の内心については分からないのだった。
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