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3章
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「分かった。それじゃあ遠慮なく使わせてもらう。そんで、後出しされたくないから今聞いとくけど、オレを何目的で連れ込もうと思ったわけ?」
「目的、って言われてもな。誠は俺にとって恩人みたいな人だから、そういう人の助けになれるのは嬉しいと思ったけど」
誠が先制して切り出すと、芦尾ははにかみながら答えた。誠としては拍子抜けだ。いくら芦尾が人の良さそうな青年であっても、家にタダで置いてもらえるなんて誠は思っていなかった。芦尾だって、今はただの厚意で「家に置いてやろう」と思ってくれてはいても、いずれは誠に何かを引き換えに要求してくるかもしれない。無償で他人に優しくするような人間などいない。事前に要求されうるものを設定して、最低限それだけ渡しておけば、それ以上のものをむしりとられるようなことは避けられるだろうと誠は考えていた。
「じゃあ、なんかほら、条件とかないわけ? オレのこと家に置く代わりに家事炊事させるとか、毎月何円払うとか」
「恩人にそんなことさせられないよ。その辺りのことは気にしないで。誠を家に呼んだのは、俺がやりたくてやったことなんだから」
「へー。その言葉、覚えたからな。後から家賃とか言ってうだうだ要求したりすんなよ」
「はいはい、分かった。あ、でも一個だけ」
「はあ?! なんかあんのかよ」
「誠がここにいる間、ご飯は一緒に食べよう。平日は仕事してるから、晩御飯だけになるけど。それ以外で、俺と顔を合わせたり、何かしなきゃいけないっていう義務は誠にはないよ。強いて言うなら、自分が使ってなくなったトイレットペーパーの芯とかは代えてほしいけども」
「子供のしつけかよ。まあいいや。メシは一緒に食えば良いんだな。それはオレに作らせるの?」
「俺が作るから大丈夫。簡単なもので良ければだけど、食べたいものを言ってくれれば頑張って作るよ。他に気になることがあれば言ってね」
人差し指を立てながらにこりと微笑んだ芦尾に、誠は毒気を抜かれた。「子供のしつけか」と軽く流してしまったが、他人と暮らす中で、個々の生活習慣や細かな部分の価値観というのが意外と馬鹿にできないことくらい誠にも分かっている。
「普通はこうするだろ」と思う部分が、他人と自分とでは大きく食い違うことはザラだ。しかし、自分が「当たり前」だと思っていることを逐一全て言語化できる人間はほとんどいない。認識の違いは事前には分からないから、擦り合わせも難しい。お互いの認識に齟齬がある場合、それが露になった瞬間に一つ一つ対応していく必要があるのだが、丁寧な対応には多大な労力が伴い、次第に面倒になっていくものだ。結果的に、立場が弱い者が齟齬を埋めるよう、言外に圧力をかけられるのが常である。
「ちなみに、誠がいるいないに関わらず、俺から和室に立ち入ることもしないよ。そういうことで大丈夫?」
「ん、そうして。……それと、ここから出ていくときは声かけた方が良い?」
誠は言ってから後悔した。聞いても意味のないことを聞いてしまった。芦尾がどう思うかなんて、誠には関係ない。声をかけてと言われたとしても、芦尾の不在時に何も言わずに出ていけばいい。
「そう、だなあ。声をかけてくれたら良いかもしれないけど……そこは、誠に任せるよ」
眉を下げながら困った表情で、誠にとって都合の良い答えを返す芦尾も大概だ。誠は身体中から力が抜けるようだった。
「目的、って言われてもな。誠は俺にとって恩人みたいな人だから、そういう人の助けになれるのは嬉しいと思ったけど」
誠が先制して切り出すと、芦尾ははにかみながら答えた。誠としては拍子抜けだ。いくら芦尾が人の良さそうな青年であっても、家にタダで置いてもらえるなんて誠は思っていなかった。芦尾だって、今はただの厚意で「家に置いてやろう」と思ってくれてはいても、いずれは誠に何かを引き換えに要求してくるかもしれない。無償で他人に優しくするような人間などいない。事前に要求されうるものを設定して、最低限それだけ渡しておけば、それ以上のものをむしりとられるようなことは避けられるだろうと誠は考えていた。
「じゃあ、なんかほら、条件とかないわけ? オレのこと家に置く代わりに家事炊事させるとか、毎月何円払うとか」
「恩人にそんなことさせられないよ。その辺りのことは気にしないで。誠を家に呼んだのは、俺がやりたくてやったことなんだから」
「へー。その言葉、覚えたからな。後から家賃とか言ってうだうだ要求したりすんなよ」
「はいはい、分かった。あ、でも一個だけ」
「はあ?! なんかあんのかよ」
「誠がここにいる間、ご飯は一緒に食べよう。平日は仕事してるから、晩御飯だけになるけど。それ以外で、俺と顔を合わせたり、何かしなきゃいけないっていう義務は誠にはないよ。強いて言うなら、自分が使ってなくなったトイレットペーパーの芯とかは代えてほしいけども」
「子供のしつけかよ。まあいいや。メシは一緒に食えば良いんだな。それはオレに作らせるの?」
「俺が作るから大丈夫。簡単なもので良ければだけど、食べたいものを言ってくれれば頑張って作るよ。他に気になることがあれば言ってね」
人差し指を立てながらにこりと微笑んだ芦尾に、誠は毒気を抜かれた。「子供のしつけか」と軽く流してしまったが、他人と暮らす中で、個々の生活習慣や細かな部分の価値観というのが意外と馬鹿にできないことくらい誠にも分かっている。
「普通はこうするだろ」と思う部分が、他人と自分とでは大きく食い違うことはザラだ。しかし、自分が「当たり前」だと思っていることを逐一全て言語化できる人間はほとんどいない。認識の違いは事前には分からないから、擦り合わせも難しい。お互いの認識に齟齬がある場合、それが露になった瞬間に一つ一つ対応していく必要があるのだが、丁寧な対応には多大な労力が伴い、次第に面倒になっていくものだ。結果的に、立場が弱い者が齟齬を埋めるよう、言外に圧力をかけられるのが常である。
「ちなみに、誠がいるいないに関わらず、俺から和室に立ち入ることもしないよ。そういうことで大丈夫?」
「ん、そうして。……それと、ここから出ていくときは声かけた方が良い?」
誠は言ってから後悔した。聞いても意味のないことを聞いてしまった。芦尾がどう思うかなんて、誠には関係ない。声をかけてと言われたとしても、芦尾の不在時に何も言わずに出ていけばいい。
「そう、だなあ。声をかけてくれたら良いかもしれないけど……そこは、誠に任せるよ」
眉を下げながら困った表情で、誠にとって都合の良い答えを返す芦尾も大概だ。誠は身体中から力が抜けるようだった。
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