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3章
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「ここってさ、アンタ以外の人住んでないの?」
荷物を運び終えた後、誠は単刀直入に尋ねた。芦尾は少し困った笑顔を浮かべながら頷いた。
誠には一つ思い当たることがある。去年、動画のお悩み相談企画の打ち合わせのために、初めてお雪こと芦尾と通話したとき、芦尾は「同居していた婚約寸前の彼女にフラれた」と言っていた。つまり、誠の推論ではあるが、芦尾は元カノと破局した後、一人でファミリー向けの物件に住んだままなのだ。失恋の痛手を乗り越えられていないのか、引っ越しの手続きに手間取っているのか、はたまた別の理由があるのか。誠にはその内実を推し量ることはできない。
「ここ、2LDKなんだけどね……去年君に話したこと、まだ覚えてるか分かんないけど、元カノに出ていかれたままなんだ」
「覚えてるよ。結婚寸前に婚約破棄した奴だろ? 敢えて引っ越さなかった想い出の家に、オレみたいな余所者紛れ込ませて良いわけ?」
「全然、良いよ。俺がここに留まってるのは、元カノのこと引きずって感傷に浸ってるからだと思われてるかもしれないけど、逆だ。こだわってなくて、わざわざ引っ越すの面倒だからここにいるだけだよ」
「つっても2LDKに一人で住んでると、掃除とか大変でしょ」
「正直、使ってないところは放置気味だよ。だから、誠が来てくれることになって良かったと思ってる。普段は和室なんて全然使ってなくて、虚無の部屋だったから」
「虚無、ねえ。何か適当なものでも置いて誤魔化せば良かったのに」
「過ぎたことだってのは分かっちゃいるんだけど、思い出すのは不愉快なんだよ。出来るだけ立ち入りたくなかった。でもせめて……少しの間だったとしても、この虚無が誰かのために役立つなら悪くはないなって、今は思ってるよ」
芦尾は所々やさぐれた言葉遣いをするものの、表情や声色は一定で、平静を保っていた。誠という居候が増えることを喜んでいると繰り返し前向きに伝えて、気を遣わせないようにしてくれているのも、誠からすれば好印象だ。今まで誠が頼ってきた頼りにならない男達を思い返すと、態度だけはでかかったが実際の中身に豪胆さが伴っていない者ばかりだった。今のところ芦尾は、それらの男達とは正反対のように見受けられた。芯はしっかりしているけれど、控えめで穏やかな男に見える。意地の悪いことを言えば、お人好しなところも御しやすそうで悪くはない。
誠はこれからここに間借りする身ではあるが、変に萎縮する必要なく過ごせそうな予感がした。むしろ上手く振る舞えば、優位に立ち回ることもできそうだ……と少し欲張った考えまで出てくるほどには、誠は芦尾に気を許していたし、芦尾を舐めていたし、油断していた。
荷物を運び終えた後、誠は単刀直入に尋ねた。芦尾は少し困った笑顔を浮かべながら頷いた。
誠には一つ思い当たることがある。去年、動画のお悩み相談企画の打ち合わせのために、初めてお雪こと芦尾と通話したとき、芦尾は「同居していた婚約寸前の彼女にフラれた」と言っていた。つまり、誠の推論ではあるが、芦尾は元カノと破局した後、一人でファミリー向けの物件に住んだままなのだ。失恋の痛手を乗り越えられていないのか、引っ越しの手続きに手間取っているのか、はたまた別の理由があるのか。誠にはその内実を推し量ることはできない。
「ここ、2LDKなんだけどね……去年君に話したこと、まだ覚えてるか分かんないけど、元カノに出ていかれたままなんだ」
「覚えてるよ。結婚寸前に婚約破棄した奴だろ? 敢えて引っ越さなかった想い出の家に、オレみたいな余所者紛れ込ませて良いわけ?」
「全然、良いよ。俺がここに留まってるのは、元カノのこと引きずって感傷に浸ってるからだと思われてるかもしれないけど、逆だ。こだわってなくて、わざわざ引っ越すの面倒だからここにいるだけだよ」
「つっても2LDKに一人で住んでると、掃除とか大変でしょ」
「正直、使ってないところは放置気味だよ。だから、誠が来てくれることになって良かったと思ってる。普段は和室なんて全然使ってなくて、虚無の部屋だったから」
「虚無、ねえ。何か適当なものでも置いて誤魔化せば良かったのに」
「過ぎたことだってのは分かっちゃいるんだけど、思い出すのは不愉快なんだよ。出来るだけ立ち入りたくなかった。でもせめて……少しの間だったとしても、この虚無が誰かのために役立つなら悪くはないなって、今は思ってるよ」
芦尾は所々やさぐれた言葉遣いをするものの、表情や声色は一定で、平静を保っていた。誠という居候が増えることを喜んでいると繰り返し前向きに伝えて、気を遣わせないようにしてくれているのも、誠からすれば好印象だ。今まで誠が頼ってきた頼りにならない男達を思い返すと、態度だけはでかかったが実際の中身に豪胆さが伴っていない者ばかりだった。今のところ芦尾は、それらの男達とは正反対のように見受けられた。芯はしっかりしているけれど、控えめで穏やかな男に見える。意地の悪いことを言えば、お人好しなところも御しやすそうで悪くはない。
誠はこれからここに間借りする身ではあるが、変に萎縮する必要なく過ごせそうな予感がした。むしろ上手く振る舞えば、優位に立ち回ることもできそうだ……と少し欲張った考えまで出てくるほどには、誠は芦尾に気を許していたし、芦尾を舐めていたし、油断していた。
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