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2章
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るりの見た目は二次元の絵であるので、そのまま同じ外見の人間が生身で存在しているわけではない。それは、誠のみならず視聴者も理解しているはずの前提条件であり、世の理である。一方、姿も声も女の子なら、中の人だって姿は違えど女の子だろうと考えるのも自然な成り行きだ。誠は、るりの中の人が男であると宣言したことはない。自ら望んで幻想を纏い、理想と現実の間隙にるりを存在させていた。一つ間違えれば脆く崩れ去ってしまう砂上の楼閣のような存在に、誠は自らの手で傷を付けることになってしまった。だから、幻想にまつわるもの全てに手ずから幕を引くことでケジメを付けるつもりだった。
更に言えば、こちらが本命なのだが、誠はインターネットの恐ろしさをよく理解していた。恐れすぎていると言っても過言ではなかった。本人に繋がる情報を少しでも漏らせば個人の特定に繋がる、油断のならない世界。例えそれがただの一声であったとしても、現実の自分へと繋がる糸口になってしまう。誠にとっては一番避けたい事態だ。
今の家で過ごした期間と、西園寺るりとして活動していた時期はほぼ同じだった。二年という歳月への懐かしさや執着を、潮時という言葉で切り捨てるのは誠にとって容易かった。この家に来る前だって、ずっと同じように諦めてきた。ここで暮らした思い出よりも、今ここにいる自分の身を守る方が誠にとっては大事なのだ。誠は既に今の家を引き払うための手続きを済ませていたが、次の場所のあてはなかったので、近場のホテルやウィークリーマンションを探している最中だった。住み始めて二年になるこのワンルームから、西園寺るりだけでなく、高井戸誠という男が存在した痕跡さえも消すつもりだった。
そう決心しつつも、今までファンからもらったプレゼントを処分するのは気が引けてしまい、ほとんど手元に残すことになってしまった。「ありがとう」の文字と愛嬌のあるもっちりしたパンダのイラストが入った白地のロングTシャツや、例のお雪からの贈り物であるBluetoothのイヤホンなど、ほとんどはお悩み相談のお礼でもらったものだったので、目に入るにつけ、一人一人の相談内容の断片が誠の脳裏に思い出され、誠の動きはその都度鈍った。
ロングTシャツの送り主は、束縛してくる同居家族との関係に悩んでおり、誠もつい熱を込めて話し込んでしまった。冷静な第三者目線で話せなかったことをお詫びしたときも、「親身になってくれて嬉しかった」と涙声で返してくれる心優しい相手で、誠も救われたような気分だったことを覚えている。対するお雪は、初めは掴みどころがなく、何を考えているのか分からなかった。話を聞くうちに、自分の気持ちを抑え込むことで事態の収束を図ろうとするお雪の性質を目の当たりにし、「なんて損な性格の奴だ」と内心呆れたものだ。今、部屋の前を彼からの荷物で散らかされるという事態のせいで憤りを抱いてはいるものの、一年生き延びて息災だったことが分かって、誠は実は安堵していたほどだ。
結局、新生活で役に立つかもしれないという理由を付けて、貰ったプレゼントはできる限り持ち出すことにしていた。服やパソコンの周辺機器は有難く使わせてもらうことにしたが、一部のプレゼントの処遇にはかなり頭を悩まされた。
ファンからは、るりは当然女の子と思われている。そのため、プレゼントの内訳は、少しお高めのお菓子と化粧品、そしてアクセサリーが合わせて三分の二を占めていた。消え物はその都度ありがたく腹に納めさせていただいたし、化粧品の中でもスキンケアの類いは誠の肌の健康にやっぱり役立ってくれたが、メイクアップ用品とアクセサリーだけは如何ともしがたい。白色に輝く蝶のモチーフの髪留めや、紫の髪色に合わせたパステルカラーのアイシャドウなどの、西園寺るりというガワに合わせて贈られたものたちは、一般女性が外に付けていくのにも派手なものなのだから、男である誠には言わずもがなだ。せめてシンプルなシルバーアクセだったらどんなに良かったことか――しかし、貰いものに文句を言うことはできない。大事なのは気持ちであり思いであると分かっているからである。幸いアクセサリー類はさほど幅を取るものではなかったので、高級菓子の箱の中に収めたものの、スーツケースの底に眠ったままであった。切り捨てる、などと言葉では軽く言えるが、実行に移すのはこんなにも難しいのかと、誠は自分の甘さを嘆いた。
更に言えば、こちらが本命なのだが、誠はインターネットの恐ろしさをよく理解していた。恐れすぎていると言っても過言ではなかった。本人に繋がる情報を少しでも漏らせば個人の特定に繋がる、油断のならない世界。例えそれがただの一声であったとしても、現実の自分へと繋がる糸口になってしまう。誠にとっては一番避けたい事態だ。
今の家で過ごした期間と、西園寺るりとして活動していた時期はほぼ同じだった。二年という歳月への懐かしさや執着を、潮時という言葉で切り捨てるのは誠にとって容易かった。この家に来る前だって、ずっと同じように諦めてきた。ここで暮らした思い出よりも、今ここにいる自分の身を守る方が誠にとっては大事なのだ。誠は既に今の家を引き払うための手続きを済ませていたが、次の場所のあてはなかったので、近場のホテルやウィークリーマンションを探している最中だった。住み始めて二年になるこのワンルームから、西園寺るりだけでなく、高井戸誠という男が存在した痕跡さえも消すつもりだった。
そう決心しつつも、今までファンからもらったプレゼントを処分するのは気が引けてしまい、ほとんど手元に残すことになってしまった。「ありがとう」の文字と愛嬌のあるもっちりしたパンダのイラストが入った白地のロングTシャツや、例のお雪からの贈り物であるBluetoothのイヤホンなど、ほとんどはお悩み相談のお礼でもらったものだったので、目に入るにつけ、一人一人の相談内容の断片が誠の脳裏に思い出され、誠の動きはその都度鈍った。
ロングTシャツの送り主は、束縛してくる同居家族との関係に悩んでおり、誠もつい熱を込めて話し込んでしまった。冷静な第三者目線で話せなかったことをお詫びしたときも、「親身になってくれて嬉しかった」と涙声で返してくれる心優しい相手で、誠も救われたような気分だったことを覚えている。対するお雪は、初めは掴みどころがなく、何を考えているのか分からなかった。話を聞くうちに、自分の気持ちを抑え込むことで事態の収束を図ろうとするお雪の性質を目の当たりにし、「なんて損な性格の奴だ」と内心呆れたものだ。今、部屋の前を彼からの荷物で散らかされるという事態のせいで憤りを抱いてはいるものの、一年生き延びて息災だったことが分かって、誠は実は安堵していたほどだ。
結局、新生活で役に立つかもしれないという理由を付けて、貰ったプレゼントはできる限り持ち出すことにしていた。服やパソコンの周辺機器は有難く使わせてもらうことにしたが、一部のプレゼントの処遇にはかなり頭を悩まされた。
ファンからは、るりは当然女の子と思われている。そのため、プレゼントの内訳は、少しお高めのお菓子と化粧品、そしてアクセサリーが合わせて三分の二を占めていた。消え物はその都度ありがたく腹に納めさせていただいたし、化粧品の中でもスキンケアの類いは誠の肌の健康にやっぱり役立ってくれたが、メイクアップ用品とアクセサリーだけは如何ともしがたい。白色に輝く蝶のモチーフの髪留めや、紫の髪色に合わせたパステルカラーのアイシャドウなどの、西園寺るりというガワに合わせて贈られたものたちは、一般女性が外に付けていくのにも派手なものなのだから、男である誠には言わずもがなだ。せめてシンプルなシルバーアクセだったらどんなに良かったことか――しかし、貰いものに文句を言うことはできない。大事なのは気持ちであり思いであると分かっているからである。幸いアクセサリー類はさほど幅を取るものではなかったので、高級菓子の箱の中に収めたものの、スーツケースの底に眠ったままであった。切り捨てる、などと言葉では軽く言えるが、実行に移すのはこんなにも難しいのかと、誠は自分の甘さを嘆いた。
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