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1章
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芦尾はまず、復職ないし転職することで生活の地盤を築くべきだと考えた。体調が快復に向かって通院先から許可を得た後、休職者を対象にした人事部からの定期連絡の際に、理由を添えつつ部署異動を検討してもらえないかと伝えることにした。同期入社である人事部の金谷に無理を言って頭を下げたときは情けない気分だったが、彼は親身になって話を聞いてくれた。芦尾が人事部に元の配属部署の状況をほとんど伝えていなかったためか、話を聞いた金谷はかなり驚いていた。
金谷によると、「芦尾は確かにオーバーワークだとは思っていたが、お前んとこの上長が人員は問題ないって言ったから、そこまで酷いとは知らなかったぞ」とのことだった。彼は、芦尾が休職してからの現状も教えてくれた。当然業務は滞っていたが、それは仕方のないことだと考えて、一時的に増員して手を打っていたらしい。そのような状況で芦尾を元の部署にそのまま戻してハイおしまい、というのは適切ではないので、何か手を打つと金谷は約束してくれた。別の部署にちょうど配置転換を考えていた人がいるらしく、結果として芦尾は部署異動をしての復職が叶った。
伝えて良かった、と芦尾は安堵した。あのまま何も言わぬままだったら元の木阿弥だった。けれど、仮にそうなってしまったとしても、「思いきって自分から頭を下げる」という選択肢が増えた分、何かしらの変化を生むことができたかもしれない、とも考えられるようになっていた。
◆◇◆
それから一年が経った現在、異動後の販促企画課では精力的に仕事をさせてもらえている。芦尾はもともと社内システムの導入や整備を担当していたため、販促系の業務は畑違いだった。覚悟はしていたものの、当初は広告作成時のガイドラインの理解すら危うく、販促企画の立案も上手く行かず、広告代理店とのやり取りなどでも不馴れな対応をしてしまったが、その辺りを同僚かつ後輩の稲森が的確にフォローしてくれた。
今では芦尾も立派に一人立ちし、稲森と対等に協力することができている。芦尾は前向きな姿勢で仕事に取り組める幸せを噛みしめていたが、稲森も「今の環境はとてもありがたいです」と度々口にしていた。稲森は芦尾の前任である 宇田津という上司からのパワハラに苦しめられていたが、芦尾と宇田津が部署交換のような形で異動になったことで苦しみから解放されたのだった。
真面目で素直な稲森はパワハラを真に受けて、仕事がうまく行かないのは全て自分のせいだと塞ぎこんでいたが、毎日一人で泣きながら残業していたところを金谷に見つかり、今後のことを相談していたらしい。不幸なことに稲森はパワハラの証拠を残せるような精神状態ではなく、自信を完全に消失し退職を考えていたが、金谷は稲森に思い入れがあり、退職以外の手段を用いて問題を解決したかった。そんなときに芦尾からの異動・復職を希望する定期連絡があったということで、結果的にるりは三人の人間を救ったことになる。
このような形で、仕事については軌道に乗ったものの、恋愛についてはからっきしだった。縁がなかったという以前に探そうとも思わなかった。余暇にるりの動画を見たり、るりの紹介したゲームをやるという日課ができたため、芦尾の日常は恋愛抜きでも充実してしまったのだ。道行くカップルを見るたびに心が荒まなかったと言えば嘘になるが、今はまだ恋愛は良いかな、と楽観的になっていた。
金谷によると、「芦尾は確かにオーバーワークだとは思っていたが、お前んとこの上長が人員は問題ないって言ったから、そこまで酷いとは知らなかったぞ」とのことだった。彼は、芦尾が休職してからの現状も教えてくれた。当然業務は滞っていたが、それは仕方のないことだと考えて、一時的に増員して手を打っていたらしい。そのような状況で芦尾を元の部署にそのまま戻してハイおしまい、というのは適切ではないので、何か手を打つと金谷は約束してくれた。別の部署にちょうど配置転換を考えていた人がいるらしく、結果として芦尾は部署異動をしての復職が叶った。
伝えて良かった、と芦尾は安堵した。あのまま何も言わぬままだったら元の木阿弥だった。けれど、仮にそうなってしまったとしても、「思いきって自分から頭を下げる」という選択肢が増えた分、何かしらの変化を生むことができたかもしれない、とも考えられるようになっていた。
◆◇◆
それから一年が経った現在、異動後の販促企画課では精力的に仕事をさせてもらえている。芦尾はもともと社内システムの導入や整備を担当していたため、販促系の業務は畑違いだった。覚悟はしていたものの、当初は広告作成時のガイドラインの理解すら危うく、販促企画の立案も上手く行かず、広告代理店とのやり取りなどでも不馴れな対応をしてしまったが、その辺りを同僚かつ後輩の稲森が的確にフォローしてくれた。
今では芦尾も立派に一人立ちし、稲森と対等に協力することができている。芦尾は前向きな姿勢で仕事に取り組める幸せを噛みしめていたが、稲森も「今の環境はとてもありがたいです」と度々口にしていた。稲森は芦尾の前任である 宇田津という上司からのパワハラに苦しめられていたが、芦尾と宇田津が部署交換のような形で異動になったことで苦しみから解放されたのだった。
真面目で素直な稲森はパワハラを真に受けて、仕事がうまく行かないのは全て自分のせいだと塞ぎこんでいたが、毎日一人で泣きながら残業していたところを金谷に見つかり、今後のことを相談していたらしい。不幸なことに稲森はパワハラの証拠を残せるような精神状態ではなく、自信を完全に消失し退職を考えていたが、金谷は稲森に思い入れがあり、退職以外の手段を用いて問題を解決したかった。そんなときに芦尾からの異動・復職を希望する定期連絡があったということで、結果的にるりは三人の人間を救ったことになる。
このような形で、仕事については軌道に乗ったものの、恋愛についてはからっきしだった。縁がなかったという以前に探そうとも思わなかった。余暇にるりの動画を見たり、るりの紹介したゲームをやるという日課ができたため、芦尾の日常は恋愛抜きでも充実してしまったのだ。道行くカップルを見るたびに心が荒まなかったと言えば嘘になるが、今はまだ恋愛は良いかな、と楽観的になっていた。
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