垢消し逃亡したいのに、熱心なファンが逃がしてくれません！

1章

3

　彼女の姿を見るにつけ、今までよく致命的な炎上を経験せずに、視聴者数も落とさずにやって来れたものだと芦尾は感心するばかりだった。彼女は個人活動者のなかでも人気は中堅どころでリピーターが多く、新規視聴者が爆発的に増えることは少なかったので、諍いがあったとしても理解ある視聴者のおかげで小火《ボヤ》程度の規模で済んでいたのだろう。その小火でもって視聴者をふるいにかけながら固定のファンを増やしていったのだから、逞しいというほかない。

　職場から帰宅した芦尾は、片付けもそこそこにスマホで動画アプリを起動した。西園寺るりは、毎日午後七時頃から二時間ほど動画のリアルタイム配信を実施しており、内容は曜日によって違っていた。月曜日は雑談、火・水はゲーム配信、木・金はお悩み相談コーナーで、土・日はゲーム配信と晩御飯作りが半々というのが大体のスケジュールだった。

　本日金曜日のお悩み相談コーナーは、事前に視聴者からお悩みを募り、採用された視聴者のお悩みに対して西園寺るりがコメントするという内容だ。採用された者はお悩みの解決度に応じて、るりにプレゼントを贈るのが常例となっていた。
　るりの返答内容は容赦がなく、相談者に少しでも非がある場合、まずその欠点を指摘し改善に努めるよう厳しく言い含めるのだが、深刻な内容には真摯にアドバイスしてくれることも多かった。そのギャップでファンが増えるのを芦尾は幾度となく目にしてきたし、芦尾自身もそのうちの一人だ。

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　人生のどん底の時期だった一年前のことを、芦尾は今でも鮮明に思い出せる。芦尾は当時、婚約寸前までこぎつけたと思っていた彼女に浮気されて捨てられ、その悲しみを消化できずにいた。三十路を迎えようとしていた時期だったので、焦りも相まってショックは一際大きかったように思う。
　不幸なことに職場の人間関係も良かったとは言い難く、上司は芦尾に業務を押しつけ定時で帰り、後のことは知らんぷりという人間だった。日付が変わっても帰ることができず、ミスがあったら全てお前のせいだと責任も押し付けられていた。芦尾は責任感が強いうえに妥協が下手なせいで人に助けを求められず、結果的に精神の調子を崩して休職し、心療内科に通院するまでに追い込まれていた。そんなとき、たまたま見かけたるりのお悩み相談コーナー宛に思いの丈を書き募り、そのまま放置していたのだが、思いがけず彼女から返信が来たのだ。

　当時、芦尾はるりのことを推しているわけではなかった。ゲームの上手い女の子だと興味を持ってはいたが、参考にするためにたまに動画を見ている程度だった。お悩み相談に応募したのだってダメ元だったし、まさか動画で取り上げられる前にるり本人から連絡が来て、通話で事前に打ち合わせしているだなんて知らなかった。
　当時の芦尾はやさぐれていたので、打ち合わせの始めに「意外としっかりしてるんすね」と失礼なことをるりに言い放ったりもしたが、「いつもキツいこと言ってる分、やるからにはきちんと詰めてるよ。舐められたくないしね」と高飛車キャラを崩さずに言ってのけた画面の向こうの彼女は頼もしかった。この子になら包み隠さず話しても後悔はないと思えた。いっそのこと酷い言葉でぶったぎってくれ、とも思っていた。