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第弐話

突然の訪問者、必然の薬膳カレー

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姚さんの家に行こうとしたら、高そうな服を着ている男の人が倒れてしまった。
その場面を見てしまった夜鷹と羚苑はその人を担ぎ、急いで家に戻って、治療を開始した。
治療と言っても倒れる間際、其の者は水を欲していたので水を飲ませ、井戸水で冷やした手拭いを絞り、首筋と両腕両足にのせただけだ。

「夜鷹。これは何の症状だかわかるかい?」
「うん、多分これは熱中症だと思う」

即答で熱中症とした夜鷹に、羚苑は「根拠は?」と言った。
夜鷹は怯まずに言った。

「この人顔が赤い。それに、倒れる間際には"水が欲しい”って言ってた。多分それほど喉が渇いていたか、疲れが一気に押し寄せて、たしか今日は気温が高かったから、それらが重なり合ってこうなったんだと思う」
「そうだね。患者の顔色的にもそうだと思うから、できる限り『治癒』は最小限にね」
「わかってる。この人が眠ったときにかけるよ」

夜鷹は治癒の力をほんの少し使い、井戸の水を冷やしてまた手拭いをのせた。

「師匠、じゃあこの人に『治癒』をかけるよ」
「分かった。無理はしないようにね。先に姚さんのところに行ってくるから」

(相変わらず心配性なんだよね、師匠)

師匠である羚苑の言葉を思い出し、苦笑いしながら薬膳を作ることにした。

暑い夏の日には伽哩(カレー)が最適だ。体を温め、気・血・潤いのめぐりを良くする働きがある。
夜鷹は早速、伽哩を作ることにした。
鶏ひき肉を煮て、一旦ひき肉をザルですくい上げ、煮汁を取っておく。
最近貿易が盛んになり手に入ったナツメグやターメリック、赤唐辛子などを鍋に入れ、次に生姜や大蒜(にんにく)を入れ、色が同じになるまで炒める。先程のひき肉から取った煮汁を入れたあと、大豆やトマト、ローリエを入れて4刻半(今で言う30分くらい)煮込む。
その後は蜂蜜と塩を入れて、炊いた麦米の乗った皿に盛り付けて完成。

そうこうしていると、熱中症で倒れた人が起きていた。
夜鷹は素早く水の入った器を持ってきて、よかったら飲んでくださいとその人に渡した。

「......ふぅ。俺を助けてくれたのはお前か。おかげで助かった。ありがとう」

水を飲み干したあと、その人は夜鷹に向かって礼を言った。
いきなり頭を下げてきたので、あたふたしながら夜鷹は言った。

「そんな......大したことはしておりません。この村には医者様も全くと言っていいほど来ないのですから。それよりも、名前を教えてくださいませんか?」
「......雷庵だ。理由があって都まで行きたい。ここからどのくらいかかる?」
「ええと......馬車を使っていかないとだいぶ遠い道のりです。暫くはここで休んでてください。少なくとも今日はお休みになられたほうが宜しいかと」
「ふむ。分かった。暫くは世話になる。ここは宿屋か?」
「いいえ。私と師匠の部屋です......あっ! すみません。次の患者さんのところに行かないと! 今日は気温が高いので伽哩を作りました! 食べたいときにどうぞ! それでは失礼します!」

「えっちょ......ちょっとーーーーー」

ついさっき羚苑が言った言葉を思い出し、近所で八百屋さんをしているお爺さんのところへ特殊な長い髪を翻し、急いで向かった。

行く間際になにか聞こえてきたが、急いでいたのでよく聞こえなかった。




































* * * * * 




ようやく姚さんの家についた夜鷹は、台盤所にいた師匠、羚苑の腕前を見ていた。
消化不良や利尿作用のある麦茶を作って飲ませ、体が疲れていて寒がりな姚さんが食べやすいお昼ごはんの準備をしている。
しかも手際よく。


「師匠、私も手伝う。今回は何を作るの?」
「ああ夜鷹。ちょうどいいタイミングだね。これを頼むよ」
「............これは、うど? じゃあ私流にアレンジするよ?」
「うん。あ、そういえば、あの熱中症の人は? まさか放っておいたんじゃないだろうね」
「あ、あはは......そんなわけ......」

羚苑はひどく怒ったような悲しそうななんとも言えない顔をし、夜鷹にこう言い放った。

「今すぐ私達の家に戻りなさい。姚さんとは長い付き合いだから大丈夫」
「はあい......」

しょんぼりした夜鷹は家に戻ろうとしたが、聞き慣れた優しい声がした。

「まあまあ、いいじゃないか羚苑。夜鷹ちゃんもありがとうねえ」
「姚さん。甘やかしすぎですよ」

まるで親のようなやりとりに苦笑いしながら、夜鷹は手を振って家に戻った。

雷庵と名乗った男性には、事のやり取りを説明し、いきなり飛び出していったことを謝罪した。
が、心が広いのかすぐに「問題ない。伽哩がすごく美味かった」と、褒めていただいた。

服装からしてやはり高貴な身分の者のようであった。
言ってしまえば美形が自分の家にいるので、夜鷹の心臓が握りつぶされるようにうるさくなってしまうのが唯一の悩みだ。普段悩みなんて無いくらい忙しいのに。

「あの、伽哩を2つ用意しましたが、一つはどこへ......?」
「ああ~、とりあえず置いてあるぞ。食べるなら俺が用意する」
「あ、ありがとうございます」

雷庵は伽哩の皿と匙を優しい手付きでちゃぶ台に置き、麦茶を用意してくれる。
夜鷹は、それに合わせて椅子に座り「いただきます!」と言って伽哩を匙ですくい、口に入れた。

(うん、美味しい。それにちょうどいい辛さだし、何より元気になれそうな感じがする)

伽哩を食べながら、夜鷹は嬉しそうに笑みを浮かべた。



続く。

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