感じさせて……。

紫倉 紫

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うつつ5

二十四

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「あの、社交ダンスの経験はないので……」
 どうにか、放してもらいたかった。
「心配には及ばない。手取足取り指導させてもらうよ」
 嫌ですとは言いにくい。教授が右手を強く握ってきた。少し外側に引っ張られる。胸が合わさった。
「もう少し、背をそらして」
 言われなくてもそうする。
「最初から上手くできるはずはない。君は、美しい容姿を持ち合わせているのだから、後は、美しく踊る鍛錬を積むだけでいい」
 いくら相手が和明の上司でも、これ以上いいなりになるわけにはいかない。
「いえ、それは無理です」
「ここで決めつけるのは許されない。奥深き世界の、ほんの入り口に張られた棘に触れただけで逃げ出すのは、実にもったいないことだ」
 許してもらえそうにない。
 段々と、足が限界に近づいていた。
「今日は、軽く気分だけ味わってもらおうか。まず、右足を後ろにひいて……」
 この姿勢で足を後ろにひくのは無理だと思った。教授が、背中に添えた手に力を加える。
「次は、左をひく。その次は、右足を横に移動させ、その後、左足を右足に引き寄せる形で、一旦足を閉じる」
「1」と言いながら、教授が踏み出したので、ひかりは、右足をひいた。「2」で左足をひく。言われた通りに足を動かすのが精一杯だった。
「3」「4」と続いた後で、体を半回転させられ、ひかりはとうとうバランスを崩した。
 お酒が入っていたせいかもしれない。倒れながら、理由を考えた。
 教授が右手を引き上げようとしてくれたけれど、足が完全にもつれていて、どうにもならなかった。
 尻餅をついたら、きっと痛い。ひかりは覚悟した。
 完全に、床についたはずなのに、それほど痛くなかった。
「間に合ってよかった。大丈夫か?」
 ひかりは、亮の太ももの上に落ちていた。
 体をひねって亮に礼を言う。誰かの手が太ももに触れた。慌てて目をやると、和明が、めくれ上がったスカートの裾を、引き下げてくれていた。
 見えていたのかと心配になる。和明は微笑みながら「大丈夫」と言った。
 教授は、腕組みをしてひかりを見下ろしている。
 和明が立ち上がった。
「気が済みましたか? だから彼女には無理だと言ったでしょう」
 教授は渋い顔で、頭を横に振った。
「転倒など、初心者のうちはよくあることだ」 
 和明の立場を考えて、社交ダンスを始めるしかないのだろうか。
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