72 / 102
うつつ5
二十四
しおりを挟む
「あの、社交ダンスの経験はないので……」
どうにか、放してもらいたかった。
「心配には及ばない。手取足取り指導させてもらうよ」
嫌ですとは言いにくい。教授が右手を強く握ってきた。少し外側に引っ張られる。胸が合わさった。
「もう少し、背をそらして」
言われなくてもそうする。
「最初から上手くできるはずはない。君は、美しい容姿を持ち合わせているのだから、後は、美しく踊る鍛錬を積むだけでいい」
いくら相手が和明の上司でも、これ以上いいなりになるわけにはいかない。
「いえ、それは無理です」
「ここで決めつけるのは許されない。奥深き世界の、ほんの入り口に張られた棘に触れただけで逃げ出すのは、実にもったいないことだ」
許してもらえそうにない。
段々と、足が限界に近づいていた。
「今日は、軽く気分だけ味わってもらおうか。まず、右足を後ろにひいて……」
この姿勢で足を後ろにひくのは無理だと思った。教授が、背中に添えた手に力を加える。
「次は、左をひく。その次は、右足を横に移動させ、その後、左足を右足に引き寄せる形で、一旦足を閉じる」
「1」と言いながら、教授が踏み出したので、ひかりは、右足をひいた。「2」で左足をひく。言われた通りに足を動かすのが精一杯だった。
「3」「4」と続いた後で、体を半回転させられ、ひかりはとうとうバランスを崩した。
お酒が入っていたせいかもしれない。倒れながら、理由を考えた。
教授が右手を引き上げようとしてくれたけれど、足が完全にもつれていて、どうにもならなかった。
尻餅をついたら、きっと痛い。ひかりは覚悟した。
完全に、床についたはずなのに、それほど痛くなかった。
「間に合ってよかった。大丈夫か?」
ひかりは、亮の太ももの上に落ちていた。
体をひねって亮に礼を言う。誰かの手が太ももに触れた。慌てて目をやると、和明が、めくれ上がったスカートの裾を、引き下げてくれていた。
見えていたのかと心配になる。和明は微笑みながら「大丈夫」と言った。
教授は、腕組みをしてひかりを見下ろしている。
和明が立ち上がった。
「気が済みましたか? だから彼女には無理だと言ったでしょう」
教授は渋い顔で、頭を横に振った。
「転倒など、初心者のうちはよくあることだ」
和明の立場を考えて、社交ダンスを始めるしかないのだろうか。
どうにか、放してもらいたかった。
「心配には及ばない。手取足取り指導させてもらうよ」
嫌ですとは言いにくい。教授が右手を強く握ってきた。少し外側に引っ張られる。胸が合わさった。
「もう少し、背をそらして」
言われなくてもそうする。
「最初から上手くできるはずはない。君は、美しい容姿を持ち合わせているのだから、後は、美しく踊る鍛錬を積むだけでいい」
いくら相手が和明の上司でも、これ以上いいなりになるわけにはいかない。
「いえ、それは無理です」
「ここで決めつけるのは許されない。奥深き世界の、ほんの入り口に張られた棘に触れただけで逃げ出すのは、実にもったいないことだ」
許してもらえそうにない。
段々と、足が限界に近づいていた。
「今日は、軽く気分だけ味わってもらおうか。まず、右足を後ろにひいて……」
この姿勢で足を後ろにひくのは無理だと思った。教授が、背中に添えた手に力を加える。
「次は、左をひく。その次は、右足を横に移動させ、その後、左足を右足に引き寄せる形で、一旦足を閉じる」
「1」と言いながら、教授が踏み出したので、ひかりは、右足をひいた。「2」で左足をひく。言われた通りに足を動かすのが精一杯だった。
「3」「4」と続いた後で、体を半回転させられ、ひかりはとうとうバランスを崩した。
お酒が入っていたせいかもしれない。倒れながら、理由を考えた。
教授が右手を引き上げようとしてくれたけれど、足が完全にもつれていて、どうにもならなかった。
尻餅をついたら、きっと痛い。ひかりは覚悟した。
完全に、床についたはずなのに、それほど痛くなかった。
「間に合ってよかった。大丈夫か?」
ひかりは、亮の太ももの上に落ちていた。
体をひねって亮に礼を言う。誰かの手が太ももに触れた。慌てて目をやると、和明が、めくれ上がったスカートの裾を、引き下げてくれていた。
見えていたのかと心配になる。和明は微笑みながら「大丈夫」と言った。
教授は、腕組みをしてひかりを見下ろしている。
和明が立ち上がった。
「気が済みましたか? だから彼女には無理だと言ったでしょう」
教授は渋い顔で、頭を横に振った。
「転倒など、初心者のうちはよくあることだ」
和明の立場を考えて、社交ダンスを始めるしかないのだろうか。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる