感じさせて……。

紫倉 紫

文字の大きさ
上 下
29 / 102
うつつ4

しおりを挟む
 亮が越してくる前日、和明から早く帰ると連絡があった。
 夕食のリクエストはやはりうどんだった。せめてもと思い、豆乳仕立ての肉うどんにした。
「早く食べて、ドライブに出ないか?」
 急な誘いに戸惑いはしたが、ひかりは喜んだ。
 今夜は結構冷え込んでいる。ひかりはロングスカートに長めのダウンコートを着込んだ。足元はブーツだ。
「寒がりだね」
 和明がひかりに優しく笑いかける。
 駐車場はマンションの敷地内にある。それほど距離はない。和明と並んで歩けるだけで心が躍るのだから、ひかりはいつまでも夫に恋をしているようだ。片思いが続いているせいだと最近気が付いた。
 車の中は外気とそれほど変わらず、冷え切っていた。
「しばらく走ったらエアコンを入れるからね」
 助手席で震えていると、声をかけてくれた。
 もう夜9時を過ぎていた。ドライブ自体ほとんどしたことがない。どこへ行くつもりなのだろう。京都へ来て数年たつが、ひかりには土地勘がほとんどなかった。
  京都に夜景のキレイなところがあるのだろうか。それ以外、夜にドライブをする理由は思いつかなかった。車が動き始めた。
「独りの時、よくこうやって夜に車を走らせたんだよ」
 ひかりは、和明の横顔をうかがう。スピードメーターの弱い光でも、表情は読み取れる。穏やかな雰囲気だ。
「行き詰まっているときだとか、こうすると、ふと名案が浮かぶこともあった」
 仕事で何かあったのだろうか。
「独りで来なくて良かったんですか?」
 和明は顔を横に振る。
「今は家では仕事のことはあまり考えない。考えなければならないことは、考えつくして帰るんだ」
 だから遅くなるのだと思った。
「帰れば君が癒やしてくれる」
 思いがけない言葉だった。
「ひかり」
 名前で呼ばれることも少ない。
「喜多川君と僕の話をするの?」
「しますけど」
 子供の時のこと以外、共通の話題は和明のことしかない。
「その時、君は僕のことをなんと呼ぶ?」
 亮は和明のことを先生と呼ぶ。自分はどうだったろうとひかりは考える。
「多分、和明さんと……」
「そうなんだ」
 なぜそんなことを訊くのかわからない。それから沈黙が続く。
 窓の外に目をやると、街灯や民家がほとんどなく、真っ暗だった。どこをどう走ったのかわからない。いつの間にか市街地をはずれていた。
 道路のわきに車を二台ほど並べられそうなスペースがあった。和明はそこに入り、車を駐めた。
 和明がシートベルトを外した。
 ひかりのうなじと髪の間に指を差し入れた。何かを考えるまもなく引き寄せられ、唇がふさがれた。いきなりの激しいキスだった。 
 かけっぱなしのエンジンがかすかに車を振動させている。柑橘系の香りを含んだ暖かな空気が車内を満たしていく。
 和明の息づかいが、一番近くにある。
 口の中を舌でかき回される。端から唾液がこぼれて顎を伝う。
 和明が、顔を離した。ひかりは、息をつぐ。手の甲で顎の下を拭う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

処理中です...