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シーズン1

第十九話

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〈急に反応なくなるから……〉
 作者とのやり取りに夢中になっていた。

「ごめんなさい。ちょっと手が離せなくなってて」

 放置していた間に送られていたメッセージに目を通す。

『パンケーキなんかどう? ふわっふわのパンケーキにたっぷりの生クリームが添えてあるところ』
『フルーツタルトの専門店も、良いところ知ってるよ』
『ん? いないの?』
『とりあえず、お店の評価サイトのページ貼っておくね』
 そこから、URLが二つ続いて『ねえ、明日、行けるんだよね?』と、送られていた。
 SNSに、作者からのメッセージが来たからとはいえ、酷い対応だった。

 凡子は、メッセージアプリをスピーカーに切り替えた。
「どっちも美味しそうですね。泉堂さんの食べたい方につきあいますよ」
 そう話しかけた後で、SNSの画面を開いた。
 泉堂が〈どっちも捨てがたいんだよ〉と言うのが聞こえてくる。
 
 新しい作者からのメッセージがあった。

「あー、二分もお待たせしてしまってる」
〈ん? 何が?〉
 泉堂に聞こえているのを、一瞬にして忘れていた。

「なんでもないです。独り言が激しいので、しばらくマイクをミュートにしますね」
 これで何を叫んでも聞かれなくて済む。
〈なんか、忙しいんだね〉
 泉堂はマイクがオンのままなので、声が聞こえてくる。スマートフォンの音量を下げた。
 凡子は落ち着いて、作者のメッセージを読んだ。

『急なんですが、明日か明後日どちらかで、ご都合はいかがですか?』

 それはもちろん早いほうと思ったが、泉堂との約束がある。それに、明日だと、着ていく服がない。

『日曜日で良いですか? お時間は、恋様に合わせます』

『日曜日ですね。こちらで場所や時間を決めて良いんですか?』

『はい、全てお任せします』

『では、明日の早めには、いろいろと決めて、こちらにお知らせしますね』

『よろしくお願いいたします』

 凡子は作者とのやりとりが終わったので、音量を戻し、ミュートを解除した。
「泉堂さん!」と、スマホの画面に話しかける。

〈用事は終わった?〉
「はい、すみませんでした」

 泉堂が〈忙しくしてる時に電話したのはこっちなんだから、謝らないでよ〉と言った。
 元はといえば、泉堂とのやりとりを放って、作者の方へ行ってしまった凡子に非がある。
 その上、凡子には、泉堂に頼まなければならないことができてしまった。

「明日なんですが、スイーツを食べる以外にも少しお時間いただけたりします?」
〈とくに、予定はないけど〉
 凡子は、小さくガッツポーズをした。

「泉堂さんのファッションセンスを見込んで、お願いがあるんですが……」
〈えー、センスなんてないよ〉
 泉堂はそう言ったけれど、絶対にこだわりがあるはずだ。Yシャツもネクタイも、凝ったデザインを選んでいる。

「私の普段着が酷すぎるので、服を選んでほしいんですけど」

 泉堂が〈僕の好みで選んでいいの?〉と言った。

 凡子の好みで選べば、いつもと変わらない、無難な色の無難なデザインになる。
「もちろんです」

 泉堂が〈そっかー、それなら、フルーツタルトの方がいいかも〉と言った。
 周りに可愛い服を売っている店が集まっているらしい。
「何にもないので、一式、揃えたいんです。大丈夫そうですか?」
 凡子は靴もバッグも買うつもりでいた。

 泉堂とは、フルーツタルトの店の最寄り駅で、十時に落ち合った。
 凡子は、持っている服の中では比較的ましな、修道女のようなワンピースを着てきた。
 泉堂の普段着は初めて見た。ジャケットとジーンズをあわせて、ファッション誌に載ってそうな完璧なコーディネートだ。とくにジャケットが、エスプレッソコーヒーのような色で良い。

 最初に、朝食として、タルトを食べる。

 タルトのお店は、真っ白なタイル張りの建物の一階だ。白木のドアを開けてなかに入ると、中も白を基調にしてあって、所々に、フルーツ柄の飾りタイルがはめ込んであった。
 テーブルや椅子は、扉と同じ、白木だ。
 ショーケースの中に、色とりどりのタルトが並んでいる。開店直後などでまだ全種類揃っていた。
 凡子は、ショーケースが写り込むようにして、まだ客が座っていない辺りを撮った。明るい雰囲気の良い写真になった。
 二人で、窓際のテーブルに座った。

 凡子はミックスベリーのタルトにした。うっすら砂糖液でコーティングされた色とりどりのベリーが宝石に見える。

 泉堂は季節限定のデコポンのタルトを選んだ。オレンジ色が綺麗だ。
 例の如く、写真を撮らせてもらった。
 フルーツの自然な甘味と、濃厚なカスタードクリームが絶妙なバランスだった。


 食べながら「どういう場面で着る服を想定してるの?」と、確認された。
「大切な人の相談に乗る場面です」
 泉堂はタルトにフォークをさしたままで、顔を顰めた。

「具体的なんだ。相手は男? いくつくらい?」
「女性です。年齢は、知りません」
 あんな小説を書いて、凡子より年下とは考えにくい。
 凡子はすぐに「正確には知りませんが、年上です」と、付け足した。
「そっか」
 泉堂が顎に手を当てながら、視線を横に流した。なかなか絵になる。凡子はつい、見つめていた。

「上品で知的な雰囲気でいい?」
 泉堂が首を傾げながら訊いてくる。イケメンは何をやらせても、絵になってずるい。凡子は写真を撮りたい欲を必死で抑えながら、頷いた。

 泉堂の『ご褒美スイーツ』のイベントはすぐに終わり、凡子の服選びに移った。

 泉堂とショップに入った。まず、トップスのコーナーで、泉堂が淡いピンクのブラウスを選んで、凡子の体の前にぶら下げた。
「やっぱり、明るい色、似合うじゃない」
 凡子は、色をどう組み合わせれば良いかわからないので、いつも、黒や紺の服ばかり買ってしまう。

 泉堂に待っておくように言われた。凡子は、近くにかかっている服を一つハンガーラックから外してみた。ボタンが花の形をしている。凡子は基本、量販店でしか服を買わないから、細部にこだわった服は持っていない。

 泉堂がいくつかスカートを持ってもどってきた。
「丈は長めの方が、落ち着いた感じで良いんじゃない」

 泉堂が、凡子の前に次々と服を、ぶらさげて、頷いたり首を傾げたりする。
 凡子は、こういう感じはどこかで見たことがあるなあと思いながら、突っ立っていた。
「あー、変身コーナーだ」
 凡子は思い出してつい声に出した。
「ん? どうしたの?」
「いえ、テレビで時々みかける、街でイケてない服装の人を捕まえてきて、ファッションコーディネーターが、変身させるコーナーみたいだと思って」
 泉堂が笑った。
「別に今日の服も、似合ってるよ」
 思いがけず褒められて、凡子は一瞬ときめいてしまった。蓮水副部長ほどではないけれど、泉堂はかなりのイケメンなので、やはり危険だ。ハート泥棒というやつだ。

 何店舗かまわり、靴やバッグまで揃うころには、お昼を過ぎていた。
 お昼は凡子がお礼にご馳走すると提案すると、「結構大変だったから、奢ってもらう」と、泉堂もすぐに受け入れてくれた。

 食事のあと、泉堂は用事があると言って帰っていった。凡子は、忙しい中、付き合ってくれたことに感謝した。

 家に帰る電車の中で、水樹恋からメッセージが届いた。
 
 指定されたのは、銀座の会席料理店だった。

『水樹で個室を予約してあるので、店に直接きてください』と言われた。

 凡子は、泉堂に服を選んでもらっておいて、本当に良かったと思った。店舗のHPを見てみると、思っていたほどは高くない。それでも、お昼の時間帯でも、フレンチディナーと変わらない。念のため、二人分でも払える現金を用意しておいた。

 メイクは、瑠璃から教えてもらったテクニックを駆使して、いつもよりは、目の周りもくっきりさせた。水樹恋の記憶に、少しでも良い感じに残ってほしくて頑張った。泉堂の選んでくれた服は、春らしい淡い色調だ。姿見に映る自分がいつもと違いすぎて、凡子は落ち着かない。でも、いつもより、可愛くなっているのは確かだった。

 早く行きすぎても良くないと、待ち合わせの五分前に、店に着くようにした。
 会席料理店ののれんをくぐる。和服姿の仲居に出迎えられた。ほのかにお香の香りがしている。

 凡子は「水樹で予約がはいっていると思うんですが」と言った。緊張して声が裏返った。
「水樹様で、御予約いただいております。こちらです」

 仲居の後について、奥へと進む。凡子は、どちらの足から出せば良いかわからないほど、体がガチガチになっていた。

――たどり着いた先に、作者様がいる。

 絶対あってはならないのに、吐いてしまいそうだ。

「こちらのお部屋です」
 ふすまをあけてもらい、「し、失礼いたします」と中に入る。

 思いがけない人物が座っていて、凡子はその場に立ち尽くした。 
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