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シーズン1

第三話

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 凡子は、断ると後々が面倒だと思い、了承した。単なる相席だ。以前、人気のラーメン店で見知らぬ相手と相席をしたことがあるが、それぞれ注文した物を向かいあって食べただけだった。
 お店としても、二人用の席を一人で使うより良いはずだ。

 店内は結構広い。敷居の高さを感じさせないスタイリッシュな内装だ。窓からは東京駅が見えている。
 窓側の席に通された。店員がテーブルの上の『御予約席』と書かれたプレートを手に取った。グラスとカトラリー類、ナフキンは一人分しか用意されていない。
「すぐにお持ちします」と言い残して、店員が立ち去った。

「浅香さんは外が見える方が良いね?」

 凡子は、どちらでも良かったので、頷いた。泉堂が窓に背を向けて座った。
「わたしはあらかじめ決めてきたので、メニューをどうぞ」と、泉堂に渡した。

 ランチのメニューは三種類が用意されている。価格は、三千円、四千円、六千円だ。値段に応じて皿数や使われている素材に違いがある。
 優香から、三皿で構成された三千円コースだけ休憩時間内に食べ終われると聞いていた。今回凡子は、庶民のちょっとした贅沢をSNSで紹介するつもりなので、価格もちょうど良かった。

「浅香さん、どれに決めてるの?」
 泉堂から話しかけられた。
「三皿コースです」
「僕が払うんだし、和牛コースにすれば?」
 凡子は、泉堂からおごると言われていたことを忘れていた。

「お伝えし忘れましたが、自分の分は自分で払います」

 泉堂が首を傾げながら「どうして?」と言った。たとえ好みのタイプでなくても、ちょっとした仕草にドキリとさせられてしまう。『イケメンは危険な存在』と、心のメモに書き留めた。

 凡子は、気をひきしめて「払っていただく理由がありません」と返した。

「へえ、浅香さんって面白いね」

 凡子は泉堂があまりに馴れ馴れしいので戸惑っていた。早く注文しないと、いくら三皿コースでも休憩時間内に食べ終われなくなる。泉堂の休憩時間がどうなっているのかは知らない。

「休憩時間が限られているので、もう注文します。ただの相席ですから、ゆっくりお選びください。わたしにはお構いなく」

「なるほど、皿が多いと時間がかかるのか。それなら僕も同じのにしよう」

 泉堂がメニューを閉じた。ちょうど店員が水と、追加のカトラリー類を運んできた。
 泉堂は「二人とも三皿コースで。四十分後にはここを出る予定なので、ご配慮ください」と、店員に伝えた。

 泉堂の言うように四十分後に出れば、無理なく休憩時間内に戻れる。凡子には予め伝えるという発想がなかった。そして、伝え方も傲慢ではなく好感が持てた。泉堂は仕事ができそうだと、凡子は思った。泉堂自体の役職はよくわからないが、異例の若さで部長職についた蓮水監査部長のサポートをしているだけあって優秀なのだろう。
 注文も済み、凡子は大事な作業をはじめることにした。単なる相席とはいえ、泉堂にはひと言、断りをいれておく。

「SNSに投稿するための写真を何枚か撮りますので、あしからず」
「『彼氏とデートなう。』ってやつだね」
 凡子は「違います」と、即、訂正した。

「え? 顔を写さなかったら、ほんとに使ってもらっていいよ」

 凡子は、『彼氏とデートなう。』の使い方を訂正したつもりだったが通じなかった。泉堂はSNSに疎いのか、タグの意味を誤解している。そもそも『彼氏とデートなう。』では足りず、後ろに『に使って良いよ。』とついている。何年も前に、有名人がデートスポットで撮った自分の写真を「彼氏とデートなう。に使って良いよ。」とひと言添えて投稿したのをきっかけにしばらく流行ったが、最近はあまり見かけない。自分の写真を、ネタで使っていいよと、投稿するものだ。

 凡子は説明するのが面倒で、「『彼氏なし』設定のアカウントなので」と断った。
「設定なんだ」
 泉堂から指摘され「実際もです」と、素直に返した。
「へえ、可愛いのに」
 凡子は内心「軽いな、この人」と思いながら、聞き流した。

「喜ぶわけでも『セクハラです』と怒るわけでもないんだ」
 早く終わらせたいのに、泉堂がいつまでも話しかけてくる。相手をするのを少し面倒に感じた。
「泉堂さんは、いわば、取引相手のようなものですから、ある程度は我慢します」
「そろそろ、我慢の限界ってことね」
 察しは良いのに、なぜ凡子を放っておいてくれないのだろうか。凡子は相席を許したことを後悔していた。泉堂がいなければ、窓から見える東京駅をバックに、美しく並べられたカトラリーを写せる。この場所なら、グラスに入った水でさえ映える。

 凡子は「待てよ」と思った。

 泉堂が撮って良いと言っているのだ。『東京駅をバックにフレンチを食べるおしゃれなスーツ姿の男性』の画像が手に入る。泉堂の顔は、五十嵐室長のイメージではないが、細身の体型や、高級そうなスーツなど、顔面無しなら『有り』だった。

「泉堂さん」
 凡子が呼びかけると、泉堂が嬉しそうに「何?」と言った。

「食事代は自分で払いますが、一つ、お願いしたいことがあります」
「何だろう。言ってみて」
 凡子は「SNSで『匂わせ』をしてみたいので、二人で食事をしている雰囲気の写真を撮らせてください」と伝えた。

 泉堂は不服そうな表情になった。
「せっかくのチャンスなのに、そんなことでいいの? もっと、一日だけ何でも言うことを聞いてほしいとかさ、他にもいろいろあるでしょう」
 凡子は思わず引いてしまった。泉堂の相手を一日させられるなど、とんでもない。

「写真で十分です」
「わかった。どんなポーズをすれば良い?」
「ポーズをとっていただけるのですか!」

 凡子は五十嵐室長がしそうな仕草を脳内検索した。
「では早速、テーブルの端に手を載せながら、それとなく腕時計を確認していただけますか」
 泉堂は「いいよ」とすぐに応えてくれた。
「綺麗な手ですね」
 凡子は、社章が映り込まないように気をつけながら、数枚写真を撮った。満足し顔を上げると泉堂が表情まで作ってくれていた。
「顔は撮らないので、ポーズだけで結構ですよ」
「あっ、そう」
 凡子は少し考えて「次は、水の入ったグラスを少しだけ持ち上げていただけますか?」と言った。
 泉堂は、性格と顔は凡子の好みではなかったが、『手タレ』としては最高な部類だった。

「指、長くて良いですね」
 泉堂が自分の顎の辺りを触りながら「気に入ったなら、試してみる?」と、言った。
「何をですか?」
「奥まで届きそうだと思ったんじゃないの?」

 凡子は泉堂の言葉の意味がすぐにはわからなかった。少し考えて、『五十嵐室長はテクニシャン』の中の台詞を思い出した。
 凡子は咄嗟にどう切り返して良いのかわからずに、ただ、固まってしまった。

「ごめん。からかいすぎた」
 泉堂が、急に真面目な顔で謝ってきた。

 凡子は、一瞬、ときめいた。『普段は軽薄な態度をとる男の真剣な顔』、これこそ、ギャップ萌えというものだ。

「いえ、大丈夫です」
「お詫びに、この後も、お望みのポーズをとらせてもらうよ」
 凡子が、泉堂にリクエストするポーズを思い浮かべたところで、前菜が運ばれてきた。
 
 
 
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