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〈二〉会話は前戯、按摩も前戯

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「おじゃましまーすっ」
「お、おじゃま、します……」

 そなえの布で足を拭いて、二人の娘がいおりに上がりました。着物のすそを上げ留めていた、しごき紐がしゅるりとほどかれます。裾がはらりと落ちて畳に尾を引きます。彼女たちが歩を進めるたびに、垂れた裾の間から、裸の足先や足首、ふくらはぎまでちらちらと見え隠れするのも、趣深いものでした。

(ふむ。さっきは暗いのもあってわかりにくかったが、ワシの見立てに間違いはなかった……)

 戸を閉めて夜の闇を追い出すと、行灯あんどんの灯る室内は柔らかく明るんでいます。その光の中でじいさんは、二人をじっくりと観察しました。

 まずは、予定ならば一人でじいさんの毒牙にかかるはずだった村の美少女――スズメちゃんです。

「おスズって呼んでくださいね?」
 おずおずとした様子で、口調はやわらか。少々引っ込み思案な性格とおぼしき娘でした。先ほどの「危うく連れ込まれ……」の会話から察するに、押しにも弱そうです。

 ですが慎ましやかな性格とはうらはらに、その容貌かおだちは特筆すべきものがありました。

 艶めいてカラスの濡羽を思わせる豊かな黒髪、かしこそうな額の生え際、あいらしい瞳、筋の通った鼻の線、動けば花が咲いたかと見まちがえる口元――挙げればきりがありません。

 たぶんもうしばらくすると、その器量のうわさが周辺の村々に伝わり、街にも届き、さらに広まるともしかしたら、やんごとなきお方の知ることとなってお召しのお達しがあるのではないか、と思われるほどのものです。

 線の細い首筋から、わずかに女の色香を匂わせ始めているうなじ、ほっそりした体つきで柳とゆれる腰、そこから優美な曲線を描くお尻の膨らみをたどった後は、足元まで着物の裾がしゅるしゅるとすぼまり、ほっそりと巻き付いていました。

 着ているものは、村娘らしい継ぎを当てた着古しです。この着物のために子供っぽさが残っているのも確かです。けれど清潔な襟をきちんと合わせ、畳に座るときも裾をまとめ、しゃんと姿勢を整えています。

 まさに清楚というにふさわしく、花開く前の一瞬をとどめた、美しいつぼみの少女でした。

 そしてもう一人は、おスズちゃんが庵へ向かう途中にばったり会って話を聞いて、「何でこれから按摩あんま? 村長さんに言われた? 昼間にあんな乱痴気騒ぎがあった夜に一人で? んー、なんかあやしいな?」と鋭い勘をきかせてついてきたツバメちゃんです。

 じいさんは初め、暗くてよく見えなかったせいもありましたが、「この子はうまいことあしらって、ぽいっと追い返そう」と考えていました。

 ところがよく見るとツバメちゃんも、おスズちゃんに劣らぬ美少女さんだったのです。髪の色が光の当たり方によってわずかに紫がかって見えるのも、大変えんな様子でした。

 そしてじいさんにとってさらに重要だったのは、彼女の身体の、ある特徴的な部位でした。それを見たとたんに生唾ごっくん、あと先考えずに「この子も一緒に……」と誘ってしまったのです。

(ばるーんとして、ぼいーんとして、でっかいのう……。この子の歳でこれほどのモノには、なかなかお目にかかれまいて)

 じいさんはツバメちゃんに気付かれないよう注意しつつ、帯の上で豊かに盛り上がる胸部を、いやらしい目で舐めまわすように眺めます。

 この時代、女性の乳房は、まだそれほど世の紳士たちの関心を引くには至っておりませんでした。これから時代を下っていくと全世界を席巻することになる、何はともあれ「おっぱい! おっぱい!」と神格化し崇め奉る風潮は、まだほとんど流布していなかったのです。

 けれどもじいさんは、そのあたりの性的な物事に関して、驚くほどの先進的感性をもっていました。

 そして、「現在、単なる授乳器官としてしか認識されていないおっぱいだが、実は性的方面に関しても十分な、いやばっちりメインを張れるほどの魅力を有しているのではなかろうか?」みたいなことを、これまでの豊富な浮気経験をもとに結論づけつつありました。

 つまりじいさんは、「おっぱいはエロい」ということを解する先駆者の一人だったのでした。

(ふむ……。これはうまいことやれば……二人ともたっぷり賞味して……ぐっへへへ)

 という内心の欲望をおくびにも出さずに、

「ふむ……今日の昼の宴会の準備は、村総出でやったそうじゃないか。特におスズちゃん、君はよくがんばって設営の飾り付けとか馳走の準備とか、テーブルセッティングとかライティングとか、カラオケとかマイクとかスピーカーとか、アンプとかPAとか、いろいろやってくれとったそうじゃないか。村長さんだいぶ褒めておったぞ」

「そ、そうですか……。えへへ」
 でまかせじゃがの、とじいさんは心の中でつぶやきます。村長さんが彼女の容姿を褒めていたのだけは本当です。

「そんなわけで今日は疲れただろうからの。ワシは按摩の腕も確かでな。村長さんとも相談して、疲れた体をいやらし……いやしてほしい、ということになっての」
「なるほど~。それはありがとうございます」
 ちょろい、とじいさんは思いましたが、そんなことは一切表情に出さず、

「ささ、早速始めようて。こちらの布団にうつ伏せになってもらえるかね?」
 と、おスズちゃんにすすめました。

「じゃあお願いします。私、按摩してもらうのはじめてで。あ、でも肩揉みくらいは私もします。ツバメちゃんの肩もね、よく凝るんですよ」
「そんなこと言わなくていいよ、スズ」
 ツバメちゃんは、まだムッとした様子です。

「あ、ごめんね……」
「ツバメちゃんもよかったら、後で揉んであげようかのう。楽になるぞよ。『肩に羽が生えたようじゃ』なんて、愛しのばあさんによく言われるからのう」
 今現在絶賛別居中のばあさんを引き合いに出して売り込みますが、

「うーん、まあ、またいつかねー」
 ツバメちゃんには、すいーっと飛ぶつばめのように、さらりとかわされてしまいました。

 まあいいか、とじいさんは思います。

(ワシのテクを目の当たりにして、自分の目の前で友だちがとろっとろにとろけていくのを見て、自分もこんな風になってみたい、されてみたいと思わない娘は、そうはおらんて)


   ◇  ◇  ◇


 じいさんは行灯を枕元に置きました。おスズちゃんの顔付近が明るくなり、足先に向かってじんわりと薄暗くなって、光の届きにくい部屋の隅はさらに暗くなります。

 おスズちゃんが着物のまま布団に寝そべりました。
 じいさんは、すぐに按摩を始めます。
 ツバメちゃんは布団横の壁際に座って、じいさんの施術を興味深げに観察しながら、

「へえ……。よくわからないけど、ちゃんとしてるってのは何となくわかるよ。ただのスケベ目当てかと思ってた」
「ええよええよ、ワシもちょっとくらいはそういう気もあったからのう」
「えっ」
 あっさりエロ目線を肯定する発言をされて、おスズちゃんがびっくりして顔を上げかけますが、

「冗談じゃよ。今のワシは真面目な按摩師じゃて。はい、力抜いてなー。息を吐いてなー。ぐーっ、とするからの。ぐーっとな」

 じいさんは、おスズちゃんの布地の上から手を当てて、おもに帯より上の背中や肩、腕といったところを中心に揉んだり押したりしていきます。
 今のところはごく真面目にマッサージしていますが、ときどきこっそり帯の下に指を潜り込ませたり、結び目を動かしたりして、じわじわと帯をゆるめていきました。

 そうこうしているうちに上半身の施術の第一段階が終わりました。第二段階はもろ肌脱いでもらって、素肌に直接――というものですが、

(その前にもうちょっと様子見かの……)

 じいさんは体の向きをずらしました。

「おスズちゃん、今度は足の方をするからのう」
 声をかけられたおスズちゃんは返事をしません。
 ふーっ、ふーっという、やや深めの息音が聞こえるのみです。

「おスズ?」
 ツバメちゃんが怪訝に思って尋ねますと、

「あ……、あぁ、うん……だいじょうぶ……だよ」
 まどろむような、気持ちよさげな声が返ってきました。

(ほう……もうこれだけで。かなり出来上がっておるな……。感度も良好じゃのう)

 じいさんはほくそ笑みます。

 足の施術も入念に行われました。
 まだまだ布地の上からですが、じいさんの枯れた手が、おスズちゃんの若く張りのある脚肉をたっぷりと蕩かしていきます。もも肉をじわじわと上がっていってお尻のつけねまで。親指と人さし指を大きく開いて伸ばし、おスズちゃんの下尻の丸みを楽しむのも忘れません。
 ふくらはぎに移ったところで、揉み揉みを続けつつ、着物の裾をじわじわと上げていきます。足肌が露出して、直に触られて、おスズちゃんの足がピクピクと反応を示し、嬉しそうに踊り始めるのでした。

「なんか、おスズの足、コイとかフナとかが跳ねてるみたいだなあ……」
 ツバメちゃんが興味深げな様子で感想をもらします。

「そうじゃろう、そうじゃろう。これを俗に『敷布団の上の鯉』と言ってな。これが起こると按摩がうまくいってる証拠なんじゃ」

 もちろん口からでまかせです。

(さて、そろそろかのう……)

 ころあいを見計らって花咲かじいさんは、おスズちゃんに声をかけます。

「ふむ、どうにもちょっとやりにくいのう? そうじゃ。おスズちゃん、よかったら上だけ、背中だけなんじゃが、ちょっと肌を出してもらえんかのう」

「は、肌を……ですか……」
 ぽーっとしながら、おスズちゃんがこたえました。

「えっ、それって江呂エロいやつじゃ……」
 すぐさまツバメちゃんの声に警戒の色がつきかけますが――

「違う違う。これは本式に準じたやつよ。もっと本格的なやつは、肌に直接触るのが普通なんじゃ。それにホレ、これを使うと、お肌もさらさらすべすべになるんじゃが。どうかの?」
 じいさんが懐から取り出したのは、昼間に花を咲かせた、例の白い粉でした。

「さらさら……すべすべ……」
 おスズちゃんがうっとりとした声でつぶやきます。

「それってまさかさ、何かあやしいモノが入ってたり――」
「ないない。ホレこの通り」
 ツバメちゃんの警戒に、じいさんは粉を少量指に取ると、ぺろりと舐めてみせました。
 人体にも悪影響がないことを示され、ツバメちゃんの警戒心も少し薄れます。

「よかったらツバメちゃんもひと舐め、どうかの」
 ヨダレと粉のついたじいさんの指が、ツバメちゃんの口元に向かっていきますが――
 ツバメちゃんはそれをうまいこと避け、自分の指で白い粉をすくい取ると、ペロッと舐めてみました。

「……。ふーん? うん、とくに味もしないし。変な感じもない……」
「そうじゃろそうじゃろ。これは按摩にも使えるでの」

「どう……使うのですか」
 興味深げにおスズちゃんが尋ねます。

「これはまだ、ここいらでは知られてないがの。微粉按摩ぱうだあ・まっさーじという舶来の方法を取り入れたもので、港街の方ではなかなか流行っておるんじゃよ。君たちも流行の最先端を味わってみようとは思わんかね?」

「流行……最先端……」
 ツバメちゃんが目を輝かせながらつぶやきました。意外に流行りものに目がない様子です。

「私も……ちょっとだけなら……」
 おスズちゃんも興味ありげな感じになってきました。

 じいさんは、おスズちゃんに肩肌を出してもらうと、あっという間に布地を彼女の腰あたりでまとめてしまいました。

「あ……っ。これ……ちょっと」
 背中を全部を裸にむかれて、ちょっと恥ずかしがるおスズちゃんです。

「大丈夫じゃよ。大切なお召し物が汚れたりしたらいけんからの」
「お召し物だなんて……継ぎ当てだらけですのに……」
 おスズちゃんはさらに恥ずかしく思ったのか、顔や耳が真っ赤になりました。それにつれて背肌もほんのりと色付いてきました。

(……これは、これは)

 じいさんは、ゴクリと喉を鳴らしてしまいました。イモい田舎娘にあるまじき、すらりとして、滑らかで、しみひとつない美しい背中肌が眼前に広がっていたのです。

(これほどの上物が、こんな辺鄙へんぴなところで眠っておろうとは……。これだから田舎あさりはやめられぬ……)

 じいさんの体内では情欲が渦巻きますが、手つきはいたって手慣れた施術師の所作をくずしません。

「さて、この粉を背中に広げていくからの」
 白い粉をおスズちゃんの肌に落としていきます。微粉が音もなくさらさらと若い肌にふりかかっていきました。
 適量ふりかけると、じいさんは粉と背中に空気を入れ込むようなフェザータッチでさわさわと触っていきます。

「ん……っ、んんっ」
 刷毛はけではかれたような微妙なタッチに、おスズちゃんはだんだんヘンな気持ちになってきました。気持ちいいのは気持ちいいのですが、それはどこか今までに体感したことのない別種の気持ちよさでした。

 そしてそれは時間がたつにしたがって、別次元の甘い快楽へと、じわじわ置き換わっていきます。

(せなか……、背中さわられてるだけなのに……気持ちいい。けどなんだか、切ないよう……)

 おスズちゃんはたまらず腰をもじもじし始めました。息もさらに深くなり、ふーっ、ふーっと枕に熱くかかります。背中も汗で、じんわりと湿っていきました。

 肌が火照ってきた様子を見て取ると、じいさんは今度は粉を擦り込むようにして、大らかなマッサージを行います。脇腹をさわってもくすぐったがるそぶりがないのを確認してから、満を持して、性感マッサージに切り替えていきます。

 優美な線を描いて通る背骨の腰あたり、お尻の膨らみの始まり付近の仙骨を探ります。骨と肌の接するもっとも薄い部分、そこに空いているいくつかの骨の穴を確かめ、指でぐっぐっと押したり、指の関節を使ってコツコツと軽く叩いたりしました。

「あっ……あぁ……、な、何……?」
 おスズちゃんの腰の悶え方が明らかに変わりました。ひくひくとして、見る者をソソらせる、性的な動き方です。

(ふむ……。後ろはこんなもんかの。次は前じゃが……)

 おスズちゃんの反応を見つつ、じいさんはツバメちゃんの様子もちらりとうかがいました。

(そろそろ効いてきたかの)

 ツバメちゃんは動きません。
 声も出しません。
 ただじっとしているのです。
 そうです。ただじっと座って、マッサージの様子を熱っぽく見守っているだけです。

 ツバメちゃんの体はカッカとして、顔がぽーっとして、頭もぼーっとしていました。
 そしてこれはどうしたことか、体が気持ちいいのでした。
 汗ばんでくるのでした。
 昂ぶってくるのでした。
 息も深くなり、豊かな胸が大きく上下しています。
 体のどこか――うまくいえないですが、どこかあちこちが切なくて、たまらなくて――うずいているのでした。

(あぁ……何か……変……。だけど体が熱くて……アソコをさわりたいかも)

 ツバメちゃんの手がわなわなと、自分の股間に向かいかけます。
 けれどこの部屋にいるのは彼女一人ではありません。眼前に二人もいるのです。さすがに二人の眼前でアンアンするほど理性は蒸発していません。
 触りたい、けど触れない――そんな悶々とした思いを秘めながら、ツバメちゃんは手を太ももの上に戻し、我慢だ我慢だと、きゅっと握りしめるのです。
 そんな彼女の様子をチラ見して、

(ふむ、この様子だと、あとは流れじゃな)

 じいさんは判断すると、事務的な口調でおスズちゃんに話しかけました。

「おスズちゃんや、お疲れさま。按摩はこれで終わりじゃよ。どうじゃった?」
「ふぇ……? もう……終わり……ですか?」
 おスズちゃんの声は、明らかにもの足りない、というものでした。

「そうじゃ、終わりじゃよ、体はちゃんとほぐれたかの?」
「あ、……はい。でも……」

「ん? 『でも』どうしたかの?」

「う、うぅぅぅぅ……」
 おスズちゃんはしばらく恥ずかしがっていましたが、ついに意を決したようで、
「あの、もうちょっと、もうちょっとシてもらうことは、できませぬでしょうか……?」

「ほう……。もうちょっととなぁ。ふむふむ。どうしようかのぉ……」

 じいさんは焦らします。そのあいだもおスズちゃんはもじもじとして、辛抱たまらない様子でした。壁際のツバメちゃんからも熱い息づかいが聞こえてきます。

 いつのまにか部屋のなかは淫靡な雰囲気に染まっていたのです。昼間に宴会場を覆い尽くし、たぶらかした、あのむせるような花の香、淫欲の花煙、それがもう一度この庵の中で再現されようとしていたのでした。




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