放蕩者と誤解されて追放された王子ですが、可愛い弟妹達の為に、陰ながら世直しします!

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第六章

第六十四話 輝く若木

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「オオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 ノックスの咆哮が響き渡る。
 ノックスは王城を破壊し、今や王都全域を覆う程の巨大な姿となっていた。
 

 「団長…アタシら、どうすりゃいいんだ…?」

 ミリアンが、超巨大な怪物と化したノックスの姿を目の当たりにして、力なく呟いた。
 いつも強気な彼女が弱気になるのも無理はない。王都市街での暴動鎮圧後、騎士団長ロードリックを始めとするヴァージリア騎士団の半数は、合流した第二王妃ヴェロニカと避難民を連れ、王都外まで脱出していた。
 それは、合流したヴェロニカの「嫌な予感がするの…皆を連れて王都そのものから脱出した方がいいわ」という進言に従ったお陰なのだが、このような状況など全く想定していなかっただけに、さすがのロードリックも言葉が出ないようだった。

 合流したヴェロニカ達の話では、王城の警備に当たっていた残り半数の騎士団員はほぼ全滅してしまったらしい。
 それも、仲間であるはずのカサンドラの手によってだ。それを聞いた時には、怒りに震え、全ての発端であるウッツ王を打倒すべきと考えていたが、このような状況に至っては王を倒す事に意味など見出せない。
 そもそもあの怪物は王城から現れたように見える。あれが何なのかは不明だが、恐らくウッツ王も無事ではないだろう。
 
 なにより、今優先すべきは、闇より現れる小型の怪物から避難民を守る事である。
 音もなく、突然忍び寄る謎の怪物共は、強さこそそれほどでもないものの、その出現は一向に止む気配がなく、むしろ増えてさえいるようだ。
 先程までは満月の月明かりが辺りを照らしていたが、今はあの巨大なドラゴンによってそれすらも隠されて、漆黒の闇が広がっている。
 どうやら、ウォルフ達が残ってあのドラゴンと戦っているようだが、避難民を捨てて救援にいくわけにもいかず、ロードリックは次々に現れる怪物を斬り捨てながら叫んだ。

「総員、我らの使命は避難民を守り、またヴェロニカ様を守る事にある!敵が幾万ありとても、我らは負けぬ!だが、決して気を抜くな!ヴァージリア騎士団の底力を見せてやれ!」

「おうっ!!」

 それに応える多くの騎士達は、まだ余力も気力も残っているようだ。
 ロードリックは彼らを頼もしく思いながら、これがいつまで続くものかと胸の内に宿る不安を押し込んでいた。


 ―モート男爵領、ウガリット村
 
「な、なんなの…?何が起きているの…?」

 アキハは、自らが営む雑貨店の自室で恐怖に震えていた。
 それに気付いたのは、店の営業を終えて夕食の支度をしていた所、村のあちこちから奇妙な叫び声が聞こえだした時だ。
 初めは酔っぱらいか何かが騒いでいるのかと思っていたが、よくよく聞いてみると、そうではない。
 そっと窓から覗くと、黒く小さな、得体の知れない何かが、外を歩く人々を襲っているようだった。

 慌てて助けようとしたが、よく見るとそれはそこら中に蠢いているようで、アキハの力では、とても助けられる状態ではない。
 窓越しに怪物たちがアキハに気付き、ゆっくりと近づいてくると窓をバンバンと叩き始める。
 その時、灯りを消して誰もいないはずの店舗の方から、ズルズルと何かを引きずるような音が聞こえてきた。
 
 既に家の中に入られている!そう思ったアキハは、跳ねるようにその場を離れ、二階の自室に引き籠ったのだった。

 部屋の中は魔導灯の灯りでかなり明るく、なんとか人心地つく事ができた。
 あまりの恐怖に腰が抜けてしまったアキハは、ペタンと床に座り込み、大きな溜息をついた。
 一体あの怪物はなんなのか、襲われた人々は無事なのか、グルグルと答えの出ない疑問が、頭の中を駆け巡っている。
 やがてそれに疲れてしまったアキハは、近くの壁に寄りかかった。
 その瞬間、壁と背の間に出来た影から怪物の手が無数に現れ、アキハの全身を覆い隠してしまうのだった。


 ―同時刻、火山都市、ガープ。

「陣を組めぇいっ!怪物どもは光に弱い!火を絶やすな!四方に灯りを持てっ!」

 多くの人々が一か所に集められ、街を守る私兵達が、彼らを守るように怪物たちと戦っていた。
 それらを指揮する大柄の男の声が響くと、松明やかがり火、それに魔導灯が次々に集められて、人々の集まる大きな集会所は、昼のような明るさを保っている。

「オババ様、これでよいか?」

「んむ、ひとまずはこれで保つじゃろ。全く、何事が起きているのか…」

 男の傍にいるのは、ウォルフ達が泊まった宿の大女将だ。
 ウォルフ達は気付いていなかったが、実は彼女が、ガープ全体を取り纏める元締めである。
 
 この騒動の始まりは、客と妓楼の女性が睦事をする布団の中で、怪物に襲われた事からであった。

 元々、ガープは歓楽街でもある為、街全体に灯りが灯され、夜でも比較的明るさを保っているのだが、さすがに布団の中までは灯りを持って入る事はない。ましてや、そういった行為の最中ならば猶更だ。
 多くの店で悲鳴が上がり客や従業員達が右往左往する中、大女将はすぐに怪物が光に弱い事を見抜き、私兵を纏める男を率いて人々を集めて救助に回った。そのおかげか、被害は最小限に食い止められ、現在はこうして安全地帯を作って守りに入っている。
 それでも、灯りの死角や人の影から出来る怪物の出現は止む事はなく、私兵達は交代で対処に当たっているようだ。

「お祖母ちゃん!見回りしてきたけど、逃げ遅れた人はいないみたいだよ」

 ちょうどそこへ、大泥棒を自称する娘、アズが戻ってきた。
 どうやら、彼女は単独で街を回っていたらしい。
 大女将はニッコリと笑って、アズの頭を撫でてやった。

「おう、そうか、よくやったな。しかし、何が起きているのか解らん以上、油断しちゃならぬ。まずは朝までが勝負じゃ」

「うん!解ってる、いざとなったら、僕の閃光玉でどうにかするよ。でも、本当に何が起きているのかな…」

 アズは笑顔を見せた後、空に浮かぶ月を見上げた。
 今夜は満月のはずだが、いつの間にか黒い影に覆われてしまっていて、月明かりはおろか、その形すらよく見えていない。
 
 不安が胸を過る中、アズの頭には不意にウォルフの顔が思い浮かんだ。
 最後に自分の正体を知らせた時、ウォルフは本当に驚いた顔をしていた。あの時の顔が忘れられない。
 また彼に会いたいなと思いながら、アズは改めて生き残る事を決意するのだった。


 ―王都、ヴァージリア。

 「ハハハハハッ!生命が流れ込んでくるぞ!もはや人間ばかりを偏愛するオーディンなど不要!このノックスが下等な人間共を駆逐し、新たな神となってくれるわ!」

 月を覆い隠す闇と同化し、今や王都はおろか大陸全土を覆い隠すほどの巨躯となったノックスは、人間だけでは飽き足らず、至る所で生命を取り込み、食い散らかしているようだった。時間と共にその身体は肥大化し、もはや手の付けようがない。

「ぐぐっ…!ぶはぁっ!な、なんてヤツだ!」 

 崩れ落ちた王城の瓦礫の下から、ウォルフが這い出し、顔を覗かせた。
 咄嗟に身を守ったお陰で事なきを得たが、まともに瓦礫の下敷きになっていたらどうなっていたかと思うと、ゾッとする。
 
 ただ、あまりに巨体となったノックスは、ウォルフに気付いていないようだった。
 追撃をしてこなかったのはそれが理由だろう。
 それは幸運ではあったが、この体格差となると、もはやどうすればいいのか解らない。
 これほどの巨体が相手では、ウォルフが持つ光の剣など、植物の棘程度にしかならないように思える。
 蟻の一穴を期待して攻撃し続けるのはいいが、その前に大陸中の生命が死滅してしまいそうだ。

 どうしたものかと、足元で蠢くノックスの身体の破片を観察し、ウォルフは気付いた。

「これは…?そうか、ノックスはナヴ・グロワを取り込んだのか」

 あの時、イーリスが持ち去ったナヴ・グロワの半身を思い出す。
 確かにイーリスは、主がそれを望んだと言っていた。それは恐らくこの為だったのだ。
 いくらノックスが闇の化身と言えど、闇そのものに人を傷つける力はない。
 強い光は熱となり、人を焼く事はあれど、闇は本来、どんなに強く濃くなろうが他者を傷つける力など持ちえないのだ。

 光は生命を駆り立てるが、闇は本来、生命に安息をもたらすものである。
 
 オーディンが、アイテールとノックスという、相反する二人を上位者として生み出した理由が解った気がする。
 きっと本来のノックスは、心優しい存在なのではないか?そう思えた。

「まったく、とんだ神の不始末だな…」

 ウォルフは呟きながら、身の内に秘めた、オーディンに与えられた力を頭の中で見返した。
 光輝神鋼の腕輪ドラウプニル神槍グングニルは、あくまで神器であり、神の能力ではない。

 オーディンが持っていたという星と生命を生み出す力…貸し与えられたそれをどう使うべきか、ウォルフは考え続けていた。

「さすがに星を生み出す事は出来そうにないし、それでは解決にならない。何か、何か手は無いのか…」

 ウォルフが思い悩んでいると、少し離れた場所で、薄ぼんやりとした何かが視界に入った。
 一面闇の中にあって、そこだけは濃度の違う黒い何かが染み出している。
 瓦礫に埋もれていたそれを掘り返すと、そこにあったのは父ウッツが使っていた宝剣・黒星と闇牙であった。

 それは恐らく、ノックスの牙と爪を削り出して剣に変えたものだったのだろう。
 今こうして手に持ってみると、その刃は鋼鉄ではなく、どことなく生物的な力を感じる。

「生物…そうだ、奴は生命を取り込んで肥大化している。なら、奴が取り込んだ生命を解放して、光を放つ生命を生み出せば…」

 何かを思いついたウォルフは、光輝神鋼の腕輪ドラウプニルの光を一点に集中させ、黒星と闇牙に宿らせる。
 やがて、二本の剣は小さな一粒の種へと形を変えていった。

「ぬぅ…なんだ?何か、不快なものが足元にいる…」

 一方、ノックスは遥か雲の上からその輝きを見据えていた。
 あまりにも大きさが違いすぎるので、はっきりと見る事はできないが、その力には覚えがある。

「オーディン…まだこの私の邪魔をするつもりか…!!」

 急激に肥大化しすぎたノックスは、その意識自体が散漫となり、もはや目的もなく命を貪る存在になり果てていたが、オーディンへの憎しみだけは消えていなかった。
 すぐにその忌々しい光を消し去るべく、闇を触手の様にしてウォルフを潰し、取り込もうと企んでいた。

 突如として周囲の闇が形を成して襲い来るようになり、ウォルフはそれらを躱しながら、生み出した種を剣の柄頭に取りつけた。

「動き出した…俺に気付いたか?だが、もう遅い!」

 ウォルフは、ノックスの繰り出す触手を避けつつ、意識を集中させる。
 すると、光の剣は大きな槍へと形を変えた。

神槍グングニル!」

 足を止め、渾身の力を込めて、ウォルフは神槍グングニルを投げ放つ。
 それを食い止め、迎え撃つべく、無数の闇の触手が一斉に伸びた。
 しかし、放たれた神槍グングニルは一筋の巨大な雷のようになって物ともせずに次々に闇を貫き、それらを打ち消しながら一直線にノックスへ飛び、その闇の身体を完全に貫いていった…そして。

「うぐ!?な、なんだ、何をした?!」

 神槍グングニルがノックスの身体の中心に辿り着くと、そこに宿した種が一気に発芽し、ノックスが取り込んだ生命を逆に取り込み、光に変えて解き放った。
 爆発的に、いくつもの光り輝く草花がノックスの体内から生まれ、枯れ落ちていく…その度にノックスの身体は削られて、天を衝くほどだった巨体は、あっという間にその姿を消した。

 完全に闇が晴れると、いつの間にか昇り始めていた太陽が顔を出している。
 
 そして王城のあった場所には、小さな小さな若木が一つ、その朝日を浴びてきらきらと輝いていた。
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