69 / 70
第六章
第六十四話 輝く若木
しおりを挟む
「オオオオオオオオオオオオオ!!!!」
ノックスの咆哮が響き渡る。
ノックスは王城を破壊し、今や王都全域を覆う程の巨大な姿となっていた。
「団長…アタシら、どうすりゃいいんだ…?」
ミリアンが、超巨大な怪物と化したノックスの姿を目の当たりにして、力なく呟いた。
いつも強気な彼女が弱気になるのも無理はない。王都市街での暴動鎮圧後、騎士団長ロードリックを始めとするヴァージリア騎士団の半数は、合流した第二王妃ヴェロニカと避難民を連れ、王都外まで脱出していた。
それは、合流したヴェロニカの「嫌な予感がするの…皆を連れて王都そのものから脱出した方がいいわ」という進言に従ったお陰なのだが、このような状況など全く想定していなかっただけに、さすがのロードリックも言葉が出ないようだった。
合流したヴェロニカ達の話では、王城の警備に当たっていた残り半数の騎士団員はほぼ全滅してしまったらしい。
それも、仲間であるはずのカサンドラの手によってだ。それを聞いた時には、怒りに震え、全ての発端であるウッツ王を打倒すべきと考えていたが、このような状況に至っては王を倒す事に意味など見出せない。
そもそもあの怪物は王城から現れたように見える。あれが何なのかは不明だが、恐らくウッツ王も無事ではないだろう。
なにより、今優先すべきは、闇より現れる小型の怪物から避難民を守る事である。
音もなく、突然忍び寄る謎の怪物共は、強さこそそれほどでもないものの、その出現は一向に止む気配がなく、むしろ増えてさえいるようだ。
先程までは満月の月明かりが辺りを照らしていたが、今はあの巨大なドラゴンによってそれすらも隠されて、漆黒の闇が広がっている。
どうやら、ウォルフ達が残ってあのドラゴンと戦っているようだが、避難民を捨てて救援にいくわけにもいかず、ロードリックは次々に現れる怪物を斬り捨てながら叫んだ。
「総員、我らの使命は避難民を守り、またヴェロニカ様を守る事にある!敵が幾万ありとても、我らは負けぬ!だが、決して気を抜くな!ヴァージリア騎士団の底力を見せてやれ!」
「おうっ!!」
それに応える多くの騎士達は、まだ余力も気力も残っているようだ。
ロードリックは彼らを頼もしく思いながら、これがいつまで続くものかと胸の内に宿る不安を押し込んでいた。
―モート男爵領、ウガリット村
「な、なんなの…?何が起きているの…?」
アキハは、自らが営む雑貨店の自室で恐怖に震えていた。
それに気付いたのは、店の営業を終えて夕食の支度をしていた所、村のあちこちから奇妙な叫び声が聞こえだした時だ。
初めは酔っぱらいか何かが騒いでいるのかと思っていたが、よくよく聞いてみると、そうではない。
そっと窓から覗くと、黒く小さな、得体の知れない何かが、外を歩く人々を襲っているようだった。
慌てて助けようとしたが、よく見るとそれはそこら中に蠢いているようで、アキハの力では、とても助けられる状態ではない。
窓越しに怪物たちがアキハに気付き、ゆっくりと近づいてくると窓をバンバンと叩き始める。
その時、灯りを消して誰もいないはずの店舗の方から、ズルズルと何かを引きずるような音が聞こえてきた。
既に家の中に入られている!そう思ったアキハは、跳ねるようにその場を離れ、二階の自室に引き籠ったのだった。
部屋の中は魔導灯の灯りでかなり明るく、なんとか人心地つく事ができた。
あまりの恐怖に腰が抜けてしまったアキハは、ペタンと床に座り込み、大きな溜息をついた。
一体あの怪物はなんなのか、襲われた人々は無事なのか、グルグルと答えの出ない疑問が、頭の中を駆け巡っている。
やがてそれに疲れてしまったアキハは、近くの壁に寄りかかった。
その瞬間、壁と背の間に出来た影から怪物の手が無数に現れ、アキハの全身を覆い隠してしまうのだった。
―同時刻、火山都市、ガープ。
「陣を組めぇいっ!怪物どもは光に弱い!火を絶やすな!四方に灯りを持てっ!」
多くの人々が一か所に集められ、街を守る私兵達が、彼らを守るように怪物たちと戦っていた。
それらを指揮する大柄の男の声が響くと、松明やかがり火、それに魔導灯が次々に集められて、人々の集まる大きな集会所は、昼のような明るさを保っている。
「オババ様、これでよいか?」
「んむ、ひとまずはこれで保つじゃろ。全く、何事が起きているのか…」
男の傍にいるのは、ウォルフ達が泊まった宿の大女将だ。
ウォルフ達は気付いていなかったが、実は彼女が、ガープ全体を取り纏める元締めである。
この騒動の始まりは、客と妓楼の女性が睦事をする布団の中で、怪物に襲われた事からであった。
元々、ガープは歓楽街でもある為、街全体に灯りが灯され、夜でも比較的明るさを保っているのだが、さすがに布団の中までは灯りを持って入る事はない。ましてや、そういった行為の最中ならば猶更だ。
多くの店で悲鳴が上がり客や従業員達が右往左往する中、大女将はすぐに怪物が光に弱い事を見抜き、私兵を纏める男を率いて人々を集めて救助に回った。そのおかげか、被害は最小限に食い止められ、現在はこうして安全地帯を作って守りに入っている。
それでも、灯りの死角や人の影から出来る怪物の出現は止む事はなく、私兵達は交代で対処に当たっているようだ。
「お祖母ちゃん!見回りしてきたけど、逃げ遅れた人はいないみたいだよ」
ちょうどそこへ、大泥棒を自称する娘、アズが戻ってきた。
どうやら、彼女は単独で街を回っていたらしい。
大女将はニッコリと笑って、アズの頭を撫でてやった。
「おう、そうか、よくやったな。しかし、何が起きているのか解らん以上、油断しちゃならぬ。まずは朝までが勝負じゃ」
「うん!解ってる、いざとなったら、僕の閃光玉でどうにかするよ。でも、本当に何が起きているのかな…」
アズは笑顔を見せた後、空に浮かぶ月を見上げた。
今夜は満月のはずだが、いつの間にか黒い影に覆われてしまっていて、月明かりはおろか、その形すらよく見えていない。
不安が胸を過る中、アズの頭には不意にウォルフの顔が思い浮かんだ。
最後に自分の正体を知らせた時、ウォルフは本当に驚いた顔をしていた。あの時の顔が忘れられない。
また彼に会いたいなと思いながら、アズは改めて生き残る事を決意するのだった。
―王都、ヴァージリア。
「ハハハハハッ!生命が流れ込んでくるぞ!もはや人間ばかりを偏愛するオーディンなど不要!このノックスが下等な人間共を駆逐し、新たな神となってくれるわ!」
月を覆い隠す闇と同化し、今や王都はおろか大陸全土を覆い隠すほどの巨躯となったノックスは、人間だけでは飽き足らず、至る所で生命を取り込み、食い散らかしているようだった。時間と共にその身体は肥大化し、もはや手の付けようがない。
「ぐぐっ…!ぶはぁっ!な、なんてヤツだ!」
崩れ落ちた王城の瓦礫の下から、ウォルフが這い出し、顔を覗かせた。
咄嗟に身を守ったお陰で事なきを得たが、まともに瓦礫の下敷きになっていたらどうなっていたかと思うと、ゾッとする。
ただ、あまりに巨体となったノックスは、ウォルフに気付いていないようだった。
追撃をしてこなかったのはそれが理由だろう。
それは幸運ではあったが、この体格差となると、もはやどうすればいいのか解らない。
これほどの巨体が相手では、ウォルフが持つ光の剣など、植物の棘程度にしかならないように思える。
蟻の一穴を期待して攻撃し続けるのはいいが、その前に大陸中の生命が死滅してしまいそうだ。
どうしたものかと、足元で蠢くノックスの身体の破片を観察し、ウォルフは気付いた。
「これは…?そうか、ノックスはナヴ・グロワを取り込んだのか」
あの時、イーリスが持ち去ったナヴ・グロワの半身を思い出す。
確かにイーリスは、主がそれを望んだと言っていた。それは恐らくこの為だったのだ。
いくらノックスが闇の化身と言えど、闇そのものに人を傷つける力はない。
強い光は熱となり、人を焼く事はあれど、闇は本来、どんなに強く濃くなろうが他者を傷つける力など持ちえないのだ。
光は生命を駆り立てるが、闇は本来、生命に安息をもたらすものである。
オーディンが、アイテールとノックスという、相反する二人を上位者として生み出した理由が解った気がする。
きっと本来のノックスは、心優しい存在なのではないか?そう思えた。
「まったく、とんだ神の不始末だな…」
ウォルフは呟きながら、身の内に秘めた、オーディンに与えられた力を頭の中で見返した。
光輝神鋼の腕輪や神槍は、あくまで神器であり、神の能力ではない。
オーディンが持っていたという星と生命を生み出す力…貸し与えられたそれをどう使うべきか、ウォルフは考え続けていた。
「さすがに星を生み出す事は出来そうにないし、それでは解決にならない。何か、何か手は無いのか…」
ウォルフが思い悩んでいると、少し離れた場所で、薄ぼんやりとした何かが視界に入った。
一面闇の中にあって、そこだけは濃度の違う黒い何かが染み出している。
瓦礫に埋もれていたそれを掘り返すと、そこにあったのは父ウッツが使っていた宝剣・黒星と闇牙であった。
それは恐らく、ノックスの牙と爪を削り出して剣に変えたものだったのだろう。
今こうして手に持ってみると、その刃は鋼鉄ではなく、どことなく生物的な力を感じる。
「生物…そうだ、奴は生命を取り込んで肥大化している。なら、奴が取り込んだ生命を解放して、光を放つ生命を生み出せば…」
何かを思いついたウォルフは、光輝神鋼の腕輪の光を一点に集中させ、黒星と闇牙に宿らせる。
やがて、二本の剣は小さな一粒の種へと形を変えていった。
「ぬぅ…なんだ?何か、不快なものが足元にいる…」
一方、ノックスは遥か雲の上からその輝きを見据えていた。
あまりにも大きさが違いすぎるので、はっきりと見る事はできないが、その力には覚えがある。
「オーディン…まだこの私の邪魔をするつもりか…!!」
急激に肥大化しすぎたノックスは、その意識自体が散漫となり、もはや目的もなく命を貪る存在になり果てていたが、オーディンへの憎しみだけは消えていなかった。
すぐにその忌々しい光を消し去るべく、闇を触手の様にしてウォルフを潰し、取り込もうと企んでいた。
突如として周囲の闇が形を成して襲い来るようになり、ウォルフはそれらを躱しながら、生み出した種を剣の柄頭に取りつけた。
「動き出した…俺に気付いたか?だが、もう遅い!」
ウォルフは、ノックスの繰り出す触手を避けつつ、意識を集中させる。
すると、光の剣は大きな槍へと形を変えた。
「神槍!」
足を止め、渾身の力を込めて、ウォルフは神槍を投げ放つ。
それを食い止め、迎え撃つべく、無数の闇の触手が一斉に伸びた。
しかし、放たれた神槍は一筋の巨大な雷のようになって物ともせずに次々に闇を貫き、それらを打ち消しながら一直線にノックスへ飛び、その闇の身体を完全に貫いていった…そして。
「うぐ!?な、なんだ、何をした?!」
神槍がノックスの身体の中心に辿り着くと、そこに宿した種が一気に発芽し、ノックスが取り込んだ生命を逆に取り込み、光に変えて解き放った。
爆発的に、いくつもの光り輝く草花がノックスの体内から生まれ、枯れ落ちていく…その度にノックスの身体は削られて、天を衝くほどだった巨体は、あっという間にその姿を消した。
完全に闇が晴れると、いつの間にか昇り始めていた太陽が顔を出している。
そして王城のあった場所には、小さな小さな若木が一つ、その朝日を浴びてきらきらと輝いていた。
ノックスの咆哮が響き渡る。
ノックスは王城を破壊し、今や王都全域を覆う程の巨大な姿となっていた。
「団長…アタシら、どうすりゃいいんだ…?」
ミリアンが、超巨大な怪物と化したノックスの姿を目の当たりにして、力なく呟いた。
いつも強気な彼女が弱気になるのも無理はない。王都市街での暴動鎮圧後、騎士団長ロードリックを始めとするヴァージリア騎士団の半数は、合流した第二王妃ヴェロニカと避難民を連れ、王都外まで脱出していた。
それは、合流したヴェロニカの「嫌な予感がするの…皆を連れて王都そのものから脱出した方がいいわ」という進言に従ったお陰なのだが、このような状況など全く想定していなかっただけに、さすがのロードリックも言葉が出ないようだった。
合流したヴェロニカ達の話では、王城の警備に当たっていた残り半数の騎士団員はほぼ全滅してしまったらしい。
それも、仲間であるはずのカサンドラの手によってだ。それを聞いた時には、怒りに震え、全ての発端であるウッツ王を打倒すべきと考えていたが、このような状況に至っては王を倒す事に意味など見出せない。
そもそもあの怪物は王城から現れたように見える。あれが何なのかは不明だが、恐らくウッツ王も無事ではないだろう。
なにより、今優先すべきは、闇より現れる小型の怪物から避難民を守る事である。
音もなく、突然忍び寄る謎の怪物共は、強さこそそれほどでもないものの、その出現は一向に止む気配がなく、むしろ増えてさえいるようだ。
先程までは満月の月明かりが辺りを照らしていたが、今はあの巨大なドラゴンによってそれすらも隠されて、漆黒の闇が広がっている。
どうやら、ウォルフ達が残ってあのドラゴンと戦っているようだが、避難民を捨てて救援にいくわけにもいかず、ロードリックは次々に現れる怪物を斬り捨てながら叫んだ。
「総員、我らの使命は避難民を守り、またヴェロニカ様を守る事にある!敵が幾万ありとても、我らは負けぬ!だが、決して気を抜くな!ヴァージリア騎士団の底力を見せてやれ!」
「おうっ!!」
それに応える多くの騎士達は、まだ余力も気力も残っているようだ。
ロードリックは彼らを頼もしく思いながら、これがいつまで続くものかと胸の内に宿る不安を押し込んでいた。
―モート男爵領、ウガリット村
「な、なんなの…?何が起きているの…?」
アキハは、自らが営む雑貨店の自室で恐怖に震えていた。
それに気付いたのは、店の営業を終えて夕食の支度をしていた所、村のあちこちから奇妙な叫び声が聞こえだした時だ。
初めは酔っぱらいか何かが騒いでいるのかと思っていたが、よくよく聞いてみると、そうではない。
そっと窓から覗くと、黒く小さな、得体の知れない何かが、外を歩く人々を襲っているようだった。
慌てて助けようとしたが、よく見るとそれはそこら中に蠢いているようで、アキハの力では、とても助けられる状態ではない。
窓越しに怪物たちがアキハに気付き、ゆっくりと近づいてくると窓をバンバンと叩き始める。
その時、灯りを消して誰もいないはずの店舗の方から、ズルズルと何かを引きずるような音が聞こえてきた。
既に家の中に入られている!そう思ったアキハは、跳ねるようにその場を離れ、二階の自室に引き籠ったのだった。
部屋の中は魔導灯の灯りでかなり明るく、なんとか人心地つく事ができた。
あまりの恐怖に腰が抜けてしまったアキハは、ペタンと床に座り込み、大きな溜息をついた。
一体あの怪物はなんなのか、襲われた人々は無事なのか、グルグルと答えの出ない疑問が、頭の中を駆け巡っている。
やがてそれに疲れてしまったアキハは、近くの壁に寄りかかった。
その瞬間、壁と背の間に出来た影から怪物の手が無数に現れ、アキハの全身を覆い隠してしまうのだった。
―同時刻、火山都市、ガープ。
「陣を組めぇいっ!怪物どもは光に弱い!火を絶やすな!四方に灯りを持てっ!」
多くの人々が一か所に集められ、街を守る私兵達が、彼らを守るように怪物たちと戦っていた。
それらを指揮する大柄の男の声が響くと、松明やかがり火、それに魔導灯が次々に集められて、人々の集まる大きな集会所は、昼のような明るさを保っている。
「オババ様、これでよいか?」
「んむ、ひとまずはこれで保つじゃろ。全く、何事が起きているのか…」
男の傍にいるのは、ウォルフ達が泊まった宿の大女将だ。
ウォルフ達は気付いていなかったが、実は彼女が、ガープ全体を取り纏める元締めである。
この騒動の始まりは、客と妓楼の女性が睦事をする布団の中で、怪物に襲われた事からであった。
元々、ガープは歓楽街でもある為、街全体に灯りが灯され、夜でも比較的明るさを保っているのだが、さすがに布団の中までは灯りを持って入る事はない。ましてや、そういった行為の最中ならば猶更だ。
多くの店で悲鳴が上がり客や従業員達が右往左往する中、大女将はすぐに怪物が光に弱い事を見抜き、私兵を纏める男を率いて人々を集めて救助に回った。そのおかげか、被害は最小限に食い止められ、現在はこうして安全地帯を作って守りに入っている。
それでも、灯りの死角や人の影から出来る怪物の出現は止む事はなく、私兵達は交代で対処に当たっているようだ。
「お祖母ちゃん!見回りしてきたけど、逃げ遅れた人はいないみたいだよ」
ちょうどそこへ、大泥棒を自称する娘、アズが戻ってきた。
どうやら、彼女は単独で街を回っていたらしい。
大女将はニッコリと笑って、アズの頭を撫でてやった。
「おう、そうか、よくやったな。しかし、何が起きているのか解らん以上、油断しちゃならぬ。まずは朝までが勝負じゃ」
「うん!解ってる、いざとなったら、僕の閃光玉でどうにかするよ。でも、本当に何が起きているのかな…」
アズは笑顔を見せた後、空に浮かぶ月を見上げた。
今夜は満月のはずだが、いつの間にか黒い影に覆われてしまっていて、月明かりはおろか、その形すらよく見えていない。
不安が胸を過る中、アズの頭には不意にウォルフの顔が思い浮かんだ。
最後に自分の正体を知らせた時、ウォルフは本当に驚いた顔をしていた。あの時の顔が忘れられない。
また彼に会いたいなと思いながら、アズは改めて生き残る事を決意するのだった。
―王都、ヴァージリア。
「ハハハハハッ!生命が流れ込んでくるぞ!もはや人間ばかりを偏愛するオーディンなど不要!このノックスが下等な人間共を駆逐し、新たな神となってくれるわ!」
月を覆い隠す闇と同化し、今や王都はおろか大陸全土を覆い隠すほどの巨躯となったノックスは、人間だけでは飽き足らず、至る所で生命を取り込み、食い散らかしているようだった。時間と共にその身体は肥大化し、もはや手の付けようがない。
「ぐぐっ…!ぶはぁっ!な、なんてヤツだ!」
崩れ落ちた王城の瓦礫の下から、ウォルフが這い出し、顔を覗かせた。
咄嗟に身を守ったお陰で事なきを得たが、まともに瓦礫の下敷きになっていたらどうなっていたかと思うと、ゾッとする。
ただ、あまりに巨体となったノックスは、ウォルフに気付いていないようだった。
追撃をしてこなかったのはそれが理由だろう。
それは幸運ではあったが、この体格差となると、もはやどうすればいいのか解らない。
これほどの巨体が相手では、ウォルフが持つ光の剣など、植物の棘程度にしかならないように思える。
蟻の一穴を期待して攻撃し続けるのはいいが、その前に大陸中の生命が死滅してしまいそうだ。
どうしたものかと、足元で蠢くノックスの身体の破片を観察し、ウォルフは気付いた。
「これは…?そうか、ノックスはナヴ・グロワを取り込んだのか」
あの時、イーリスが持ち去ったナヴ・グロワの半身を思い出す。
確かにイーリスは、主がそれを望んだと言っていた。それは恐らくこの為だったのだ。
いくらノックスが闇の化身と言えど、闇そのものに人を傷つける力はない。
強い光は熱となり、人を焼く事はあれど、闇は本来、どんなに強く濃くなろうが他者を傷つける力など持ちえないのだ。
光は生命を駆り立てるが、闇は本来、生命に安息をもたらすものである。
オーディンが、アイテールとノックスという、相反する二人を上位者として生み出した理由が解った気がする。
きっと本来のノックスは、心優しい存在なのではないか?そう思えた。
「まったく、とんだ神の不始末だな…」
ウォルフは呟きながら、身の内に秘めた、オーディンに与えられた力を頭の中で見返した。
光輝神鋼の腕輪や神槍は、あくまで神器であり、神の能力ではない。
オーディンが持っていたという星と生命を生み出す力…貸し与えられたそれをどう使うべきか、ウォルフは考え続けていた。
「さすがに星を生み出す事は出来そうにないし、それでは解決にならない。何か、何か手は無いのか…」
ウォルフが思い悩んでいると、少し離れた場所で、薄ぼんやりとした何かが視界に入った。
一面闇の中にあって、そこだけは濃度の違う黒い何かが染み出している。
瓦礫に埋もれていたそれを掘り返すと、そこにあったのは父ウッツが使っていた宝剣・黒星と闇牙であった。
それは恐らく、ノックスの牙と爪を削り出して剣に変えたものだったのだろう。
今こうして手に持ってみると、その刃は鋼鉄ではなく、どことなく生物的な力を感じる。
「生物…そうだ、奴は生命を取り込んで肥大化している。なら、奴が取り込んだ生命を解放して、光を放つ生命を生み出せば…」
何かを思いついたウォルフは、光輝神鋼の腕輪の光を一点に集中させ、黒星と闇牙に宿らせる。
やがて、二本の剣は小さな一粒の種へと形を変えていった。
「ぬぅ…なんだ?何か、不快なものが足元にいる…」
一方、ノックスは遥か雲の上からその輝きを見据えていた。
あまりにも大きさが違いすぎるので、はっきりと見る事はできないが、その力には覚えがある。
「オーディン…まだこの私の邪魔をするつもりか…!!」
急激に肥大化しすぎたノックスは、その意識自体が散漫となり、もはや目的もなく命を貪る存在になり果てていたが、オーディンへの憎しみだけは消えていなかった。
すぐにその忌々しい光を消し去るべく、闇を触手の様にしてウォルフを潰し、取り込もうと企んでいた。
突如として周囲の闇が形を成して襲い来るようになり、ウォルフはそれらを躱しながら、生み出した種を剣の柄頭に取りつけた。
「動き出した…俺に気付いたか?だが、もう遅い!」
ウォルフは、ノックスの繰り出す触手を避けつつ、意識を集中させる。
すると、光の剣は大きな槍へと形を変えた。
「神槍!」
足を止め、渾身の力を込めて、ウォルフは神槍を投げ放つ。
それを食い止め、迎え撃つべく、無数の闇の触手が一斉に伸びた。
しかし、放たれた神槍は一筋の巨大な雷のようになって物ともせずに次々に闇を貫き、それらを打ち消しながら一直線にノックスへ飛び、その闇の身体を完全に貫いていった…そして。
「うぐ!?な、なんだ、何をした?!」
神槍がノックスの身体の中心に辿り着くと、そこに宿した種が一気に発芽し、ノックスが取り込んだ生命を逆に取り込み、光に変えて解き放った。
爆発的に、いくつもの光り輝く草花がノックスの体内から生まれ、枯れ落ちていく…その度にノックスの身体は削られて、天を衝くほどだった巨体は、あっという間にその姿を消した。
完全に闇が晴れると、いつの間にか昇り始めていた太陽が顔を出している。
そして王城のあった場所には、小さな小さな若木が一つ、その朝日を浴びてきらきらと輝いていた。
0
あなたにおすすめの小説
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
空手馬鹿の俺が転生したら規格外の治癒士になっていた 〜筋力Eのひ弱少年治癒士が高みを目指す!?〜
くまみ
ファンタジー
前世は空手部主将の「ゴリラ」男。転生先は……筋力Eのひ弱な少年治癒士!?
「資質がなんだ!俺の拳は魔法を超える!……と、思うけど……汗」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺は五里羅門(ごり・らもん) 35歳独身男だ。硬派すぎて女が寄り付かず。強すぎる空手愛と鍛え抜かれた肉体のせいで不本意ながら通称「ゴリラ」と呼ばれていた。
仕事帰りにダンプに跳ねられた俺が目覚めると、そこは異世界だった。だが転生した姿は前世とは真逆。
病弱で華奢。戦闘力最低と言われる職業の「治癒士」(ヒーラー)適正の10歳の少年・ノエル。
「俺は戦闘狂だぞ!このひ弱な体じゃ、戦えねぇ!
「華奢でひ弱な体では、空手技を繰り出すのは夢のまた夢……」
魔力と資質が全てのこの世界。努力では超えられない「資質の壁」が立ちふさがる。
だが、空手馬鹿の俺の魂は諦めることを知らなかった。
「魔法が使えなきゃ、技で制す!治癒士が最強になっちゃいけないなんて誰が決めた?」
これは魔法の常識を「空手の技」で叩き壊す、一人の少年の異世界武勇伝。
伝説の騎士、美少女魔術師、そして謎の切り株(?)を巻き込み、ノエルの規格外の挑戦が今始まる!
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる