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序章
後編
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「ほう?そうか、やはり君達もおかしいと思っているんだな」
その頃、モート男爵邸の正門ではウォルフが正規兵達と談笑していた。実を言うとウォルフ自身、誰であろうと邪魔をするならば力づくで押し入るのも止む無しと思っていたのだが、たまたま門番に立っていた兵士の一人が、王都に務めていた経験のある顔見知りだった為、一芝居打つ事に協力してもらっている。ウォルフが暴れたというのは真っ赤な嘘で、ハミドをおびき出す為の作り話だ。
兵士達の話によると、最近はモート男爵が姿を見せる事もなく、彼に使える正規兵達は違和感を覚えていたらしい。しかし、何か余計な事を言えば即座に首にされてしまうし、男爵の不在を取り仕切るハミドと言う男は、金でかなりの荒くれ者を集めているらしく、家族を守る為にも迂闊な事は出来ずに悶々としていたという。昼間、情報屋のギースから聞いていた状況と全く同じである。ギースを疑うわけではないが、明確に裏が取れたというのは心強い。
ウォルフは元々自分を律する事が得意なタイプだ。良くも悪くも、感情のままに動く事はしない。今までにも怒りに飲まれて暴れるような事はしたことがない。それが故に、カサンドラの謀略に気付いても、冷静に受け入れる事が出来た。自分でも驚くほどあっさりと身を引いたとは思うが、後々の事を考えられる余裕があったのは本当に大きかった。これも幼い頃からカサンドラに教育された結果なのだが、あまりそれは考えないようにしている。
そんなウォルフだが、その胸の内では猛烈な怒りが渦巻いていた。罪のない兵士達にそれを向ける事のないよう務めて明るく振る舞ってはいるが、ここまでギースの話に裏が取れたという事は、ハミドによる数々の違法行為もおおよそ間違いはないだろう。そう思うと、腸が煮えくり返る思いがする。男女問わず違法の人身売買だけでなく、女性の意思を無視した私物化など言語道断、父ウッツであれば裁判などなしにその場で手打ちにしている所だ、自分でもそうするかもしれない。
とはいえ、今現在のウォルフは、知っての通り廃嫡され何の権限もないただの一般市民なのだが、それでも悪に対する憤りはあるし、立場が無いからと言って悪事を見逃すような事はしない。証拠も無しに暴れるような真似もしないが、逆に言えば証拠が揃えば彼を縛るものは何一つないと言える。沸々と湧き上がる怒りを押し殺しながら、それを解放するタイミングを待っていた。
「ただいま戻りました!中庭へ誘導するように言われましたが…」
「そうか…!君、ありがとう。中庭というのはどっちかな?ああ、いい、自分で行くよ。君達はしばらくここで待機していてくれ。…巻き込んでしまうかもしれないからな」
待ってましたとばかりに、息を切らして戻ってきた若い兵士を労って、ウォルフは中庭へ向かって歩き出した。兵士達は皆で彼に着いて行こうとしたが、その背中に浮かぶ圧力に負け、誰一人動き出せるものはいなかった。
しばらく歩くと、しっかりと手入れの行き届いた見事な庭園に辿り着いた。確か以前、モート男爵が自慢の庭園だと話をしていた気がする。かなりの広さがあり、月見酒と洒落込めば大変趣のある時間を楽しめるだろう。中でも目を引くのは、高さが10mはあろうかという立派な樫の木だ。しかし、本来は常緑樹だというのに、葉はあまり残っておらず、幹も太いが些か元気がない。そろそろ寿命なのかもしれないなと思い、ウォルフは少しの寂寥感に駆られた。
「ふん、このような所までネズミが入り込んでおるわ…やはり使えん兵士共は首にせねばならんな!」
庭園に佇むウォルフに向かって、ふてぶてしい態度でハミドが怒声を放つ。自分でここに誘導させたというのにこれだ。体よく兵士達を追いやる手段にするつもりなのだろう。小賢しいというか、小狡い男である。ウォルフは怒りのボルテージが上がるのを感じながら振り向き、ハミドの顔を睨みつけた。
「お前がハミドだな?モート男爵の実弟だと聞いているが…中身は全く似ていないな。何故あんな優良な人物の弟が、こんなに腐ってしまっているのか、まるで理解できないが」
「小童が何を抜かすか!兄を知っているような口振りだが、貴様のような小僧ごときが、領主たる我が兄と知己だとでもいうのか?!」
ハミドはウォルフの挑発に乗り、顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。やはり小物だと思いながら、ウォルフは溜息を吐いて更に睨みを利かせた。
「よくよく見ればお前の顔は見覚えがあるぞ。確か3年前、俺が成人の儀を行った時に、モート男爵と共にパーティに出席していたな?あの時も色々な人間がいたが、お前ほど鼻持ちならない男はそういなかったぞ。お前が持ってきた貢物も酷くセンスが悪かったしな。なんだったんだ?あのやたらと臭い漬物は…」
今の今までウォルフ自身もすっかり忘れていたが、ハミドの顔を見て思い出した。滅多な事では祝われなかった自分だったが、唯一大々的に宮中で晩餐会が開かれたのが、成人の儀の事である。あの時ハミドは、やけにニヤニヤとした顔をしながら近づいてきたかと思えば、口を開けば益体もなく他の貴族を腐す発言ばかりで、ウォルフを祝おうなどと言う意識はこれっぽっちも感じられなかった。おまけに持参したという貢物は、大変異臭のする漬物が入った瓶が三つ。その臭いたるや、末の妹ユーディットが一嗅ぎで泣き喚き、嘔吐するほどのものであった。
それでも、ウォルフにとっては人生で初めての他人からのプレゼントの一つである。食べ物であれば一口でも口にせねば失礼だろうと、翌日食べてみたが、兎に角、塩っ辛く苦いばかり食べられたものではなかった。事実、3日程腹を下したくらいだ。匂いに敏感なエルエに至っては、一週間は近寄ってくれなかったのを覚えている。
ウォルフが余り思い出したくもなかった思い出を口にすると、ハミドは何か思い当たるものがあったようで、徐々に顔色を変えながらしどろもどろになり始めた。
「貢物?何をバカな、何故儂が貴様のような小僧に…いや、待て漬物だと…?んん?き、貴様、いや貴方様は、もしや…?」
ハミドはガタガタと震え出し、ウォルフの顔をまじまじと見ている。横に突っ立っているドムラは、父親のあまりの変化に驚きウォルフとハミドを交互に見比べていた。
「あ、ああああああ…!う、ウォルフ王子ぃっ!!なぜこんなところに!!?」
「お、親父どうしちまったんだ!?…王子?アイツが?!」
「バカ野郎!お前、なんて相手と揉めやがったんだ、このバカ息子が!!」
ハミドは即座に土下座をし、理解の追い付いていないドムラを𠮟りつけた。まぁ、色々あって王子(元)なんだけどな…とも言えず、ウォルフはそのまま話を流す事にする。腹の中ではともかく、表向きでも王子に頭を下げると言うことは、王家に対する恭順の意思はあるのだろう。だからといって温情をかけるつもりはないが、出来れば大人しく罪を償って貰いたい。
「ハミド、違法な金貸しにこれまた違法な人身売買、それも、まだ年端もいかぬ幼い子供まで取引の材料にしていたらしいな?その上身体を切り売りさせるなど…その罪、決して軽くはないぞ。神妙に縛につくんだな!」
「ぬ、っうぐぬぬぬぅ…!」
「お、親父…」
魔法と言うものがあるこの世界では、臓器の移植をすることなどほとんどない。ただ、損傷が激しすぎたり、魔法では癒せない病によるものであれば有効な手段であり需要がある。しかし、それは違法なものだ。人身売買に準ずる可能性がある以上、国はおいそれと許可を出す事はない。ウォルフは、双方の同意を得るなど様々な条件をクリアすればそれを可能とするよう法律の整備をしてきたが、それは闇での取引が存在している事を受けてのものだった。もっといい形で人々を救う希望にしたいと願っていたウォルフにとって、それは何よりも許しがたい悪事であった。
ウォルフの宣告に、ドムラはハラハラとハミドの顔色を窺い、片やハミドは次々と顔色を変えて言葉を詰まらせている。数瞬の間があって、ハミドは観念したのか高笑いと共に顔を上げた。その表情は今までに見た事がないほど、醜悪に歪んでいる。
「ふ、ふふふふ…こうなれば、王子…貴様には死んでもらうしかないな!どうせ遅かれ早かれ想定していたことだ!儂の庭にのこのことやってきた愚かさを悔いるがいい!」
「想定していた?お前が、俺を殺す事を…?どうやら、他にも聞かねばならない事が出来たようだな。やはりあの漬物も毒だったのか…これは黒幕までしっかり吐いてもらう必要がありそうだ」
「ふん!デカイ口を叩けるのもそこまでだ!頼みの供周りもいない王子一人など、物の数ではないわ!…大体、あの漬物は儂が手ずから漬けたモノで毒などではないぞ。ええい!であえであえ!王子の名を騙る不届き者を殺せー!」
ハミドの号令を受けて、金で雇われた数十人の荒くれ者達が、用心棒として一斉に顔を出す。各々が手に得物を持っていて、初めからそのつもりで準備をしていたのが手に取るように解った。まさに多勢に無勢、ウォルフは窮地に立たされたかに思えた。しかし、当の本人は囲まれてもどこ吹く風で、それぞれの顔を見て不敵な笑みを浮かべている。
「どいつもこいつも悪人面だな…お前達はハミドの悪事を知りつつこの場に立っているのだろう?ならば、問答無用…全員まとめて叩きのめすまで!」
「バカめ!この状況で貴様に何が出来るか!やれ、やってしまえ!」
ウォルフの叫びをかき消すように、ハミドの命令が飛ぶ。用心棒の荒くれ者達は、その命令を聞くや否や我先にとウォルフに飛び掛かろうとした。が、その勢いは次の瞬間目にしたもので搔き消えてしまう。
「すまん、力を貸してもらうぞ…ぬぅぅぅんっ!!」
ウォルフは小さく呟くと、傍に合ったあの大樫の木に手をかけ、気合を入れて力任せに、強引に引き抜いた。バキバキと根が折れ、切れる音がする。
「は?」
誰もがその光景に呆気にとられ、我が目を疑った。その怪力はもはや人間業ではない。たった一人の人間が、魔法の一つも使わずに大木を引っこ抜くなど、一体誰が想像出来ただろう。そもそも魔法を使うなら、もっと他にやりようがあるはずだが。
「ふむ、槍としては些か長いが、重さも強度も十分だな。お前の主を救う為だ、悪く思わんでくれよ?…せいっ!!」
確かめるように軽く振るって土を払いながら、ウォルフは引っこ抜いた樫の木に語りかけ、力一杯振り抜いた。その一撃で、近くにいた10人程の荒くれ者が吹き飛ばされ、庭園の端にある壁に激突して動かなくなった。当たり所が良ければ生きているだろう。ぶつかった時の音からして、仮に生きていたとしても再起不能は免れないかもしれない。
続けて、ウォルフの背後を取ろうと近寄っていた者達を薙ぎ払う。彼らが吹き飛ばされる毎に、潰れたような声と何かがへし折れる音がするが、誰もそんな事を気にしている余裕はなかった。二振り三振りと流れるように繰り出される攻撃は、破城槌そのものだ。それが人間相手に振るわれるのである、その効果は推して知るべしという所だろう。
瞬く間に、荒くれ者達は全員が吹き飛ばされて、すでにこの場で立っているのはハミドとドムラ、そして剛腕を振るったウォルフだけになっている。ハミドには聞きたい事が山ほどあるのでこの場で殺すつもりはないが、ウォルフは未だ怒りが治まらず、鋭い眼光でハミドを射抜いた。
「あわわわわ!ば、バケモノだ…せ、先生ー!先生ぇー!」
ハミドが声を震わせながら何者かを呼ぶと、屋敷の奥から、抜き身の長剣を持った顔に瑕のある目つきの悪い中年の男が現れた。先生と呼ばれ、その身に纏っている雰囲気からして、只者ではなさそうだ。男はゆっくりとウォルフの前に立つと、冷えた氷を思わせる冷たい眼差しで、ウォルフを見据えている。
「王狼、ウォルフ殿下か…噂に違わぬ実力っぷり。これはいい相手に出会えたものだ」
「俺の字名を知っているのか。何者だ?」
その異名を呼ばれ、ウォルフの顔が少し歪む。王狼とは、父ウッツがウォルフに名付けた二つ名だ。成人したウォルフの実力を褒め称え、それを名乗る事を許されたが、実を言えば、ウォルフはそれがあまり好きではなかった。そもそもウッツは、その果敢な戦いぶりから雄王、或いは獅子王と評された人物だ。だが、獅子の子が狼であるはずがない。それはつまり、ウッツが自分を我が子と認めていない証のような気がして、ウォルフはどうしても好んで名乗る気になれなかったのである。
「お初にお目にかかる…我が名はベルドゥゴ。剣の修行が目的でここにいる。貴殿とは一度手合わせしたいと思っていた」
「ベルドゥゴ…?海向こうの大陸で使われる名だな。だが、俺を知っているというのは…ああ、昨年の天覧試合か」
天覧試合とは、数年に一度、獅子王ウッツが主催するイベントだ。近隣諸国を抑え、この大陸を平定した祝いに、自らの武力が誉であったウッツが企画して催されている。特に昨年開かれたものは、国の内外はおろか別大陸からも参加者や客を呼ぶなど規模が大きく、またウォルフが成人してから初めての試合だった為に、ウォルフも出場して順調に勝ち進んでいた。当初は優勝候補の一角として期待されたものの、準決勝直前に下の弟クラウスが高熱を出し、その特効薬となる薬草を取りに行く為に、ウォルフは途中棄権せざるを得なかった。
ウォルフ自身、それ自体に悔いは無かったが、クラウスとユーディットは大変落胆し、機嫌を取るのが一苦労だったのを覚えている。
(次の天覧試合には必ず出るからと約束をしたんだったが…はて、追放となった俺でも参加してよいものだろうか?)
間違いなく今気にする事ではないはずだが、あの時のかわいい弟妹達の落ち込みっぷりを思い出すと、約束を反故にするのは気が引ける。ついでに言うと、約束したのは出場だけでなく優勝もである。特に兄大好きなユーディットは、幼いながらも目を血走らせて約束をさせていたのだが、機嫌取りに終始していた為か、ウォルフはそこまで覚えていなかった。
「棄権するまでの貴殿の戦いぶりと、噂を聞いて俺は本当に楽しみにしていたのだ。それが、ちょうど俺との試合が決まった所で貴殿は戦いを下りた…弟御の為だと聞いて理解はしたが、到底納得は出来なくてな。次の大会まで、こちらの大陸で厄介になろうと、ここの用心棒を請け負ったのだ。しかし、僥倖だ、いつになるか解らん天覧試合を待たずして、機会が巡ってこようとは!」
どうやらこのベルドゥゴという男は、根っからのバトルジャンキーらしい。正直に言って、面倒臭い相手だ。ウォルフは父と違い、戦いにそこまでの価値を見出してはいない。戦いと言うのは単なる手段であり、目的は別にあるものだと彼は昔から思っている。平和・地位・金・名誉・愛…理由は様々あろうが、戦いはそれらを得る手段でしかないはずだ。
一方、世の中には、ウッツやこのベルドゥゴという男のように、鍛え上げた自らの力と技を持って競い合う、戦いそのものを目的とする人間がいるのも理解している。どちらが強いのかで優劣を決めようというのは解りやすいが、こういう手合いはきっちりとカタを着けなければ後が面倒な事になる事も経験則で理解している。要は、ぐぅの音も出ない程に叩き潰すしかないのだ。
「さぁ、ウォルフ殿下…勝負と行こうではないか、正々堂々、一対一で剣の勝負だ!」
やっぱりな、とウォルフは思った。別に勝負するつもりもその必要もないのだが、既にベルドゥゴの中では完全に天覧試合の続きが始まってしまっている。もしこれでウォルフが逃げたり、言い訳の出来そうな戦いをすれば、ベルドゥゴは間違いなく根に持って、いつまでもしつこく付きまとってくるだろう。やはり、ここはやるしかない。
ベルドゥゴは純粋に剣での勝負を望んでいるようなので、とりあえず手持ちの木は傍観に徹しているハミドに向かって投げる事にした。
「なっ!?なななななな?!!ヒィィィィィッ!!」
「ぎゃあああああああ!?お、親父ぃぃぃ!痛ぇよぉぉぉ!!」
とっくの昔に腰を抜かしていたハミドの頭を掠めて、樫の巨木は深々と石の壁に突き刺さった。ちなみにすぐ隣に立っていたドムラは、枝に巻き込まれて壁に磔になっている。折れた枝があちこちに刺さってかなり痛々しいが、命に別状は無さそうだ。後は剣だが、持ち合わせがないので、さっきの荒くれ者が落としていった剣を軽く蹴り上げ、空中に浮かせた剣を右手で受け取る。ウォルフは何かを確かめるように軽く剣を素振りすると、構えを取ってベルドゥゴに向き合った。
「フフフ、その眼だ…!本気の貴殿が持つその眼力!この場で対峙してよく解った、やはり貴殿こそ俺の求める戦いの相手よ!」
「勝手に一人で盛り上がられると凄くやりにくいんだが…そういえば、俺がいなくなった後の天覧試合はどうなったんだ。アンタが優勝したわけじゃないよな?」
当時はそれどころではなかったのもあるが、少なくとも優勝者はベルドゥゴではないはずだ。それならば名前くらいは聞き覚えがあるだろう。
「ふん!俺が決勝で戦うはずだったのは、カサンドラという女騎士だ。確かこの国では要職を務めているらしいが、所詮は女。戦うまでもない」
「ああ…そう言う事か」
ウォルフはそれを聞き、思わず溜息を漏らした。海向こうの大陸では、女性は戦いに出るものではないという話を聞いたことがあるが、なるほど、これで合点がいった。このベルドゥゴという男は、カサンドラの戦いをまるで見ていないのだ。本当に強者と戦いたいのであれば、間違いなくカサンドラはその対象足り得るはずだが、彼はカサンドラが女であるというだけで判断し、戦うに値しないと思い込んだのだろう。
なんと愚かな男だと、ウォルフは心底落胆した。ウォルフからみて、カサンドラはこの国でも一、二を争う実力者だ。状況次第では、王であるウッツを凌ぐかもしれない。ウォルフはそう認識している。カサンドラがこの国の大臣として要職に就いているのは、王妃との縁故だけではなく、その凄まじい戦闘力故だというのに。そんなことも見抜けない男が、強者を望むという呆れた言動に、ウォルフはただただ頭を振る事しかできなかった。
「一つ言っておく。女を戦わせないとか、矢面に立たせないという文化を否定はしないが、本気で強者を求める気があるのなら、性別など気にせずに相手をしっかり見ておけ…世の中には化け物みたいな女がたくさんいるんだ。…特に俺の周りには」
実感と哀愁の籠ったウォルフの横顔に、ベルドゥゴは一瞬たじろいだがすぐに気を取り直して、不敵に笑う。
「ほう…その言葉、心に留めておくとしよう。…貴殿が俺に勝ったならばな!」
己より弱い者の言葉など信じない、それはある意味で正しいとウォルフは思った。より強くと願う者の行き着く先は最強の一文字である。それを目指すのならば、簡単には人の言葉に流されぬ我の強さも必要不可欠だからだ。
そして、向かい合う二人の呼吸が重なったわずかな瞬間に、ベルドゥゴがその剣を閃かせた。
「喰らえ我が魔剣、突風連斬!」
「むっ!?」
かなりの速度で繰り出された攻撃を、ウォルフは瞬時に見極めて体を躱す。斬撃は一つ、しかし、地面には3連の刃跡が深く刻まれている。
「風魔法で剣速を増加させ、複数の追撃効果を生み出しているのか」
「いかにも!たった一撃でよくぞ見破った…!さすがは王狼。しかし、どこまで躱し続けられるかな?」
ニヤリと笑みを浮かべ、立て続けにベルドゥゴの凶刃が降り注いだ。まさに猛攻というべき連撃は、さながら嵐のようにウォルフに襲い掛かってくる。
(刃筋は良し、体捌きも問題ない…なるほど、これは自信を持つのも頷けるな)
それほどの攻撃の中でも、ウォルフは極めて冷静にベルドゥゴの動きを観察し、評価していた。これほどの攻撃を見せられるのは、この国でもザラにはいない。もしベルドゥゴが騎士団にでも参入すれば、彼は間違いなく屈指の実力者として、上位に数えられるだろう。それだけの実力はあるとウォルフは確信した。
「どうしたどうした!避けてばかりでは勝負にならんぞ!」
勢いはそのままに、ベルドゥゴはウォルフを挑発しつつ攻撃を続けている。とはいえ、もしウォルフが剣で攻撃を受ければ、たちまち剣は両断されてしまうだろう。防御不可能なのであれば、回避し続ける以外に方法はない。
幾度目か解らないほどの攻撃を躱した時、ウォルフの背が、何かにぶつかる。庭園の端にあった、あの壁
だ。いつの間にか、壁際に追いやられていたようだ。
「ふ、俺が闇雲に攻撃していただけだと思ったか?頭を使うのも、また武芸というもの…!さぁ、もう避けられまい、覚悟!」
勝利を確信したベルドゥゴの渾身の横薙ぎが、もはや逃げ場を失ったウォルフの胴を捉え、その身を両断した…はずだった。
「な、なに!?」
「三枚おろしにしたいなら、もう少し手順を守って貰わなくては。…最も、切れぬ包丁では話にならんが」
ベルドゥゴ自慢の風の刃はその姿を消して、剣そのものは衣服を切り裂くことも出来ずにウォルフの腹で止められている。
「ど、どういう事…っだぐぼぉぁ!?」
ベルドゥゴが言い終わる前に、剣を握ったウォルフの拳により、ベルドゥゴは顔面を撃ち抜かれた。猛烈な勢いで吹き飛ばされて十数回転がった後、先ほど樫の木を引き抜いた穴にハマり、ようやく動きが止まる。
「生憎だが、俺は生まれつき、ありとあらゆる魔法が効かないんだ。…おかげで魔法を扱う事もできないんだが。ま、その分、色々と鍛えられた。その程度の力じゃ俺は斬れない、残念だがな」
すでにベルドゥゴの意識はないので聞こえてもいないだろうが、わずかに体が痙攣している所をみると、おそらく生きてはいるだろう。一方、その戦いの一部始終を目の当たりにしていたハミドは内心で思い切り叫んだ。いや、魔法が通じなくても剣で斬れないのはおかしいだろう?!と。
そこへ、フラフラと足取りの覚束ない男性が屋敷の奥から現れた。その傍らで男に肩を貸しているのはダンテだ。男はよろめきながらも、中庭の惨状に目を見開き、何よりもその中心にいるウォルフの姿に驚いているようだった。
「あ、貴方様は…!」
「モート男爵、大丈夫か!ダンテ、彼の状態は?」
すぐに二人へ駆け寄るウォルフ。モート男爵はウォルフの手を取り、弱り切った力で握り締めている。問いかけられたダンテは、懐からいくつかの書類を取り出して答えた。
「毒で弱らされていたようですが、幸い、手持ちの薬で対処可能でした。あとは医者に任せれば問題ないかと。それと、男爵の他にハミドの悪事を示す証拠もこの通り、押収しておきました。これからハミド共々まとめて正規兵達に引き渡します」
「そうか、良かった。ご苦労だったな、よろしく頼む。…それと男爵、すまない、庭を少々荒らしてしまった」
改めて庭を見回すと、美しかった庭園にはあちこちに穴が開き、そこら中に荒くれ者が倒れ伏し、庭木や花は折れて哀れな姿に変わり果ててしまっている。正直、控えめに言っても少々とはいえない荒れ方だ。
ふとダンテに連行されていくハミドの方を見れば、庭どころか屋敷の壁にも巨大な樫の木が刺さっているのに気づく。ウォルフは冷や汗を搔きながら、どうやって修復すればいいのか必死に頭を働かせていると、モート男爵が優しく微笑みながら言った。
「ウォルフ王子、屋敷の修繕については心配いりませぬ。聞けば愚弟は我が命だけでなく、愛妻や領民達をも苦しめていたとか。貴方様はその全てを救って頂いたのです、むしろこちらが礼をせねばならぬというもの…何も心配などなさらなくて結構なのですよ」
「ありがとう、男爵。ただ、実は俺はもう王子ではなくなってしまったんだ。詳しい話は長くなるので避けるが、濡れ衣を着せられて、王位を剥奪されてしまった…これからは、この領地で男爵の世話になる一領民だ。特別扱いはいらないが、民として至らない事もあると思う、なのでよろしく頼むよ…いや、よろしくお願いします」
ウォルフが頭を下げてそう言うと、モート男爵は目を見開いて声を震わせた。実の所、モート男爵はウォルフに特に期待をしていた貴族の一人だったので、よりショックが大きいのだろう。
「なんと…!?一体何が…?いえ、そういう事であれば尚更、私が御身のお力になれるよう尽力致します。敬語など必要ございません。これからも気兼ねなくお申し付けください」
モート男爵はウォルフに向かって深々と頭を下げた。その姿に、ウォルフは胸が熱くなって、思わず手を握って一粒涙をこぼした。思えば、父やカサンドラ、それに第一王妃派の人間達を除けば、他の者達は皆ウォルフに優しく、目をかけてくれたものだ。彼らに応えられなくなってしまったのは心苦しいが、それでもこうやって温かい言葉をかけてくれる人がいるのならば、どうにかそれに応えたいと、ウォルフは心の底から決意を新たにしていた。
「あ、貴方…!」
そんな二人の元へ、なんとも煽情的な薄着をしたモート男爵の妻、ミリエラが現れる。呼ばれたモート男爵は慌てて立ち上がり、よろめきながらも近づいて、二人は熱い抱擁を交わした。一方、ウォルフは突然現れたミリエラに怯え、近くの柱の陰に隠れている。
そこへ戻ってきたダンテは、何があったのかをいち早く察すると、震えるウォルフに近づいて肩を貸し、モート男爵夫妻に挨拶をしておもむろにその場を後にした。
男爵邸を出た後、二人はエルエと合流して、アキハに事情を説明していた。
「そんなことが…!?ありがとうございます!なんとお礼を言ったらいいか…」
「い、いいいいいいや?!ナ、何も礼なんて言われるような事でははははわ、アハハアハハ」
「主、マジ不審者過ぎんだけど、オモシロー!」
エルエは笑いながらウォルフにべったりとくっ付いて、頭や耳をウォルフに擦りつけている。さながら、大きな猫がマーキングをしているように見えて、アキハは思わず笑ってしまった。
(エルエちゃん、本当にウォルフさんが好きなのね)
ウォルフ達が不在の間、アキハがエルエから聞かされたのは、ウォルフについての話ばかりだった。幼い頃に助けられた事を感謝しているという話から、現在に至るまで、ほぼ口に出ていたのはウォルフという青年の美点ばかりだ。彼の生い立ちや職業などははぐらかされて聞けなかったが、これまでの話や言動をみるに、好人物であることは理解できた。エルエがどれほどウォルフに好意を寄せているのかも、だ。アキハからすれば、ウォルフやエルエは年下だからか、そんな二人の姿は姉弟のようでなんとも微笑ましい。
「後日、領主であるモート男爵様より、追って連絡があると思いますので、何か不明な点があれば私共にご連絡を」
そう微笑むダンテの顔に、アキハはすっかり虜になってしまっていた。アキハは頬を赤らめて、ダンテを見つめる瞳は尋常でないほどの熱を帯びているのが解る。あれが恋する瞳というものか。
「ねー、主、アキハっちの目、ハート浮かんでね?スゴーい」
「ああ、ホントにな…」
決してアキハと懇ろになろうと思っていたわけではないが、男としての格の差を見せつけられたようで、ウォルフは何だか悲しくなった。経験の差も否めないが、根本的に人としての余裕が違いすぎる。
そのまま、落ち込むウォルフを引きずって、エルエとダンテは店を出た。長居をしたつもりはなかったが、随分と夜は更け、雨雲は去って星空が顔を覗かせている。
「いやはや、今日は大変な一日でしたな」
「ああ、昨日城を追われたばかりで今日はこれだ…まったく、これからどうなるのか気が重いよ」
ダンテとウォルフが話す隣で、エルエは一人首を傾げつつ、妙な唸り声を上げている。ウォルフは気になって、エルエに問いかけた。
「エルエ、どうかしたか?」
「ウーン、何か忘れてる気がすんだよねー…なんだっけ」
「エルエの事だ、晩飯の事ではないか?」
「シツレイなー!アタシちゃんとご飯食べたもん!…アキハっちのご飯美味しかったな~」
「まぁ、その内思い出すだろう。そういや、俺とダンテは何も食べてないな。屋敷に何かあるといいが…」
そんな雑談を楽しみながら家路に着いた三人を待っていたのは、鬼の形相で箒と塵取りを持ち、玄関で仁王立ちするセヴィと、彼女のキツイお仕置きなのであった。
その頃、モート男爵邸の正門ではウォルフが正規兵達と談笑していた。実を言うとウォルフ自身、誰であろうと邪魔をするならば力づくで押し入るのも止む無しと思っていたのだが、たまたま門番に立っていた兵士の一人が、王都に務めていた経験のある顔見知りだった為、一芝居打つ事に協力してもらっている。ウォルフが暴れたというのは真っ赤な嘘で、ハミドをおびき出す為の作り話だ。
兵士達の話によると、最近はモート男爵が姿を見せる事もなく、彼に使える正規兵達は違和感を覚えていたらしい。しかし、何か余計な事を言えば即座に首にされてしまうし、男爵の不在を取り仕切るハミドと言う男は、金でかなりの荒くれ者を集めているらしく、家族を守る為にも迂闊な事は出来ずに悶々としていたという。昼間、情報屋のギースから聞いていた状況と全く同じである。ギースを疑うわけではないが、明確に裏が取れたというのは心強い。
ウォルフは元々自分を律する事が得意なタイプだ。良くも悪くも、感情のままに動く事はしない。今までにも怒りに飲まれて暴れるような事はしたことがない。それが故に、カサンドラの謀略に気付いても、冷静に受け入れる事が出来た。自分でも驚くほどあっさりと身を引いたとは思うが、後々の事を考えられる余裕があったのは本当に大きかった。これも幼い頃からカサンドラに教育された結果なのだが、あまりそれは考えないようにしている。
そんなウォルフだが、その胸の内では猛烈な怒りが渦巻いていた。罪のない兵士達にそれを向ける事のないよう務めて明るく振る舞ってはいるが、ここまでギースの話に裏が取れたという事は、ハミドによる数々の違法行為もおおよそ間違いはないだろう。そう思うと、腸が煮えくり返る思いがする。男女問わず違法の人身売買だけでなく、女性の意思を無視した私物化など言語道断、父ウッツであれば裁判などなしにその場で手打ちにしている所だ、自分でもそうするかもしれない。
とはいえ、今現在のウォルフは、知っての通り廃嫡され何の権限もないただの一般市民なのだが、それでも悪に対する憤りはあるし、立場が無いからと言って悪事を見逃すような事はしない。証拠も無しに暴れるような真似もしないが、逆に言えば証拠が揃えば彼を縛るものは何一つないと言える。沸々と湧き上がる怒りを押し殺しながら、それを解放するタイミングを待っていた。
「ただいま戻りました!中庭へ誘導するように言われましたが…」
「そうか…!君、ありがとう。中庭というのはどっちかな?ああ、いい、自分で行くよ。君達はしばらくここで待機していてくれ。…巻き込んでしまうかもしれないからな」
待ってましたとばかりに、息を切らして戻ってきた若い兵士を労って、ウォルフは中庭へ向かって歩き出した。兵士達は皆で彼に着いて行こうとしたが、その背中に浮かぶ圧力に負け、誰一人動き出せるものはいなかった。
しばらく歩くと、しっかりと手入れの行き届いた見事な庭園に辿り着いた。確か以前、モート男爵が自慢の庭園だと話をしていた気がする。かなりの広さがあり、月見酒と洒落込めば大変趣のある時間を楽しめるだろう。中でも目を引くのは、高さが10mはあろうかという立派な樫の木だ。しかし、本来は常緑樹だというのに、葉はあまり残っておらず、幹も太いが些か元気がない。そろそろ寿命なのかもしれないなと思い、ウォルフは少しの寂寥感に駆られた。
「ふん、このような所までネズミが入り込んでおるわ…やはり使えん兵士共は首にせねばならんな!」
庭園に佇むウォルフに向かって、ふてぶてしい態度でハミドが怒声を放つ。自分でここに誘導させたというのにこれだ。体よく兵士達を追いやる手段にするつもりなのだろう。小賢しいというか、小狡い男である。ウォルフは怒りのボルテージが上がるのを感じながら振り向き、ハミドの顔を睨みつけた。
「お前がハミドだな?モート男爵の実弟だと聞いているが…中身は全く似ていないな。何故あんな優良な人物の弟が、こんなに腐ってしまっているのか、まるで理解できないが」
「小童が何を抜かすか!兄を知っているような口振りだが、貴様のような小僧ごときが、領主たる我が兄と知己だとでもいうのか?!」
ハミドはウォルフの挑発に乗り、顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。やはり小物だと思いながら、ウォルフは溜息を吐いて更に睨みを利かせた。
「よくよく見ればお前の顔は見覚えがあるぞ。確か3年前、俺が成人の儀を行った時に、モート男爵と共にパーティに出席していたな?あの時も色々な人間がいたが、お前ほど鼻持ちならない男はそういなかったぞ。お前が持ってきた貢物も酷くセンスが悪かったしな。なんだったんだ?あのやたらと臭い漬物は…」
今の今までウォルフ自身もすっかり忘れていたが、ハミドの顔を見て思い出した。滅多な事では祝われなかった自分だったが、唯一大々的に宮中で晩餐会が開かれたのが、成人の儀の事である。あの時ハミドは、やけにニヤニヤとした顔をしながら近づいてきたかと思えば、口を開けば益体もなく他の貴族を腐す発言ばかりで、ウォルフを祝おうなどと言う意識はこれっぽっちも感じられなかった。おまけに持参したという貢物は、大変異臭のする漬物が入った瓶が三つ。その臭いたるや、末の妹ユーディットが一嗅ぎで泣き喚き、嘔吐するほどのものであった。
それでも、ウォルフにとっては人生で初めての他人からのプレゼントの一つである。食べ物であれば一口でも口にせねば失礼だろうと、翌日食べてみたが、兎に角、塩っ辛く苦いばかり食べられたものではなかった。事実、3日程腹を下したくらいだ。匂いに敏感なエルエに至っては、一週間は近寄ってくれなかったのを覚えている。
ウォルフが余り思い出したくもなかった思い出を口にすると、ハミドは何か思い当たるものがあったようで、徐々に顔色を変えながらしどろもどろになり始めた。
「貢物?何をバカな、何故儂が貴様のような小僧に…いや、待て漬物だと…?んん?き、貴様、いや貴方様は、もしや…?」
ハミドはガタガタと震え出し、ウォルフの顔をまじまじと見ている。横に突っ立っているドムラは、父親のあまりの変化に驚きウォルフとハミドを交互に見比べていた。
「あ、ああああああ…!う、ウォルフ王子ぃっ!!なぜこんなところに!!?」
「お、親父どうしちまったんだ!?…王子?アイツが?!」
「バカ野郎!お前、なんて相手と揉めやがったんだ、このバカ息子が!!」
ハミドは即座に土下座をし、理解の追い付いていないドムラを𠮟りつけた。まぁ、色々あって王子(元)なんだけどな…とも言えず、ウォルフはそのまま話を流す事にする。腹の中ではともかく、表向きでも王子に頭を下げると言うことは、王家に対する恭順の意思はあるのだろう。だからといって温情をかけるつもりはないが、出来れば大人しく罪を償って貰いたい。
「ハミド、違法な金貸しにこれまた違法な人身売買、それも、まだ年端もいかぬ幼い子供まで取引の材料にしていたらしいな?その上身体を切り売りさせるなど…その罪、決して軽くはないぞ。神妙に縛につくんだな!」
「ぬ、っうぐぬぬぬぅ…!」
「お、親父…」
魔法と言うものがあるこの世界では、臓器の移植をすることなどほとんどない。ただ、損傷が激しすぎたり、魔法では癒せない病によるものであれば有効な手段であり需要がある。しかし、それは違法なものだ。人身売買に準ずる可能性がある以上、国はおいそれと許可を出す事はない。ウォルフは、双方の同意を得るなど様々な条件をクリアすればそれを可能とするよう法律の整備をしてきたが、それは闇での取引が存在している事を受けてのものだった。もっといい形で人々を救う希望にしたいと願っていたウォルフにとって、それは何よりも許しがたい悪事であった。
ウォルフの宣告に、ドムラはハラハラとハミドの顔色を窺い、片やハミドは次々と顔色を変えて言葉を詰まらせている。数瞬の間があって、ハミドは観念したのか高笑いと共に顔を上げた。その表情は今までに見た事がないほど、醜悪に歪んでいる。
「ふ、ふふふふ…こうなれば、王子…貴様には死んでもらうしかないな!どうせ遅かれ早かれ想定していたことだ!儂の庭にのこのことやってきた愚かさを悔いるがいい!」
「想定していた?お前が、俺を殺す事を…?どうやら、他にも聞かねばならない事が出来たようだな。やはりあの漬物も毒だったのか…これは黒幕までしっかり吐いてもらう必要がありそうだ」
「ふん!デカイ口を叩けるのもそこまでだ!頼みの供周りもいない王子一人など、物の数ではないわ!…大体、あの漬物は儂が手ずから漬けたモノで毒などではないぞ。ええい!であえであえ!王子の名を騙る不届き者を殺せー!」
ハミドの号令を受けて、金で雇われた数十人の荒くれ者達が、用心棒として一斉に顔を出す。各々が手に得物を持っていて、初めからそのつもりで準備をしていたのが手に取るように解った。まさに多勢に無勢、ウォルフは窮地に立たされたかに思えた。しかし、当の本人は囲まれてもどこ吹く風で、それぞれの顔を見て不敵な笑みを浮かべている。
「どいつもこいつも悪人面だな…お前達はハミドの悪事を知りつつこの場に立っているのだろう?ならば、問答無用…全員まとめて叩きのめすまで!」
「バカめ!この状況で貴様に何が出来るか!やれ、やってしまえ!」
ウォルフの叫びをかき消すように、ハミドの命令が飛ぶ。用心棒の荒くれ者達は、その命令を聞くや否や我先にとウォルフに飛び掛かろうとした。が、その勢いは次の瞬間目にしたもので搔き消えてしまう。
「すまん、力を貸してもらうぞ…ぬぅぅぅんっ!!」
ウォルフは小さく呟くと、傍に合ったあの大樫の木に手をかけ、気合を入れて力任せに、強引に引き抜いた。バキバキと根が折れ、切れる音がする。
「は?」
誰もがその光景に呆気にとられ、我が目を疑った。その怪力はもはや人間業ではない。たった一人の人間が、魔法の一つも使わずに大木を引っこ抜くなど、一体誰が想像出来ただろう。そもそも魔法を使うなら、もっと他にやりようがあるはずだが。
「ふむ、槍としては些か長いが、重さも強度も十分だな。お前の主を救う為だ、悪く思わんでくれよ?…せいっ!!」
確かめるように軽く振るって土を払いながら、ウォルフは引っこ抜いた樫の木に語りかけ、力一杯振り抜いた。その一撃で、近くにいた10人程の荒くれ者が吹き飛ばされ、庭園の端にある壁に激突して動かなくなった。当たり所が良ければ生きているだろう。ぶつかった時の音からして、仮に生きていたとしても再起不能は免れないかもしれない。
続けて、ウォルフの背後を取ろうと近寄っていた者達を薙ぎ払う。彼らが吹き飛ばされる毎に、潰れたような声と何かがへし折れる音がするが、誰もそんな事を気にしている余裕はなかった。二振り三振りと流れるように繰り出される攻撃は、破城槌そのものだ。それが人間相手に振るわれるのである、その効果は推して知るべしという所だろう。
瞬く間に、荒くれ者達は全員が吹き飛ばされて、すでにこの場で立っているのはハミドとドムラ、そして剛腕を振るったウォルフだけになっている。ハミドには聞きたい事が山ほどあるのでこの場で殺すつもりはないが、ウォルフは未だ怒りが治まらず、鋭い眼光でハミドを射抜いた。
「あわわわわ!ば、バケモノだ…せ、先生ー!先生ぇー!」
ハミドが声を震わせながら何者かを呼ぶと、屋敷の奥から、抜き身の長剣を持った顔に瑕のある目つきの悪い中年の男が現れた。先生と呼ばれ、その身に纏っている雰囲気からして、只者ではなさそうだ。男はゆっくりとウォルフの前に立つと、冷えた氷を思わせる冷たい眼差しで、ウォルフを見据えている。
「王狼、ウォルフ殿下か…噂に違わぬ実力っぷり。これはいい相手に出会えたものだ」
「俺の字名を知っているのか。何者だ?」
その異名を呼ばれ、ウォルフの顔が少し歪む。王狼とは、父ウッツがウォルフに名付けた二つ名だ。成人したウォルフの実力を褒め称え、それを名乗る事を許されたが、実を言えば、ウォルフはそれがあまり好きではなかった。そもそもウッツは、その果敢な戦いぶりから雄王、或いは獅子王と評された人物だ。だが、獅子の子が狼であるはずがない。それはつまり、ウッツが自分を我が子と認めていない証のような気がして、ウォルフはどうしても好んで名乗る気になれなかったのである。
「お初にお目にかかる…我が名はベルドゥゴ。剣の修行が目的でここにいる。貴殿とは一度手合わせしたいと思っていた」
「ベルドゥゴ…?海向こうの大陸で使われる名だな。だが、俺を知っているというのは…ああ、昨年の天覧試合か」
天覧試合とは、数年に一度、獅子王ウッツが主催するイベントだ。近隣諸国を抑え、この大陸を平定した祝いに、自らの武力が誉であったウッツが企画して催されている。特に昨年開かれたものは、国の内外はおろか別大陸からも参加者や客を呼ぶなど規模が大きく、またウォルフが成人してから初めての試合だった為に、ウォルフも出場して順調に勝ち進んでいた。当初は優勝候補の一角として期待されたものの、準決勝直前に下の弟クラウスが高熱を出し、その特効薬となる薬草を取りに行く為に、ウォルフは途中棄権せざるを得なかった。
ウォルフ自身、それ自体に悔いは無かったが、クラウスとユーディットは大変落胆し、機嫌を取るのが一苦労だったのを覚えている。
(次の天覧試合には必ず出るからと約束をしたんだったが…はて、追放となった俺でも参加してよいものだろうか?)
間違いなく今気にする事ではないはずだが、あの時のかわいい弟妹達の落ち込みっぷりを思い出すと、約束を反故にするのは気が引ける。ついでに言うと、約束したのは出場だけでなく優勝もである。特に兄大好きなユーディットは、幼いながらも目を血走らせて約束をさせていたのだが、機嫌取りに終始していた為か、ウォルフはそこまで覚えていなかった。
「棄権するまでの貴殿の戦いぶりと、噂を聞いて俺は本当に楽しみにしていたのだ。それが、ちょうど俺との試合が決まった所で貴殿は戦いを下りた…弟御の為だと聞いて理解はしたが、到底納得は出来なくてな。次の大会まで、こちらの大陸で厄介になろうと、ここの用心棒を請け負ったのだ。しかし、僥倖だ、いつになるか解らん天覧試合を待たずして、機会が巡ってこようとは!」
どうやらこのベルドゥゴという男は、根っからのバトルジャンキーらしい。正直に言って、面倒臭い相手だ。ウォルフは父と違い、戦いにそこまでの価値を見出してはいない。戦いと言うのは単なる手段であり、目的は別にあるものだと彼は昔から思っている。平和・地位・金・名誉・愛…理由は様々あろうが、戦いはそれらを得る手段でしかないはずだ。
一方、世の中には、ウッツやこのベルドゥゴという男のように、鍛え上げた自らの力と技を持って競い合う、戦いそのものを目的とする人間がいるのも理解している。どちらが強いのかで優劣を決めようというのは解りやすいが、こういう手合いはきっちりとカタを着けなければ後が面倒な事になる事も経験則で理解している。要は、ぐぅの音も出ない程に叩き潰すしかないのだ。
「さぁ、ウォルフ殿下…勝負と行こうではないか、正々堂々、一対一で剣の勝負だ!」
やっぱりな、とウォルフは思った。別に勝負するつもりもその必要もないのだが、既にベルドゥゴの中では完全に天覧試合の続きが始まってしまっている。もしこれでウォルフが逃げたり、言い訳の出来そうな戦いをすれば、ベルドゥゴは間違いなく根に持って、いつまでもしつこく付きまとってくるだろう。やはり、ここはやるしかない。
ベルドゥゴは純粋に剣での勝負を望んでいるようなので、とりあえず手持ちの木は傍観に徹しているハミドに向かって投げる事にした。
「なっ!?なななななな?!!ヒィィィィィッ!!」
「ぎゃあああああああ!?お、親父ぃぃぃ!痛ぇよぉぉぉ!!」
とっくの昔に腰を抜かしていたハミドの頭を掠めて、樫の巨木は深々と石の壁に突き刺さった。ちなみにすぐ隣に立っていたドムラは、枝に巻き込まれて壁に磔になっている。折れた枝があちこちに刺さってかなり痛々しいが、命に別状は無さそうだ。後は剣だが、持ち合わせがないので、さっきの荒くれ者が落としていった剣を軽く蹴り上げ、空中に浮かせた剣を右手で受け取る。ウォルフは何かを確かめるように軽く剣を素振りすると、構えを取ってベルドゥゴに向き合った。
「フフフ、その眼だ…!本気の貴殿が持つその眼力!この場で対峙してよく解った、やはり貴殿こそ俺の求める戦いの相手よ!」
「勝手に一人で盛り上がられると凄くやりにくいんだが…そういえば、俺がいなくなった後の天覧試合はどうなったんだ。アンタが優勝したわけじゃないよな?」
当時はそれどころではなかったのもあるが、少なくとも優勝者はベルドゥゴではないはずだ。それならば名前くらいは聞き覚えがあるだろう。
「ふん!俺が決勝で戦うはずだったのは、カサンドラという女騎士だ。確かこの国では要職を務めているらしいが、所詮は女。戦うまでもない」
「ああ…そう言う事か」
ウォルフはそれを聞き、思わず溜息を漏らした。海向こうの大陸では、女性は戦いに出るものではないという話を聞いたことがあるが、なるほど、これで合点がいった。このベルドゥゴという男は、カサンドラの戦いをまるで見ていないのだ。本当に強者と戦いたいのであれば、間違いなくカサンドラはその対象足り得るはずだが、彼はカサンドラが女であるというだけで判断し、戦うに値しないと思い込んだのだろう。
なんと愚かな男だと、ウォルフは心底落胆した。ウォルフからみて、カサンドラはこの国でも一、二を争う実力者だ。状況次第では、王であるウッツを凌ぐかもしれない。ウォルフはそう認識している。カサンドラがこの国の大臣として要職に就いているのは、王妃との縁故だけではなく、その凄まじい戦闘力故だというのに。そんなことも見抜けない男が、強者を望むという呆れた言動に、ウォルフはただただ頭を振る事しかできなかった。
「一つ言っておく。女を戦わせないとか、矢面に立たせないという文化を否定はしないが、本気で強者を求める気があるのなら、性別など気にせずに相手をしっかり見ておけ…世の中には化け物みたいな女がたくさんいるんだ。…特に俺の周りには」
実感と哀愁の籠ったウォルフの横顔に、ベルドゥゴは一瞬たじろいだがすぐに気を取り直して、不敵に笑う。
「ほう…その言葉、心に留めておくとしよう。…貴殿が俺に勝ったならばな!」
己より弱い者の言葉など信じない、それはある意味で正しいとウォルフは思った。より強くと願う者の行き着く先は最強の一文字である。それを目指すのならば、簡単には人の言葉に流されぬ我の強さも必要不可欠だからだ。
そして、向かい合う二人の呼吸が重なったわずかな瞬間に、ベルドゥゴがその剣を閃かせた。
「喰らえ我が魔剣、突風連斬!」
「むっ!?」
かなりの速度で繰り出された攻撃を、ウォルフは瞬時に見極めて体を躱す。斬撃は一つ、しかし、地面には3連の刃跡が深く刻まれている。
「風魔法で剣速を増加させ、複数の追撃効果を生み出しているのか」
「いかにも!たった一撃でよくぞ見破った…!さすがは王狼。しかし、どこまで躱し続けられるかな?」
ニヤリと笑みを浮かべ、立て続けにベルドゥゴの凶刃が降り注いだ。まさに猛攻というべき連撃は、さながら嵐のようにウォルフに襲い掛かってくる。
(刃筋は良し、体捌きも問題ない…なるほど、これは自信を持つのも頷けるな)
それほどの攻撃の中でも、ウォルフは極めて冷静にベルドゥゴの動きを観察し、評価していた。これほどの攻撃を見せられるのは、この国でもザラにはいない。もしベルドゥゴが騎士団にでも参入すれば、彼は間違いなく屈指の実力者として、上位に数えられるだろう。それだけの実力はあるとウォルフは確信した。
「どうしたどうした!避けてばかりでは勝負にならんぞ!」
勢いはそのままに、ベルドゥゴはウォルフを挑発しつつ攻撃を続けている。とはいえ、もしウォルフが剣で攻撃を受ければ、たちまち剣は両断されてしまうだろう。防御不可能なのであれば、回避し続ける以外に方法はない。
幾度目か解らないほどの攻撃を躱した時、ウォルフの背が、何かにぶつかる。庭園の端にあった、あの壁
だ。いつの間にか、壁際に追いやられていたようだ。
「ふ、俺が闇雲に攻撃していただけだと思ったか?頭を使うのも、また武芸というもの…!さぁ、もう避けられまい、覚悟!」
勝利を確信したベルドゥゴの渾身の横薙ぎが、もはや逃げ場を失ったウォルフの胴を捉え、その身を両断した…はずだった。
「な、なに!?」
「三枚おろしにしたいなら、もう少し手順を守って貰わなくては。…最も、切れぬ包丁では話にならんが」
ベルドゥゴ自慢の風の刃はその姿を消して、剣そのものは衣服を切り裂くことも出来ずにウォルフの腹で止められている。
「ど、どういう事…っだぐぼぉぁ!?」
ベルドゥゴが言い終わる前に、剣を握ったウォルフの拳により、ベルドゥゴは顔面を撃ち抜かれた。猛烈な勢いで吹き飛ばされて十数回転がった後、先ほど樫の木を引き抜いた穴にハマり、ようやく動きが止まる。
「生憎だが、俺は生まれつき、ありとあらゆる魔法が効かないんだ。…おかげで魔法を扱う事もできないんだが。ま、その分、色々と鍛えられた。その程度の力じゃ俺は斬れない、残念だがな」
すでにベルドゥゴの意識はないので聞こえてもいないだろうが、わずかに体が痙攣している所をみると、おそらく生きてはいるだろう。一方、その戦いの一部始終を目の当たりにしていたハミドは内心で思い切り叫んだ。いや、魔法が通じなくても剣で斬れないのはおかしいだろう?!と。
そこへ、フラフラと足取りの覚束ない男性が屋敷の奥から現れた。その傍らで男に肩を貸しているのはダンテだ。男はよろめきながらも、中庭の惨状に目を見開き、何よりもその中心にいるウォルフの姿に驚いているようだった。
「あ、貴方様は…!」
「モート男爵、大丈夫か!ダンテ、彼の状態は?」
すぐに二人へ駆け寄るウォルフ。モート男爵はウォルフの手を取り、弱り切った力で握り締めている。問いかけられたダンテは、懐からいくつかの書類を取り出して答えた。
「毒で弱らされていたようですが、幸い、手持ちの薬で対処可能でした。あとは医者に任せれば問題ないかと。それと、男爵の他にハミドの悪事を示す証拠もこの通り、押収しておきました。これからハミド共々まとめて正規兵達に引き渡します」
「そうか、良かった。ご苦労だったな、よろしく頼む。…それと男爵、すまない、庭を少々荒らしてしまった」
改めて庭を見回すと、美しかった庭園にはあちこちに穴が開き、そこら中に荒くれ者が倒れ伏し、庭木や花は折れて哀れな姿に変わり果ててしまっている。正直、控えめに言っても少々とはいえない荒れ方だ。
ふとダンテに連行されていくハミドの方を見れば、庭どころか屋敷の壁にも巨大な樫の木が刺さっているのに気づく。ウォルフは冷や汗を搔きながら、どうやって修復すればいいのか必死に頭を働かせていると、モート男爵が優しく微笑みながら言った。
「ウォルフ王子、屋敷の修繕については心配いりませぬ。聞けば愚弟は我が命だけでなく、愛妻や領民達をも苦しめていたとか。貴方様はその全てを救って頂いたのです、むしろこちらが礼をせねばならぬというもの…何も心配などなさらなくて結構なのですよ」
「ありがとう、男爵。ただ、実は俺はもう王子ではなくなってしまったんだ。詳しい話は長くなるので避けるが、濡れ衣を着せられて、王位を剥奪されてしまった…これからは、この領地で男爵の世話になる一領民だ。特別扱いはいらないが、民として至らない事もあると思う、なのでよろしく頼むよ…いや、よろしくお願いします」
ウォルフが頭を下げてそう言うと、モート男爵は目を見開いて声を震わせた。実の所、モート男爵はウォルフに特に期待をしていた貴族の一人だったので、よりショックが大きいのだろう。
「なんと…!?一体何が…?いえ、そういう事であれば尚更、私が御身のお力になれるよう尽力致します。敬語など必要ございません。これからも気兼ねなくお申し付けください」
モート男爵はウォルフに向かって深々と頭を下げた。その姿に、ウォルフは胸が熱くなって、思わず手を握って一粒涙をこぼした。思えば、父やカサンドラ、それに第一王妃派の人間達を除けば、他の者達は皆ウォルフに優しく、目をかけてくれたものだ。彼らに応えられなくなってしまったのは心苦しいが、それでもこうやって温かい言葉をかけてくれる人がいるのならば、どうにかそれに応えたいと、ウォルフは心の底から決意を新たにしていた。
「あ、貴方…!」
そんな二人の元へ、なんとも煽情的な薄着をしたモート男爵の妻、ミリエラが現れる。呼ばれたモート男爵は慌てて立ち上がり、よろめきながらも近づいて、二人は熱い抱擁を交わした。一方、ウォルフは突然現れたミリエラに怯え、近くの柱の陰に隠れている。
そこへ戻ってきたダンテは、何があったのかをいち早く察すると、震えるウォルフに近づいて肩を貸し、モート男爵夫妻に挨拶をしておもむろにその場を後にした。
男爵邸を出た後、二人はエルエと合流して、アキハに事情を説明していた。
「そんなことが…!?ありがとうございます!なんとお礼を言ったらいいか…」
「い、いいいいいいや?!ナ、何も礼なんて言われるような事でははははわ、アハハアハハ」
「主、マジ不審者過ぎんだけど、オモシロー!」
エルエは笑いながらウォルフにべったりとくっ付いて、頭や耳をウォルフに擦りつけている。さながら、大きな猫がマーキングをしているように見えて、アキハは思わず笑ってしまった。
(エルエちゃん、本当にウォルフさんが好きなのね)
ウォルフ達が不在の間、アキハがエルエから聞かされたのは、ウォルフについての話ばかりだった。幼い頃に助けられた事を感謝しているという話から、現在に至るまで、ほぼ口に出ていたのはウォルフという青年の美点ばかりだ。彼の生い立ちや職業などははぐらかされて聞けなかったが、これまでの話や言動をみるに、好人物であることは理解できた。エルエがどれほどウォルフに好意を寄せているのかも、だ。アキハからすれば、ウォルフやエルエは年下だからか、そんな二人の姿は姉弟のようでなんとも微笑ましい。
「後日、領主であるモート男爵様より、追って連絡があると思いますので、何か不明な点があれば私共にご連絡を」
そう微笑むダンテの顔に、アキハはすっかり虜になってしまっていた。アキハは頬を赤らめて、ダンテを見つめる瞳は尋常でないほどの熱を帯びているのが解る。あれが恋する瞳というものか。
「ねー、主、アキハっちの目、ハート浮かんでね?スゴーい」
「ああ、ホントにな…」
決してアキハと懇ろになろうと思っていたわけではないが、男としての格の差を見せつけられたようで、ウォルフは何だか悲しくなった。経験の差も否めないが、根本的に人としての余裕が違いすぎる。
そのまま、落ち込むウォルフを引きずって、エルエとダンテは店を出た。長居をしたつもりはなかったが、随分と夜は更け、雨雲は去って星空が顔を覗かせている。
「いやはや、今日は大変な一日でしたな」
「ああ、昨日城を追われたばかりで今日はこれだ…まったく、これからどうなるのか気が重いよ」
ダンテとウォルフが話す隣で、エルエは一人首を傾げつつ、妙な唸り声を上げている。ウォルフは気になって、エルエに問いかけた。
「エルエ、どうかしたか?」
「ウーン、何か忘れてる気がすんだよねー…なんだっけ」
「エルエの事だ、晩飯の事ではないか?」
「シツレイなー!アタシちゃんとご飯食べたもん!…アキハっちのご飯美味しかったな~」
「まぁ、その内思い出すだろう。そういや、俺とダンテは何も食べてないな。屋敷に何かあるといいが…」
そんな雑談を楽しみながら家路に着いた三人を待っていたのは、鬼の形相で箒と塵取りを持ち、玄関で仁王立ちするセヴィと、彼女のキツイお仕置きなのであった。
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