幽邃庵~転生したら茶器だったので、ゆっくりおもてなしします~

世界

文字の大きさ
上 下
3 / 3

終夜 朧という女性

しおりを挟む
 俺は、空を飛んでいる。衛星写真を見てるみたいに、とてもとても高い空だ。
 俺は茶碗になったはずなのに、今度はどうして空から街を見下ろしているんだろう?そう考えてそこで気付いた、ああ、これは夢だ。

 茶碗が夢を見るというのは妙な話だが、人間が茶碗に生まれ変わる方がもっとおかしいだろう。俺は元々人間なんだから、夢くらい見たっておかしくないんだ。誰に言い訳してるのかよく解らないまま、俺は見覚えのない街を見下ろしていた。
 
 しばらく空を漂っていると、急に何かに引っ張られるような感覚がして、どんどん身体が急降下していく。
 ああっ、落ちる…!?落ちたら割れるよな?割れたらどうなるんだ?この高さからじゃ粉々だぞ。

 どこか冷静に自分の置かれた状況を見つめていると、どこかの病院が見えてきた。次第に俺はその屋上に向かって落ちていく。
 ぶつかるっ!?と思ったが、実際にはぶつかる事もなく、屋上を突き抜けて、病院の中に入って行くではないか。いや、夢なんだから当たり前か?ずいぶんリアルな夢だが…そう思っていると二つくらい突き抜けた先の病室で、落下が止まった。
 俺は病室の天井付近から、部屋全体が見える位置にいる。割としっかりした個室で、ベッドの他には備え付けのテレビが付いた小棚と、簡単な手洗い場がある。
 風にたなびくカーテンが邪魔で、ベッドに寝ている人物が見えないが、誰かが寝ているのは間違いない。
 付き添いやお見舞いの人はいないのかな?とキョロキョロと見回していると、病室の扉が開き、誰かが入ってくる。

 あ!俺の持ち主の女性だ!手には花束を持っていて、どうやらお見舞いにきたらしい。

「先生…」

 女性の言葉に合わせるように、風が止み、カーテンは元の位置に戻る。そして、ようやくベッドに横たわる人物の顔が見えた。
 そのベッドで寝ているのは、昨日の爺さんじゃないか!?どうしたんだ、昨日は元気そうだったのに…透けてたけど。

「私の店にお見えになられたという事は、もう…自分で始めた事とはいえ、恩人を看取るのは心に来ますね」

 看取る?え、爺さん死んじゃうの?だから透けてたのかな…でも、こんな状態でよく歩いて病院から出られたな。
 しかし、名前も知らない爺さんとはいえ、亡くなると聞いてはこちらも辛い。
 …いや、でも待てよ、これは夢だよな?…そうか、そうだ!爺さんは生きてるし元気なんだ!なんだよかった、悪趣味な夢だよまったく。

 一安心して胸を撫で下ろすと、女性はこちらに目を向けて、じっと俺を見つめている。

 え?なんで見られてるんだ。いや、天井を見てるのか。…なんで?落ち着かない感じがしてソワソワしていると、女性はしっかり俺の目を見て呟いた。

「これは夢ではないよ、君はどうやらついてきてしまったようだね。先生と縁を結んだか…せっかくだ、一緒に先生を送ってやってくれ」

 女性はそう言うと、花束の中から小さな刃物を取り出し、寝ている爺さんの頭の上で何かを切るような仕草をした。
 すると、爺さんの身体から光る玉のようなものが浮き出て、ふわふわと漂ったあと、やがてフッと消えてしまった。今のは一体…女性はそのままナースコールを押して、看護師が来るのを待っていた。その目がとても寂しそうだなと思った瞬間、俺の意識は途絶えた。

 次に目が覚めた時、俺は茶碗に戻っていた。なんだったんだ?あの夢は。

 真っ暗な茶箪笥の中でモヤモヤしていると、突然茶箪笥の戸が開き、何やら厳しい顔をした女性が俺を手に取ってどこかへ運び始めた。
 また来客か?今度は爺さんじゃない方がいいな…っていうか、この人が俺を使ってくれればいいんじゃないか?昨夜は使ってくれたよな。
 
 連れて来られたのはあの縁側だった、夜とは違って虫の鳴き声はせず、太陽とそよ風が心地いい。
 女性は俺を縁に置いて、急須を挟んで逆側の縁に座った。なんか、俺が客みたいになってない?

「さて、何から話したものか…そもそも、君は人間だったんだな。道理で不思議な感覚がした訳だ。だが、ただの憑き物じゃなさそうだが…」

 女性は独りで誰かに話しかけている。…ん?俺か?俺に話しかけてる?え、なんで。
 どうしていいか解らず、俺はじっと話を聞くしかなかった。足があったらこの場から逃げていただろう。逃げても何にもならないけど。

「ふむ。どうやら口はきけないようだね。こちらの声が聞こえているとは思いたいが…でないと、私は独り茶碗に話しかける変人になってしまう。まぁ、変人なのは間違いないんだけども」

 女性は苦笑しながら、急須にお湯を入れて俺にお茶を注いだ。この身体じゃ、俺は飲めないんだよなぁ。

「私の名前は終夜 朧よすがら おぼろという。変わった名前だろう?この名前と実家の稼業のせいか子供の頃は周囲に馴染めなくてね。少々苦労したよ」

 朧さんは、そんな風に自嘲したが、その気持ちは俺にもよく解る。俺だって茶筅なんて名前をつけられて、小学生の頃は散々バカにされたからな。
 家で親に「茶筅はこうやって使うんだよ」と教えられた時はどっちの事か解らなくてパニックになったし。

「死神、というのを知っているかい?寿命の尽きた魂を刈り取り、迷わぬように神の元へ送る天界の農夫とも言われているが…私はね、その死神の家系なんだ」

 死神、と聞いて思わずドキっとした。え、俺の事狙ってる?もしかして。

「もっとも、本物の死神は神の一種だが、私達、終夜家の者はれっきとした人間だ。大昔に神様と契約をして、死神の役を任されている…らしい。私は生憎、神様と会った事も無ければ、話をした事もない。ただ、私は霊感というものが強いらしい。よく視えるんだよ、魂がね」

 生身の肉体があれば、ごくりと生唾を飲んでいる所だろう。なんとなく、彼女が嘘や冗談を言っているわけじゃないのは解る。じゃあ、あの寝ている爺さんの上で何かを切っていたのは…

「私の実家は兄が稼業を継いだんだが、私にも才能があったらしくてね。少しだけ、その手伝いをすることを許されたんだ。ここは…幽邃庵はその為に作った店なんだよ」

 朧さんは俺に口をつけて、お茶を啜った。今はキスだなんだと言っている場合じゃない。話の展開次第では、俺は神様とやらの所へ送り返されてしまうかもしれないのだ。

「この店は、あの世とこの世の境に存在している。だから、私は生きているし、たまに生きている人が入ってくることもあるんだが…本来は、死にゆく者しかここへは来られない。この店は、もうすぐ亡くなる予定の方の魂を迎える為の場所なんだ。最期に私と話をして、心安らかに逝って貰う、その為に作ったんだよ」

 そこまで話して、また朧さんはお茶を啜る。どこか寂しそうな気配がして、段々とドキドキは感じなくなっていた。

「あの先生はね。私が高校を卒業して、この店を始めるかどうか迷っていた時に、背中を押してくれた人だったんだ。誰に話しても、実家の稼業の事は信じて貰えなかったのに、先生だけは信じて、応援してくれた。私のやりたい事を応援すると、そう言ってくれたんだ」

 身体を握りこまれて、何も見えなくなってしまったが、朧さんの手はわずかに震えていた。きっと泣いているんだ、そう気付いて、俺は何も出来ない茶碗の身体を心底憎んだ。

「普通ならば、頭のおかしい生徒の戯言だと笑うだろう。だが、先生は親身に聞いてくれて、後押しまでしてくれた。嬉しかったな…半信半疑だったと言っていたけれど、頭から嘘だと決めつけてくる大人達よりは、ずっといい」

 ぽたりと、何かが俺の身体に当たった。その瞬間、朧さんの心が、悲しみの感情が俺の中に溢れてくる。昨日、爺さんが俺に口を付けた時みたいだ。
 そして、俺はなんとか朧さんに泣き止んで欲しいと思った。茶碗になった身体じゃあ、何も出来ないけれど、何か、この人の為になる事をしたいと、そう思った。すると、ほんの一瞬だが、俺の中にあるお茶が輝いた気がする。朧さんは気付いていないみたいだが…今のはなんだったんだろう?

「今まで何人もの人達を見送ってきたけれど…さすがに堪えた。身近な人を送ったのは、初めてだったからね。この仕事が、初めて嫌に思えたよ」

 そして、彼女が再びお茶を口に含んだ時、彼女はカッと目を見開いて、俺を見つめ始めた。

「美味しい…さっきよりもずっと。どうなってるんだ?全く味が違う、別物だ。それにとても気分が楽になっていく…君が何かしたのか?」

 え?そ、そう言われても…俺には何のことだか解らない。なんか照れ臭い気がするが、逃げも隠れも出来ないので、ただじっと黙っているしかないようだ。

「ふふ、君は不思議だね。見ていると心のざわめきが消えるだけでなく、お茶をこんなに美味しくしてくれるなんて。君を手に入れて正解だったな。よし、君を相棒にしよう。君ならきっと、お客さんの心も鎮めてくれるはずだ。それと今日みたいに、私の事も慰めてくれるだろう?」

 朧さんは悪戯っぽく笑いながら、そう言ってお茶を飲み干した。
 俺にはまだよく解らないことだらけだけど、この人の為に出来る事があるなら、力になろうと思う。どうせ、生き返るまでやる事もないしな。

「ご馳走様。これから、よろしく頼むよ」

 朧さんは、俺を陽にかざして、にっこり微笑む。これから、俺の第二の人生…いや、器生が始まるらしい。
 一体、どうなることやら。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます

ジャン・幸田
キャラ文芸
 アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!  そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

window
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

処理中です...