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俺の身体が…!?
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「あぁ…だるい、昨夜もあんま寝れなかったな」
思わず口をついて出る言葉がこれとは、我ながら追い詰められているなと実感する。
毎日毎日、会社と自宅を往復して、仕事に明け暮れる日々…生きていく為には仕方ないとはいえ、こんな人生でいいのかと漠然と思う事が増えた。
俺の名前は茶山 茶筅。今年で31歳になる、独身の男だ。
恋人はなし、趣味は和菓子を食べることだが、最近は仕事で足が遠のいている。
ちなみに実家は小さな茶道教室を営んでいて、こんな名前になったらしい。
初対面の人間には、まず間違いなく普通に読んで貰えないのが悩みの種だ。それでいて、キラキラネームでもないのがまた鬱陶しい。
子どもの頃はずいぶん悩んだが、まぁ今となってはそれもだいぶ薄れた。仕事で名乗る時に困るくらいのものだ。
というか、我が子に仕事道具の名前を付ける親も親だ。混乱するだろう、普通に考えて。
ちなみに実家は妹が継いでいる。そう言えば、しばらく帰っていないな。
眠い頭でボーっとそんな事を考えて信号待ちをしていたら、道路の向かい側、横断歩道の先に美しい女性の姿が目に飛び込んできた。
その高い身長は、服装も相まって一見すると男のようにも見えるが、こんな距離からでもはっきりとわかるボディラインと、長く後ろで一つにまとめられた髪が、女性である事を強調しているように見えた。
何よりもその顔、切れ長の瞳は、薄っすらとした化粧が映えて、この世のものとは思えない美しさだった。
「綺麗だ…」
そんな女性に見惚れていたのが悪かったのかもしれない。頭の上から轟音と共に巨大な鉄の塊が落下してきた事に、俺は全く気付けなかった。
最期の瞬間、こちらを見る女性の瞳が見開かれて、何かを叫ぼうとしている姿だけが、目に焼き付いている。
「ここは、どこだ…?」
気が付くと、真っ白な空間の中に、俺は立っていた。何が起きたのか解らないが、やけに頭はスッキリしている。
まるで、久しぶりにたっぷり眠った後みたいだった。
「そうだ、会社行かなきゃ」
少しの間立ち尽くして、辺りを見回したが、ここがどこなのかはよく解らなかった。
どのくらいここにいたのかもよく解らないが、会社は遅刻だろうな。
それでも無断欠勤よりはマシなはずだ。そう思って歩こうとした矢先、どこからともなく人の声が聞こえてくる。
「あ、気付いた?ごっめーん!うっかりミスで死なせちゃったみたいだよ、悪かったね」
「は?」
声の主はあっけらかんと、俺を死なせたと言い出した。
何言ってんだ?コイツ…俺はちゃんと生きてここにいるじゃないか。だが、何故か俺はその言葉が嘘じゃないような気がする。
理由はないが、本能的に解ると言うか、とにかく俺は死んだという事に酷く納得している自分がいた。
「そうなのか、俺、死んじまったのか…?」
声に出すと余計にその感覚が強くなる。途端に体の力が抜けて、立っているのも苦しい。
「だから、そう言ってるじゃん。まぁ、それに気付けなくて彷徨っちゃう魂も多いんだけどさ。でも、君はまだ死ぬべきじゃなかった。さっきも言ったけど、こっちのミスなんだ、すまない。だから、君を復活させてあげよう」
男とも女ともつかない声の主は、軽い感じで詫びながら聞き捨てならない言葉を口にする。
なんだって?復活?生き返れるのか?
しかし、にわかに希望が湧いてきたところで、その声の主は信じられない事も言ってのけた。
「あーでも、準備に時間がかかるんだよね。ゼロから君の存在を作って、瑕疵無く現実にねじ込まなきゃいけないし…ということで、君には仮の身体を用意しておいたよ。しばらくは、その身体で過ごしてくれたまえ。こっちの準備が出来たらまた呼びに行くからさ、じゃあ、楽しみに待っててよ」
「ちょっ、と…待てよ!」
俺の抗議は聞き届けられなかったらしい。急速に目の前が暗くなって、俺の意識は再び途絶えた。
(ん…夢、か?)
再び目が覚めると、また知らない場所にいた。今度は真っ白な空間じゃない、板の間で、ずいぶん落ち着いた雰囲気の部屋だ。
だが、どうも暗くてせまっ苦しい感じがする。
それでいて、近くに人の気配が全くない。それにこの匂い…これは、まるで…
それに気付いた時、自分の身体が一ミリも動かない事に気付いた。
いや、動かないんじゃない、動けないんだ。ガチガチに体は固まって手も足もなければ、頭もない。
自分が何者になったのか、なんとなく予想はついたが、それは決して認めたくないものだった。
あれは夢じゃなかったのか?だとしたら、俺は…
パニックになる俺の元へ、人の気配が近づいてきた。独特の足音は、実家でよく聞いた歩き方の音だ。
その人は、俺の前の扉を開けて、そっと優しく俺の身体を手に取った。
ああ、やっぱり…俺は…茶碗になってしまったのか!
愕然とする俺には気付かず、その人は優しい声で俺に語り掛けた。
「おはよう。君は今日もいい色艶をしているね。これから大事なお客様が来るんだ、しっかり持て成したい…頼んだよ」
その時、その人の顔が見えて、俺はハッとした。何故ならその人は、俺が死んだあの瞬間に見た、あの女性だったからだ。
思わず口をついて出る言葉がこれとは、我ながら追い詰められているなと実感する。
毎日毎日、会社と自宅を往復して、仕事に明け暮れる日々…生きていく為には仕方ないとはいえ、こんな人生でいいのかと漠然と思う事が増えた。
俺の名前は茶山 茶筅。今年で31歳になる、独身の男だ。
恋人はなし、趣味は和菓子を食べることだが、最近は仕事で足が遠のいている。
ちなみに実家は小さな茶道教室を営んでいて、こんな名前になったらしい。
初対面の人間には、まず間違いなく普通に読んで貰えないのが悩みの種だ。それでいて、キラキラネームでもないのがまた鬱陶しい。
子どもの頃はずいぶん悩んだが、まぁ今となってはそれもだいぶ薄れた。仕事で名乗る時に困るくらいのものだ。
というか、我が子に仕事道具の名前を付ける親も親だ。混乱するだろう、普通に考えて。
ちなみに実家は妹が継いでいる。そう言えば、しばらく帰っていないな。
眠い頭でボーっとそんな事を考えて信号待ちをしていたら、道路の向かい側、横断歩道の先に美しい女性の姿が目に飛び込んできた。
その高い身長は、服装も相まって一見すると男のようにも見えるが、こんな距離からでもはっきりとわかるボディラインと、長く後ろで一つにまとめられた髪が、女性である事を強調しているように見えた。
何よりもその顔、切れ長の瞳は、薄っすらとした化粧が映えて、この世のものとは思えない美しさだった。
「綺麗だ…」
そんな女性に見惚れていたのが悪かったのかもしれない。頭の上から轟音と共に巨大な鉄の塊が落下してきた事に、俺は全く気付けなかった。
最期の瞬間、こちらを見る女性の瞳が見開かれて、何かを叫ぼうとしている姿だけが、目に焼き付いている。
「ここは、どこだ…?」
気が付くと、真っ白な空間の中に、俺は立っていた。何が起きたのか解らないが、やけに頭はスッキリしている。
まるで、久しぶりにたっぷり眠った後みたいだった。
「そうだ、会社行かなきゃ」
少しの間立ち尽くして、辺りを見回したが、ここがどこなのかはよく解らなかった。
どのくらいここにいたのかもよく解らないが、会社は遅刻だろうな。
それでも無断欠勤よりはマシなはずだ。そう思って歩こうとした矢先、どこからともなく人の声が聞こえてくる。
「あ、気付いた?ごっめーん!うっかりミスで死なせちゃったみたいだよ、悪かったね」
「は?」
声の主はあっけらかんと、俺を死なせたと言い出した。
何言ってんだ?コイツ…俺はちゃんと生きてここにいるじゃないか。だが、何故か俺はその言葉が嘘じゃないような気がする。
理由はないが、本能的に解ると言うか、とにかく俺は死んだという事に酷く納得している自分がいた。
「そうなのか、俺、死んじまったのか…?」
声に出すと余計にその感覚が強くなる。途端に体の力が抜けて、立っているのも苦しい。
「だから、そう言ってるじゃん。まぁ、それに気付けなくて彷徨っちゃう魂も多いんだけどさ。でも、君はまだ死ぬべきじゃなかった。さっきも言ったけど、こっちのミスなんだ、すまない。だから、君を復活させてあげよう」
男とも女ともつかない声の主は、軽い感じで詫びながら聞き捨てならない言葉を口にする。
なんだって?復活?生き返れるのか?
しかし、にわかに希望が湧いてきたところで、その声の主は信じられない事も言ってのけた。
「あーでも、準備に時間がかかるんだよね。ゼロから君の存在を作って、瑕疵無く現実にねじ込まなきゃいけないし…ということで、君には仮の身体を用意しておいたよ。しばらくは、その身体で過ごしてくれたまえ。こっちの準備が出来たらまた呼びに行くからさ、じゃあ、楽しみに待っててよ」
「ちょっ、と…待てよ!」
俺の抗議は聞き届けられなかったらしい。急速に目の前が暗くなって、俺の意識は再び途絶えた。
(ん…夢、か?)
再び目が覚めると、また知らない場所にいた。今度は真っ白な空間じゃない、板の間で、ずいぶん落ち着いた雰囲気の部屋だ。
だが、どうも暗くてせまっ苦しい感じがする。
それでいて、近くに人の気配が全くない。それにこの匂い…これは、まるで…
それに気付いた時、自分の身体が一ミリも動かない事に気付いた。
いや、動かないんじゃない、動けないんだ。ガチガチに体は固まって手も足もなければ、頭もない。
自分が何者になったのか、なんとなく予想はついたが、それは決して認めたくないものだった。
あれは夢じゃなかったのか?だとしたら、俺は…
パニックになる俺の元へ、人の気配が近づいてきた。独特の足音は、実家でよく聞いた歩き方の音だ。
その人は、俺の前の扉を開けて、そっと優しく俺の身体を手に取った。
ああ、やっぱり…俺は…茶碗になってしまったのか!
愕然とする俺には気付かず、その人は優しい声で俺に語り掛けた。
「おはよう。君は今日もいい色艶をしているね。これから大事なお客様が来るんだ、しっかり持て成したい…頼んだよ」
その時、その人の顔が見えて、俺はハッとした。何故ならその人は、俺が死んだあの瞬間に見た、あの女性だったからだ。
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