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第2章・千切れた赤い薔薇
希望の欠片
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香澄がここに来てから、ひと月が経った。
毎晩寝る前に端末で連絡を取ってはいたが、頻度は減っていた。
香澄は毎日、大人しく抱かれていた。
せいぜい一人か二人だった客も、ここ数日は三、四人に増えている。
今日は日曜日だ。客の相手はしなくていい。
香澄に連絡を取った、返事がなかった。
寝巻きのまま部屋を訪ねて、勝手に中に入った。
──香澄はベッドの上で眠っていた。
胎児のように体を丸めている。
はだけた毛布をかけてやった。
痩せた、と思った。
目の下にはうっすらとクマができている。平日はあまりよく眠れていないのだろう。ひどい時にはレナードに朝方まで犯されているから無理もない。
高校生の頃、太陽の下で輝くような笑顔を浮かべていた香澄を思いだす。
いつも明るくて、クラスの中心だった。
なんの警戒心もなく俺を見る香澄が、本当に……。
可哀想な香澄。
「……」
部屋を見渡す。俺たちが仕事をしている間に職員が清掃に来るからそれなりに片付いている。
端末の置かれたテーブルに本が重ねて積んであるのが見えた。近づいて見てみると、オブリビオンの歴史書だった。
香澄なりにこの世界のことを学習しようとしているのだろう、順応しなければならないと考えている香澄を思うとなんとも言えない気持ちになる。
俺と同じ大学に行くために、足りなかった成績を必死で伸ばした香澄がどれほど努力していたか、俺が一番よく分かっている。
「……?」
本の近くにラベンダー色のノートが置いてあった。何気なく手に取り広げると、それが日記だとすぐに分かった。
読むべきではない、と思ったのはほんの一瞬だ。毎日痴態を眺めているのに、今更だった。
『今日の人は優しかった』
懐かしい、香澄の文字。
『後ろが変な感じ。ずっと入ってる感じがする。なんか嫌だ。』
『体が重い。食欲がない。』
『しなくて済むならしたくない。』
『どんどんバカになってる気がする。』
『これをずっとやってきたなんて、律は辛かっただろうな。』
「……」
自分の名前が出てきて、慌ててノートを閉じた。
この一ヶ月。
香澄が逃げ出そうとしたり、弱音を吐いたことは一度もない。
俺が耐えてきたから──それが大きいのだろう。
寝息を立てている香澄の頬を撫でる。
親指で唇をなぞる。
キスしたい、と思った。
このまま毛布を剥いで、香澄を抱いたらどうなるのだろう。
香澄は俺を拒絶するだろうか。
卒業式のあの日のように。
いや。
きっと、受け入れてくれるのではないか。
この一年の俺のことを思って、黙って受け入れるのではないか──。
「ん……」
香澄がわずかに身じろぐ。
ハッと後ずさる。
俺は何をしてる?
踵を返す。
疲れているのかもしれない。そうだ、きっと疲れている。
こんな狂った世界で疲れない方がおかしい。
部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。
布団を頭までかぶった。
髪を切って、体を磨いて、新しい服を買って──そう思っていたけど、どうでもよくなっていた。
目を閉じる。
今日はもう、何もしなくていい。
どうせやらなければならないことなどないし、時間だけはたっぷりある。
一日くらい無駄にしたところでどうということはない。
微睡みかけたその時だった。
扉が開く音がして、俺は瞼を開いた。
体を起こす──
「は……?」
「まだ寝ているのか」
そこにいたのはレナードだった。
「え、なんで、」
混乱する。
少なくともこれまで、日曜日に自室に来るようなことはなかったからだ。
仕事?
何の準備もしていない。
「別に用があるわけじゃない」
俺の混乱を察したのか、レナードは苦笑する。
「今、準備を……」
「そのままでいい」
レナードは近づいてくると、そのままベッドに腰を下ろす。
輝くばかりの金色の髪に彫刻のように整った顔は、見るたびに新鮮に感動を覚えてしまう。
「いつもの完璧に仕上がったお前もいいが……そうして無防備にしている姿もそれはそれでいいな」
「……何か、御用ですか?」
この一ヶ月、レナードが俺を呼び出したことはない。
セックスの相手は常に香澄だった。
「最近、お前の姿を見ていなかったからな」
「……」
どういう風の吹き回しだろう。
「香澄に御執心ですからね」
「ふふ」
レナードは笑った。
「妬いているのか?」
「は?」
何を言っているんだ、舌打ちしそうになった。
「最近の香澄は、後ろだけで気をやることができるようになったぞ」
知っている。
貫かれている時に快感を感じているだろうことは、誰の目にも明らかだった。
薬のせいなのか、元々素質があったのか──わからない。
「毎晩、香澄を訪ねてるそうじゃないですか」
昨夜もそうだ。
二人は一つになって、貫かれた香澄はレナードにしがみついて極まっていた。 あの切ない声。
足をからみつかせて全身を戦慄かせる香澄は淫らだった。
「気になるのか?」
肩を抱かれた。
振り払いたいと思ってもそうはしない。もう体に染み付いている。この男に抵抗してはいけない。
顔を背けた。
準備していない姿を見られることが、裸を見られるより恥ずかしいと感じた。
こういうふうに、お前が俺を変えたのだ。
死んでしまえ。
抱き寄せられて、レナードにもたれかかる。
「何を考えている」
それはこっちのセリフだ。
俺のことなど性欲処理の道具としか思っていないくせに。
「律」
髪にキスされるのがわかる。
嫌だ。
今日はそういうことをしたくない。
誰にも触れられたくない。
俯いていると、顎を掴まれた。
顔を上げさせられて、反射的に目を逸らす。
「私のことが憎いか?」
「……」
無言の肯定になってしまう、何か答えなければ。
そう思ったが、ダメだった。
「アレはいつもお前の話をする」
「……香澄ですか?」
「ああ」
レナードは俺の髪を撫でる。
なぜ今日はこんなことをするのだろう。
いつもならばさっさと押し倒して犯すのに。
「律は賢くて優しい、まるで兄のようだと」
兄。
胸の奥がひりつくような感覚。
自身のものを咥えさせて、お前の痴態を見ながら自慰をしているような人間が兄のように優しい?
「はは」
乾いた笑いが漏れた。
どこまでお人好しなのだろう。
俺を疑うこともない。
卒業式の日に、俺がお前に何をしようとしたのか忘れたのか?
バカな香澄。
「香澄を好いているんだな」
「……っ」
心臓が跳ねた。
頰がカッと熱くなる。
俯くと、頭上でレナードが笑う気配があった。
「お前もそんな反応をするのか」
怒りが込み上げる。
「律」
顔を上げろ、短い命令が降ってくる。
のろのろと顔を上げると、レナードと目があった。
この青い目と見つめ合いながら何度体を重ねただろう。
殺してやりたいと思うのに、体が蕩けていく絶望。
「お前はどうしたい?」
「……ど、う、とは」
頰に手をかけられる。
射すくめられたように、動けなくなる。
「これからこの世界で、お前はどうしたい」
「言って、いる意味がわかりません」
俺の人生はここにきた時に終わっている。
この先も、キャンカーにかかるまで、この男が飽きるまで、ここでこうして肉欲に耽るしかないのだ。
「帰る方法があると言ったら?」
「え……?」
「元の世界に帰れるかもしれないと言ったら?」
元の世界に帰れる?
レナードの唇が笑みの形を作る。
俺が希望を感じたことに気づいて笑っているのだ。
酷い男だ。
絶望させては、ほんの少しだけ希望を見せる。
「冗談ですよね」
「いや?」
「本当、なんですか?」
レナードが頷いた。
「どうやって……あっ」
レナードがのしかかってくる。
体勢を崩してベッドに沈み込む。
整った顔が近づいてきたかと思うと、キスされた。
「ん、んっ」
すぐに舌が入ってくる。
反射的に押しのけようとすると手首を掴まれてシーツに押しつけられた。
舌、歯、口内。
激しいキスだった。
唾液が口角からこぼれる。
そうか、香澄はキスをさせないから、これは俺としかできないのか。
腹に屹立したものが当たるのを感じながら、俺はぼんやりと考える。
わざと音を立てるようにねぶられて、全身から力が抜けていく。
あれだけ嫌で仕方がなかったこの男とのセックスも、他の男たちを知るとそうではなくなった。
レナードは清潔で、生理的な嫌悪感は薄い。香りの力で飛んでいる時はその美しさに魅入られて高まってしまう。
大人しくしていれば、優しい。
鞭で打ったり、卑猥な言葉を叫ばせたり、排泄するのを強制する男たちに比べたらずっとマシだった。
「ん……」
舌が離れて、その舌が唇を舐める。
触れるだけのキスをして、レナードがようやく離れた。
「しないんですか?」
体を起こしたレナードに訊ねる。
「今日は休息日だろう」
薔薇に気遣いをするのか、笑いたくなった。
「でも……」
体を起こして、手を伸ばした。
ズボン越しに触れたそこは、はっきりと欲望を示している。
香澄はこういうことはしないだろう。
硬くなっていくそれを撫でていると、レナードが静止するように手を重ねた。
「お前と香澄、どちらか一人は帰してやろう」
「え……?」
「元の世界に帰りたいか?」
俺と香澄の、どちらか一人。
元の世界に帰れる?
冗談ではないのか?
「そ、れは、」
言葉は続かなかった。
再び組み敷かれたからだ。
寝巻きの裾を捲り上げられて、レナードがその気になったのを悟る。
あっという間に全裸にされて、俺は目を閉じた。
両足を開かされてそのまま腿に手をかけられる。
すぐに、慣らしていないそこに押し当てられるのがわかった。
「く……っ」
ズブズブと陰茎が入ってくる。
何百回もセックスしてきたそこは、少しの痛みを伴いながらも男を受け入れる。
これを香澄も受け入れているんだ。
最奥まで入り込んでくるレナードのものを感じながら、俺は目の前の男にしがみついた。
「……香澄は、こうされると感じる」
「ンッ」
レナードが奥を突いてくる。
「こうして、奥を繰り返し突いてやる」
先端を擦り付けるように、奥まで挿入したまま腰を押しつけられる。
「ぁ、ん、ん、んぅ」
気持ちいい。
じんじんとした快感が最奥から全身に広がっていく。
香澄も同じような快感を感じているのだろうか。
そう思うとたまらなくなった。
レナードは奥を突くのをやめない。
細かく揺さぶられて、俺は唇を噛み締める。
激しくグラインドされるのもそうだが、こうして責め立てられるようなピストンも苦しいほどに快感があった。
「ん、く、んっ、んっ、ンッ、んっ」
「律」
薄目を開ける。
レナードの顔が近づいてくる。
唇が重なって、すぐに舌が入ってくる。
背中に腕を回して、くちゅくちゅと音を立てながら舌を絡める。
香りを使っていないのに、こんなに気持ちがいい。
唇を離すと、レナードは動きを止めた。
「強くするぞ」
耳元で囁きが聞こえた次の瞬間、レナードは強く突き上げてきた。
「あン……ッ」
甲高い喘ぎが漏れてしまう。
腰を掴んだレナードが、ゆっくりとペニスを引き抜いていく。
赤黒く張り詰めたそれが肉体から出ていくのを眺めていることしかできない。
ギリギリまで引き抜くと、レナードは俺を見下ろした。
無様に足を広げたまま、俺はシーツを握りしめる。
──来る。
「あぅ……っ」
一気に貫かれた。
目の前に火花が散った。
再び、ギリギリまでゆっくりと引き抜かれる。
また、来る。
「やぁ……っ!」
たまらなかった。
全体重をかけて貫かれて、俺は意識が飛びそうになるのを必死に堪える。
レナードは緩慢な仕草でペニスを引き抜いていく。
このまま、殺されるのだろうか。
「律」
「ぁ……」
「行くぞ」
「あ──ひ、やあぁああ……っ」
ズン、と、腹を突き破る勢いで貫かれた。
そのまま一気に最後のピストンが始まる。
「あ、く、ん、ん、ンッ、ん、や、あ、早い、だめ、早い……っ」
レナードにきつく抱きしめられて身動きが取れない。
激しく揺さぶられて、声も出せない。
「んん、ん、んう、んん…っ」
「どこに出して欲しい、」
レナードの切羽詰まった声が聞こえた。
「ぁ、あ…っ」
「今日は仕事じゃない、好きなところに出してやる」
「ぁう、ん、ん、」
「律、答えなさい」
香澄もこんなふうに求められたのだろうか。
香澄もこんなふうに、この男に屈したのだろうか。
セックスしている時の香澄の顔。
最初は不安そうなのにどんどん蕩けていく。
苦しげで、切ない、あの明るい香澄が性的に快感を覚えている時の淫らな顔。
中に射精されている時の恍惚とした表情。
香澄──香澄……!
無意識だった。
計算も、何もなかった。
香澄の顔を思い出した時、俺は無意識に口を開いた。
「なか、」
「聞こえない」
「中に……、中に出して……っ!」
レナードが笑った。
「ん、んっ、んっ、あっ、イク、アッ、イクッ」
「出すぞ……!」
「あ、あ、あ、あぁあぁ……っ!」
レナードが硬直する。
俺は全身を戦慄かせた。
快感の頂点がやってきて、魚が跳ねるようにシーツの上で痙攣する。
前からは出ていなかった。中でイっていた。
ほどなくして、最奥にレナードが射精する。
逃げられないように体を抑え込まれる。
「う、ん、ん、」
少しでも奥に注ぐように腰を押し付けられる。
やがて、中で蠢くペニスが柔らかくなっていくのがわかった。
レナードがどっと倒れ込んでくる。
思い出したかのように胸元を弄られる。
乳首を指で愛撫しながら、レナードが頰にキスしてきた。
俺は顔を寄せてキスをねだる。
レナードは応えてくれる。
舌を差し込まれて、先程とは違って優しいキスを受け入れる。
火照った体がゆっくりと冷めていくと同時に、俺は先ほどのレナードの言葉を思い返していた。
俺と香澄、どちらかひとりは、帰れるかもしれない……?
「律」
抱き寄せられて、啄むようなキスを繰り返される。
恋人にするキスみたいだ、と思いながら、俺は頭の芯が冷めていくのを感じていた──。
毎晩寝る前に端末で連絡を取ってはいたが、頻度は減っていた。
香澄は毎日、大人しく抱かれていた。
せいぜい一人か二人だった客も、ここ数日は三、四人に増えている。
今日は日曜日だ。客の相手はしなくていい。
香澄に連絡を取った、返事がなかった。
寝巻きのまま部屋を訪ねて、勝手に中に入った。
──香澄はベッドの上で眠っていた。
胎児のように体を丸めている。
はだけた毛布をかけてやった。
痩せた、と思った。
目の下にはうっすらとクマができている。平日はあまりよく眠れていないのだろう。ひどい時にはレナードに朝方まで犯されているから無理もない。
高校生の頃、太陽の下で輝くような笑顔を浮かべていた香澄を思いだす。
いつも明るくて、クラスの中心だった。
なんの警戒心もなく俺を見る香澄が、本当に……。
可哀想な香澄。
「……」
部屋を見渡す。俺たちが仕事をしている間に職員が清掃に来るからそれなりに片付いている。
端末の置かれたテーブルに本が重ねて積んであるのが見えた。近づいて見てみると、オブリビオンの歴史書だった。
香澄なりにこの世界のことを学習しようとしているのだろう、順応しなければならないと考えている香澄を思うとなんとも言えない気持ちになる。
俺と同じ大学に行くために、足りなかった成績を必死で伸ばした香澄がどれほど努力していたか、俺が一番よく分かっている。
「……?」
本の近くにラベンダー色のノートが置いてあった。何気なく手に取り広げると、それが日記だとすぐに分かった。
読むべきではない、と思ったのはほんの一瞬だ。毎日痴態を眺めているのに、今更だった。
『今日の人は優しかった』
懐かしい、香澄の文字。
『後ろが変な感じ。ずっと入ってる感じがする。なんか嫌だ。』
『体が重い。食欲がない。』
『しなくて済むならしたくない。』
『どんどんバカになってる気がする。』
『これをずっとやってきたなんて、律は辛かっただろうな。』
「……」
自分の名前が出てきて、慌ててノートを閉じた。
この一ヶ月。
香澄が逃げ出そうとしたり、弱音を吐いたことは一度もない。
俺が耐えてきたから──それが大きいのだろう。
寝息を立てている香澄の頬を撫でる。
親指で唇をなぞる。
キスしたい、と思った。
このまま毛布を剥いで、香澄を抱いたらどうなるのだろう。
香澄は俺を拒絶するだろうか。
卒業式のあの日のように。
いや。
きっと、受け入れてくれるのではないか。
この一年の俺のことを思って、黙って受け入れるのではないか──。
「ん……」
香澄がわずかに身じろぐ。
ハッと後ずさる。
俺は何をしてる?
踵を返す。
疲れているのかもしれない。そうだ、きっと疲れている。
こんな狂った世界で疲れない方がおかしい。
部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。
布団を頭までかぶった。
髪を切って、体を磨いて、新しい服を買って──そう思っていたけど、どうでもよくなっていた。
目を閉じる。
今日はもう、何もしなくていい。
どうせやらなければならないことなどないし、時間だけはたっぷりある。
一日くらい無駄にしたところでどうということはない。
微睡みかけたその時だった。
扉が開く音がして、俺は瞼を開いた。
体を起こす──
「は……?」
「まだ寝ているのか」
そこにいたのはレナードだった。
「え、なんで、」
混乱する。
少なくともこれまで、日曜日に自室に来るようなことはなかったからだ。
仕事?
何の準備もしていない。
「別に用があるわけじゃない」
俺の混乱を察したのか、レナードは苦笑する。
「今、準備を……」
「そのままでいい」
レナードは近づいてくると、そのままベッドに腰を下ろす。
輝くばかりの金色の髪に彫刻のように整った顔は、見るたびに新鮮に感動を覚えてしまう。
「いつもの完璧に仕上がったお前もいいが……そうして無防備にしている姿もそれはそれでいいな」
「……何か、御用ですか?」
この一ヶ月、レナードが俺を呼び出したことはない。
セックスの相手は常に香澄だった。
「最近、お前の姿を見ていなかったからな」
「……」
どういう風の吹き回しだろう。
「香澄に御執心ですからね」
「ふふ」
レナードは笑った。
「妬いているのか?」
「は?」
何を言っているんだ、舌打ちしそうになった。
「最近の香澄は、後ろだけで気をやることができるようになったぞ」
知っている。
貫かれている時に快感を感じているだろうことは、誰の目にも明らかだった。
薬のせいなのか、元々素質があったのか──わからない。
「毎晩、香澄を訪ねてるそうじゃないですか」
昨夜もそうだ。
二人は一つになって、貫かれた香澄はレナードにしがみついて極まっていた。 あの切ない声。
足をからみつかせて全身を戦慄かせる香澄は淫らだった。
「気になるのか?」
肩を抱かれた。
振り払いたいと思ってもそうはしない。もう体に染み付いている。この男に抵抗してはいけない。
顔を背けた。
準備していない姿を見られることが、裸を見られるより恥ずかしいと感じた。
こういうふうに、お前が俺を変えたのだ。
死んでしまえ。
抱き寄せられて、レナードにもたれかかる。
「何を考えている」
それはこっちのセリフだ。
俺のことなど性欲処理の道具としか思っていないくせに。
「律」
髪にキスされるのがわかる。
嫌だ。
今日はそういうことをしたくない。
誰にも触れられたくない。
俯いていると、顎を掴まれた。
顔を上げさせられて、反射的に目を逸らす。
「私のことが憎いか?」
「……」
無言の肯定になってしまう、何か答えなければ。
そう思ったが、ダメだった。
「アレはいつもお前の話をする」
「……香澄ですか?」
「ああ」
レナードは俺の髪を撫でる。
なぜ今日はこんなことをするのだろう。
いつもならばさっさと押し倒して犯すのに。
「律は賢くて優しい、まるで兄のようだと」
兄。
胸の奥がひりつくような感覚。
自身のものを咥えさせて、お前の痴態を見ながら自慰をしているような人間が兄のように優しい?
「はは」
乾いた笑いが漏れた。
どこまでお人好しなのだろう。
俺を疑うこともない。
卒業式の日に、俺がお前に何をしようとしたのか忘れたのか?
バカな香澄。
「香澄を好いているんだな」
「……っ」
心臓が跳ねた。
頰がカッと熱くなる。
俯くと、頭上でレナードが笑う気配があった。
「お前もそんな反応をするのか」
怒りが込み上げる。
「律」
顔を上げろ、短い命令が降ってくる。
のろのろと顔を上げると、レナードと目があった。
この青い目と見つめ合いながら何度体を重ねただろう。
殺してやりたいと思うのに、体が蕩けていく絶望。
「お前はどうしたい?」
「……ど、う、とは」
頰に手をかけられる。
射すくめられたように、動けなくなる。
「これからこの世界で、お前はどうしたい」
「言って、いる意味がわかりません」
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「え……?」
「元の世界に帰れるかもしれないと言ったら?」
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レナードが頷いた。
「どうやって……あっ」
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「ん、んっ」
すぐに舌が入ってくる。
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舌、歯、口内。
激しいキスだった。
唾液が口角からこぼれる。
そうか、香澄はキスをさせないから、これは俺としかできないのか。
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大人しくしていれば、優しい。
鞭で打ったり、卑猥な言葉を叫ばせたり、排泄するのを強制する男たちに比べたらずっとマシだった。
「ん……」
舌が離れて、その舌が唇を舐める。
触れるだけのキスをして、レナードがようやく離れた。
「しないんですか?」
体を起こしたレナードに訊ねる。
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「でも……」
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香澄はこういうことはしないだろう。
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「え……?」
「元の世界に帰りたいか?」
俺と香澄の、どちらか一人。
元の世界に帰れる?
冗談ではないのか?
「そ、れは、」
言葉は続かなかった。
再び組み敷かれたからだ。
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あっという間に全裸にされて、俺は目を閉じた。
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「く……っ」
ズブズブと陰茎が入ってくる。
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これを香澄も受け入れているんだ。
最奥まで入り込んでくるレナードのものを感じながら、俺は目の前の男にしがみついた。
「……香澄は、こうされると感じる」
「ンッ」
レナードが奥を突いてくる。
「こうして、奥を繰り返し突いてやる」
先端を擦り付けるように、奥まで挿入したまま腰を押しつけられる。
「ぁ、ん、ん、んぅ」
気持ちいい。
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そう思うとたまらなくなった。
レナードは奥を突くのをやめない。
細かく揺さぶられて、俺は唇を噛み締める。
激しくグラインドされるのもそうだが、こうして責め立てられるようなピストンも苦しいほどに快感があった。
「ん、く、んっ、んっ、ンッ、んっ」
「律」
薄目を開ける。
レナードの顔が近づいてくる。
唇が重なって、すぐに舌が入ってくる。
背中に腕を回して、くちゅくちゅと音を立てながら舌を絡める。
香りを使っていないのに、こんなに気持ちがいい。
唇を離すと、レナードは動きを止めた。
「強くするぞ」
耳元で囁きが聞こえた次の瞬間、レナードは強く突き上げてきた。
「あン……ッ」
甲高い喘ぎが漏れてしまう。
腰を掴んだレナードが、ゆっくりとペニスを引き抜いていく。
赤黒く張り詰めたそれが肉体から出ていくのを眺めていることしかできない。
ギリギリまで引き抜くと、レナードは俺を見下ろした。
無様に足を広げたまま、俺はシーツを握りしめる。
──来る。
「あぅ……っ」
一気に貫かれた。
目の前に火花が散った。
再び、ギリギリまでゆっくりと引き抜かれる。
また、来る。
「やぁ……っ!」
たまらなかった。
全体重をかけて貫かれて、俺は意識が飛びそうになるのを必死に堪える。
レナードは緩慢な仕草でペニスを引き抜いていく。
このまま、殺されるのだろうか。
「律」
「ぁ……」
「行くぞ」
「あ──ひ、やあぁああ……っ」
ズン、と、腹を突き破る勢いで貫かれた。
そのまま一気に最後のピストンが始まる。
「あ、く、ん、ん、ンッ、ん、や、あ、早い、だめ、早い……っ」
レナードにきつく抱きしめられて身動きが取れない。
激しく揺さぶられて、声も出せない。
「んん、ん、んう、んん…っ」
「どこに出して欲しい、」
レナードの切羽詰まった声が聞こえた。
「ぁ、あ…っ」
「今日は仕事じゃない、好きなところに出してやる」
「ぁう、ん、ん、」
「律、答えなさい」
香澄もこんなふうに求められたのだろうか。
香澄もこんなふうに、この男に屈したのだろうか。
セックスしている時の香澄の顔。
最初は不安そうなのにどんどん蕩けていく。
苦しげで、切ない、あの明るい香澄が性的に快感を覚えている時の淫らな顔。
中に射精されている時の恍惚とした表情。
香澄──香澄……!
無意識だった。
計算も、何もなかった。
香澄の顔を思い出した時、俺は無意識に口を開いた。
「なか、」
「聞こえない」
「中に……、中に出して……っ!」
レナードが笑った。
「ん、んっ、んっ、あっ、イク、アッ、イクッ」
「出すぞ……!」
「あ、あ、あ、あぁあぁ……っ!」
レナードが硬直する。
俺は全身を戦慄かせた。
快感の頂点がやってきて、魚が跳ねるようにシーツの上で痙攣する。
前からは出ていなかった。中でイっていた。
ほどなくして、最奥にレナードが射精する。
逃げられないように体を抑え込まれる。
「う、ん、ん、」
少しでも奥に注ぐように腰を押し付けられる。
やがて、中で蠢くペニスが柔らかくなっていくのがわかった。
レナードがどっと倒れ込んでくる。
思い出したかのように胸元を弄られる。
乳首を指で愛撫しながら、レナードが頰にキスしてきた。
俺は顔を寄せてキスをねだる。
レナードは応えてくれる。
舌を差し込まれて、先程とは違って優しいキスを受け入れる。
火照った体がゆっくりと冷めていくと同時に、俺は先ほどのレナードの言葉を思い返していた。
俺と香澄、どちらかひとりは、帰れるかもしれない……?
「律」
抱き寄せられて、啄むようなキスを繰り返される。
恋人にするキスみたいだ、と思いながら、俺は頭の芯が冷めていくのを感じていた──。
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自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
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