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第3章 王座争奪戦

65話 静止した時の中で

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『さあ、こちらでも注目の対決が始まっているぞ! 時谷vs七道、【時間の次元】の能力者同士の対決だ!!』

 パシッパシッ!!!!

(やっぱり、時谷は私以上に長い未来が見えてるんや。私は2秒やけど、おそらく5秒くらい先まで見えてる動きしてる……! それだけでもだいぶハンデなのに、足の痛みで思うように動けん……!)

 パシッパシッ!!!!

 小雲先輩は時谷のずっと先の未来を見た動きに押されながらも、2秒後の未来を見てギリギリ凌いでいる。足を引きずりながらも、なんとか時谷の動きについていく。

「……」

 戦っているうちに時谷は小雲先輩の足の異変に気付き、勝負を決めに来た。

(……!? 【時間の次元】が歪んだ……なんかくる!!)

 カチカチ……カチ……カ……チ……

 全ての時計、そして小雲先輩の動きが止まる。
 時谷は【時間の次元】と【逆時間の次元】に干渉し、時を止めた。

「……七道。あなた相手ではこれを使わないと勝てないみたい」

 時谷は小雲先輩の胸に紫色の杖を向ける。

 タッ…………タッ…………

「……! 遠くから音がする……」

 遠くの方で、【時間の次元】と【逆時間の次元】に干渉していたフィアスはその止まった時間を感じていた。

(息ができない……急に世界がおかしくなった。たぶん、雪夜が言っていたように相手が時を止めたってことだね。良かった、雪夜が教えてくれてなかったらパニックになってたよ)

 シュンッ!!!

 止まった時間の中で、時谷の前にフィアスが空間転移をして現れた。

「……驚いた。私の止めた時の中で動ける人がいるなんて……でも……」

 しかし、フィアスの髪色はすっかり黒くなっており、顔色もかなり悪い。止まった時の中で空間転移するには、よほどのマナを必要としたらしい。

「大丈夫……?」

 フィアスは時谷に構わずヨレヨレと小雲先輩の方へと向かい、小雲先輩を起こすように肩をたたいた。

(…………なんや…………はっ!? こ……ここは…………)

 止まった世界の中で、小雲先輩の意識が目覚める。
 目の前には顔色の悪い、死にかけの少女の笑み。
 そして、それを眺めている時谷。

(なんやここは……あかん……動けん……! これは……まさか……)

 カ……チ……カチ……カチカチ

 再び時間が動き出した。

「!? 動けるようになったわ……。それにしても……今のは……」

「ケホッ……ケホッ……! 私が分かったことを……糸と貴方に送るね……」

「……え? てか、大丈夫!?」

 フィアスは最後の力を振り絞り、【生命の次元】を伝ってフィアスの持つ全ての情報を直接脳内に教えてくれた。遠く離れた俺にも、【空間の次元】を使って届けてくれた。

 ガクンッ……

 そして、フィアスは意識を失って倒れた。

 パリンッ!!!!

『フィ、フィアス選手、自ら倒れた衝撃でバッジが割れ、リタイアです!! し、しかし、今一体何が起こったというのでしょうか……全く状況が飲み込めません……! 時谷選手と七道選手の戦い中に、突如現れたフィアス選手が倒れてリタイアとなりました……』

『……おそらく、時空を超越した何かが起こったんじゃろう。おそらく、理解できるのはあそこにいる3人の【時間の次元】の能力者だけじゃ』

 フィアスはリタイアしたので、フィールド外に転送される。

「今の子は一体……。でも、お陰で時谷の謎が分かったわ……!」

 タッタッタッ!!

 小雲先輩は足の痛みを我慢し、時谷との間合いを詰める。

「……時よ止まれ」

 カチカチ……カチ……カ……チ……

(動かれへんけど、見える……止まった時の中の世界が……! 止まった時の中に侵入するには【時間の次元】に加えて【逆時間の次元】も必要みたいやけど、一度理解してしまえば、【時間の次元】で認識だけはできる……!)

 カツ……カツ……

 時谷はゆっくりと、止まった小雲先輩に向かって近づく。

(あの歩き方……やっぱりあの子が教えてくれた通りや。止まった時間の中では流体の流れが遅くなる。つまり、気体が液体のように、液体が固体のように振舞うみたいばい。やけん息をすることはできやんし、水中にいるような動き方になったり、もともと固体のバッジは固すぎて割れんのか)

 時谷は時が動いた瞬間にバッジを割れるように、小雲先輩のバッジに杖を向けた体制を取る。

(それにしてももどかしいな……。分かってるのに動けんって、こんな気分なんか)

 小雲先輩は時が動いた瞬間に時谷の杖を振り払えるように力を込める。

「……時は動き出す」

 カ……チ……カチ……カチカチ

 パチーーーンッ!!!!!!

 小雲先輩は間一髪時谷の杖を振り払った。

 「あぅ……っ!」

 しかし、時間的に体へありえない力が加わったため、小雲先輩の体にはかなりの反動が来る。

「……七道、見えているんだね」

「まあ、動けん分圧倒的に不利やけどな」

(九重くん……なんとか私が時間を稼ぐから、その間に残りの一人を倒して……! そしたら私達の優勝や……!)

 残る選手は4人。
 もう時谷の所属する赤チームの片割れはリタイアしているから、俺と小雲先輩のどちらかが2位以上になった時点で俺達の優勝が決定する。唯一の負け道は、俺と小雲先輩が3位と4位になり、時谷が1位を獲ること。つまり、小雲先輩が時谷を足止めしている間に、あと1人の敵を倒せば優勝だ。

「はあ……はあ……。あと1人はどこにいるんだ……!」

 俺は杖で【生命の次元】を頼りに必死に探すが、なかなか見つからない。そもそも、半径1 kmのフィールドだ。しかも建物がたくさん建っているし、朝日さんやフィアスのように遠くまで次元を認識できなければ簡単には見つけられない。

 「先鋒、中堅、フィアス、そして小雲先輩……みんなが作ってくれた、時谷と戦わずに勝てるチャンスなんだ。無駄にするわけにはいかない!」



 パシンッ!!! パシパシパシパシッ!!!!

「七道……ここまでやるなんて」

「はあ……はあ……」

 あの後も小雲先輩は何度も未来を見られ時間を止められた猛攻を受け続けたが、足も体もボロボロになりながらギリギリ凌いでいた。

(やば……もう足の感覚ないわ……。私はまた時谷に負けてまうんやろか……あれから5年経っても……また……)

 かすんでいく目の前には、ずっと目標にしてきた少女が立っている。

(やっぱかっこええな……。私が5年間、悩んで苦しんだ間にも……黙々と頂点に立ち続けたんやもんな……。やっぱり私じゃ……)

「……頑張れ!! 七道おおおおおおおお!!!!」

 観客席で、涙を流しながら小雲先輩に声援を送る男がいた。そう、彼こそ、5年前に小雲先輩と一緒に時谷に立ち向かった本人。

(足の痛みで頭までおかしなったんかな……今先輩の声が聞こえた気がするわ……)

「頑張れーー!!」

「時谷に勝てるぞ!!!」

 ワァァァァァァァァァァァッ!!!

 その男に続いて、観客は小雲先輩に声援を送る。
 最強に食らいつく小雲先輩の雄姿に、賭けのことなど忘れ、みんなが小雲先輩を応援していた。

(なんでやろ、なんかめっちゃ力が湧いてきたわ。もしかして、【生命の次元】を通じて……いや、きっとそれ以上の何かが私の背中を押してくれている気がする。そうばい、私は絶対に諦めん!! せめて1秒でも長く時間を稼いで、1回でも多く時を止めさせて時谷のマナを削るんや!)

 小雲先輩は精一杯杖を握りしめる。

「時谷いいいいいいッ!!!!!」

 小雲先輩は最後の力を振り絞り、ボロボロの足で時谷に踏み込んだ。

「時よ止まれ」

 カチカチ……カチ……カ……チ……

 時谷の胸まであとほんの少し、というところで時を止められた。
 そして、時谷は再び小雲先輩のバッジを破壊できる位置へ移動する。

「これで終わりにしよう、七道」

(あかん……攻撃してる体制で止められたから、防御に切り返れやん……! お願いや……私の体、動いて……!! 動け……動け動け動け動け動け!!!!)

「時は動き出す……」

(動けえええええええええ!!!!!!!)

 ススッ…………

 カチカチ……カチ……カ……チ……

 パシンッ!!!!!!!

 トンッ!!!!!!!!

 時谷の紫色の杖が空中に舞った。
 小雲先輩は時谷が時間を動き出させるほんの少し前に動き、時谷の杖を弾き飛ばし、時谷の胸に杖を突きたてた。

 しかし、小雲先輩の放った杖は数 cmほど外れていて、時谷のバッジを割ることはできなかった。


 …………


「ええっ!? ドクロバッジの私なんかが大将でいいんですか!?」

「そんなに気負わなくても大丈夫だぞ。俺も一緒に出るんだ。何かあっても、絶対に俺が護ってやるから」

「はい……っ!」

 ###################

『さあ決勝もラストスパート!! 残る選手は4人!! さあ、青チームの時谷未来と、黄チームの神童しんどう、七道ペアが相対している! 黄チームはどちらかが2位以内に入れば優勝できます!!』

 タッタッタッ……!! 

「まずい、七道!! 避けろッ!!!」

「えっ……」

 バッ……!! パリンッ!!!!

『なんと1番人気の神童、七道を護って脱落だ!! 1年生主席の時谷未来が、チューベローズ最強と言われた神童を見事撃破しました!』

「あ……あ……」

 私は1年生の最低成績。時谷は1年生の最高成績。
 能力面でも、身体面でも、精神面でも全てにおいて時谷に劣っていた私は、その場に立ちすくみ、バッジを壊されることしかできなかった。

 ###################

「先輩……ごめ"んな"さい"……!!」

「泣くな、七道……。俺も倒せなくて……すまなかった……」

 泣くなと言う神童先輩の目からも、涙が溢れていた。

「でもどうして……私なんかを庇ったんですか……!! あそこは私を囮にしてでも……!!」

「七道、先輩が後輩を護るなんて当たり前じゃないか。新しい世代に託して敗北するのは、まだ希望があるからな。だから七道、俺はお前に託すよ。何年後でもいい、いつか時谷未来を倒して、俺の代わりに絶対王座を獲ってくれ」

「無理です……っ!! 私は先輩のように強くなれないです……その先輩ですら勝てなかったのに……!! 私なんかが勝てるわけ……!」

「七道、手を出して」

 神童は七道に杖を渡した。

「これをお前に授ける。俺の想いが籠った杖だ。大丈夫、お前は俺以上に強くなるさ。そしていつか、次の世代の立派な先輩となるんだ……」


 …………


(…………神童先輩……私は、先輩のような……立派な先輩になれたでしょうか……)

 小雲先輩はハイライトの消えた目から涙を浮かべ、杖を見つめながら、重力に身を任せた。

 バタン……パリンッ……!!

 小雲先輩はマナも体力も底を尽き、地面に倒れた。
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