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第2章 劣等生

30話 学食にて

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 キーンコーンカーンコーン

 木曜日、10:30~12:00の2限の授業が終わる。

「いよっしゃああ!! 昼休みでやんすーっ! 飯でやんすーっ!!」

「今日は学食の日替わり丼が噂の大盛マグロソースカツ丼の日だよねぇ! ボク、今日は朝からお腹減らしてきたんだぁ♪」

「よし、学食行こう!」

 ガラガラ!!

「おい幸坂ァ! お前また俺の靴箱に変なモン入れただろォ!!」

「変なものじゃないよぉ先生ぇ! あれは先生の補習を撲滅するための呪いの道具だよぉ」

「呪いの道具じゃねぇか!! あと尻口ィ!! てめえは何日連続で遅刻してんだァ!」

「先生! それにはちゃんと理由があるんでやんす! 昨日の夜、ベッドでルーティーンのための動画探しに夢中になって夜更かししちゃったんでやんす」

「鬼の補習もルーティーンにしてやろうか……! とりあえずお前ら二人、昼休憩丸々説教じゃ馬鹿ども!!」

「「ぎゃああああああああああ!!! 九重くん助けてぇ(でやんすぅぅぅ)!!」」

 ズルズル…… バタン!!!

 いつも一緒に学食でご飯を食べる二人がさらわれてしまった。

「仕方ない、今日は一人で学食に行くか」


 ◇◇◇


「おいてめェ、何チラチラ見てんだァ?」

「す、すみません……! ちょっと変わったマナだなって……」

「ンだとォ!? 俺の何がおかしいんだァ! ああン!?」

「ひ、ひぃぃ……!!」

 学食へ向かおうとしたところ、ヤンキーと眼鏡の女の子が怖い雰囲気になっている場面に遭遇した。この状況における風紀委員としての行動は……!

「風紀委員です! 校内での粗い行動は控えてください!」

 俺は左腕の風紀委員の証を見せて割り込んだ。

「なんだてめェ、ドクロつけてるくせに俺様に喧嘩売ってんのか?」

「ここで下がらなければ、あなたの名前を風紀委員会で控え、罰則を検討しますよ」

「チッ、役職にすがりやがって、カスめ」

 ヤンキーは手をポケットに突っ込んで去っていった。

「あの、大丈夫ですか?」

「あ……ありがとうございます風紀委員さん……あれ……?」

「どうしました?」

「いえ、マナがなくて……。あ、気にしないでください!」

「気になるんですけど! 俺のマナがないってどういうことですか!?」

「えーっと……あ、私これから学食へ行くのですが、一緒にいかがですか?」

 ということで、初対面の眼鏡の女の子と学食を食べることになった。

 食堂に着くと、行列のできている大人気の大盛マグロソースかつ丼を注文し、席に座る。

「私は1年Bクラスの【篠宮しのみや 彩葉いろは】と言います」

「Cクラスの九重です。で、マナについてなのですが」

「はい。私、次元は認識できないのですが、人のマナを色として認識できるんです」

 マナを色として認識できるというイメージは湧く。
 なぜなら、俺は以前、夢の中で雪夜やフィアスのマナを色として認識したことがあるからだ。

「やっぱり、マナは1人1人違う色をしているものなのですか?」

「ええ。ですが、たいていは濁っています。というのも、ほとんどの人はいくつもの波長のマナをバラバラに放っています。バラバラの波は、お互いを強め合ったり打ち消したりしてしまいますし、放たれる方向もバラバラなわけですから、ほとんどの方は鮮やかな色ではありません。ですが、この学校にいる数人の方は違います」

「それって、もしかして……」

「はい、いわゆる超能力者と呼ばれている方々です。まず、1年Aクラスの松蔭雪夜さん。松蔭さんは綺麗な青色の波長のマナを放っています。他の波長のものはなく、一方向に青色の波長のマナだけが放たれていますので、レーザー光のように強く輝いた青色を発しています。同じく生徒会長の千陽朝日先輩も、純粋な赤色の輝きを放っていました。千陽先輩以外の黄金世代の超能力者はお見かけしたことがありませんが、きっと残りの三方もとても宝石のように透き通ったマナを持っているのだと思います」

「なるほど。じゃあ議題を戻そうか。俺のマナがなんだって?」

「見えないんです。マナがありません。こんな方は初めてです!」

「嬉しくないんだけど! 俺のマナ、どこ行っちゃったの」

「不思議です、マナが無くなると死に至るはずですので。あの、大丈夫ですか、生きていますか……?」

「え、俺死んでたの!?」

「うーん……。考えられることは三つですね。一番可能性が高いのは、私が認知できないほど微弱なマナであること。二つ目は、九重くんが、マナが尽きても生きていられる体質であること。そして三つ目は、私が認識できない特殊なマナを持っていることでしょうか」

「あら? 糸くんじゃない。そちらは彼女さん?」

「おい見ろよ、あれって黄金世代の……!!」ガヤガヤ……

「なんで中央地区の食堂にいるんだ……!?」ざわ……ざわ……

 そこには、緑髪の超能力者、心乃さんがおぼんに大盛マグロソースかつ丼を乗せて立っていた。

「あ、お久しぶりです、心乃さん! こちらは篠宮さんといって、人のマナが見えるそうなんです」

「すごい……綺麗な緑色…………っは!!! すみません、つい見とれてしまいました。初めまして、篠宮と申します。黄金世代の弥生先輩ですよね……?」

「ふふ、黄金世代なんてよしてよ。篠宮さん、人のマナが見えるだなんて、とっても良い目をしているのね」

「あ……ありがとうございます!! 九重くん、どうしましょう。私、弥生先輩に褒められてしまいました……。というか、九重くんって弥生先輩と知り合いだったのですか!?」

「うん」

「ねえ、糸くん。同じ机に座ってもいい? 思った以上に目立っちゃって、一人だと居心地が悪いの」

「はい、もちろん」

 心乃さんはおぼんを机に乗せ、席についた。

「あの、どうして6年生の心乃さんが中央地区の食堂におられるんですか?」

「それはもちろん、この大盛マグロソースかつ丼のためよ。二カ月に一度しか販売されない上に、大人気ですぐ売り切れてしまう貴重な丼。低学年の頃から、これを食べられたらラッキーって嬉しくなるの、ふふ」

 心乃さんは幸せそうにマグロカツを頬張る。

「あ、ごめんなさい。マナの話をしていたのよね。私に気にせず、続けていいわよ」

「いえ、そんな大した話では。ただ、俺のマナが微弱すぎて篠宮さんに見えないらしくて。ちょっと凹んでたんですよ、はは」

「す、すみません。九重くんをガッカリさせるつもりはなかったんです……」

「糸くん、そんなことで自信を無くさないでね。糸くんは自分ができることを一生懸命すればいいのよ。それだけで、十分に価値があるわ」

「俺にできること……?」

「あまり他人と自分を比べないで。どうしても俗に言う『能力者』のようになりたいのなら、【生命の次元】でよければ、私のマナなんていくらでもあげるわよ」

「あの、どうして心乃さんは、俺にここまで気をかけてくれるんですか……? 小動物を救った見返りは十分以上にいただいたのに……」

 この質問に対して、心乃さんは微笑んだだけだった。

「あ!! 糸が女の人に囲まれて飯食べてる!!」

「ごきげんよう、糸」

 声がする方には、大盛マグロソースかつ丼を乗せたおぼんを持ったフィアスと雪夜がいた。

「Aクラスの松蔭さんとフィアスさん!? 九重くん、この二人とも知り合いなのですか!?」

「ま、まあね……」

「糸、ほら寄って。私達も座るから!」

 4人席のボックスに、フィアスがギュウギュウに詰めてきて、俺・フィアス・雪夜、向かい側に篠宮さんと心乃さんという構図になった。

「おい、あれ見ろよ……! 弥生心乃に、松蔭雪夜だぜ……!!」ざわ……ざわ……

「おいおい、よく見たらひとり男混じってんぞ!! チューベローズの誇る美女達と飯なんてカーーッ!! うらやましい!!」ガヤガヤ

 通り行く人はみんなチラ見、そしてガン見してくるが、心乃さんや雪夜の存在感に圧倒され、話しかけてくる人はいなかった。

「はじめまして、松蔭さん、フィアスさん。6年A組の弥生心乃と申します。一度お会いしたかったわ」

「へえ、私達の名前を知ってるんだ。めっちゃ美人だけど、糸とどういう関係よ」

「こら! 心乃さんは5つ上の先輩だぞ!」

「ふふ、気にしなくていいのよ。そうね、私と糸くんは奇跡的な出会いをした運命の人、かしら」

「え!?」

「うんめい~~!? ちょっと! 聞き捨てならないね、糸!!」

「特になんにもないって!!」

「弥生先輩……。聞いたことがありますわ、黄金世代の超能力者の一人ですわね」

「『黄金世代』は私が超能力者になる前から超能力者だったあの三人を称して言われていたものだから、私にその呼び名は相応しくないわ」

「そういえば、心乃さんは2年生まではCクラスで赤砂寮だったってお聞きしましたが、本当なんですか?」

「ええ、そうよ。だから昔は、食堂の端の方で誰の目にも止まることなく一人でこのカツ丼を食べていたのに……って、いつのまに私の過去話になっているのよ! つまらない話は置いておいて、皆の話が聞きたいわ」

「ふん、まあいいわ。じゃあ次、そっちの眼鏡の子」

 フィアスは腕と足を組んでいて、まるでカツ丼で取り調べを行う警官のようだ。

「なんで初対面なのに上からなんだよ!」

 ぺしっ!

「糸~~、痛い~~」

「篠宮彩葉と申します……。やっぱり松蔭さんは純粋な青色……宝石のサファイヤみたい……。そしてフィアスさんの色は……すごい……真っ白だ……」

「青……なんのことですの?」

「篠宮さんは人のマナの色が見えるんだって」

「そういうことでしたか。素晴らしい共感覚をお持ちなんですのね」

「九重くん、私、あの松蔭さんにも褒められちゃいました……!」

「良かったね」

「そこ、イチャコラさっさしない!」

 フィアスパイセンはすこぶるご機嫌が斜めのご様子。

 こんな調子で大盛マグロソースカツ丼を食べながら、他愛もない話が続いた。
 平和で楽しい時間だった、少なくとも、俺はそう思っていた。

 しかし、篠宮さんや心乃さんと別れた後、俺はフィアスと雪夜が屋外のベンチに連れて行かれた。




「糸、あの人、何か企んでるよ」

「えっ、心乃さんが?」

「うん。あの人、私達が来た時【生命の次元】でずっと糸の心を読んでいたよ。私が来てからは私が【生命の次元】に干渉できると悟って控えていたけどね」

「それに、人並み以上に深い闇をまとっておりましたわ。きっと、相当心をすり減らしているのだと思います。何か、深刻な悩み事でもあるのでしょうか……?」

「心乃さんの悩み事か……心当たりはないな。というより心乃さんほどの凄い人なら、きっと悩み事も俺みたいな凡人が想像できるようなものじゃないんだろうさ」

「その想像できないような深刻なことに、もしかしたら糸が巻き込まれようとしてるのかもしれないんだよ!」

「でも俺はとても貴重な杖を貰ったから、心乃さんに恩を返さなきゃいけないんだ。だから、もし頼まれたらなんでも喜んで手伝いたい。……とは言っても、心乃さんからしたら俺なんかができることは限られていると思うけどな」

「フン、まあ糸が良いならいいんじゃない。今晩、お散歩がてら赤砂寮に寝巻持って行ってお邪魔するから。用意しといてよね!」

「あ、なら私もお邪魔しますね」

「今の流れからなんでこうなるの!!」

 今の話を少し離れた物影で聞いていた心乃さんは、エメラルドのような眼を閉じ、西地区へと戻っていった。
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