上 下
13 / 67
第1章 入学前

13話 杖

しおりを挟む
「ぎゃあああああああああああっ!!!!」

 前回と同じように叫んで飛び起きる。

「また死んだ……」

 とりあえず現実ではなかったことにホッと胸を撫でおろす。
 目からは涙が溢れており、布団は汗だくだくだ。

「今日……どうしようかな……」

 窓に映る空にはすでに太陽が昇っている。
 時計は7時21分を指していて、もう眠る時間ではない。

 フィアスのところへ行くべきだろうか。
 このままでは殺されに行くようなものだけど……。

「……なんで今回は、雪夜の豹変があんなに早かったんだろう」

 前回との違いで思い当たるのは、雪夜の部屋へいくときにフィアスを連れて行かなかったことと、野菜炒めではなく肉じゃがを作ったことくらいだ。

「肉じゃがは呪いの料理か何かなのかよ……」

 今の俺は心の底から怯えている。
 次はもっと早くに殺されてしまう気がして。

 ガチャ

「おはよう。そんなに青ざめて、また例の夢を見たの?」

 赤砂寮は壁が薄いから、叫ぶと隣の苺には丸聞こえのようだ。

「ああ……。今度はなすすべもなく殺された」

「突破口が見つからないなら、アンタ今日はもう家から一歩も出ない方がいいんじゃない?」

 もちろんそうしたい。
 でも、フィアスが青月館にいてほっておけないし、それでは何も進歩しない。

「……3回やり直せて、それでまた死んだら多分それは運命なのかもね」

「アンタバカじゃないの!? 逃れられる術があるかもしれないのに、運命なんて言葉に甘えて諦めてんじゃないわよ!」

 苺はまっすぐこちらを見て怒鳴った。

 確かに、俺は未来を知っている。
 知っているからこそ辿り着く突破口があるはずだ。

「ごめん、苺の言う通りだ」

「……フン」

 バタン

 苺は部屋に戻っていった。

 俺だって死にたくない。でも、このまま赤砂寮に隠れているわけにもいかない。たとえ雪夜を止められなかったとしても、せめてフィアスだけは救わないと……。

 俺は覚悟を決めて、青月館のフィアスの部屋へと向かった。


 ◇◇◇


 徹夜明けのように、変な汗をかきながらぬかるんだ田舎道を行き、少しずつ、恐怖の青月館へ近づいていく。

 ピンポーン

 ガチャ

「糸~昨日なんで来てくれなかったのさ。もうお腹ペコペコだよ~……って、どうしたの!?」

「え……なにが……?」

「ちょっと中に入って!」

 バタン

「どうしたんだフィアス、俺の顔に何かついてるか?」

「違う! どうしてそんなに黒くなってんの!」

 もちろん日焼けとかそういうわけではない。

「黒く……はっ!!」

 少し意識すると一目瞭然だった。
 いつのまにか、俺の体から、雪夜に負けないくらい暗黒の闇が充満していたのだ。

 どうして前回に気づかなかったんだろう。

「落ち着いて。その黒いものが何を意味しているかまだ私には分からない。でもね、なんとなく予想はつく。きっと糸の心が抉られるような何かがあったんだね」

 いつものベッドでゴロゴロしているフィアスさんとは違う。
 真剣なフィアスの表情に、少し心が救われたような気がした。

「俺は……雪夜に殺されたんだ……」

 俺はこれまでに体験したことをフィアスに話した。
 無意識のうちに、溢れる色んな感情をさらけ出しながら。

「……それは辛かったね」

 フィアスは疑うことなく話を聞いてくれた。

「今の話を聞く限り、おそらく雪夜は他人の闇を吸い取ってしまうんだね。一度目は、街の人々の闇を吸い取ってしまって豹変した」

「でもそれだったら二度目の説明がつかないんだ。二度目は周りに人なんて……」

「いたじゃない。人が」

「いや……俺以外には誰も…………あっ!!」

「そう、一回目の夢で殺されたことによって生じた糸の闇だよ。殺されるという絶望、恐怖を強く体が感じてしまったことで、雪夜を豹変させるのに十分な量の闇を持ってしまった」

「ということは……」

「うん、今の糸が雪夜に会いでもしたら……あれ……糸の体から闇が薄くなってる……?」

「あれ、本当だ。フィアスに話して気が楽になったってことか……?」

「ちがう。人の心の底に住みついた絶望がそんな簡単に消えるわけがないよ。それもあれだけの闇を……。あれ、天井から感じていた闇も消えたような」

「……フィアス……玄関の方から……」

 先程までは上の階から感じていた途方もなく黒い闇が、玄関の向こう側から感じる。

「ま……まさか……!!」

 コンコン……コンコン……
 ……ピンポンピンポンピンポンピンポン!!!!

「ゆ……雪夜だ!!!!!」

「この感じ、やばいよ! 逃げよう!!! 窓から!!!」

 バンッ!!!!!

「…………」

 雪夜がドアを打ち破ると、フィアスの部屋には誰もおらず、開かれた窓しかなかった。
 原型を留めていないぬいぐるみを片手に、無表情でただその虚無の中に立っていた。



「はあ……はあ……っ!!」

 青月館からだいぶ離れたところまで走ってきた。

「糸、どうする?」

「杖だ。杖があればあの雪夜とやりあえるかもしれない!俺の杖はあるけど、バスで街へ行って、フィアスの杖を買いに行こう!」

 運の良いことに、バス停に着くとすぐに水仙道行きのバスが到着した。

 恐怖のあまり、バスの中でもずっと後ろを警戒する。
 車内では一言も会話を交わさず、バスは水仙道駅に到着した。

「フィアス、あっちだ!」

 マッチョバスが売っている魚屋などには目をくれず、杖屋へ直行した。

「おやじ! 4万円で買える一番良い杖をいくつか持ってきてくれ!」

 俺達二人の手持ちからして、4万円が限界だ。

「あいらっしゃい! ん? お嬢ちゃん、白くてめちゃくちゃ綺麗なマナを持ってるな。もしかして、超能力者か?」

「おやじ!! 早く!!」

「ああ、すまねえ! ちょっと待ってな!」

 おやじは4本の杖を持ってきた。
 フィアスはそれらをじっと見つめ、一つ選んで手に持った。
 その時、フィアスの周りの空気が変わったのを感じた。

「4万円の杖を持っただけでこの雰囲気とは。やはりお嬢ちゃん、ただものじゃねえな」

 俺たちは杖を買い、チューベローズへ戻ることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

魅了だったら良かったのに

豆狸
ファンタジー
「だったらなにか変わるんですか?」

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです

竹桜
ファンタジー
 無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。  だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。  その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

処理中です...