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どこまでも甘い

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「世界の主様! どうか、お願いです! あの女を消してください!」

 世界の主は、面食らう。
 人間の来客など何千年もなかったはずの”自宅”――地の果ての果てのさらなる果ての神殿に、突然に響き渡った少女の懇願。いや、殺人の依頼。

「……そなたの名は?」
 世界の主は、依頼人へと問い返した。
 まず自分の名を名乗れ、と。
 そして、まだ18才にもなっていないであろう少女がたった1人、そのやせ細った体で、さらに言うなら垢と埃、煤まみれの汚れきった体で、この地の果ての果てのさらなる果ての神殿にまでやってきた。
 これは面白い。娘よ、その命がけの懇願の”内容”とやらを聞いてやろう、と。

「私の名は、リーナ。○○国の農村にて生まれ育った者です」
 身分なき娘・リーナ。
 正視できぬほど荒んだ身なりであっても、彼女の瞳は何人たりとも汚すことのできぬ強い輝きを放っていた。

「リーナ、お前に問う。お前が消して欲しい女とは誰なのだ? なぜ、お前は私にその女を消して欲しいのだ?」

「はい。私が消して欲しい女は、”あの”マナミです。世界の主様も、あいつのことはこの地の果てにまで風とともに運ばれし噂によって、ご存知かと……異世界の”ニホン”という国からこの世界へとやってきた女……そして……この世界を滅茶苦茶に”掻きまわし続けている”女……」

「ああ、存分に知っておる。年のころは17かそこら、漆黒の髪に漆黒の瞳、異世界からやってきた”愛と美の娘”……この世界のすべての男を虜とし、”愛され敬われ守られし宿命”にある娘だ」

「そうです。男は皆、あいつの虜となってしまうのです。いまや、我が国の王子だけでなく、他国の”王子たち”までもが、あいつを……! まるで、この世界全てが、あいつのためのハーレムと化しています……!!!」

「……そなたの表情を見る限り、マナミに対する単なる妬みや僻みだけだとは思えん。そなたがマナミを憎み、恨む根本となったであろう出来事を話せ」

 ひび割れ血が滲んだ唇を噛みしめたリーナ。垢と埃、そして煤を洗い流していくがごとく、彼女の頬には大粒の涙がつたう。

「あいつの……マナミのこの世界での”始まりの場所”は、私と今は亡き私の両親が暮らす農村でした。森の中で気を失ったまま倒れていたマナミを見つけたのは、他らなぬ私です。その時のマナミは、”セーラーフク”とかいう奇抜な服を身に付けていました。あの時、そのまま放っていればよかった……あんな女、そのまま狼にでも食い殺されていればよかった……それなのに、私はマナミを両親と暮らす家へと連れて帰ってしまったんです」

「ほう、それによって、黒魔術師たちによる”あの大虐殺”が起こったのだな?」

「……やはり、ご存知でしたか……そうです。この世界に異世界の娘がやってきたことを、私の村を襲った黒魔術師たちのみならず、人智を越えた力を持つ魔術師たちは感じ取っていたようです。奴らがなぜあれほどまでに躍起となって、マナミを手に入れんとしたのかは今でも分かりません。ですが、いち早く村にやってきた黒魔術師たちによって、村は焼き払われ、私の村の者たちは全員、殺されました。私の両親も、親戚も、幼馴染も、友人も……」

 村まるごとの大虐殺。リーナは続ける。

「黒魔術師たちは、そのままマナミを連れ去りました。しかし、黒魔術師たちの長が……噂によるとまだ20代後半の妖しいほどに美しい男が奴らの長であったらしいのですが……なんとマナミを愛してしまったと……」

 ミイラ取りがミイラに。下唇に血を滲ませたリーナは続ける。
 
「”それからのこと”は、世界の主様ならご存知かと思います。黒魔術師たちに囚われの身となっているマナミを救わんと、白魔術師たちが奴らに戦いを挑みました。戦いは数か月にも及び、最終的には”マナミを愛してしまった双方の長”同士の相打ちとなり、魔術師たちの大半も死にました。魔術師たちの屍のなかに佇むマナミを保護したのは、資産家と名高い公爵でした。まだ若く見目麗しい公爵の愛による庇護のもと、マナミは何一つ困ることのない生活を送り……そのうえ、その”今は亡き公爵”もまた、マナミを愛し……」

 リーナの話はまだまだ続いた。
 その長い長い、地の果てまで続いているがごとき長ったらしい話をまとめると以下のようになる。


※※※


 マナミと出会った全ての男が、いや時には女までも、マナミの虜となっている。誰もがマナミを手に入れ、愛し敬い、その腕に守らんとする。単にマナミが、男心をとろかす魔性の女であるだけなら、マシであった。
 しかし、マナミの存在が原因で血で血を洗うがごとき争いが幾度も勃発し、今や他国をも巻き込み、繰り広げられている。男たちは「マナミ! マナミ! ああ! マナミィィ!!!」もしくは「マナミ様! マナミ様! ああ! マナミ様ァァ!!!」といった具合なのだ。

 当のマナミは、自分が原因で男たちや、”巻き添え”をくらった罪なき者たちの屍がその血も乾かぬうちに積み重なり続けているにもかかわらず、「皆、私のせいで……私がいけないのね。けれども、どうしよう? どうすればいいの?」という言葉を、”毎回”すぐに乾く涙とともに繰り返すだけだと。

 男たちの誰一人として、争いの根本であるマナミを責めはしない。
 全ての男が、マナミに甘い。”どこまでも甘い”。

 当人であるマナミにも、『本当に自分の存在そのものがこの世界の者たちに害を与えているのだと自覚しているなら、これ以上被害者を出さないためにも喉でも貫いて〇ねよ、ビ〇チ!』と鋭い短剣を渡して言ってやりたい。
 けれども、あいつには自害する気なんて毛ほどもないだろう。それなら……


※※※


「世界の主様! どうか、お願いです! あの女を消してください!」

 最初の一声と同じ懇願をリーナは、繰り返した。
 この世界に、これ以上の屍を増やさぬために。根本を”消して”欲しいと。

「……リーナとやら、残念だがそれだけは出来ぬ」

「?! …………なぜです?! どうしてなのです?!」

「考えてみよ。私はこの世界の主なのだ。お前が憎むマナミに”どこまでも甘い”この世界の……」

 世界の主は、フッと笑う。

「この世界の男だけでなく、”この世界の主である男”までもが、異世界からやってきた娘・マナミの虜であり、マナミを愛してることにまで考えが及ばなかったか?」

 リーナは後ずさった。ガクガクと震える足で後ずさった。
 どこまでも甘い。誰も彼もが彼女には甘い。そう、この世界の主までもが。


「愚かで汚らしい娘・リーナよ。消えるのはお前の方だ。私が愛するマナミのためにな」

 世界の主は、スッと手を振り上げた。
 しかし、その時であった。

 怯えきったリーナが陽炎のごとく、ゆらめいたかと思うと、その姿を変えた。

「!?!」

 リーナはリーナでなくなった。
 リーナは、長身グラマラスでピカピカに光るお肌の超美女に変わってしまった。


「……な……っ! お、お前は……!」

「会うのは何百年ぶりかしらねえ。私のこと覚えている? 私は”死の世界の主”……いいえ、死の世界の麗しき女王よ」

 自身が美しいことを存分に理解しているらしい死の世界の女王は、これ以上ないほど蠱惑的な微笑みを見せた。

「ほんと、あんたって何千年たってもお馬鹿なのね。私がさっきまでその姿を借りていた村娘・リーナだけど、村ごと焼き払うレベルの大虐殺であんなか弱い娘1人だけが助かるわけないでしょう。それに、この地の果ての果てのさらなる果ての神殿に、娘1人で辿り着けるわけないでしょう。ヒントとして垢と埃と一緒に、”煤まで”付けといてやったのに、そこまで考えが及ばないなんて」

 本物の村娘・リーナは既に死んでいた。
 彼女は、死の世界にいたということか。
 フフンと鼻を鳴らした女王は続ける。まだまだ続ける。

「あんたが、あのマナミなんて小娘……美しさなんて私の足元にも及ばぬ小娘にどこまでも甘く、この世界を展開させたから、”私の死の世界”では、部下たちでも裁ききれないほどの死者どもで溢れかえる寸前なのよ。それに、男たちは死んでもなお『マナミ! マナミ! ああ! マナミィィ!!!』や『マナミ様! マナミ様! ああ! マナミ様ァァ!!!』なんて、地上へと手を伸ばして叫び続けているから、四六時中うるさくてかなわないってわけ」


 死の世界の女王は、いったいどこから取り出したのか、三日月型の鎌をスチャッと構えた。
 殺る気だ。世界の主を殺る気マンマンだ。

「もう何千年もの時に渡って、”世界の主”なんて不相応な役職についていたんだから、あんたもそこそこ楽しめたでしょ? ”あんたが消えても”この世界の人間たちは人間たちで、それなりに生きていくわよ。その滅亡の時までね。さあ、そろそろ消えなさい!!!」


 鎌を振り上げた女王は、世界の主へと飛びかかっていった。
 しかし、世界の主は動かなかった。彼女の死の鎌から逃れようとしなかった。
 なぜなら――


「うぐ……っ!!!」

 女王の左胸に、赤い花が咲いた。白い果実の一つが瞬く間に、赤い果実へと色を変えたうえ、女王の唇の端からは幾筋もの”赤い糸”が滴り落ちる。

「な、何……!?」

 ”背後からの弓矢”で胸を貫かれた女王。
 ただの弓矢なら、死の世界の女王にとっては痛くも痒くもなかったであろう。しかし、この弓矢はただの弓矢ではなかった。
 ”魔術に精通している者”が、”この世界の者ではない者を消すため”に、素材にこだわり魔力を込め続けて作り上げた特別な弓矢であった。
 その効能は、死の世界の女王とて例外ではなかった。


「あああっ! あああああああああっ!!!」

 消えゆかんとする者の恐怖に顔を歪めた死の世界の女王は、バシュッと掻き消えた。
 その後には塵すら残らなかった。


 死の世界の女王、地の果ての果てのさらなる果ての神殿にて消え失せる。

 世界の主は、笑い声をあげた。
 そして、”死の世界の女王を消してくれた者たち”へと視線を移した。

「そなたたち、礼をいうぞ」

「いえ、危ないところでございましたね。それに、私たちは当然のことをしたまででございます」

 功労者一同を代表するがごとく、1人の若い男が――いや、黒衣を身に付けた魔術師の男が答えた。

 黒魔術師たちによって、死の国の女王は消された。黒魔術師たちは、時に闇の力を借りることがあろうに、”死の国の女王”を顔色一つ変えずに消し去った。

 そのうえ、黒衣を着た黒魔術師たち一同の中には、白衣を身に付けた若い男たちの姿も同数見られる。
 黒衣と白衣。
 すなわち、黒魔術師と白魔術師。
 正反対の力をその源とする若い男たちが、同じ目的のために行動をともにしている。


「世界の主様……かつて我ら黒魔術師は、この白魔術師たちと争いました。その争いにより、”マナミ様を愛した双方の長ならびに互いの同胞たち”が命を落とす結果となりました。残された私たちは、協定を結んだのです。憎み合い争い続けるのではなく、魔力の源とする力の種類の違いはあれど、”我ら一同、マナミ様を愛し、敬い、守り抜かん”と。マナミ様のためだけに、我らは皆、生きていかんと……」

「そうか……そういうことであったのだな」

 世界の主は、しみじみと頷いた。
 本来は敵対するはずの者たちが、”この世界のすべての男を虜とし愛され敬われ守られし宿命”にあるマナミの存在を架け橋として、手を取り合うこととなったと。

「世界の主様……我ら一同、世界の主様にお願いがございます」

「何だ? 何なりと申せ。何でも聞き入れてやろう。特に私のマナミに関することなら、なんでも……」


「……さようでございますか……それでは……」

 白衣の若い男が――白魔術師の男が場を代表するように、世界の主へとスッと進み出た。
 そして、目にも止まらぬ速さで右腕をブンと振り上げた。


「ぐが……っ!!!」

 世界の主の喉元にも赤い花が咲いた!
 白魔術師は、白衣の袖に隠していた短剣をヒュッと投げ、世界の主の喉を貫いたのだ!

 ただの短剣なら、世界の主にとっては痛くも痒くもなかった。
 しかし、この短剣は先ほど死の世界の女王を貫いた弓矢と同じく、”魔術に精通している者”が、”この世界の者ではない者を消すため”に、素材にこだわり魔力を込め続けて作り上げた特別なものであった。
 当然、世界の主とて、例外ではない。


「どうか、消えてくださいませ。世界の主様」 

 その白魔術師の声は、まるで闇の中から響いてきたかのごとき冷たいものであった。

「……な、なぜだ?」

「あなたがそれを私たちに問うとは、お笑いですね。私たちにとって、いまや”この世界の真の主”は、あなたではなくマナミ様なんですよ。いいえ、私たちだけではない。マナミ様への愛の虜となっている全ての男たちや女たちにとってね。あなたが、この世界を”マナミ様にとってどこまでも甘く展開させてしまった”から、マナミ様を愛する私たちは、世界の真の主をマナミ様だと定めることとなったのです。ついさっき消えてもらった”死の世界のおばさん”が言っていたように、あなたが消えても私たちは私たちでしっかりと生きていきますよ。永遠にマナミ様を愛し続けてね」

「……そ、そんな……!!!」

 飼い犬に手を噛まれたがごとき屈辱と消えゆかんとする者の恐怖に顔を歪めた世界の主もまた、数秒のちにバシュッと掻き消えた。
 後には塵すら残らなかった。
 
 ただ、マナミを愛し敬い守り抜き、マナミのためだけに生きんとする男たちだけが残されているだけであった。


―――続―――

※ 本当は続きません。ですが、この世界において、マナミの異世界大ハーレムはまだまだ続き、”主を失った死の世界”の人口もまずます増えていくことは間違いないため、「続」とさせていただきました。
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