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時間停止 in 欲望の電車

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【問題】

 ブラック企業にお勤めの沖田さん(31歳男性)は、毎日毎日、安月給でパワハラ上司にこき使われ、心身ともに疲れ切っていました。
 夜は終電に駆け込み、朝は朝で目覚まし時計3個を使ってやっと目覚めるといった状況です。
 今日の朝も、沖田さんは疲れが取れているはずもない身体を引きずりながら、朝食も取らずに最寄り駅へと向かいました。
 電車の吊り革につかまった沖田さんの右隣に、ふわりといい匂いをさせた、綺麗なうえに胸も大きいOL風の女性がやってきました。
 そして、左隣には男子高校生がやってきました。男子高校生の手にあるファーストフードの袋からは食欲をこれでもかとそそる香ばしい匂いがプーンと溢れ出しています。
 その種類は違えども、自身の欲望をゴクリと唸らせる対象に挟まれてしまった沖田さん。
 彼の頭がぼおっとしてきた時、電車が急停車しました。
 いいえ、これは急停車などではありません。
 どうやら沖田さん以外の時間が止まってしまったようです。
 驚愕と混乱のなかにある沖田さんをさらに煽るかのように、ボーリングのピンぐらいのサイズの悪魔がピョーンと現れました。
 悪魔はケケケケケと笑いながら言います。
「お前だけが好きにできる時間を10時間やる。お前の欲望のままにしたいことをすればいい。何でもできるぞ。そう、何でもな……なお、お前の大嫌いなパワハラ上司は二両隣の優先座席にふんぞり返って座っていることを教えといてやるよ」
 悪魔が去った後、沖田さんはネクタイをシュルッと外し、”あること”をしました。
 さて、彼は時間停止した電車内で何をしたのでしょうか?

 
【質問と解答】

キクちゃん : これは……問題文内に解答が書かれていますね。あまりにも分かりやすく幾つかの解答候補が浮かび上がっているようで、逆にトラップとしか思えないのですが……まずは、そのトラップにあえてひっかかってみます。沖田さんはパワハラ上司をネクタイにて絞殺しましたか?

チエコ先生 : NO。

キクちゃん : 絞殺まではしなくとも、パワハラ上司に何らかの危害を加えましたか?

チエコ先生 : NO。沖田さんは、自分がいる車両内から移動していないわ。

キクちゃん : となりますと、この問題のタイトルは「時間停止 in 欲望の電車」と18禁っぽい淫靡な香りを漂わせていますから……沖田さんは右隣の綺麗な女性に絶対に許されないことを……すなわち強制わいせつ行為を行いましたか?

チエコ先生 : NO。彼は右隣の女性には指一本触れなかったわ。彼がネクタイを外したのも、服を脱ぐためではなかったのよ。

キクちゃん : それを聞いて安心しました。けれども、左隣の男子高校生が持っているファーストフードの袋からは、食欲をこれでもかとそそる香ばしい匂いが溢れ出ているんですよね。沖田さんは朝食をとっていないとも書かれていますし……沖田さんは男子高校生のファーストフードを盗み食いしましたか?

チエコ先生 : NO。沖田さんは、いかなる状況に置かれても越えてはならない一線を越えてしまうことには抵抗を覚え、葛藤が生じてしまう人なのよ。だから、殺人や強制わいせつは当然とのこと、他人の食べ物を盗むなんてこともしない人ね。

キクちゃん : 沖田さんはとても真っ当な人なのですね。となると、沖田さんはいったい何をしたのでしょうかね。沖田さんがネクタイを外したことに意味はありましたか?

チエコ先生 : YES。意味はあったわ。キクちゃん、今回の問題は単純に考えてみて。

キクちゃん : ……単純にですか? 沖田さんは復讐心を満たそうとしたわけでもなければ、性欲や食欲を満たそうとしたわけでもない。となると…………あ!

チエコ先生 : そうよ、その調子よ。

キクちゃん : 沖田さんは時間停止した電車内で眠りについたのですか?

チエコ先生 : YES。正解よ。彼は毎日毎日、睡眠時間もしっかり取れず、心身ともに疲れ切った状態にあり、電車の中でも頭がぼおっとしてきている描写もあるわ。だから、ただただ眠りたかったの。ネクタイも外して、心ゆくまでたっぷりとね。これは”欲望”というより、人間の三大欲求の一つである睡眠欲ね。

キクちゃん : 時間停止が、沖田さんにとっては思わぬ休息時間のプレゼントになったとは。悪魔の謀略も、それを受け取る人の人格と状況によっては、”束の間の安らぎ”へと形を変えたということですか。

チエコ先生 : そうね……10時間の休息時間と言えども、沖田さんにとっては本当に”束の間の安らぎ”でしょうね。眠りから覚めた後は、また会社に行って、また同じ毎日が繰り返されていくのよ。この水平思考クイズは解決しても、沖田さんが置かれている過酷な労働環境の問題は何一つ解決していないわね。

(完)
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