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素敵な船旅 PART2

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~最初に~
作中において、登場人物の身体的な事情に触れている箇所があります。
ですが、決して同じ事情を持つ方々を貶める意図はございません。
何卒、ご容赦くださいますようお願い申し上げます。


※※※


 あと2週間後に教会での結婚式を控えた若い男、カイル・ストレイトの手元に届いた1通目の手紙には以下のような文面が書かれていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――

 カイル・ストレイト様

 パメラ・ナッターズ嬢とのご婚約、誠におめでとうございます。
 ですが、あなたを大切に育てられたご両親は、あなたとパメラ・ナッターズの結婚に今でも強く反対し、結婚式にも欠席の意志を見せていると聞き及んでおります。
 正直、私どももあなたとパメラ・ナッターズとの結婚には反対でございます。
 何の理由もなく反対しているのではなく、確固たる理由があって反対しているのです。

 片頬に化粧でも隠せないほどの紫色の痣を持ち、この世に生を受けたパメラ・ナッターズ。
 酒乱で鼻つまみ者であった両親を数年前に相次いで亡くしたパメラ・ナッターズ。
 もはや、不幸の星の元に生まれてきたとしか思えないパメラ・ナッターズ。

 あの顔に加え、人に迷惑ばかりかけていたクズどものサラブレッドでもある彼女の日々の生活が、経済的に苦しいことはあなたもよくご存じのはずです。

 あなたは”彼女の真実”を知っていますか?
 黒いベールであの顔を覆い隠した彼女は、夜な夜な隣町の酒場へと繰り出し、次々と違う男たちに身を任せ、昼の仕事だけでは足りぬ日銭を稼いでいるという事実を知っていますか?

 あなたが愛するパメラ・ナッターズという女は、おとなしい女の振りをした魔女のごとき淫売女なのです。
 この事実を知らされても、あなたは彼女を信じることができますか?

 ・ パメラ・ナッターズを信じない
 ・ パメラ・ナッターズを信じる

 選ばれた選択肢を〇で囲んでいただき、町の酒場の裏にある空の酒樽の中へと入れておいてくださいませ。

――――――――――――――――――――――――――――――――


 一通り、手紙の文面を読んだカイルは「……何だよ、これ」と呟かずにはいられなかった。
 そして、即座に手紙をグシャグシャに丸め、ゴミ箱へと叩き付けるように放り込んだ。 

 性質の悪い無記名での嫌がらせだ。
 こんな手紙には反応すればするだけ、相手側の思うつぼだ。
 無視をするに限る。何も反応しないのが一番の得策だ。

 そう、俺はパメラを信じているのだから……と。


※※※


 数日後、カイルの手元には2通目の手紙が届いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――

カイル・ストレイト様

 あなたからのお返事をいただくことができず、私ども一同、非常に落胆しております。
 お返事をいただけなかったということは、あなたはおそらく「パメラ・ナッターズを信じる」に心の中で〇をつけたのでしょう。
 今は恋の熱にうなされている最中であるとは思いますが、あなたは本当にあんなパメラ・ナッターズを妻とし、生涯をともにする気なのでしょうか?

 ご両親に大切に育てられたうえ、サラリー(給料)もルックスもコミュニケーション能力もそこそこで、この港町の若い女たちにもそれなりに人気があったあなたですのに、最終的に選ぶ女がパメラ・ナッターズとは非常に残念な限りです。

 お世辞にも美しいとも言えないうえ、汚れきった淫売女を生涯の妻にするという愚行があってもいいのでしょうか?
 私どもは再びあなたに問います。

 ・ パメラ・ナッターズを信じない
 ・ パメラ・ナッターズを信じる

 今回はシカトなどせずに、選ばれた選択肢を〇で囲んでいただき、町の酒場の裏にある空の酒樽の中へと放り込んでおいてくださいませ。

――――――――――――――――――――――――――――――――


 2通目の手紙の文面を読んだカイルは、「……ふざけるな!」と怒鳴らずにはいれなかった。
 忠告の体裁をとっているも純然たる悪意しか感じ取れない手紙を、1回目と同じくグシャグシャに丸め、ゴミ箱へと投げ込んだ。
 本音を言うなら、ゴミ箱ごと火をつけて灰にしてやりたいぐらいだった。

 この手紙の主たちは、自分たちの結婚を明らかに壊そうとしている。パメラと自分との幸福に、”嘘”という悪意の横槍を入れてこようとしてしる。

 そのうえ、パメラの生まれつきの顔の痣のことまでをも――パメラ自身の力ではどうすることもできない身体的なことまでをも、侮辱している。
 こんな手紙、絶対にパメラには見せられやしない。
 パメラ自身も「この顔の痣のことは昔から言われ慣れているわ」と寂しげに笑ってはいるが、気にしていないはずなどないだろう。こんな手紙を見て、傷つかないはずなどないだろう。

 けれども……
 カイルは、悪意がくすぶる煙となって立ち上ってきているかのごときゴミ箱へとチラリを目をやった。
 
 今もなお、俺たちの結婚に反対している両親ばかりか、”名も名乗らず姿も見せない港町の奴ら”に、こんな卑怯なやり方で反対されているパメラとの結婚式は取りやめた方がいいのかもしれない……と。


※※※


 それからさらに数日後、カイルの手元には3通目の手紙が届いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――

カイル・ストレイト様

 私どもの2通目のお手紙まで、シカトされますとは非常に残念であり、寂しい限りでございます。
 またしても、私どもの忠告を素直に受け入れる気などないあなたは「パメラ・ナッターズを信じる」に心の中で〇をつけたのでしょう。
 
 ですが、あなたのお心にも揺らぎが出ているのはないでしょうか?
 あの外見のことは百歩譲って良しとしても、結婚前にこんな密告の手紙が届けられるような淫売女を我が妻として本当に良いのか……と。
 パメラ・ナッターズを妻とすることで、夫となる自分自身への風当たりも彼女と同じく、相当に強くなってしまうのではないか……と。

 最後に、もう一度だけおうかがいいたします。

 ・ パメラ・ナッターズを信じない
 ・ パメラ・ナッターズを信じる

 最後の手紙となる今回はシカトなどせずに、選ばれた選択肢を〇で囲んでいただき、町の酒場の裏にある空の酒樽の中へと放り込んでおいてくださいませ。
 絶対に絶対ですよ。
 あなたはこれからも、この港町で暮らしていくつもりなのでしょう?
 ですから、そのために選ぶべき選択肢も、決して馬鹿ではないあなたには、すでにお分かりのはずですからね。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 3回目の手紙の文面を読んだカイルは、唇を噛んだ。
 いや、ギリリと噛みしめた。
 あまりに強く噛みしめ過ぎたためか、血が滲み出す。
 だが、その塩辛い痛みにも、顎をつたいゆく血にも、気がつかぬほどの怒りが彼の中を駆け巡っていた。

 カイルは決意した。
 パメラとの結婚式は取りやめだ。パメラが何と言おうと取りやめる。
 いや、結婚式そのものを取りやめるだけではいけない。
 それだけでは、ダメだ。
 一日でも早く、パメラそのものを”この港町から消さなければならない”……と。
 
 
※※※


 次の日の朝。
 パメラ・ナッターズの姿は、港町から消えてしまっていた。
 両親を亡くした彼女が一人寂しく暮らしていた家のテーブルには、おそらく昨日の夜のものだと推測される、食べかけの食事が残ったままであった。
 彼女の家の中は荒らされてはいなかったも、衣類を保管していたに違いない粗末な引き出しは開いたままであった。


 パメラ・ナッターズの失踪と同時に、カイル・ストレイトもその姿を消していた。
 カイルの両親も、カイルにあの悪意に満ちた手紙を出し続けていた”港町の者一同”も、驚かずにはいられなかった。

 まさか、カイル・ストレイトが”選択肢になかった選択”をするとは想定外であった。
 彼がパメラ以外の何もかも捨てて、生まれ育ったこの港町から”彼自身も消える”という選択をするとは――


※※※


 昨日の夜、港町を出港した漁船にこっそりと潜り込ませてもらったカイルは、甲板にて海を眺めていた。
 彼の視界には映るのは、穏やかな海平線のみであった。
 もう二度と帰る気などない港町など、今や遥か彼方だろう。

 彼の傍らには、パメラ・ナッターズの姿があった。
 確かに彼は、予定されていたパメラとの結婚式は取りやめた。だが、パメラとの結婚そのものを取りやめたわけではない。愛しい女との結婚を取りやめるはずなどない。

「カイル……昨日から気になっていたんだけど、その唇、いったいどうしたの?」
 おずおずと小さな声でパメラが聞く。
 長年、港町の者たちに虐げられてきたためか、普通に話しているだけであるのに彼女の瞳の中には怯えの色が滲んでいた。

 カイルは何も言わずにパメラを腕の中へと抱きしめた。
 お前も俺も、あの港町では”消えた者”となった。もう二度と会わない”あいつら”に怯え続けることなんてないんだ……と。
 
「あのね、カイル……本当に良かったの? こんな醜い私なんかのために、あなたがご両親も何もかもを捨ててしまうことになったなんて……」

「ああ、構いやしない。無記名での悪意の手紙を送りつけてくるような奴らなんかと、これからも縁を紡ぎ続けるなんて、まっぴらだ。それにお前は醜くなんてない」

 パメラは何も答えなかった。
 いや、彼女は何も答えることができなかった。
 しゃくりあげるパメラの頬を、ただ熱い涙が流れていくばかりであった。

 カイルは、例の3通の手紙を私には見せてはくれなかった。でも、手紙に書かれていたであろう事柄については、おおよその想像はつくわ。酒浸りで皆の鼻つまみ者であった亡き両親のことや、何より私の顔の生まれつきの痣などのことにもしっかりと触れていたに違いない。それに加えて、事実無根の中傷までも書かれていたのかもしれない。カイルが私を捨てたなら、カイルには今まで通りの港町での生活が保証されていたに違いないのに……それなのに、カイルは私を選んでくれたんだわ、と。


「パメラ……『他人を変えようとするのではなく、まずは自分を変えろ』って言葉は聞いたことあるだろ?」

「え? ええ……そうね。私も本当にその通りだと思うわ」

「確かにその言葉は一理ある。だがな、他人っていうのはなかなか変わらないものなんだ。その他人が1人や2人じゃなく、束となって人を貶め痛めつけることに喜びを感じる悪意の塊として増長し続けている場合は……そうなると、環境を変えるしか手はない。俺もお前も、生まれ育ってきた港町というあの異常な環境しか知らなかった……けれども、こうして海を眺めていると思えるんだ。もっと違った環境を、この広い世界で俺たちは探すことができるじゃないかって……」

 カイルとパメラは再び、強く抱きしめあった。
 そして、互いの唇を重ねた。
 これから先の陸地でも、何が待っているかは分からない。
 だが、生涯をともにすると、教会の神父の前ではなく遥か頭上で光り輝く太陽の下で――この世界のどこにいても自分たちへと光を届けてくれる太陽の下で誓ったカイルとパメラ。

 その時、彼らを船へと潜り込ませてくれた中年の船乗りからの声がかかった。

「おーい、あんたら。お熱いところ悪いが、今ンとこは時化(しけ)の兆しはないけど、次の陸地に着くまでにはあと数日はかかる見込みだぞ」

「はい、それはもちろん、承知しています」
「お世話になっている間、私たちも出来る限りの雑用はいたしますので……」

 カイルとパメラは同時に、自分たちの脱出の助けとなってくれた船乗りへと改めて頭を下げた。
 彼にはカイルがそれなりのお金は渡したこともあってか、いかにも訳ありな自分たち2人に必要以上の詮索をしてくることはなかった。

「……あんたらに何があったか知らねえけど、新しい陸地で心機一転、新生活を始めりゃあいい。俺も長年、ほうぼうの港に錨を下ろしているが、あの港町の奴らはお世辞にも民度が高いとは言えねえからなあ。もちろん、あんたらがこの船に乗っていたことは、港町の奴らには絶対に話さないからよ」

 船乗りは”安心しろ”というように、カイルとパメラに目配せした。
 そして、彼は日焼けした頬にさらに皺を刻んで笑った。
 
「あんたら、船旅は初めてなんだろう? 初めての船旅が、こんな年季の入った襤褸(ぼろ)船で、ギャラリーがむさ苦しいおっさん船乗りなんて、ロマンティックなムードもへったくれもねえよなあ」

「いいえ、そんなことありません。俺たちは、この美しい海も青空で輝く太陽も、そして、あなたのことも生涯、忘れやしないでしょう。とっても”素敵な船旅”です」

 カイルが微笑み、パメラも頷いた。


―――fin―――
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