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ありがとう、チンタさん(後編)
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買ってきたクリスマスケーキは取り急ぎ冷蔵庫に入れたものの、居間のテーブルの上に箱のまま置かれたチキンはとうに冷め切ってしまっている。
姉・ホシコは弟・リュウセイより、自分が帰ってくるまでの間に”この居間で起こったこと”――弟の身を襲った聖夜の悲劇の一連の流れを聞いていた。
弟が突然、この居間の中に現れた得体の知れない女にイタズラされた。
そのあげく、陰茎を奪われた。
根元から綺麗さっぱり、ギュルギュルシュポン!と奪われた。
ホシコは、”リュウセイの陰部”をこの目で実際に確認はしていない。
普通、人体の一部を根元から略奪したなら、服も床も血だらけの大惨事となるはずだ。
ズボン越しの彼の陰部にチラリを目をやったも、ズボンは血で染まってなどはいなかった。
のたうちまわるほどの激痛も大量出血もなく、立ち昇ってくる切ない快楽とともに陰茎を吸われてしまったと……
こんなことは有り得るのか?
いや、有り得ないだろう。
しかし、リュウセイは嘘を言っているようには見えなかった。
そもそもこんな荒唐無稽なくだらない嘘をつくような子でないと、ホシコには分かっていた。
「…………どうしよう……姉ちゃん……俺……」
リュウセイはまるで懺悔するかのごとく、床に正座し、うつむいたままブルブルと震え続けていた。
ホシコは女であるため、男のシンボルを失くしてしまうことの耐え難い苦悩と悲哀については”身をもって”実感することはできない。
しかし、ホシコが以前に交際していた大学教授の男性と話をしていた時、”宦官(かんがん)”についての話題へと移ったことがある。
その時、元カレがこう言っていたことをホシコは今でも思い出すことができる。
「昔は、捕虜とされて強制的に去勢を施されたり、出世のために自ら志願して去勢を受けたりとかだったんだろうけど……僕はたとえ一億、積まれたって御免蒙るよ。僕個人の意見としては、死ぬより辛いことだしね」と――
男のシンボルである陰茎を奪われたリュウセイは、泣き叫びたいのを必死でこらえているのだ。自分が今までの自分でなくなってしまった――今までの自分を殺されてしまったがごとき、今にも気が狂わんばかりの”恐怖”とも必死で戦っているのだ。
ホシコは決意した。
口で(言葉で)慰め続けたとしても、何の解決にもならない。
姉として、家族としてできうる限りのことをする。
リュウセイの陰茎を取り戻すことができるという保証はないし、取り戻せる確率は”常識的に考えて”ゼロに近いだろう。そもそも、魑魅魍魎の類であるだろう女に陰茎を奪われた経緯自体、常識的に考えて普通は信じられない。
だが、このまま何もしないでいるわけにはいかない。
警察へ行くか? それとも医者へ行くか?
いや、この場合は霊能者を探すべきだ。
まさか、自分たち姉弟の人生の中において、霊能者(大きい声では言えないが霊能者が本物であるかなんてどうやったら分かるのだ?)の力を借りなければならない事態が起こってしまうとは……!
カバンからスマホを取り出したホシコ。
「リュウセイ……今日はもう、あんたは部屋で横になっていた方がいいよ。で、明日の朝一番で霊能者のところへ行こう。今夜のうちに私が近隣に住んでいる霊能者について調べておくから……」
「れ、霊能者……?」
「そうよ。あんたの話を聞いた限り、その変な女は絶対に人間じゃないでしょ。だから、霊能者の力を借りるのよ」
ふう、と息を吐いたホシコ。
「ねえ……あんた、こんなことになる”心当たり”とかない? 例えば、冷やかしで友達と心霊スポットに行ったりとか……」
「俺、そんなことしてねえよ!」
涙声のリュウセイ。
本当に心当たりがないのだろう。
だとすると、何の前触れもなく、さしたる理由もなく、まさに突然に無差別的犯行の被害に遭ったのだ。
「さ、リュウセイ……」
正座したままのリュウセイの肩にホシコはそっと手を置き、彼に自室で休むことを促した。
リュウセイがヨロヨロと立ち上がったその時、”またしても”居間の電気がフッと消えた。
今回も”本当に突然”であった。
「!!!!!」
――”あの女”が戻ってきたのか!?!?!
リュウセイはビクッと飛びあがった。
そして、至近距離にいるホシコもビクッと飛びあがったのがリュウセイには分かった。
咄嗟に自分の腕の中へと、ホシコをかばったリュウセイ。
――あの女は”俺の”を奪っただけでは飽き足らず、またもや戻ってきた! あいつは今度は姉ちゃんに危害を加えるかもしれない。そんなことさせてたまるものか! 俺は……チ〇コが無くたって男だ! 男なんだ!!
家族として、そして妙な意味ではなく男として、ホシコを守ろうとしたリュウセイ。
次の瞬間、居間はパッと明るくなった。
”元々の電球がついて”明るくなった。
暖炉で燃えているかのごとき赤い火に照らされたがごときムーディーなあの明るさではなかった。
「???」
何かが違う。
いや、違っているのは明らかであった。
この部屋に現れたのは、あの女ではなかったのだから。
「!!!」
サンタクロースだ。
いや、正確に言うなら、サンタクロースのコスプレをしていることが”ありありと見て取れる”(衣装に着られてしまっている)恰幅の良い東洋人のおじいさんが立っていたのだ!
”新たなる侵入者”からは恐怖や禍々しさ、そして反対の神々しさなや威厳どは微塵も漂ってはこなかった。
そのサンタクロースの衣装によるハロー効果(?)なのかもしれないが、自分たちに危害を加えてくる者には見えなかった。
分かりにくい例えかもしれないが、このサンタクロースは(平成の時代もそろそろ終わる現在においても)いまだ昭和の香りを残しているような商店街において、クリスマス前後にサンタ衣装で子供たちに風船やらなんやらを配っている姿がしっくりくる地元のおじいさんといったところか?
どこにでもいそうな庶民的で恰幅のいいおじいさんにしか見えない。
けれども、また明らかにヘンなのが来た。
しかも、土足でこの居間へと上がり込んでいる!
「どっこいしょ。やっぱり”24人分”ともなれば重たいのう。これはこたえるわい」
サンタクロースは、右肩にかけていた大きくて白いプレゼント袋をドサッと床へと下ろした。
24人分?
何が24人分なのか?
そもそも、あんた誰だ?
リュウセイとホシコの驚きの表情に、サンタクロースは得意気にニンマリと笑った。
「せっかくの聖夜だから、わしも人の世の時流に乗ってサンタコスで登場じゃ! いや、だが、今宵のわしのことはサンタクロースではなく”チンタクロース”とでも呼んでくれたほうがいいかもしれんのう」
サンタクロース、もといチンタクロースは自分で自分の言葉にフォフォフォと”いかにもサンタクロースらしい”笑い声をあげた。
しかし、リュウセイとホシコが一緒になって笑うどころか、シラーッとしたやや冷めた表情へと変わり始めていることに気づいたらしく、顔を赤らめる。
ゴホン、と大きな咳払いをしたチンタクロースは、リュウセイへと向き直った。
姉をその腕の中に守らんとしていたままのリュウセイの姿を見て、目を細めた。
そして――
「おぬし……今宵はとんだ災難だったの。奪われたおぬしの”摩羅”、わしが取り返してきてやったぞ」
なんと!!!
このチンタクロースは、女に奪われたリュウセイの”摩羅”――陰茎を取り返し、持ってきてくれたのだ!
先ほど彼が床へと下ろした、大きくて白いプレゼント袋の中におそらくリュウセイの陰茎が入っているのだ。
リュウセイの唇が、いやリュウセイだけでなくホシコの唇までもが予期せぬうれしさによって震え出した。
「妖(あやかし)の世界での理(ことわり)は、わしら妖に全て任せておけ。おぬしの摩羅を吸い込む悪さをした”あやつ”であるが、数刻前にわしがとっ捕まえて、吸い込んだ摩羅を全部吐かせたんじゃ。あやつめ、今宵が聖夜だからって随分と調子に乗りおって…………聖夜を一人で過ごしてた男子(をのこ)たちに、”過激な乳揺らし”攻撃と”濃厚な尺八”攻撃を無差別に仕掛け、全部で”24本もの摩羅”をも吸い込んでいやがったからのう」
リュウセイは思い出す。
あの時、天へと刃先を向けているリュウセイの肉のナイフを、相当に馴れた手つきで取り出した女はこうも言っていた。
「坊や……クリスマスイブなのに、1人で寂しかったでしょう。でも、今からお姉さんが坊やのこと”も”慰めてあげるわ」と……
女に襲われたのは自分だけではなかったのだ。それに、あの女がいくらチ〇コ大好きだとしても、大量に吸い込んで胃がボコボコにならないのか、顎が疲れるもしくは外れてしまわないのかという疑問は残るも、自分を含めて24人もが短時間のうちに被害に遭っていた。
だが、このチンタロースが自分だけでなく、他の被害者たちの陰茎をも女から吐かせて取り戻した。
まさに救世主のごとき存在だ。
いや、”ごとき存在”などではなく救世主だ、神様だ。
「さてと……おぬしの股の間にあるべきモノは、ちゃんとおぬしの股に戻さぬとな」
チンタクロースは、”どっこいしょ”とかがみこみ、プレゼント袋へとゴソゴソと手を突っ込んだ。
そして、袋の中より取り出した”綺麗にラッピングされた箱たち”を、居間のテーブルの上へときっちり並べ始めた。
陰茎が無事に戻ってくるといううれしさに包まれ始めていたリュウセイたちであったが、チンタクロースの行動に「?」と首をかしげざるを得なかった。
チンタクロースは、ラッピング済のプレゼント仕様の色とりどりの箱たちをテーブルの上に並べた。
それも24箱、全てを……
リュウセイに陰茎を戻してくれるなら、リュウセイの陰茎が入っている箱だけを取り出してくれたらいいはずだ。
それなのになぜ?
「さあ、おぬしの摩羅が入っているであろう箱を1つだけ選ぶんじゃ」
「!!!」
なんと、なんと!
チンタクロースは、クリアケースに入っているわけでもなく名前が書いているわけでもない、外観からは何も分かるわけがない24箱の中から1箱だけを選べと!
まさに運としか言えない”残酷な”確率ゲームを仕掛けてきたのだ。
「あの……大変に申し訳ないのですが、外からは何も分かりませんので、順番に箱を開けさせていただきます」
最もなことを言ったホシコは、テーブルの前へと座り、陰茎入りの箱たちに”恐る恐る”手を伸ばそうとした。
ホシコは処女ではなかった。しかし、”弟以外の”持ち主の顔は見えないし分からないとはいえ、他人の陰茎が入った箱に触れること自体、正直、躊躇いがあるようであった。
「待たれい、女子(をなご)よ」
やけに威厳のあるチンタクロースの声が、34才のホシコを”女子”と呼んで制止した。
「この摩羅入りの箱たちは、わしが可愛く素敵にせっせとラッピングしたものじゃ。もちろん、”わしの力”がたっぷりかかっておる。”ここにはあるがすでに返却済であるため幻である箱もある”。もし、真の持ち主でないものがその箱をひとたび開けたなら、幻である箱は塵と化し、未返却の摩羅入りの箱の中の摩羅はドロドロに腐ってしまうぞ。そして、おぬしたちが次なる箱に手を伸ばそうとしたなら、一人一回限りという”公平性を期すためにも”わしはちょっとばかり、おぬしたちに手荒な真似をしなければならなくなる」
チンタクロースの目がキラリと光った。
「……ということは……俺がもし違う箱を開けてしまったなら……俺は自分のチ〇コを取り戻せないだけでなく、他の人がチ〇コが取り戻す機会までをも永久的に潰してしまうかもしれないということですか?」
「うむ、その通りじゃ」
アタリかハズレかの一発勝負であるだけでなく、リュウセイがその勝負に負けたなら、他の男性にまで被害が及んでしまう。
なんてことだ!
”幻である箱”に手を伸ばしハズレを引いただけなら、リュウセイ自身の喪失だけでまだ済む。
しかし、まだ”未返却の箱”を引いてしまったなら……
自分のモノを永久に取り戻せないのも辛いが、他の人の苦悩と悲哀までをも永久的なものにしてしまうこととなる!
見ず知らずの面識のない男性相手とはいえ、リュウセイはそんな残酷なことは同じ男として絶対にしたくない。
「フォフォフォ……これは悩むのう。だが、わしはおぬしに背負うことのできない荷物を背負わせはしない。この摩羅入りの箱たちをよぉく見るのじゃ。分かるはずじゃ、おぬしには……いや、”おぬしたち”には……」
合計24もの箱。
それぞれ違うラッピングがほどこされた箱。
箱の大きさは全て同じだ。均一だ。
それはすなわち、”リュウセイのも”日本人男性としてはほぼ平均的な大きさであることと同義だ。
仮に、”ロシアの怪僧グレゴリー・ラスプー〇ン”レベルのモノ(余談だが”ラスプー〇ンのものだとされている”30cm前後もの超巨大な男性器が、ロシアのエロチカミュージアムに展示されている)をリュウセイが保持していたなら、突出して大きい箱であったため、すぐに分かっただろうけれども。
となると、判断する材料はラッピングしかない。
24箱のラッピングは全て異なっていた。
包装紙からリボンの色に至るまで1つとして、同じものはなかった。
包装紙だけ見ても、Fa〇ebookの「いいね!ボタン」もしくは今年大ブレイクの「いいねダンス」のマーク(?)を表していると思われるものであったり、リアルな飛行機の写真がプリントされたものであったり、今は真冬だというのにトロピカルな南国系プリントのものであったり、まるでおばあちゃんが着ているセーターのような温かな色合いと模様のものであったり、天使の羽根を付けた可愛い赤ちゃんの絵が写実的に描かれているものであったりと様々だ。
この中よりたった1つ、正解のチ〇コが入った箱を探し求めるリュウセイとホシコの真剣な視線が、1点で止まった。
リュウセイの視線もホシコの視線も、同じ1箱の上で止まっていた。
その箱は”綺麗な星空をモチーフ”とした柄の包装紙と色鮮やかな黄色のリボンによって、ラッピングされていた。
星。
リュウセイもホシコも、今は亡き両親よりそれぞれ贈られた名前に、”流星と星子”というようにそれぞれ”星”の字が入っている。
それだけではない。
この包装紙に描かれている星空を、リュウセイは”いつかどこかで”見たことがあるような気がしていた。
「まさか……」
ホシコが居間の床に置きっぱなしであった、自身の通勤鞄へと手を伸ばす。
彼女が鞄から取り出したのは――
「ね、姉ちゃん……それ……」
ホシコの手にあるのは、ハンカチであった。
両親ともにいなくなってからの初めてのクリスマスイブに、リュウセイからホシコへの”初めてのクリスマスプレゼント”として渡したハンカチであった。
あのハンカチなど、とっくに(ボロボロになったため)捨てたか、失くしたのだろうとリュウセイは思っていた。
10年以上も昔に弟からもらったクリスマスプレゼントを、姉・ホシコはずっと大切に、色褪せさせることなく持ち続けていたのだ。
「もったいなくて、なかなか使えなかったのよ。これは私にとってのお守りなのよ」
ホシコが言う。
そして、ホシコはハンカチを広げた。
”綺麗な星空”が、リュウセイの前にも広がる。
「!!!」
同じだ!
ハンカチの柄と、アタリと見込んだ箱の包装紙の柄は同じであった。
10年以上前に世の中で市販されていたハンカチの柄の1つと、チンタクロースが持ち主に返すために今宵せっせと可愛くラッピングした箱の包装紙が全く同一であったという”偶然”が生じる可能性など、もはや天文学的確率であるだろう。
――この箱だ。この箱しかない……!!!
リュウセイとホシコは顔を見合わせ頷きあった。
箱を手に取ったリュウセイ。
心臓がドクンと、かつてないほど大きな音を立てる。受験時や部活の試合の時ですら、リュウセイはこれほどの心臓の鼓動を感じたことはなかった。
鮮やかな黄色のリボンをシュルッとほどく手も震える。
だが、ここは賭けるしかない。
俺のチ〇コの運命を、そしてチ〇コを奪われたという悲哀の真っただ中にいる他の男性たちのチ〇コの運命をもこの背に背負い、背水の陣で臨むしかない、と。
リボンも包装紙も取り払い、最後の砦とも言える細長い白い箱へとリュウセイの手は辿り着いた。
ついに来た。
ゴクンと唾を飲み込んだリュウセイは、白い箱にそっと手をかけた。
傍らのホシコは、リュウセイがラッピングをほどくところまでは彼を見守っていたが、彼が箱を開ける寸前になると”気をつかったのか”、スイッと箱から目線を逸らした。
深呼吸をしたリュウセイは、パカッと勢いよく手の内の箱を開いた。
箱にあったのは――
「……俺のだ…………!!」
形、色、艶ともに、リュウセイが自分のモノであると瞬時に確認できる陰茎が――彼がこの世の誰よりも詳しく知っている陰茎が、箱の中にあった。
リュウセイは見事アタリを引き当てた。勝負に勝ったのだ。
そのうえ、”箱の中のリュウセイ”はキラキラと光に包まれ始めた。
まるで祝福するかのごとく、星屑をキラキラとまぶされたかのような優しい光に包みこまれていった。
そして……
「戻った……!!!」
箱の中にあったモノは消失していた。
しかし、リュウセイの股の間に、切なくなるほど懐かしい感覚がしっかりと戻ってきた。
奪われた陰茎を無事取り戻すことができたのだ。
「よ、良かったぁ……」
全身の力が抜けてしまったらしいホシコが、その場にへたり込んだ。
リュウセイだけでなく、ホシコの目尻にも涙がジワリと滲んでいた。
「姉ちゃん……本当にごめん。こんなに心配かけてしまって……ごめんな」
そんな姉弟たちの様子を見た、チンタクロースがフォフォフォと笑う。
「ほんに仲の良い姉弟たちじゃのう。わしも相当な長年にわたり、人の世における兄弟姉妹たちを見てきたが、同じ親から生まれた者たちであっても、憎しみ殺し合った者たちもいれば、はたまた中には男女として愛し合った者たちもいた。本当に兄弟姉妹の数だけ、様々な愛や妄執、あるいは無関心という形があった。だが、おぬしらは何というか……こう目を細めたくなるほどに仲睦まじいうえに相性までいい姉弟たちじゃ。他者とのつながりを求め続けてしまうのが人の世で生きる者たちの常(つね)なのかもしれぬが、おぬしらは自分のすぐ側に、めいめいの体を流れる血だけでなく心のつながりを感じることができる存在がいるとはとっても幸せなことであるな」
チンタクロースの言葉に、リュウセイとホシコは顔を見合わせた。
「さてと……さ、次の男子(をのこ)のところへ行くとするか」
チンタクロースはテーブルに並べていた箱たちをいそいそとプレゼント袋に入れ直し、またもや”どっこいしょ”と立ち上がった。
「あの……ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
ホシコが深々と頭を下げたのに続き、リュウセイもチンタクロースにガバッと頭を下げた。
どれだけ感謝してもしたりない、このチンタクロースに。
「なあに……いいんじゃよ。わしは”背負うことのできない荷物を背負わせはしない”と言ったろう。それに、男子(をのこ)よ……お前が礼を言わなければならないのは、わしだけじゃなく”もう1人”いるはずじゃ」
そう言ったチンタクロースは、リュウセイにウィンクした。
しかし、チンタクロースはどうもウィンクをし慣れていないらしく、変に片目をつぶっただけになっていた。
右肩にプレゼント袋を担いだチンタクロースは、グルリと居間の中を見回した。
そして、カーテンがかけられたガラス窓へと足を向けた。
「行きは部屋の中に突如出現という形を妖らしい形をとらせてもらったが、帰りは”おぬしらの名前と聖夜にちなんで星空”を飛んでいくことにするかの」
チンタクロースがそう言うやいなや、居間はフッと薄闇につつまれた。
そして、その薄闇がパッと晴れた時、チンタクロースの姿はすでに消えていた。
「……………………!!!」
リュウセイとホシコは窓へと駆け寄り、カーテンを開けた。
彼らの眼前には美しい聖夜の星空が広がっていた。
その美しい星空の中に、チンタクロースの後ろ姿らしい、丸っこく赤いシルエットが見えた。
リュウセイは祈っていた。
自分と同じくチ〇コを奪われてしまった他の男性たちも、どうか”自分自身”を無事に取り戻すことができるようにと。
厳しいようでいて、実は優しいチンタクロースの愛に溢れたラッピングに隠されている”自分とのつながり”に気づくことができるようにと。
「ありがとう、チンタさん……」
頬に一筋の涙を流しているホシコが呟いた。
今宵はまさに、”チンタさん、ありがとう”だ。
しかし、チンタさんはこうもリュウセイに言っていた。
”お前が礼を言わなければならないのは、わしだけじゃなく”もう1人”いるはずじゃ”と――
「ありがとう……姉ちゃん」
リュウセイの言葉に、ホシコはびっくりしたように顔をあげた。
そして、彼女は何も言わずに微笑み、リュウセイの頭を優しく撫でた。
20✖8年12月24日、聖夜。
この聖夜に起こった摩訶不思議な出来事や人物も、瞳までも輝かせんばかりの星空の美しさも、そして何よりも自分たち姉弟の絆を、リュウセイもホシコも一生忘れはしないであろう。
メリークリスマス!
―――fin―――
姉・ホシコは弟・リュウセイより、自分が帰ってくるまでの間に”この居間で起こったこと”――弟の身を襲った聖夜の悲劇の一連の流れを聞いていた。
弟が突然、この居間の中に現れた得体の知れない女にイタズラされた。
そのあげく、陰茎を奪われた。
根元から綺麗さっぱり、ギュルギュルシュポン!と奪われた。
ホシコは、”リュウセイの陰部”をこの目で実際に確認はしていない。
普通、人体の一部を根元から略奪したなら、服も床も血だらけの大惨事となるはずだ。
ズボン越しの彼の陰部にチラリを目をやったも、ズボンは血で染まってなどはいなかった。
のたうちまわるほどの激痛も大量出血もなく、立ち昇ってくる切ない快楽とともに陰茎を吸われてしまったと……
こんなことは有り得るのか?
いや、有り得ないだろう。
しかし、リュウセイは嘘を言っているようには見えなかった。
そもそもこんな荒唐無稽なくだらない嘘をつくような子でないと、ホシコには分かっていた。
「…………どうしよう……姉ちゃん……俺……」
リュウセイはまるで懺悔するかのごとく、床に正座し、うつむいたままブルブルと震え続けていた。
ホシコは女であるため、男のシンボルを失くしてしまうことの耐え難い苦悩と悲哀については”身をもって”実感することはできない。
しかし、ホシコが以前に交際していた大学教授の男性と話をしていた時、”宦官(かんがん)”についての話題へと移ったことがある。
その時、元カレがこう言っていたことをホシコは今でも思い出すことができる。
「昔は、捕虜とされて強制的に去勢を施されたり、出世のために自ら志願して去勢を受けたりとかだったんだろうけど……僕はたとえ一億、積まれたって御免蒙るよ。僕個人の意見としては、死ぬより辛いことだしね」と――
男のシンボルである陰茎を奪われたリュウセイは、泣き叫びたいのを必死でこらえているのだ。自分が今までの自分でなくなってしまった――今までの自分を殺されてしまったがごとき、今にも気が狂わんばかりの”恐怖”とも必死で戦っているのだ。
ホシコは決意した。
口で(言葉で)慰め続けたとしても、何の解決にもならない。
姉として、家族としてできうる限りのことをする。
リュウセイの陰茎を取り戻すことができるという保証はないし、取り戻せる確率は”常識的に考えて”ゼロに近いだろう。そもそも、魑魅魍魎の類であるだろう女に陰茎を奪われた経緯自体、常識的に考えて普通は信じられない。
だが、このまま何もしないでいるわけにはいかない。
警察へ行くか? それとも医者へ行くか?
いや、この場合は霊能者を探すべきだ。
まさか、自分たち姉弟の人生の中において、霊能者(大きい声では言えないが霊能者が本物であるかなんてどうやったら分かるのだ?)の力を借りなければならない事態が起こってしまうとは……!
カバンからスマホを取り出したホシコ。
「リュウセイ……今日はもう、あんたは部屋で横になっていた方がいいよ。で、明日の朝一番で霊能者のところへ行こう。今夜のうちに私が近隣に住んでいる霊能者について調べておくから……」
「れ、霊能者……?」
「そうよ。あんたの話を聞いた限り、その変な女は絶対に人間じゃないでしょ。だから、霊能者の力を借りるのよ」
ふう、と息を吐いたホシコ。
「ねえ……あんた、こんなことになる”心当たり”とかない? 例えば、冷やかしで友達と心霊スポットに行ったりとか……」
「俺、そんなことしてねえよ!」
涙声のリュウセイ。
本当に心当たりがないのだろう。
だとすると、何の前触れもなく、さしたる理由もなく、まさに突然に無差別的犯行の被害に遭ったのだ。
「さ、リュウセイ……」
正座したままのリュウセイの肩にホシコはそっと手を置き、彼に自室で休むことを促した。
リュウセイがヨロヨロと立ち上がったその時、”またしても”居間の電気がフッと消えた。
今回も”本当に突然”であった。
「!!!!!」
――”あの女”が戻ってきたのか!?!?!
リュウセイはビクッと飛びあがった。
そして、至近距離にいるホシコもビクッと飛びあがったのがリュウセイには分かった。
咄嗟に自分の腕の中へと、ホシコをかばったリュウセイ。
――あの女は”俺の”を奪っただけでは飽き足らず、またもや戻ってきた! あいつは今度は姉ちゃんに危害を加えるかもしれない。そんなことさせてたまるものか! 俺は……チ〇コが無くたって男だ! 男なんだ!!
家族として、そして妙な意味ではなく男として、ホシコを守ろうとしたリュウセイ。
次の瞬間、居間はパッと明るくなった。
”元々の電球がついて”明るくなった。
暖炉で燃えているかのごとき赤い火に照らされたがごときムーディーなあの明るさではなかった。
「???」
何かが違う。
いや、違っているのは明らかであった。
この部屋に現れたのは、あの女ではなかったのだから。
「!!!」
サンタクロースだ。
いや、正確に言うなら、サンタクロースのコスプレをしていることが”ありありと見て取れる”(衣装に着られてしまっている)恰幅の良い東洋人のおじいさんが立っていたのだ!
”新たなる侵入者”からは恐怖や禍々しさ、そして反対の神々しさなや威厳どは微塵も漂ってはこなかった。
そのサンタクロースの衣装によるハロー効果(?)なのかもしれないが、自分たちに危害を加えてくる者には見えなかった。
分かりにくい例えかもしれないが、このサンタクロースは(平成の時代もそろそろ終わる現在においても)いまだ昭和の香りを残しているような商店街において、クリスマス前後にサンタ衣装で子供たちに風船やらなんやらを配っている姿がしっくりくる地元のおじいさんといったところか?
どこにでもいそうな庶民的で恰幅のいいおじいさんにしか見えない。
けれども、また明らかにヘンなのが来た。
しかも、土足でこの居間へと上がり込んでいる!
「どっこいしょ。やっぱり”24人分”ともなれば重たいのう。これはこたえるわい」
サンタクロースは、右肩にかけていた大きくて白いプレゼント袋をドサッと床へと下ろした。
24人分?
何が24人分なのか?
そもそも、あんた誰だ?
リュウセイとホシコの驚きの表情に、サンタクロースは得意気にニンマリと笑った。
「せっかくの聖夜だから、わしも人の世の時流に乗ってサンタコスで登場じゃ! いや、だが、今宵のわしのことはサンタクロースではなく”チンタクロース”とでも呼んでくれたほうがいいかもしれんのう」
サンタクロース、もといチンタクロースは自分で自分の言葉にフォフォフォと”いかにもサンタクロースらしい”笑い声をあげた。
しかし、リュウセイとホシコが一緒になって笑うどころか、シラーッとしたやや冷めた表情へと変わり始めていることに気づいたらしく、顔を赤らめる。
ゴホン、と大きな咳払いをしたチンタクロースは、リュウセイへと向き直った。
姉をその腕の中に守らんとしていたままのリュウセイの姿を見て、目を細めた。
そして――
「おぬし……今宵はとんだ災難だったの。奪われたおぬしの”摩羅”、わしが取り返してきてやったぞ」
なんと!!!
このチンタクロースは、女に奪われたリュウセイの”摩羅”――陰茎を取り返し、持ってきてくれたのだ!
先ほど彼が床へと下ろした、大きくて白いプレゼント袋の中におそらくリュウセイの陰茎が入っているのだ。
リュウセイの唇が、いやリュウセイだけでなくホシコの唇までもが予期せぬうれしさによって震え出した。
「妖(あやかし)の世界での理(ことわり)は、わしら妖に全て任せておけ。おぬしの摩羅を吸い込む悪さをした”あやつ”であるが、数刻前にわしがとっ捕まえて、吸い込んだ摩羅を全部吐かせたんじゃ。あやつめ、今宵が聖夜だからって随分と調子に乗りおって…………聖夜を一人で過ごしてた男子(をのこ)たちに、”過激な乳揺らし”攻撃と”濃厚な尺八”攻撃を無差別に仕掛け、全部で”24本もの摩羅”をも吸い込んでいやがったからのう」
リュウセイは思い出す。
あの時、天へと刃先を向けているリュウセイの肉のナイフを、相当に馴れた手つきで取り出した女はこうも言っていた。
「坊や……クリスマスイブなのに、1人で寂しかったでしょう。でも、今からお姉さんが坊やのこと”も”慰めてあげるわ」と……
女に襲われたのは自分だけではなかったのだ。それに、あの女がいくらチ〇コ大好きだとしても、大量に吸い込んで胃がボコボコにならないのか、顎が疲れるもしくは外れてしまわないのかという疑問は残るも、自分を含めて24人もが短時間のうちに被害に遭っていた。
だが、このチンタロースが自分だけでなく、他の被害者たちの陰茎をも女から吐かせて取り戻した。
まさに救世主のごとき存在だ。
いや、”ごとき存在”などではなく救世主だ、神様だ。
「さてと……おぬしの股の間にあるべきモノは、ちゃんとおぬしの股に戻さぬとな」
チンタクロースは、”どっこいしょ”とかがみこみ、プレゼント袋へとゴソゴソと手を突っ込んだ。
そして、袋の中より取り出した”綺麗にラッピングされた箱たち”を、居間のテーブルの上へときっちり並べ始めた。
陰茎が無事に戻ってくるといううれしさに包まれ始めていたリュウセイたちであったが、チンタクロースの行動に「?」と首をかしげざるを得なかった。
チンタクロースは、ラッピング済のプレゼント仕様の色とりどりの箱たちをテーブルの上に並べた。
それも24箱、全てを……
リュウセイに陰茎を戻してくれるなら、リュウセイの陰茎が入っている箱だけを取り出してくれたらいいはずだ。
それなのになぜ?
「さあ、おぬしの摩羅が入っているであろう箱を1つだけ選ぶんじゃ」
「!!!」
なんと、なんと!
チンタクロースは、クリアケースに入っているわけでもなく名前が書いているわけでもない、外観からは何も分かるわけがない24箱の中から1箱だけを選べと!
まさに運としか言えない”残酷な”確率ゲームを仕掛けてきたのだ。
「あの……大変に申し訳ないのですが、外からは何も分かりませんので、順番に箱を開けさせていただきます」
最もなことを言ったホシコは、テーブルの前へと座り、陰茎入りの箱たちに”恐る恐る”手を伸ばそうとした。
ホシコは処女ではなかった。しかし、”弟以外の”持ち主の顔は見えないし分からないとはいえ、他人の陰茎が入った箱に触れること自体、正直、躊躇いがあるようであった。
「待たれい、女子(をなご)よ」
やけに威厳のあるチンタクロースの声が、34才のホシコを”女子”と呼んで制止した。
「この摩羅入りの箱たちは、わしが可愛く素敵にせっせとラッピングしたものじゃ。もちろん、”わしの力”がたっぷりかかっておる。”ここにはあるがすでに返却済であるため幻である箱もある”。もし、真の持ち主でないものがその箱をひとたび開けたなら、幻である箱は塵と化し、未返却の摩羅入りの箱の中の摩羅はドロドロに腐ってしまうぞ。そして、おぬしたちが次なる箱に手を伸ばそうとしたなら、一人一回限りという”公平性を期すためにも”わしはちょっとばかり、おぬしたちに手荒な真似をしなければならなくなる」
チンタクロースの目がキラリと光った。
「……ということは……俺がもし違う箱を開けてしまったなら……俺は自分のチ〇コを取り戻せないだけでなく、他の人がチ〇コが取り戻す機会までをも永久的に潰してしまうかもしれないということですか?」
「うむ、その通りじゃ」
アタリかハズレかの一発勝負であるだけでなく、リュウセイがその勝負に負けたなら、他の男性にまで被害が及んでしまう。
なんてことだ!
”幻である箱”に手を伸ばしハズレを引いただけなら、リュウセイ自身の喪失だけでまだ済む。
しかし、まだ”未返却の箱”を引いてしまったなら……
自分のモノを永久に取り戻せないのも辛いが、他の人の苦悩と悲哀までをも永久的なものにしてしまうこととなる!
見ず知らずの面識のない男性相手とはいえ、リュウセイはそんな残酷なことは同じ男として絶対にしたくない。
「フォフォフォ……これは悩むのう。だが、わしはおぬしに背負うことのできない荷物を背負わせはしない。この摩羅入りの箱たちをよぉく見るのじゃ。分かるはずじゃ、おぬしには……いや、”おぬしたち”には……」
合計24もの箱。
それぞれ違うラッピングがほどこされた箱。
箱の大きさは全て同じだ。均一だ。
それはすなわち、”リュウセイのも”日本人男性としてはほぼ平均的な大きさであることと同義だ。
仮に、”ロシアの怪僧グレゴリー・ラスプー〇ン”レベルのモノ(余談だが”ラスプー〇ンのものだとされている”30cm前後もの超巨大な男性器が、ロシアのエロチカミュージアムに展示されている)をリュウセイが保持していたなら、突出して大きい箱であったため、すぐに分かっただろうけれども。
となると、判断する材料はラッピングしかない。
24箱のラッピングは全て異なっていた。
包装紙からリボンの色に至るまで1つとして、同じものはなかった。
包装紙だけ見ても、Fa〇ebookの「いいね!ボタン」もしくは今年大ブレイクの「いいねダンス」のマーク(?)を表していると思われるものであったり、リアルな飛行機の写真がプリントされたものであったり、今は真冬だというのにトロピカルな南国系プリントのものであったり、まるでおばあちゃんが着ているセーターのような温かな色合いと模様のものであったり、天使の羽根を付けた可愛い赤ちゃんの絵が写実的に描かれているものであったりと様々だ。
この中よりたった1つ、正解のチ〇コが入った箱を探し求めるリュウセイとホシコの真剣な視線が、1点で止まった。
リュウセイの視線もホシコの視線も、同じ1箱の上で止まっていた。
その箱は”綺麗な星空をモチーフ”とした柄の包装紙と色鮮やかな黄色のリボンによって、ラッピングされていた。
星。
リュウセイもホシコも、今は亡き両親よりそれぞれ贈られた名前に、”流星と星子”というようにそれぞれ”星”の字が入っている。
それだけではない。
この包装紙に描かれている星空を、リュウセイは”いつかどこかで”見たことがあるような気がしていた。
「まさか……」
ホシコが居間の床に置きっぱなしであった、自身の通勤鞄へと手を伸ばす。
彼女が鞄から取り出したのは――
「ね、姉ちゃん……それ……」
ホシコの手にあるのは、ハンカチであった。
両親ともにいなくなってからの初めてのクリスマスイブに、リュウセイからホシコへの”初めてのクリスマスプレゼント”として渡したハンカチであった。
あのハンカチなど、とっくに(ボロボロになったため)捨てたか、失くしたのだろうとリュウセイは思っていた。
10年以上も昔に弟からもらったクリスマスプレゼントを、姉・ホシコはずっと大切に、色褪せさせることなく持ち続けていたのだ。
「もったいなくて、なかなか使えなかったのよ。これは私にとってのお守りなのよ」
ホシコが言う。
そして、ホシコはハンカチを広げた。
”綺麗な星空”が、リュウセイの前にも広がる。
「!!!」
同じだ!
ハンカチの柄と、アタリと見込んだ箱の包装紙の柄は同じであった。
10年以上前に世の中で市販されていたハンカチの柄の1つと、チンタクロースが持ち主に返すために今宵せっせと可愛くラッピングした箱の包装紙が全く同一であったという”偶然”が生じる可能性など、もはや天文学的確率であるだろう。
――この箱だ。この箱しかない……!!!
リュウセイとホシコは顔を見合わせ頷きあった。
箱を手に取ったリュウセイ。
心臓がドクンと、かつてないほど大きな音を立てる。受験時や部活の試合の時ですら、リュウセイはこれほどの心臓の鼓動を感じたことはなかった。
鮮やかな黄色のリボンをシュルッとほどく手も震える。
だが、ここは賭けるしかない。
俺のチ〇コの運命を、そしてチ〇コを奪われたという悲哀の真っただ中にいる他の男性たちのチ〇コの運命をもこの背に背負い、背水の陣で臨むしかない、と。
リボンも包装紙も取り払い、最後の砦とも言える細長い白い箱へとリュウセイの手は辿り着いた。
ついに来た。
ゴクンと唾を飲み込んだリュウセイは、白い箱にそっと手をかけた。
傍らのホシコは、リュウセイがラッピングをほどくところまでは彼を見守っていたが、彼が箱を開ける寸前になると”気をつかったのか”、スイッと箱から目線を逸らした。
深呼吸をしたリュウセイは、パカッと勢いよく手の内の箱を開いた。
箱にあったのは――
「……俺のだ…………!!」
形、色、艶ともに、リュウセイが自分のモノであると瞬時に確認できる陰茎が――彼がこの世の誰よりも詳しく知っている陰茎が、箱の中にあった。
リュウセイは見事アタリを引き当てた。勝負に勝ったのだ。
そのうえ、”箱の中のリュウセイ”はキラキラと光に包まれ始めた。
まるで祝福するかのごとく、星屑をキラキラとまぶされたかのような優しい光に包みこまれていった。
そして……
「戻った……!!!」
箱の中にあったモノは消失していた。
しかし、リュウセイの股の間に、切なくなるほど懐かしい感覚がしっかりと戻ってきた。
奪われた陰茎を無事取り戻すことができたのだ。
「よ、良かったぁ……」
全身の力が抜けてしまったらしいホシコが、その場にへたり込んだ。
リュウセイだけでなく、ホシコの目尻にも涙がジワリと滲んでいた。
「姉ちゃん……本当にごめん。こんなに心配かけてしまって……ごめんな」
そんな姉弟たちの様子を見た、チンタクロースがフォフォフォと笑う。
「ほんに仲の良い姉弟たちじゃのう。わしも相当な長年にわたり、人の世における兄弟姉妹たちを見てきたが、同じ親から生まれた者たちであっても、憎しみ殺し合った者たちもいれば、はたまた中には男女として愛し合った者たちもいた。本当に兄弟姉妹の数だけ、様々な愛や妄執、あるいは無関心という形があった。だが、おぬしらは何というか……こう目を細めたくなるほどに仲睦まじいうえに相性までいい姉弟たちじゃ。他者とのつながりを求め続けてしまうのが人の世で生きる者たちの常(つね)なのかもしれぬが、おぬしらは自分のすぐ側に、めいめいの体を流れる血だけでなく心のつながりを感じることができる存在がいるとはとっても幸せなことであるな」
チンタクロースの言葉に、リュウセイとホシコは顔を見合わせた。
「さてと……さ、次の男子(をのこ)のところへ行くとするか」
チンタクロースはテーブルに並べていた箱たちをいそいそとプレゼント袋に入れ直し、またもや”どっこいしょ”と立ち上がった。
「あの……ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
ホシコが深々と頭を下げたのに続き、リュウセイもチンタクロースにガバッと頭を下げた。
どれだけ感謝してもしたりない、このチンタクロースに。
「なあに……いいんじゃよ。わしは”背負うことのできない荷物を背負わせはしない”と言ったろう。それに、男子(をのこ)よ……お前が礼を言わなければならないのは、わしだけじゃなく”もう1人”いるはずじゃ」
そう言ったチンタクロースは、リュウセイにウィンクした。
しかし、チンタクロースはどうもウィンクをし慣れていないらしく、変に片目をつぶっただけになっていた。
右肩にプレゼント袋を担いだチンタクロースは、グルリと居間の中を見回した。
そして、カーテンがかけられたガラス窓へと足を向けた。
「行きは部屋の中に突如出現という形を妖らしい形をとらせてもらったが、帰りは”おぬしらの名前と聖夜にちなんで星空”を飛んでいくことにするかの」
チンタクロースがそう言うやいなや、居間はフッと薄闇につつまれた。
そして、その薄闇がパッと晴れた時、チンタクロースの姿はすでに消えていた。
「……………………!!!」
リュウセイとホシコは窓へと駆け寄り、カーテンを開けた。
彼らの眼前には美しい聖夜の星空が広がっていた。
その美しい星空の中に、チンタクロースの後ろ姿らしい、丸っこく赤いシルエットが見えた。
リュウセイは祈っていた。
自分と同じくチ〇コを奪われてしまった他の男性たちも、どうか”自分自身”を無事に取り戻すことができるようにと。
厳しいようでいて、実は優しいチンタクロースの愛に溢れたラッピングに隠されている”自分とのつながり”に気づくことができるようにと。
「ありがとう、チンタさん……」
頬に一筋の涙を流しているホシコが呟いた。
今宵はまさに、”チンタさん、ありがとう”だ。
しかし、チンタさんはこうもリュウセイに言っていた。
”お前が礼を言わなければならないのは、わしだけじゃなく”もう1人”いるはずじゃ”と――
「ありがとう……姉ちゃん」
リュウセイの言葉に、ホシコはびっくりしたように顔をあげた。
そして、彼女は何も言わずに微笑み、リュウセイの頭を優しく撫でた。
20✖8年12月24日、聖夜。
この聖夜に起こった摩訶不思議な出来事や人物も、瞳までも輝かせんばかりの星空の美しさも、そして何よりも自分たち姉弟の絆を、リュウセイもホシコも一生忘れはしないであろう。
メリークリスマス!
―――fin―――
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