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勇者の種

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【問題】

 村娘・タビサ(十七歳)は、ハッと人目を惹くほどの美人でした。
 しかし、その美貌ゆえか、はたまた父母に兄四人という家庭で甘やかされて育ったためか、彼女は勝気で高慢でなおかつ高飛車な娘でもありました。
 当然、自己評価も相当に高く、「私はこんな小さな村で生涯を終えるつもりはないわ。現に私の美しさは村の外にまで広まっているみたいだし……そのうち、身分の高い方々が私を迎えに来るでしょうね。その方々の中の誰かの正式な妻になれたなら、それが一番いいけれども別に愛人でも構やしないわ。この私が産む子は素晴らしい性質を備えた子よ、きっと。そして、私はその子の母であるというこれ以上ない誉れを手に入れるのよ」と常々思っていたようでありました。

 ある日、人気のない森の近くに一人でいたタビサに、村の青年が声をかけてきました。
 この青年は、前々からタビサに何度もしつこく言い寄ってきていたのです。
 青年のことなど常日頃から歯牙にもかけていないタビサは、案の定、今日も青年を冷たくあしらいます。
 ですが、なぜかその時、何というタイミングであるのか、”運命の女神”が二人のそばを通りかかりました。
 運命の女神は言いました。
「タビサ、あなたはその青年の子を産む。そして、その子は勇者となる。あなたは後世にまで語り継がれる素晴らしき英雄の母となる運命にある」と。
 それだけ言って、運命の女神は風のごとく去っていきました。
 あまりにも突然のことにポカーンとするしかなかったタビサと青年です。

 その後、運命の女神の言葉通り、タビサは青年との間に子を宿しました。
 月満ちて生まれたのは、男の子でした。
 そして、二十一年後、これまた運命の女神の言葉通り、息子は世界を救った勇者となったのです。
 そう、タビサ自身も後世にまで語り継がれる素晴らしき英雄の母となりました。
 ですが、タビサは我が子を一度たりともその腕に抱くことはありませんでした。
 さて、それはなぜでしょうか?


【質問と解答】

キクちゃん : タビサさん、結局は言い寄ってきていた青年と結婚しているじゃないですか。うーん、問題文からタビサさんの性格を考察すると、愛情よりもお金や名誉を遥かに重視するタイプみたいですし、勇者の母になれるなら……と青年との決断したんでしょうね。でも、「タビサは我が子を一度たりともその腕に抱くことはありませんでした。」から考えるにタビサさんは出産時に亡くなってしまったのですか?

チエコ先生 : NO。タビサは出産時には亡くなっていないわ。

キクちゃん : ”出産時には亡くなっていない”ですか……? なんだか、引っ掛かりますね。出産時ではなくとも、タビサさんは若くして亡くなったのでしょうか?

チエコ先生 : YES。ずっと臥せっていたタビサは、息子を産んでから約半年後に亡くなったのよ。

キクちゃん : ずっと臥せっていた……ということは、タビサさんは病気で亡くなったのですか?

チエコ先生 : NO。

キクちゃん : ……となると、タビサさんは自殺したんですか?

チエコ先生 : YES。

キクちゃん : 問題文で”勝気”と評されているタビサさんが、自ら命を絶つことを選択せざるを得ないほどに悲しい出来事があったのですね。……もしかして、タビサさんと青年の間に生まれた子が勇者になるという噂が風のように広まってしまい、その噂を聞きつけた権力者などが自身の手駒にせんと、生まれたばかりの息子を無理やりに彼女たちから取り上げてしまったのでしょうか?

チエコ先生 : NO。タビサの息子は村で育ったわ。タビサの家族たちが彼を育てたの。それに彼は、母のタビサだけでなく、生物学上の父である青年の腕にも一度たりとも抱かれたこともないわ。

キクちゃん : ……”青年の腕にも一度たりとも抱かれたこともない”ということは、青年も早くに亡くなってしまったんですね。”青年はタビサさんより先に”亡くなりましたか?

チエコ先生 : NO。

キクちゃん : なんだかんだ言いつつも、タビサさんも青年のことを心から愛するようになってしまい……突然の死を受け止めきれずに後追い自殺をしたのだと思ったのですが違っていましたか……。

チエコ先生 : ……キクちゃん、男女の間に子どもができるのって、夫婦または恋人として愛し合った時だけだと思う?

キクちゃん : あ! まさか、タビサさんは性被害に遭った末に妊娠してしまったのですか?

チエコ先生 : YES。運命の女神が通り過ぎた後、我に返ったタビサは鼻で笑いながら、青年に言い放ったのよ。「私があんたの子を産むって? あんた程度の男にこの私が体を許すはずないでしょ。あんたがどうしても”種まき”したいっていうなら、そこらへんの畑(この”畑”とは「村の娘たち」を指す暗喩)にでもまいてみたら? さぞかし、素晴らしい子が生まれてくるでしょうね。本当に羨ましいわ(笑)。……と、心にもないことを言うのはここまでとして、私に言い寄ってくるなんて身の程知らずにも程があるって何度言えば分かるのよ。股に粗末な”アレ”はついていても、耳はついていないのかしら? とっとと消えてよ」とね。タビサの言葉に逆上した青年は、我を忘れて、タビサに襲い掛かってきたの。

キクちゃん : タビサさんの言葉は辛辣ですね。でも、だからと言って、彼女が酷い目に遭って当然だなんて絶対に思えません。同じ女性として……。タビサさんの心にも体にも、どれほど深い傷が残ったのか……。

チエコ先生 : そう、タビサの傷は癒えることはなかった。暴行によって身籠ってしまい、ショックのうちにそのまま出産することになった彼女は、やがて勇者となるであろう息子を一度も腕に抱くことなく、約半年後、家族が目を離した隙に納屋にあった鎌で喉を掻き切って自死したの。それに青年の方は、タビサの身に起こったことを知ったタビサの父と兄四人に半殺しの目に遭わされていたの。片目も潰され、杖無しでは歩けない体にされたうえ、村を追われた……その後、青年は集団リンチによって受けた傷が元で碌な職にもつけず体も衰弱していくばかりで、野垂れ死にという最期を迎えることとなった。それはちょうどタビサが亡くなって一週間後のことだったわ。


(完)
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