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楽しい楽しい合コンだったのに PART2
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4対4の男女同数。
イタリアンダイニングバーの完全個室。
条件的にはまずまずの今夜の合コンだったが、俺にとっては久々の大当たりだった。
やってきた女の子4人全員が、揃いも揃ってお洒落で今風で可愛いかったからだ。
俺たち男側の幹事から事前にリサーチしていた情報では、女の子たちの年齢は21才から25才までで、皆、同じカフェの店員さんらしい。
こんな可愛い子たちが珈琲を淹れてくれるカフェになら、毎日だって通えそうなぐらいだ。
まあ、”可愛い”とは言っても、さすがにアイドル級とか女優級とまではいかなくて、似かよった系統のよく見る量産型の女の子たちと言えばそうかもしれない。
でも、自称フツメンの俺には、少し手を伸ばせば届くぐらいの女の子がちょうどいい。
女の子たちの見た目レベルにほとんど差がないから、俺にとっては全員が”あり”だった。
だから、1人だけに狙いを絞って、ガツガツ行くなんて余裕がないことはしない。
この限られた合コンの時間内で、俺と会話が一番弾んだ女の子と、最終的にいい感じになることができれば、って考えてたんだ。
俺と会話が一番弾んだ女の子。
合コン開始から一時間弱が経過した現在においては、ランコちゃんが最有力候補だった。
21才のランコちゃん。
綺麗にカラーリングされ、清潔感の溢れるセミロング。
まつ毛エクステとかいうやつは、しっかりとしているようだが決してやり過ぎではないから、”けばさ”はまったく感じさせない。
何より、ランコちゃんはやや童顔な顔立ちに合わず、おっぱいがボイーンと突き出していて、近くにいると甘いミルクのようないい匂いまでしていた。
ランコちゃんは、自分のスマホ画面に人差し指をスッスッとすべらせる。
「これね、私の成人式の写真なの。地元で撮ったやつ」
「へえ、可愛いねえ。若さに溢れているっていうか……」
ランコちゃんの振り袖姿というレア写真(?)を見せてもらったというのに、「可愛い」という月並みの言葉しか出てこなかった俺。
「(可愛くて)ヤバい」という言葉を使わなかっただけマシだが、あまりの語彙力の無さに俺自身、嫌になる。
しかも、21才のランコちゃんに「若さに溢れている」なんて言うなんて、この時に比べて今が老けているって言ってるのと同じじゃ……
うつむいたランコちゃん。
気を悪くさせてしまったか、と思った俺だったが、どうやらそうではなかったらしい。
「私ね、お母さんにもこの成人式の写真を見せたかったの……お母さん、私が中学校3年生の時に交通事故で死んじゃって……」
「……そ、そうだったんだ。それは、その……大変だったね……」
またしても、自身の語彙力の無さを嫌悪せずにはいられなかった。
いや、こういった場合は、ただ話を聞いてあげるだけでいいのかもしれない。
「これがね、私のお母さんの写真なの」
ランコちゃんは、お母さんの写真を俺に見せてくれた。
ランコちゃんによく似た可愛い系のおばさんを想像していた俺だったが、ランコちゃんのお母さんは強烈にも程があった。
何と言えばいいのだろうか?
お母さんというよりも、オカンといった言葉がしっくりとくる。
そうだ。一番イメージとして近いのは、俺の父親の本棚にあった漫画『オバタ〇アン』の表紙に描かれていた人みたいだ。
もしかして、ランコちゃんも20年後には、こんな感じになっちゃうのか?
だが、俺の心配には気づかず、ランコちゃんはその大きなおっぱいの前で、両手でスマホをギュウッと握りしめた。
「……お母さんはもうこの世にいないけど、私はお母さんにいろんなことを教えてもらったの。私にとって、お母さんは理想のお母さんなのよ」
いじらしくも儚げなランコちゃんのその姿に、俺はキュンときてしまった。
俺の両親はまだ健在だし、祖父母含め近しい親族を亡くしたという経験自体、20才そこそこの俺には皆無だ。
けれども、家族との悲しい別れは誰もが避けられぬことであり、ランコちゃんはたった15才かそこらの子供のうちにその悲しみを知り、尊敬するお母さんとのたくさんの思い出を胸に生きてきたのだ。
その時、近くで俺とランコちゃんの話を聞いていたらしい女の子――確かユズハちゃんとかいう名前の女の子が、ランコちゃんをチラリと見た。
俺は気づいた。
ユズハちゃんのその視線には、ランコちゃんに対する苛立ちというか嫌悪と侮蔑が含まれているということに。
男よりも女の方が、相手の表情とかから感情を読み取ることが得意とかいう心理学的な話をうすぼんやりと聞いたことがあったも、男の俺ですら瞬時に察することができたほどの冷たい視線。
まあ、同僚といっても、必ずしも仲が良いとは限らないものな。
それに、なまじ2人とも可愛いからライバル意識もあるのもしれない。
いや、そもそも、ユズハちゃんもランコちゃんと同じく、俺のことを「いいな」と思っていて、俺とランコちゃんがいい感じになってしまうことが面白くないんだろうか?
そうだ。きっとそうだ。
ついに、俺にも人生初のモテキが到来か!?
しかし、ユズハちゃんは俺ではなく、ランコちゃんを真っすぐに見た。
「ランコ……もうこんな時間だけど、そろそろ帰った方がいいんじゃない?」
「……まだ帰らないわよ」
「でも、いいの?」
「いいのよ」
何が”いい”のか?
完全に主語を抜きにして、喋っている彼女たち。
1つだけ分かったのは、ランコちゃんもユズハちゃんにはあまり好意を抱いていなさそうだということだ。
ユズハちゃんの何かを咎めるような視線をまるきり無視したランコちゃんは、俺へと微笑んだ。
「ねぇ、今度、BBAホテルの最上階のラウンジに一緒に行ってみない?」
「え……?」
「私、こう見えて、結構お酒強いんだよ。やっぱり、大人は大人の世界を楽しむのが一番だよね。世の中には楽しいことがいっぱいあるもんねえ」
俺は違和感を感じた。
大人の世界?
公式には成人済みであるランコちゃんは、さらに背伸びをして大人な世界を堪能したいということか?
だが、考えすぎかもしれないが、”やっぱり”という言葉が何か引っかかる。
何だろうか、この違和感は……
と、その時、部屋のドアが――完全個室で合コン中であった俺たちの部屋のドアが、バァンと外から開いた!
店員なら、こんな乱暴な開け方はしない。
それに、”まるで鉄砲玉のように飛び込んできたおばさん”が、店員ではないことは一目で分かった。
というか、この生活感に満ち溢れた逞しい体格にも程があるおばさんは、絶対にさっきランコちゃんに見せられた写真の人――”ランコちゃんのお母さん”だ!
ランコちゃんのお母さんは生きていた?!
ってことは、ランコちゃんは俺の気を引くために、愛する母を失った悲劇のヒロインアピールをしていたってことか?!
俺の隣のランコちゃん――”嘘がバレてしまったランコちゃん”の顔から完全に血の気が引いてしまっていることは、橙色の照明の下でもありありと分かった。
それに「あ、あ……」と歯の根も合わないほどにガクガクと震えているランコちゃん。
「ランコ! あんた、こんなとこでいったい何してんだい!」
お母さんが怒鳴った。
どこかふてぶてしく野太い感じの声質も、まさにその外見からの感じられるイメージ通りだった。
「あんたの2人の子供が私のところにやって来たんだよ! しっかりと生きていっているものだと思っていたのに、本当に情けない! あんたは最低の母親だよ!!」
ランコちゃんには子供がいたのか!?
それも、2人も!?
ちょっと、それは勘弁してくれよ。
20才そこそこの俺に、他の男との間に出来た子供を受け入れるほどの度量、包容力ならび経済力が培われているはずなどないだろ。
薄情なことだが、俺は真っ先に”ランコちゃんに深入りしなくて良かった”と思わずにはいられなかった。
本当に女の子って見た目だけだと、子持ちか子持ちでないかなんて分からないもんだな。
当のランコちゃんは、「うあああああああああああ!」とか「いやああああああああああ!」とか、ホラー映画のスクリーミング・クイーンさながらの大絶叫とともに部屋を飛び出していった。
「待ちな! ランコ! 逃げるんじゃないよ! あんたみたいな娘を育てちまったなんて、私は本当につらいよ! あんたは人間の屑だ!!」
「ちょっと、会費は!?」という幹事の声などランコちゃんには、もはや聞こえてやいなかっただろう。
ランコちゃんは鞄だけでなくスマホすらその場に放り出して、真っ赤な顔で激高しているお母さんから逃亡したのだ。
強烈な嵐が去った後に残ったのは、何とも言えない気まずさだった。
まるでお通夜みたいな空気だ。
楽しい楽しい合コンだったのに、子供を放置して合コンに参加していた無責任なシングルマザーと、彼女をとっちめんと乱入してきた母親によって、陰鬱な後味の悪さがこの場にどんよりと沈殿していた。
だが、ユズハちゃん含め、他の女の子たちの様子がおかしい。
ユズハちゃんがスマホを取り出す。
彼女の人差し指だけでなく、全身がガクガクと震えていた。
「こういう時って、110番? それとも、119番? もしかしたら、まだ間に合うかもしれない……助けられるかも……いや、もう……」
またしても、話の主語をはっきりと言わないユズハちゃん。
いったい、何が「まだ間に合うかもしれない」&「助けられるかも」というのだろうか?
「あのさ、ユズハちゃん……ランコちゃんのお母さんの迫力と剣幕には俺も正直、ビビったけど、さすがに警察や救急車を呼ぶのは大げさだって。あのお母さん、ちゃんとしたまともな人みたいだし、きっと今頃……」
「……ランコのお母さんは本当に亡くなっているの。それは事実なのよ」
な、亡くなっている?!
いや、でもさっき、確かに……俺だけじゃなくて、ユズハちゃん含め、この部屋に残されることになった全員が、”亡くなっているはずのランコちゃんのお母さん”をあんなにはっきりと見たし、声だって聞いたんだぞ!
そ、そういえば……っ!
ランコちゃんのお母さんは、こうも言っていた。
「あんたの2人の子供が私のところにやって来たんだよ!」と!
その”私のところ”っていうのは、つまり……
止まらぬ震えによって両肩を上下させているユズハちゃんは、今にも泣き出しそうだった。
「ラ、ランコ……前は子供たちの世話をきちんとしてたけど、なんだか、この数か月ぐらい、子供たちをほったらかしにしているような感じがしていたの。夜も遅くまでバーやクラブで遊んだり、男友達の家を泊まり歩いたりしているみたいな噂も聞いたし…………私が子供たちのことを聞いたら、すっごく機嫌が悪くなって『24時間営業の託児所に預けてるだけだって』って答えるばかりで……でも、まさか……まさか…っ……っ」
「ユズハちゃん、ランコちゃんの家は知っているんだろ? と、とりあえず、警察とか救急車とかよりも先に、まずはランコちゃんの家に……」
今夜の合コンに参加した男4人の中、際立ったリーダーシップを発揮できた俺であったものの、今や、そんなことは俺だけじゃなくてこの場の全員にとってどうでもいいことだった。
その後、俺はテレビのニュースにて、ランコちゃんの逮捕を知った。
ランコちゃんは、繁華街の裏の生ゴミだらけのポリバケツの中に身を隠していたらしい。
身柄を確保された時、「ごめんなさい! ごめんなさい! お母さん!」と泣きじゃくり続けていたとも……
「”本当に謝らなければならない相手”はお母さんじゃないだろ」と、俺だけでなく報道を聞いた全ての人が思わずにはいられなかったはずだ。
ランコちゃんが2人の子供と暮らしていた家――マンションの一室も、生ゴミ含め様々なゴミが散乱していたらしい。
ゴミの中からは、干からびたハムスターの死骸も数匹、見つかったと……
2人の子供は、ベッドに横たわった状態で”発見”された。
発見時には、ともに死後24時間以内と推測され、遺体の傷み自体はそれほど激しくはなかったそうだ。
子供たちの遺体には、ピンクのタオルケットがかけられていた。
タオルケットをかけたのは、状況的にはランコちゃんしかいない。
子供たちへの贖罪のつもりか、それとも碌に食事も与えなかったため変わり果てた姿となってしまった子供たちを”自分の視界には入れたくなかった”だけかは分からない。
ただ、1つだけ確かなのは、ランコちゃんは”あの合コンに参加するより前に”、子供たちの死を知っていたということだけだった。
―――完―――
イタリアンダイニングバーの完全個室。
条件的にはまずまずの今夜の合コンだったが、俺にとっては久々の大当たりだった。
やってきた女の子4人全員が、揃いも揃ってお洒落で今風で可愛いかったからだ。
俺たち男側の幹事から事前にリサーチしていた情報では、女の子たちの年齢は21才から25才までで、皆、同じカフェの店員さんらしい。
こんな可愛い子たちが珈琲を淹れてくれるカフェになら、毎日だって通えそうなぐらいだ。
まあ、”可愛い”とは言っても、さすがにアイドル級とか女優級とまではいかなくて、似かよった系統のよく見る量産型の女の子たちと言えばそうかもしれない。
でも、自称フツメンの俺には、少し手を伸ばせば届くぐらいの女の子がちょうどいい。
女の子たちの見た目レベルにほとんど差がないから、俺にとっては全員が”あり”だった。
だから、1人だけに狙いを絞って、ガツガツ行くなんて余裕がないことはしない。
この限られた合コンの時間内で、俺と会話が一番弾んだ女の子と、最終的にいい感じになることができれば、って考えてたんだ。
俺と会話が一番弾んだ女の子。
合コン開始から一時間弱が経過した現在においては、ランコちゃんが最有力候補だった。
21才のランコちゃん。
綺麗にカラーリングされ、清潔感の溢れるセミロング。
まつ毛エクステとかいうやつは、しっかりとしているようだが決してやり過ぎではないから、”けばさ”はまったく感じさせない。
何より、ランコちゃんはやや童顔な顔立ちに合わず、おっぱいがボイーンと突き出していて、近くにいると甘いミルクのようないい匂いまでしていた。
ランコちゃんは、自分のスマホ画面に人差し指をスッスッとすべらせる。
「これね、私の成人式の写真なの。地元で撮ったやつ」
「へえ、可愛いねえ。若さに溢れているっていうか……」
ランコちゃんの振り袖姿というレア写真(?)を見せてもらったというのに、「可愛い」という月並みの言葉しか出てこなかった俺。
「(可愛くて)ヤバい」という言葉を使わなかっただけマシだが、あまりの語彙力の無さに俺自身、嫌になる。
しかも、21才のランコちゃんに「若さに溢れている」なんて言うなんて、この時に比べて今が老けているって言ってるのと同じじゃ……
うつむいたランコちゃん。
気を悪くさせてしまったか、と思った俺だったが、どうやらそうではなかったらしい。
「私ね、お母さんにもこの成人式の写真を見せたかったの……お母さん、私が中学校3年生の時に交通事故で死んじゃって……」
「……そ、そうだったんだ。それは、その……大変だったね……」
またしても、自身の語彙力の無さを嫌悪せずにはいられなかった。
いや、こういった場合は、ただ話を聞いてあげるだけでいいのかもしれない。
「これがね、私のお母さんの写真なの」
ランコちゃんは、お母さんの写真を俺に見せてくれた。
ランコちゃんによく似た可愛い系のおばさんを想像していた俺だったが、ランコちゃんのお母さんは強烈にも程があった。
何と言えばいいのだろうか?
お母さんというよりも、オカンといった言葉がしっくりとくる。
そうだ。一番イメージとして近いのは、俺の父親の本棚にあった漫画『オバタ〇アン』の表紙に描かれていた人みたいだ。
もしかして、ランコちゃんも20年後には、こんな感じになっちゃうのか?
だが、俺の心配には気づかず、ランコちゃんはその大きなおっぱいの前で、両手でスマホをギュウッと握りしめた。
「……お母さんはもうこの世にいないけど、私はお母さんにいろんなことを教えてもらったの。私にとって、お母さんは理想のお母さんなのよ」
いじらしくも儚げなランコちゃんのその姿に、俺はキュンときてしまった。
俺の両親はまだ健在だし、祖父母含め近しい親族を亡くしたという経験自体、20才そこそこの俺には皆無だ。
けれども、家族との悲しい別れは誰もが避けられぬことであり、ランコちゃんはたった15才かそこらの子供のうちにその悲しみを知り、尊敬するお母さんとのたくさんの思い出を胸に生きてきたのだ。
その時、近くで俺とランコちゃんの話を聞いていたらしい女の子――確かユズハちゃんとかいう名前の女の子が、ランコちゃんをチラリと見た。
俺は気づいた。
ユズハちゃんのその視線には、ランコちゃんに対する苛立ちというか嫌悪と侮蔑が含まれているということに。
男よりも女の方が、相手の表情とかから感情を読み取ることが得意とかいう心理学的な話をうすぼんやりと聞いたことがあったも、男の俺ですら瞬時に察することができたほどの冷たい視線。
まあ、同僚といっても、必ずしも仲が良いとは限らないものな。
それに、なまじ2人とも可愛いからライバル意識もあるのもしれない。
いや、そもそも、ユズハちゃんもランコちゃんと同じく、俺のことを「いいな」と思っていて、俺とランコちゃんがいい感じになってしまうことが面白くないんだろうか?
そうだ。きっとそうだ。
ついに、俺にも人生初のモテキが到来か!?
しかし、ユズハちゃんは俺ではなく、ランコちゃんを真っすぐに見た。
「ランコ……もうこんな時間だけど、そろそろ帰った方がいいんじゃない?」
「……まだ帰らないわよ」
「でも、いいの?」
「いいのよ」
何が”いい”のか?
完全に主語を抜きにして、喋っている彼女たち。
1つだけ分かったのは、ランコちゃんもユズハちゃんにはあまり好意を抱いていなさそうだということだ。
ユズハちゃんの何かを咎めるような視線をまるきり無視したランコちゃんは、俺へと微笑んだ。
「ねぇ、今度、BBAホテルの最上階のラウンジに一緒に行ってみない?」
「え……?」
「私、こう見えて、結構お酒強いんだよ。やっぱり、大人は大人の世界を楽しむのが一番だよね。世の中には楽しいことがいっぱいあるもんねえ」
俺は違和感を感じた。
大人の世界?
公式には成人済みであるランコちゃんは、さらに背伸びをして大人な世界を堪能したいということか?
だが、考えすぎかもしれないが、”やっぱり”という言葉が何か引っかかる。
何だろうか、この違和感は……
と、その時、部屋のドアが――完全個室で合コン中であった俺たちの部屋のドアが、バァンと外から開いた!
店員なら、こんな乱暴な開け方はしない。
それに、”まるで鉄砲玉のように飛び込んできたおばさん”が、店員ではないことは一目で分かった。
というか、この生活感に満ち溢れた逞しい体格にも程があるおばさんは、絶対にさっきランコちゃんに見せられた写真の人――”ランコちゃんのお母さん”だ!
ランコちゃんのお母さんは生きていた?!
ってことは、ランコちゃんは俺の気を引くために、愛する母を失った悲劇のヒロインアピールをしていたってことか?!
俺の隣のランコちゃん――”嘘がバレてしまったランコちゃん”の顔から完全に血の気が引いてしまっていることは、橙色の照明の下でもありありと分かった。
それに「あ、あ……」と歯の根も合わないほどにガクガクと震えているランコちゃん。
「ランコ! あんた、こんなとこでいったい何してんだい!」
お母さんが怒鳴った。
どこかふてぶてしく野太い感じの声質も、まさにその外見からの感じられるイメージ通りだった。
「あんたの2人の子供が私のところにやって来たんだよ! しっかりと生きていっているものだと思っていたのに、本当に情けない! あんたは最低の母親だよ!!」
ランコちゃんには子供がいたのか!?
それも、2人も!?
ちょっと、それは勘弁してくれよ。
20才そこそこの俺に、他の男との間に出来た子供を受け入れるほどの度量、包容力ならび経済力が培われているはずなどないだろ。
薄情なことだが、俺は真っ先に”ランコちゃんに深入りしなくて良かった”と思わずにはいられなかった。
本当に女の子って見た目だけだと、子持ちか子持ちでないかなんて分からないもんだな。
当のランコちゃんは、「うあああああああああああ!」とか「いやああああああああああ!」とか、ホラー映画のスクリーミング・クイーンさながらの大絶叫とともに部屋を飛び出していった。
「待ちな! ランコ! 逃げるんじゃないよ! あんたみたいな娘を育てちまったなんて、私は本当につらいよ! あんたは人間の屑だ!!」
「ちょっと、会費は!?」という幹事の声などランコちゃんには、もはや聞こえてやいなかっただろう。
ランコちゃんは鞄だけでなくスマホすらその場に放り出して、真っ赤な顔で激高しているお母さんから逃亡したのだ。
強烈な嵐が去った後に残ったのは、何とも言えない気まずさだった。
まるでお通夜みたいな空気だ。
楽しい楽しい合コンだったのに、子供を放置して合コンに参加していた無責任なシングルマザーと、彼女をとっちめんと乱入してきた母親によって、陰鬱な後味の悪さがこの場にどんよりと沈殿していた。
だが、ユズハちゃん含め、他の女の子たちの様子がおかしい。
ユズハちゃんがスマホを取り出す。
彼女の人差し指だけでなく、全身がガクガクと震えていた。
「こういう時って、110番? それとも、119番? もしかしたら、まだ間に合うかもしれない……助けられるかも……いや、もう……」
またしても、話の主語をはっきりと言わないユズハちゃん。
いったい、何が「まだ間に合うかもしれない」&「助けられるかも」というのだろうか?
「あのさ、ユズハちゃん……ランコちゃんのお母さんの迫力と剣幕には俺も正直、ビビったけど、さすがに警察や救急車を呼ぶのは大げさだって。あのお母さん、ちゃんとしたまともな人みたいだし、きっと今頃……」
「……ランコのお母さんは本当に亡くなっているの。それは事実なのよ」
な、亡くなっている?!
いや、でもさっき、確かに……俺だけじゃなくて、ユズハちゃん含め、この部屋に残されることになった全員が、”亡くなっているはずのランコちゃんのお母さん”をあんなにはっきりと見たし、声だって聞いたんだぞ!
そ、そういえば……っ!
ランコちゃんのお母さんは、こうも言っていた。
「あんたの2人の子供が私のところにやって来たんだよ!」と!
その”私のところ”っていうのは、つまり……
止まらぬ震えによって両肩を上下させているユズハちゃんは、今にも泣き出しそうだった。
「ラ、ランコ……前は子供たちの世話をきちんとしてたけど、なんだか、この数か月ぐらい、子供たちをほったらかしにしているような感じがしていたの。夜も遅くまでバーやクラブで遊んだり、男友達の家を泊まり歩いたりしているみたいな噂も聞いたし…………私が子供たちのことを聞いたら、すっごく機嫌が悪くなって『24時間営業の託児所に預けてるだけだって』って答えるばかりで……でも、まさか……まさか…っ……っ」
「ユズハちゃん、ランコちゃんの家は知っているんだろ? と、とりあえず、警察とか救急車とかよりも先に、まずはランコちゃんの家に……」
今夜の合コンに参加した男4人の中、際立ったリーダーシップを発揮できた俺であったものの、今や、そんなことは俺だけじゃなくてこの場の全員にとってどうでもいいことだった。
その後、俺はテレビのニュースにて、ランコちゃんの逮捕を知った。
ランコちゃんは、繁華街の裏の生ゴミだらけのポリバケツの中に身を隠していたらしい。
身柄を確保された時、「ごめんなさい! ごめんなさい! お母さん!」と泣きじゃくり続けていたとも……
「”本当に謝らなければならない相手”はお母さんじゃないだろ」と、俺だけでなく報道を聞いた全ての人が思わずにはいられなかったはずだ。
ランコちゃんが2人の子供と暮らしていた家――マンションの一室も、生ゴミ含め様々なゴミが散乱していたらしい。
ゴミの中からは、干からびたハムスターの死骸も数匹、見つかったと……
2人の子供は、ベッドに横たわった状態で”発見”された。
発見時には、ともに死後24時間以内と推測され、遺体の傷み自体はそれほど激しくはなかったそうだ。
子供たちの遺体には、ピンクのタオルケットがかけられていた。
タオルケットをかけたのは、状況的にはランコちゃんしかいない。
子供たちへの贖罪のつもりか、それとも碌に食事も与えなかったため変わり果てた姿となってしまった子供たちを”自分の視界には入れたくなかった”だけかは分からない。
ただ、1つだけ確かなのは、ランコちゃんは”あの合コンに参加するより前に”、子供たちの死を知っていたということだけだった。
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