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第7章 ~エマヌエーレ国編~
―79― 強欲の継承(1)「ただ一人、解毒剤を飲まされたフレディ」前編
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「酒はお前たちの口に合ったか?」
白髪の魔導士は、血を吐き悶え苦しむ青年たちに問うた。
青年たちの誰一人として、自分の問いに答えることができない状態であると理解していながら、だ。
酒に何らかの毒を仕込ませることを指示した張本人でありながらも、さして興味なさげに雪肌へと吐血している青年たちへと目を滑らせていった魔導士は、フレディにふと目を止めた。
彼が地面に這いつくばりながらも、何をしようとしていたのか察した魔導士は、片方の唇の端を上げた。
「今回はずいぶんと生きの良いのがいたものだな。毎回、程度の差はあれど、薬の効き具合はおおよそ四通りに分かれるというのに…………だが、残念ながらお前のその救援の訴願は誰にも届くことはなかろう」
”毎回”ということは、こいつは幾度も同じことをしてきたということだ。
苦しむ者たちの症状を観察し、四通りに分かれると分析までしてきたのだ。
こいつが引き連れている禍々しき蜘蛛の腹の下は、こいつが作りあげた社会の密室だ。
その密室で人知れず”消されてしまった”者たちが、多数いるということだ。
そして今から、こいつは……!
激しく咳き込んだフレディの唇の端から血がつたった。
白にトロリと浸み込みゆく赤は、迫りくる死への恐怖と目の前にいる者への憎悪を駆り立てた。
臓腑が煮えたぎるように熱い。
煮えたぎり続けるそれは、今にもドロドロと溶けてしまうかもしれない。
せめて数秒だけでもこの体を自由に動かすことができれば……目の前のこいつを斬り倒せるかもしれない。
いや、斬り倒してみせる。
だが、フレディの体はフレディの闘志を聞き入れてはくれない。
塗炭の苦しみがフレディの体を捕らえ続け……絡みついて離れない。
「……そう、睨むでない。さすがの私とて、少しばかりの慈悲をかけてはいるのだ。身分も学もなく、”人として数えるほどでない者”であったとしても、子がいたり、近しい血縁関係者に魔導士がいる者は外している。子がいる者は広義な意味での我が国の奴隷であるし、血縁関係者に魔導士がいる者はその力の程度によっては、私の孫や曾孫と”かけあわせる”ことだって致し方ないとも思っているのだよ。……私の血に下賤な者の血が混じるのは不快であるも……継承のためには仕方ない。見ての通り、私に残されている時間は長くはないからね。お前たちはそのどちらの条件も満たしていなかった。それだけのことだ」
人を人とも思っていない。
身分なき者は全て好き勝手に消費できる使い捨ての命としか思っていない。
単なる生き物の交配のごとく”かけ合わせ”という言葉まで使っている。
残されている時間は長くはない、とは自身の肉体的な寿命のことを指してもいるのだろう。
だが、この白髪の男――頬ばかりか全身の肉は削げ落ち、水気を失った肌には年相応に深い皺も幾多も刻まれている男――からは妙な生命力が溢れ出ていた。
その顔だけを切り取ってみても、明らかな知識階級であると分かる。
管理された社会の上澄みで生き続けてきた者だ。
しかし、顔は性格を……というか生きてきた人生を語るものであるとも言うらしいが、明らかな知識階級であると同時に明らかな悪者顔でもあった。
顔に多少の険があるどころの話じゃない。
稀に美貌や知性によって、狡猾さや強欲さを覆い隠している者がいるも、こいつは全くもって違う。
その魂にある欲望が……人並みはずれた強欲さが、外見という表面に出てきているばかりか、肉体的年齢とはアンバランスな生命力として発されていた。
さらに、この明らかな悪者顔の魔導士は、思いもよらぬ行動に出た。
ザクザクと雪を踏み分け、フレディに近づき……彼の口をこじあけ、瓶に入っていた何らかの液体を流し込んだ。
激烈な苦々しさに咳き込むフレディの耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
「今のは解毒剤だ。もうしばらくすれば、効いてくるであろう。……すなわち、お前一人だけは助かるということだ」
白髪の魔導士は、血を吐き悶え苦しむ青年たちに問うた。
青年たちの誰一人として、自分の問いに答えることができない状態であると理解していながら、だ。
酒に何らかの毒を仕込ませることを指示した張本人でありながらも、さして興味なさげに雪肌へと吐血している青年たちへと目を滑らせていった魔導士は、フレディにふと目を止めた。
彼が地面に這いつくばりながらも、何をしようとしていたのか察した魔導士は、片方の唇の端を上げた。
「今回はずいぶんと生きの良いのがいたものだな。毎回、程度の差はあれど、薬の効き具合はおおよそ四通りに分かれるというのに…………だが、残念ながらお前のその救援の訴願は誰にも届くことはなかろう」
”毎回”ということは、こいつは幾度も同じことをしてきたということだ。
苦しむ者たちの症状を観察し、四通りに分かれると分析までしてきたのだ。
こいつが引き連れている禍々しき蜘蛛の腹の下は、こいつが作りあげた社会の密室だ。
その密室で人知れず”消されてしまった”者たちが、多数いるということだ。
そして今から、こいつは……!
激しく咳き込んだフレディの唇の端から血がつたった。
白にトロリと浸み込みゆく赤は、迫りくる死への恐怖と目の前にいる者への憎悪を駆り立てた。
臓腑が煮えたぎるように熱い。
煮えたぎり続けるそれは、今にもドロドロと溶けてしまうかもしれない。
せめて数秒だけでもこの体を自由に動かすことができれば……目の前のこいつを斬り倒せるかもしれない。
いや、斬り倒してみせる。
だが、フレディの体はフレディの闘志を聞き入れてはくれない。
塗炭の苦しみがフレディの体を捕らえ続け……絡みついて離れない。
「……そう、睨むでない。さすがの私とて、少しばかりの慈悲をかけてはいるのだ。身分も学もなく、”人として数えるほどでない者”であったとしても、子がいたり、近しい血縁関係者に魔導士がいる者は外している。子がいる者は広義な意味での我が国の奴隷であるし、血縁関係者に魔導士がいる者はその力の程度によっては、私の孫や曾孫と”かけあわせる”ことだって致し方ないとも思っているのだよ。……私の血に下賤な者の血が混じるのは不快であるも……継承のためには仕方ない。見ての通り、私に残されている時間は長くはないからね。お前たちはそのどちらの条件も満たしていなかった。それだけのことだ」
人を人とも思っていない。
身分なき者は全て好き勝手に消費できる使い捨ての命としか思っていない。
単なる生き物の交配のごとく”かけ合わせ”という言葉まで使っている。
残されている時間は長くはない、とは自身の肉体的な寿命のことを指してもいるのだろう。
だが、この白髪の男――頬ばかりか全身の肉は削げ落ち、水気を失った肌には年相応に深い皺も幾多も刻まれている男――からは妙な生命力が溢れ出ていた。
その顔だけを切り取ってみても、明らかな知識階級であると分かる。
管理された社会の上澄みで生き続けてきた者だ。
しかし、顔は性格を……というか生きてきた人生を語るものであるとも言うらしいが、明らかな知識階級であると同時に明らかな悪者顔でもあった。
顔に多少の険があるどころの話じゃない。
稀に美貌や知性によって、狡猾さや強欲さを覆い隠している者がいるも、こいつは全くもって違う。
その魂にある欲望が……人並みはずれた強欲さが、外見という表面に出てきているばかりか、肉体的年齢とはアンバランスな生命力として発されていた。
さらに、この明らかな悪者顔の魔導士は、思いもよらぬ行動に出た。
ザクザクと雪を踏み分け、フレディに近づき……彼の口をこじあけ、瓶に入っていた何らかの液体を流し込んだ。
激烈な苦々しさに咳き込むフレディの耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。
「今のは解毒剤だ。もうしばらくすれば、効いてくるであろう。……すなわち、お前一人だけは助かるということだ」
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