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第5章 ~ペイン海賊団編~
―46― ”まだ”穏やかな船内にて起こったある事件(28)~レイナ、そしてルーク~
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兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリーの手にある、アドリアナ王国から託された、悪名高きペイン海賊団の構成員たちの人相書き。
パトリックより、それらを受け取ったダニエル。
人相書きは複数枚あった。
ダニエルは、その人相書きの一番上、つまりは1枚目を目にした瞬間、ヒェッと喉を鳴らし、すくみ上がった。
ダニエルのその様子を見たパトリックは、”本当に何を感じ、何を考えているか分かりやすい方だ”と思うと同時に、”まあ、この人相書きを見たら、世の中の大半の人間はビビり、場合によってはチビるかもしれないな”と思わずにはいられなかった。
もともと裏社会で生を紡いでいる者なら、ペイン海賊団のトップバッターの人相書きに、ダニエルのようにビビりあがったりはしないかもしれない。
けれども、この世の大半の人間――表社会で生きている者は、この黄ばんだ色合いのかさついた紙の上に黒一色で描かれている、単なる人相書きからも漂ってくる凶悪さに、恐怖で背筋を震わせる者が圧倒的多数であるだろう。
「……こ、こ、この方がペイン海賊団の頭ということですよね……っ?」
声まで震え始めているダニエルに、パトリックは「はい、そうでございます」と頷いた。
ダニエルは、こうして人相書きを書かれ手配されるほどの凶悪人物に対しても”こいつ”や”この男”などとは言わずに、至極丁寧に”この方”という言葉を使っている。
そして、ダニエルの言う通り、人相書きのトップバッターにいるこの男こそ、ペイン海賊団の魔の手から”命だけは助かった者たち”の記憶と証言を統合した結果、ペイン海賊団の頭であることは間違いないとされている人物だ。
描かれている男は、いかにも海賊といった風貌の中年男であった。
スキンヘッドに、極太の吊り上がった眉毛、そして顔の下半分を覆っている濃く太い髭。
頑強さと荒々しさ、そして何よりも凶悪さを具現化したような容姿。
ただでさえ凶悪さがほとばしっているこの男の人相書きに、立派な角と牙を書き加えたとしたら「地獄の門番」とタイトルをつけても違和感はない……というよりも、しっくりくるだろう。
そして、この人相書きの余白には、顔面だけでも恐ろしすぎるペイン海賊団の頭の情報が箇条書きで記されていた。
「・推定年齢40才~50才
・若い海賊たちに”親方”と呼ばれていた
・姓は恐らく”マイルズ”である
・斧を使っての襲撃
・髭と体毛は漆黒であるも、瞳はやや緑がかっている
・大酒飲みであり、赤らんだ顔をしている
・ことさらに”若い女を好む”」
この人相書きには、当たり前であるが、マイルズなる海賊の顔だけしか描かれていない。
だが、ダニエルもパトリックも、このマイルズの全体像を容易に想像することができた。
濃い胸毛に覆われた筋肉隆々の肉体。その皮膚は厚く、体温も高いに違いない。力が強く&気が荒いのはもちろんのこと、酒やけしているであろうその声までもが大きく野太いような気がしていた。
「……ペイン海賊団のその他の構成員たちは、このマイルズとは親子ほど年が離れた若者たちばかりであるとの情報です。マイルズが従えている、というよりも奴らは奴らで好き放題やっているらしいですが……この下にある人相書きが30人前後の構成員たちの中でも、際だって凶悪な奴らであるとのことです」
パトリックのその声に促されるように、ダニエルは次なる人相書きへと、2枚目の人相書きへと手を伸ばした。
ダニエルがゴクリと唾を飲み込んだ音と、乾いた紙がカサリと立てた音が静かな部屋に響いた。
2枚目の人相書き。
その2人目のペイン海賊団構成員も、ダニエルの両肩をまたしてもビクリとさせるのには充分な程に荒み切った風貌をした男であった。
そして、パトリックの言う通り、描かれていたのは先ほどのマイルズとは親子ほどに年の離れた若い男――ダニエルとそう年が変わらないであろう青年であった。
まだ、どこかに少年の名残を残しているようなその青年は、瞳が大きく、はっきりとした目鼻立ちをしていた。
この顔立ちだけを見たら、充分に並み以上の容姿をしていると言えるであろう。だが、眼光が非常に鋭いこの青年も、頭であるマイルズと同じく、裏社会にたっぷりと浸かりきり、もう娑婆では絶対に生きられないようなオーラを凄まじいまでに醸し出していた。
この青年の人相書きの余白にも、マイルズと同じく、アドリアナ王国が掴んでいる情報が箇条書きで記されていた。
「・推定年齢20才前後
・仲間たちには”ジム”と呼ばれていた
・娼館の経営者には”アトキンス”と呼ばれていた
・紫がかった黒髪で、瞳は榛色
・背丈は男としては、中背の部類に入る
・ペイン海賊団では一、二を争う剣の使い手であると自分で言っていた
・残忍までに性欲が強い」
ダニエルも、パトリックも、ともに無言のまま、3枚目の人相書きへと……
ダニエルの骨ばってはいるものの、白くなめらかな指が、かさついた紙をめくった。
3枚目の人相書き。
ペイン海賊団の3人目の構成員も、アトキンスなる構成員と同じく、20前後の若い青年であった。
だが、この青年はアトキンスに比べると、顔の彫りは顕著なまでに浅いようで、その頬には無数のそばかすが描かれていた。顔立ち自体は、美しくも醜くもなく、印象に残らない顔立ちといえばそうであるし、がんばって目に焼き付けようと思えば焼き付けることのできる顔立ちであった。
先の2人のように、いかにもな凶悪さはない。けれども100人の人間にこの人相書きを見せたら、絶対に90人以上は、彼が裏社会に身を置いている人物であることが感じ取れるだろう。
そして、この青年の情報も、先の2人と同じく余白に箇条書きで羅列されていた。
「・推定年齢は20代前半
・仲間たちには”ルイージ”と呼ばれていた
・姓は”オルコック”もしくは”オルコット”と推測される
・赤茶けた髪の毛、栗色の瞳
・かなりの長身痩躯
・”女に奉仕させること”をことさらに好む」と――
このように、マイルズたち3人の人相書きを描いたのは、実際にマイルズたちに遭遇してしまった人物ではないだろう。
マイルズたちより、”命だけは助かった者たち”の記憶と証言を統合した集大成が、きわめて腕と表現力に優れた絵描きの手によって、今、ダニエルとパトリックの眼前にあるのだ。
この人相書きは、多少の誇張によって、実際のマイルズたちよりも、数段恐ろしく凶悪な風貌に描かれているのかもしれない。だが、実際に、このような者たちにこの海で遭遇したとしたら、全身が恐怖と絶望に瞬く間に埋め尽くされるであろう。
「あ、あの……ヒンドリー隊長。こ、この人相書きに明記されている情報を提供したのはおそらく”女性たち”ですよね……」
やはり、さすがというべきか、とパトリックは頷いていた。
聡いダニエルは、人相書きの余白に記されていた情報(娼館という言葉や、海賊たちの性事情まで記されていること)から、その背景まで――アドリアナ王国が誰からどうやってこの情報を掴んだのか、ということまで読み取ったらしい。
パトリックが噛み砕いて、分かりやすく説明をすることもなく、ダニエルは自分で手掛かりを見つけた。彼はやはり、知という力はしっかりと持っている。
殺して奪え、奪って殺せを地で行くペイン海賊団の被害者の大半はすでに殺されている。証言などできるはずもなく、まだ自我すらも芽生えていないような赤ン坊も慈悲の心など微塵もなく、皆殺しである。
けれども、彼らの毒牙にかかった者たちのなかで、”しばらくの間は”命の保証はされた者たちがいた。
女だ。
彼らの性欲をそそる範囲内にいる女たちは、残酷な性欲の慰み者となる。いっそ、男たちみたいに剣で一思いに斬り殺されていた方がマシかと思うほどの地獄に……
その生き地獄へと引きずり込まれた何人かの女の気は狂い、自ら海に飛び込んだ女、そして”もう使い物にならない”と海賊たちに判断され、海へと落とされた女も多数いたらしい。
そして――
港町まで連れてこられた女たちは、もちろん陸地にてすんなりと解放されるはずなどなく、そのまま海賊たちの息のかかった裏娼館へと売られたのだ。
「……ええ、おっしゃるとおりでございます。そこに記されている情報は、主に裏娼館に売られた女性たちからの聞き取り、そして酒場などで海賊たちに鉢合せをしてしまった者たちからの通報によってのものでございます」
そう答えたパトリックの声には、怒りが滲んでいた。
アドリアナ王国内の裏娼館に売られた女性たちの一部はなんとか”裏娼館からは”救い出すことができ、彼女たちはアドリアナ王国の保護下に今もいる。だが、女性たち全員から聞き取りができたわけではない。心身ともに崩壊してしまっている女性も多数いた。
何とか聞き取りに応じることができた女性たちからの、血と涙に滲んだ魂からの叫びのような訴えによる、海賊たちの詳細な情報だ。
ダニエルがリネットの町で引きこもって、本を読み知識を積み上げていった間、そしてパトリックが首都シャノンにて剣を振るい、着実に出世の階段を上がっていた間、同じこの世界にて地獄を味わっていた女性たちがいたのだ。
そして、海賊たちの息のかかっている酒場に足を踏み入れてしまった者たちからの通報。
その者たちは、酒場では海賊たちに目をつけられることのようにやり過ごしたようであったが――というか、やり過ごさなければ間違いなく、海賊たちに酒場内で刺し殺されていたであろうが、その後、自身の身に迫り来るかもしれない危険に怯えながらも、衛所へと足を運び、恐ろしい海賊たちの特徴を伝えたに違いない。
「アドリアナ王国側も、人とは思えぬほど畜生どもが集まったペイン海賊団を好き勝手にのさばらせているわけではありません。今、一番討伐しなければならない海賊団として、そして捕え次第、裁判も行う余地もなく全員即日極刑に値する者どもとして、調査と追跡を続けております。実は……港町でのペイン海賊団のスカウトに応じるふりをして、内部に潜り込んだ者もいるのです。ですが、その者は”今も消息不明”となっております。恐らく、奴らにバレてしまい、多勢に無勢で殺されたものだと……」
悔し気にパトリックは言葉を続けた。
ダニエルは唇を噛みしめた。彼の乾ききった喉に、粘ついた唾液が落ちていった。
ダニエルは考えずにはいられなかった。
あの魔導士・フランシスたちも不気味で何を考えているのか分からない。まるで自分たちを嬲ることを面白がっているように、悪意をのらりくらりと投げかけてくる。そのうえ、フランシス一味のはっきりとした目的は、まだ分からない。
けれども、このペイン海賊団たちは自分が獲物と定めた者”だけ”を嬲るというよりも、ほぼ無差別で直球的に襲撃を行い、何の罪もない者たちの命や貞操を奪いつくす……
ある意味、ペイン海賊団は、フランシス一味などよりもタチの悪い集団なのではないかと――
そして、ダニエルの手の内には、ペイン海賊団の構成員たちの人相書きがまだ残っていた。
唇を噛みしめたままのダニエルは、4枚目の人相書きへと……
4人目のペイン海賊団構成員。
そこに描かれていた者もまた、年若い青年であった。そして、先の3人の人相書きに比べると、”やや異なった雰囲気の持ち主”であり、余白に記された情報も先の3人と比較すると少なかった。
そう、彼の人相書きにはこう記されていた。
「・推定年齢は20才手前
・”エルドレッド”と呼ばれていた
・弓矢使い
・ホワイトアッシュの髪、青い瞳」と――
パトリックより、それらを受け取ったダニエル。
人相書きは複数枚あった。
ダニエルは、その人相書きの一番上、つまりは1枚目を目にした瞬間、ヒェッと喉を鳴らし、すくみ上がった。
ダニエルのその様子を見たパトリックは、”本当に何を感じ、何を考えているか分かりやすい方だ”と思うと同時に、”まあ、この人相書きを見たら、世の中の大半の人間はビビり、場合によってはチビるかもしれないな”と思わずにはいられなかった。
もともと裏社会で生を紡いでいる者なら、ペイン海賊団のトップバッターの人相書きに、ダニエルのようにビビりあがったりはしないかもしれない。
けれども、この世の大半の人間――表社会で生きている者は、この黄ばんだ色合いのかさついた紙の上に黒一色で描かれている、単なる人相書きからも漂ってくる凶悪さに、恐怖で背筋を震わせる者が圧倒的多数であるだろう。
「……こ、こ、この方がペイン海賊団の頭ということですよね……っ?」
声まで震え始めているダニエルに、パトリックは「はい、そうでございます」と頷いた。
ダニエルは、こうして人相書きを書かれ手配されるほどの凶悪人物に対しても”こいつ”や”この男”などとは言わずに、至極丁寧に”この方”という言葉を使っている。
そして、ダニエルの言う通り、人相書きのトップバッターにいるこの男こそ、ペイン海賊団の魔の手から”命だけは助かった者たち”の記憶と証言を統合した結果、ペイン海賊団の頭であることは間違いないとされている人物だ。
描かれている男は、いかにも海賊といった風貌の中年男であった。
スキンヘッドに、極太の吊り上がった眉毛、そして顔の下半分を覆っている濃く太い髭。
頑強さと荒々しさ、そして何よりも凶悪さを具現化したような容姿。
ただでさえ凶悪さがほとばしっているこの男の人相書きに、立派な角と牙を書き加えたとしたら「地獄の門番」とタイトルをつけても違和感はない……というよりも、しっくりくるだろう。
そして、この人相書きの余白には、顔面だけでも恐ろしすぎるペイン海賊団の頭の情報が箇条書きで記されていた。
「・推定年齢40才~50才
・若い海賊たちに”親方”と呼ばれていた
・姓は恐らく”マイルズ”である
・斧を使っての襲撃
・髭と体毛は漆黒であるも、瞳はやや緑がかっている
・大酒飲みであり、赤らんだ顔をしている
・ことさらに”若い女を好む”」
この人相書きには、当たり前であるが、マイルズなる海賊の顔だけしか描かれていない。
だが、ダニエルもパトリックも、このマイルズの全体像を容易に想像することができた。
濃い胸毛に覆われた筋肉隆々の肉体。その皮膚は厚く、体温も高いに違いない。力が強く&気が荒いのはもちろんのこと、酒やけしているであろうその声までもが大きく野太いような気がしていた。
「……ペイン海賊団のその他の構成員たちは、このマイルズとは親子ほど年が離れた若者たちばかりであるとの情報です。マイルズが従えている、というよりも奴らは奴らで好き放題やっているらしいですが……この下にある人相書きが30人前後の構成員たちの中でも、際だって凶悪な奴らであるとのことです」
パトリックのその声に促されるように、ダニエルは次なる人相書きへと、2枚目の人相書きへと手を伸ばした。
ダニエルがゴクリと唾を飲み込んだ音と、乾いた紙がカサリと立てた音が静かな部屋に響いた。
2枚目の人相書き。
その2人目のペイン海賊団構成員も、ダニエルの両肩をまたしてもビクリとさせるのには充分な程に荒み切った風貌をした男であった。
そして、パトリックの言う通り、描かれていたのは先ほどのマイルズとは親子ほどに年の離れた若い男――ダニエルとそう年が変わらないであろう青年であった。
まだ、どこかに少年の名残を残しているようなその青年は、瞳が大きく、はっきりとした目鼻立ちをしていた。
この顔立ちだけを見たら、充分に並み以上の容姿をしていると言えるであろう。だが、眼光が非常に鋭いこの青年も、頭であるマイルズと同じく、裏社会にたっぷりと浸かりきり、もう娑婆では絶対に生きられないようなオーラを凄まじいまでに醸し出していた。
この青年の人相書きの余白にも、マイルズと同じく、アドリアナ王国が掴んでいる情報が箇条書きで記されていた。
「・推定年齢20才前後
・仲間たちには”ジム”と呼ばれていた
・娼館の経営者には”アトキンス”と呼ばれていた
・紫がかった黒髪で、瞳は榛色
・背丈は男としては、中背の部類に入る
・ペイン海賊団では一、二を争う剣の使い手であると自分で言っていた
・残忍までに性欲が強い」
ダニエルも、パトリックも、ともに無言のまま、3枚目の人相書きへと……
ダニエルの骨ばってはいるものの、白くなめらかな指が、かさついた紙をめくった。
3枚目の人相書き。
ペイン海賊団の3人目の構成員も、アトキンスなる構成員と同じく、20前後の若い青年であった。
だが、この青年はアトキンスに比べると、顔の彫りは顕著なまでに浅いようで、その頬には無数のそばかすが描かれていた。顔立ち自体は、美しくも醜くもなく、印象に残らない顔立ちといえばそうであるし、がんばって目に焼き付けようと思えば焼き付けることのできる顔立ちであった。
先の2人のように、いかにもな凶悪さはない。けれども100人の人間にこの人相書きを見せたら、絶対に90人以上は、彼が裏社会に身を置いている人物であることが感じ取れるだろう。
そして、この青年の情報も、先の2人と同じく余白に箇条書きで羅列されていた。
「・推定年齢は20代前半
・仲間たちには”ルイージ”と呼ばれていた
・姓は”オルコック”もしくは”オルコット”と推測される
・赤茶けた髪の毛、栗色の瞳
・かなりの長身痩躯
・”女に奉仕させること”をことさらに好む」と――
このように、マイルズたち3人の人相書きを描いたのは、実際にマイルズたちに遭遇してしまった人物ではないだろう。
マイルズたちより、”命だけは助かった者たち”の記憶と証言を統合した集大成が、きわめて腕と表現力に優れた絵描きの手によって、今、ダニエルとパトリックの眼前にあるのだ。
この人相書きは、多少の誇張によって、実際のマイルズたちよりも、数段恐ろしく凶悪な風貌に描かれているのかもしれない。だが、実際に、このような者たちにこの海で遭遇したとしたら、全身が恐怖と絶望に瞬く間に埋め尽くされるであろう。
「あ、あの……ヒンドリー隊長。こ、この人相書きに明記されている情報を提供したのはおそらく”女性たち”ですよね……」
やはり、さすがというべきか、とパトリックは頷いていた。
聡いダニエルは、人相書きの余白に記されていた情報(娼館という言葉や、海賊たちの性事情まで記されていること)から、その背景まで――アドリアナ王国が誰からどうやってこの情報を掴んだのか、ということまで読み取ったらしい。
パトリックが噛み砕いて、分かりやすく説明をすることもなく、ダニエルは自分で手掛かりを見つけた。彼はやはり、知という力はしっかりと持っている。
殺して奪え、奪って殺せを地で行くペイン海賊団の被害者の大半はすでに殺されている。証言などできるはずもなく、まだ自我すらも芽生えていないような赤ン坊も慈悲の心など微塵もなく、皆殺しである。
けれども、彼らの毒牙にかかった者たちのなかで、”しばらくの間は”命の保証はされた者たちがいた。
女だ。
彼らの性欲をそそる範囲内にいる女たちは、残酷な性欲の慰み者となる。いっそ、男たちみたいに剣で一思いに斬り殺されていた方がマシかと思うほどの地獄に……
その生き地獄へと引きずり込まれた何人かの女の気は狂い、自ら海に飛び込んだ女、そして”もう使い物にならない”と海賊たちに判断され、海へと落とされた女も多数いたらしい。
そして――
港町まで連れてこられた女たちは、もちろん陸地にてすんなりと解放されるはずなどなく、そのまま海賊たちの息のかかった裏娼館へと売られたのだ。
「……ええ、おっしゃるとおりでございます。そこに記されている情報は、主に裏娼館に売られた女性たちからの聞き取り、そして酒場などで海賊たちに鉢合せをしてしまった者たちからの通報によってのものでございます」
そう答えたパトリックの声には、怒りが滲んでいた。
アドリアナ王国内の裏娼館に売られた女性たちの一部はなんとか”裏娼館からは”救い出すことができ、彼女たちはアドリアナ王国の保護下に今もいる。だが、女性たち全員から聞き取りができたわけではない。心身ともに崩壊してしまっている女性も多数いた。
何とか聞き取りに応じることができた女性たちからの、血と涙に滲んだ魂からの叫びのような訴えによる、海賊たちの詳細な情報だ。
ダニエルがリネットの町で引きこもって、本を読み知識を積み上げていった間、そしてパトリックが首都シャノンにて剣を振るい、着実に出世の階段を上がっていた間、同じこの世界にて地獄を味わっていた女性たちがいたのだ。
そして、海賊たちの息のかかっている酒場に足を踏み入れてしまった者たちからの通報。
その者たちは、酒場では海賊たちに目をつけられることのようにやり過ごしたようであったが――というか、やり過ごさなければ間違いなく、海賊たちに酒場内で刺し殺されていたであろうが、その後、自身の身に迫り来るかもしれない危険に怯えながらも、衛所へと足を運び、恐ろしい海賊たちの特徴を伝えたに違いない。
「アドリアナ王国側も、人とは思えぬほど畜生どもが集まったペイン海賊団を好き勝手にのさばらせているわけではありません。今、一番討伐しなければならない海賊団として、そして捕え次第、裁判も行う余地もなく全員即日極刑に値する者どもとして、調査と追跡を続けております。実は……港町でのペイン海賊団のスカウトに応じるふりをして、内部に潜り込んだ者もいるのです。ですが、その者は”今も消息不明”となっております。恐らく、奴らにバレてしまい、多勢に無勢で殺されたものだと……」
悔し気にパトリックは言葉を続けた。
ダニエルは唇を噛みしめた。彼の乾ききった喉に、粘ついた唾液が落ちていった。
ダニエルは考えずにはいられなかった。
あの魔導士・フランシスたちも不気味で何を考えているのか分からない。まるで自分たちを嬲ることを面白がっているように、悪意をのらりくらりと投げかけてくる。そのうえ、フランシス一味のはっきりとした目的は、まだ分からない。
けれども、このペイン海賊団たちは自分が獲物と定めた者”だけ”を嬲るというよりも、ほぼ無差別で直球的に襲撃を行い、何の罪もない者たちの命や貞操を奪いつくす……
ある意味、ペイン海賊団は、フランシス一味などよりもタチの悪い集団なのではないかと――
そして、ダニエルの手の内には、ペイン海賊団の構成員たちの人相書きがまだ残っていた。
唇を噛みしめたままのダニエルは、4枚目の人相書きへと……
4人目のペイン海賊団構成員。
そこに描かれていた者もまた、年若い青年であった。そして、先の3人の人相書きに比べると、”やや異なった雰囲気の持ち主”であり、余白に記された情報も先の3人と比較すると少なかった。
そう、彼の人相書きにはこう記されていた。
「・推定年齢は20才手前
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