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第7章 ~エマヌエーレ国編~
―50― 市場にて(4) ケヴィンは嘘が下手すぎる。
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奥様方に教えられた方向へと急ぐヴィンセントとダニエル。
手配中のあいつらがお日様の下で堂々と、それもこれほど人が大勢集まっている市場でたむろしている光景など、あり得ないように思えるも絶対にあり得ないとは断言できない。
うち一人の奥様の話では、明らかに堅気じゃないその集団の人数は十人弱であったと。
向かうこちら側は、たった二人だ。
しかもダニエルは十中八九、瞬殺されてしまうだろうから、戦力として数えられるのはヴィンセント一人だけである。
しかし、いったんルークたちのところに戻り、他の兵士たちにも呼びかけ、皆で……としているうちに、その集団は目撃された場所から移動してしまうだろう。
組織に属している以上、それこそが一番順序だった行動なのかもしれないが、時間もタイミングも”生もの”なのだ。
ヴィンセントは向かっている方角を見据えたまま、傍らで息せき切っているダニエルへと囁く。
「ダニエル、この市場の出入り口の数と場所については覚えていますか?」
「……ええ、ちょ、ちょうど十字を描くように展開しており……っ……大きな出入口は東西南北にそれぞれ一つずつでしたっっ………!」
万が一の事態も考慮し、休憩時間とはいえ、ダニエルは事前に市場の全体図を頭に入れてくることを忘れてはいなかった。
向かう先にいた集団が真実、あの海賊たちであったとしても、四つある出入口のどれから出ていくことになるかは分からない。
市場内に散らばっている兵士たちの戦力を素早く集結させ、それからさらにまた四つに分割することになるが、自分たちは東西南北に位置する出入口で奴らを待ち伏せるのが得策だろう。
この市場内にいる罪なき人々を巻き込み、危険に晒すわけにはいかないのだから。
ヴィンセントとダニエルの焦りは強くなる。
単なる取り越し苦労で終わるのか、それとも……!!!
逸り続ける視界に映る通行人たちの顔を見ている余裕などが彼ら二人にあるはずなどない。
だが、”果物の入った籠を両腕で抱えた若い男”とすれ違った瞬間、彼ら二人の瞳は「……!!!」と引きつけられざるを得なかった。
絡み合った視線たち。
それはまさに、瞬時に呼び起こされた”双方の”記憶の吸引力によるものであったのかもしれない。
正確に言うなら、ヴィンセントもダニエルもその男の顔を見たことで、各々の記憶が呼び起こされてしまったわけではない。
”首が極端に短くてガッチリとした両肩に埋もれている”かのような、あまりにも特徴的な体型によってである。
記憶との照合は見事までに一致していた。
向こうは向こうで果物籠を抱えたまま、自分たち二人からダッと逃げ出そうとしたのだから。
その行動は「僕は、以前にアリスの町の城に仕えていた兵士ケヴィン・ギャレット・カーシュですよ」と言っているのと同義だ。
――あ、あ、あ、あれは確か”上のご子息”?! そ、それに、隣にいたのはあのスクリムジョーか?!
驚愕と焦燥によって、反射的に逃げ出してしまったケヴィン。
一番とってはまずい行動をとってしまったケヴィン。
彼は嘘や取り繕うことが下手過ぎるというよりも、想定外の事態にめっぽう弱いのだろう。
”やれ”と命令されたことは人並みにはできるも、リーダーには壊滅的に向いていないタイプなのだ。
そのうえ、彼はあっけなくヴィンセントに捕らえられてしまった。
レイナの世界で例えるなら、まさに”警官たちに制圧された犯人”のごとき構図で。
うつ伏せに倒した彼の背中へとのしかかったヴィンセントは素早く彼の両腕の自由を封じ、ダニエルも遅れをとることなく彼のもがく両脚を押さえつけた。
ケヴィンの籠にあった果物は乾いた地面にゴロゴロと転がっていき、土埃は舞いあがり、周囲からは”いきなり何事か!?”と、どよめきと悲鳴があがる。
ヴィンセントやダニエルとて市場内で騒ぎを引き起こし、周りの人々を怯えさせる気などは毛頭なかった。
そもそも、自分たちには向かわなければならない目的地もあった。
しかし、時間もタイミングも、まさに”生もの”なのだ。
このタイミングで、影生者の兄妹たちと繋がっている兵士ケヴィン・ギャレット・カーシュをみすみす逃すわけにはいかなかったのだから。
手配中のあいつらがお日様の下で堂々と、それもこれほど人が大勢集まっている市場でたむろしている光景など、あり得ないように思えるも絶対にあり得ないとは断言できない。
うち一人の奥様の話では、明らかに堅気じゃないその集団の人数は十人弱であったと。
向かうこちら側は、たった二人だ。
しかもダニエルは十中八九、瞬殺されてしまうだろうから、戦力として数えられるのはヴィンセント一人だけである。
しかし、いったんルークたちのところに戻り、他の兵士たちにも呼びかけ、皆で……としているうちに、その集団は目撃された場所から移動してしまうだろう。
組織に属している以上、それこそが一番順序だった行動なのかもしれないが、時間もタイミングも”生もの”なのだ。
ヴィンセントは向かっている方角を見据えたまま、傍らで息せき切っているダニエルへと囁く。
「ダニエル、この市場の出入り口の数と場所については覚えていますか?」
「……ええ、ちょ、ちょうど十字を描くように展開しており……っ……大きな出入口は東西南北にそれぞれ一つずつでしたっっ………!」
万が一の事態も考慮し、休憩時間とはいえ、ダニエルは事前に市場の全体図を頭に入れてくることを忘れてはいなかった。
向かう先にいた集団が真実、あの海賊たちであったとしても、四つある出入口のどれから出ていくことになるかは分からない。
市場内に散らばっている兵士たちの戦力を素早く集結させ、それからさらにまた四つに分割することになるが、自分たちは東西南北に位置する出入口で奴らを待ち伏せるのが得策だろう。
この市場内にいる罪なき人々を巻き込み、危険に晒すわけにはいかないのだから。
ヴィンセントとダニエルの焦りは強くなる。
単なる取り越し苦労で終わるのか、それとも……!!!
逸り続ける視界に映る通行人たちの顔を見ている余裕などが彼ら二人にあるはずなどない。
だが、”果物の入った籠を両腕で抱えた若い男”とすれ違った瞬間、彼ら二人の瞳は「……!!!」と引きつけられざるを得なかった。
絡み合った視線たち。
それはまさに、瞬時に呼び起こされた”双方の”記憶の吸引力によるものであったのかもしれない。
正確に言うなら、ヴィンセントもダニエルもその男の顔を見たことで、各々の記憶が呼び起こされてしまったわけではない。
”首が極端に短くてガッチリとした両肩に埋もれている”かのような、あまりにも特徴的な体型によってである。
記憶との照合は見事までに一致していた。
向こうは向こうで果物籠を抱えたまま、自分たち二人からダッと逃げ出そうとしたのだから。
その行動は「僕は、以前にアリスの町の城に仕えていた兵士ケヴィン・ギャレット・カーシュですよ」と言っているのと同義だ。
――あ、あ、あ、あれは確か”上のご子息”?! そ、それに、隣にいたのはあのスクリムジョーか?!
驚愕と焦燥によって、反射的に逃げ出してしまったケヴィン。
一番とってはまずい行動をとってしまったケヴィン。
彼は嘘や取り繕うことが下手過ぎるというよりも、想定外の事態にめっぽう弱いのだろう。
”やれ”と命令されたことは人並みにはできるも、リーダーには壊滅的に向いていないタイプなのだ。
そのうえ、彼はあっけなくヴィンセントに捕らえられてしまった。
レイナの世界で例えるなら、まさに”警官たちに制圧された犯人”のごとき構図で。
うつ伏せに倒した彼の背中へとのしかかったヴィンセントは素早く彼の両腕の自由を封じ、ダニエルも遅れをとることなく彼のもがく両脚を押さえつけた。
ケヴィンの籠にあった果物は乾いた地面にゴロゴロと転がっていき、土埃は舞いあがり、周囲からは”いきなり何事か!?”と、どよめきと悲鳴があがる。
ヴィンセントやダニエルとて市場内で騒ぎを引き起こし、周りの人々を怯えさせる気などは毛頭なかった。
そもそも、自分たちには向かわなければならない目的地もあった。
しかし、時間もタイミングも、まさに”生もの”なのだ。
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