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第5章 ~ペイン海賊団編~
―24― ”まだ”穏やかな船内にて起こったある事件(6)~だが、事件の前にアダムの過去の一場面へと~
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アダムとサミュエル。
経済的困窮によって捨てられたわけではない2人の子供。
前者は、魔導士の力を持って生まれた”得体の知れない”子供に両親が恐れをなしたがため「子渡し人」に託され、後者は”表で育てることができない”子供であるのに加え、魔導士としての力を持って生まれたがため魔導士育成専門の孤児院の前に置き去りにされた。
同年にこの世に生を受け、ヘルキャット夫妻の元にて文字の読み書きならびに魔術の教育を受けながら、育つこととなった彼ら。
そして――
ともに卓越した魔導士の力を生まれ持った彼ら。
彼らとも10才を超える頃には、育ての親(教師)であるヘルキャット夫妻を凌ぐ力を身に着けていた。当然ながら、ヘルキャット夫妻の元で自分たちとともに育っている少年や少女の中に彼らに敵う者などはいるはずもなかった。
生まれ持った魔導士の力。
それは、いくら努力をしても越えられないことである。
羨望と嫉妬が入り混じった視線(と時には小突きなどといった意地悪)を、同じ屋根の下で暮らす者たちより、たびたび受けていたアダムとサミュエル。
年齢も同じ、そして物心ついた時から、互いに近くにいた存在であった。
時には他愛もないことで掴み合いの喧嘩(年端のいかない少年の通過儀礼とも言える)など、”子供の頃は”全身全霊でぶつかり合っていたアダムとサミュエルである。
けれども彼らの関係は、”血のつながりこそないが家族”や”唯一無二の親友”などといった関係へと変わっていくことはなかった。
サミュエル自身は、ともに暮らす自分と同じ子供などよりも、知識と人生経験においては、自分より上のヘルキャット夫妻の方と触れ合い、話をすることの方を好んでいたようであった。
そして、彼は特にヘルキャット夫妻の”妻”の方にはとても良く懐いていた。
それに加え、サミュエルが”貴族の落とし胤ではないか”ということは、当然サミュエル本人の耳にも入っていた。
本来であったら平民である自分たちを机を並べるなんてことはなかった者が――上流にいた者が下流へと、身分という高い壁を溢れて流れ込んできたかもしれないということ。
けれども、サミュエルは”そのこと”で自分が特別な人間であるだなどと、子供特有の傲慢さで自分たち平民(生まれも育ちも平民)に誇示してくることはなかった。
むしろ、彼が自身を特別な人間であると少年の頃より自負していたのは、生まれでもなく、また甘やかで品のあるなかなかの美貌でもなく、彼自身が生まれ持った魔導士としての力によってであるだろう。
規格外の力を天から授けられた魔導士の少年。
彼は自分がどこから来たか(どんな身分の女の腹から生まれたにせよ、俺が今いるのは”ここ”だからな)ということよりも、人生の限界点などは決めず、自らの生まれ持った魔導士の力で切り開いていくための努力に日々力を傾けているようであった。
対するアダムは、魔導士としての力を極めて昇り詰めることよりも、周りの者(同じ屋根の下で暮らす者たちだけでなく、町の者たち)との調和を大切にしていた。
人は人の中で生きていく。
そして、中には何事もそつなくこなせる人間もいるが、大抵の人間には向き不向きがある。自分にできることとできないことを見極め、自分にできることを強みとして、伸ばしていこうと――
自分にできること。
アダムの場合は、魔導士としての力によっての人助けであった。
首都シャノンで王族に仕える魔導士たちに憧れたことも、少年時代のアダムのやや恥ずかしい一シーンとしてあった。
だが、アダムは、魔導士という存在が希少な土地においてこそ、自分の力を役立てていきたいと、孤児院を出る頃には考え始めていた。
そんなアダムにサミュエルは、「牙をひっこ抜かれたじいさんみてえな奴だな」「今からそんなんじゃ、こっから先のお前の人生は絶対にコンパクトなモンになっちまうぜ」とククッと笑っていた。
アダムとサミュエルの魂は、互いにやや異なる趣きの”根っこ”を持っていたに違いない。
彼らのどちらが正しいか、どちらが悪いかなどと決めることではない。
互いをライバル視し、心臓を焼き焦がさんほどに憎み合っていたわけでもない。というよりも、サミュエルは絶対に自分の方がアダムより優れているとの自信があったのだろう。
こうして――
次世代の”平民の中での”魔導士の礎を築かんとする善良なヘルキャット夫妻の元で、アダム・ポール・タウンゼントとサミュエル・メイナード・ヘルキャットは15年の時を共有し、ともにヘルキャット夫妻の元から巣立ったのだ……
遠い記憶――といっても、今の時点にいたっては、わずか9年前までのことを思い出していたアダムであったが、腕の中のオリーが目を覚ましたらしい。大変に愛らしい”神人の子供”がむずがる声にアダムは我に返った。
「どうした?」
アダムはオリーに問う。
ぷくぷくの真っ白いほっぺたのオリーの、天使が絵筆でほんのりと色を付けたかのようなふっくらとした唇からは涎がつたっていた。
長く濃い睫毛に縁どられたオリーの両の瞳。
彼のその瞳は、まるでひそかに命をたたえ育んでいる、澄み渡った空気が漂う深碧の森をアダムには思わせた。
「パパのところに戻りたい……」
「……そうか、すぐ戻ろうな」
優しい声で彼の父・トーマスの元に戻ることを約束してくれたアダムに、オリーは「うん!」とギュっと無邪気にしがみついた。
そうして――
オリーは安心したのか、再びアダムの腕の中で、瞬く間にスースーと可愛い寝息を立て始めた。
なぜ、子供というのは、こんなに可愛いのか?
腕の中のオリーの柔らかさと温かさ、そして愛らしい仕草と行動に、またしてもアダムの心がふにゃふにゃとほぐされそうになった時――
アダムは気づいた。
いや、感じ取ったと言うべきか。
この雑踏の中、自分たちのいる方向へと歩いてくる者――そう、自分が物心ついた時から近くで感じ、そして9年前に袂を分かったが、今も忘れ得ぬ強い気の持ち主を。
サミュエル・メイナード・ヘルキャット。
自分と同じく24才となった彼もまた、自身の進行方向からやってくるアダムの放つ気を感じとったに違いない。
約9年ぶりに、彼らは雑踏の中で視線を交わらせた。
アダムの目に映るサミュエルは、生まれ持った顔の美点を生かしたまま最終的な二次成長期に入ったらしく、15才の少年から、甘やかで優し気な風貌の24才の男となっていた。
そして、サミュエルの目に映るアダムは、成長途中の少年の青い肉体から最終的な二次成長期に着実に入ったらしく、15才の少年から男らしい精悍な風貌の24才の男となっていた。
交わり合う視線。
決して仲が良かったわけではないが、まあ儀礼的な挨拶ぐらいはするべき間柄だろう、と互いの視線は物語っていた。
だが――
次の瞬間、アダムは気づく。
サミュエルは、一人で歩いているわけではなかったことに。
彼は隣に一人の男を連れている。
彼はその連れの男もろとも、すれ違う者の注目を浴びながら、こっちへと向かって来ている。
いいや、”連れの男もろとも”というよりも、まず何よりこの雑踏の中では連れの男の方が注目を集めてしまっているらしい。
その連れの男は、おそらくサミュエルの二倍近い横幅があろうかと思われる巨体の持ち主であった。
巨体といっても、筋肉で鍛えられているというわけはなく、おそらくブヨブヨとした脂肪が大半であるだろう。
それに加え、男は周りの(主に若い娘たちの)ギョッとした視線をものともせず、両手に食べ物(おそらくパンか?)を抱え、歩きながらむしゃむしゃと食していた。
そのうえ――
アダムはその連れの男”からも”発せられている、やや”とらえどころのない、どこかアンバランスな”魔導士特有の気まで感じ取ったのだ。
経済的困窮によって捨てられたわけではない2人の子供。
前者は、魔導士の力を持って生まれた”得体の知れない”子供に両親が恐れをなしたがため「子渡し人」に託され、後者は”表で育てることができない”子供であるのに加え、魔導士としての力を持って生まれたがため魔導士育成専門の孤児院の前に置き去りにされた。
同年にこの世に生を受け、ヘルキャット夫妻の元にて文字の読み書きならびに魔術の教育を受けながら、育つこととなった彼ら。
そして――
ともに卓越した魔導士の力を生まれ持った彼ら。
彼らとも10才を超える頃には、育ての親(教師)であるヘルキャット夫妻を凌ぐ力を身に着けていた。当然ながら、ヘルキャット夫妻の元で自分たちとともに育っている少年や少女の中に彼らに敵う者などはいるはずもなかった。
生まれ持った魔導士の力。
それは、いくら努力をしても越えられないことである。
羨望と嫉妬が入り混じった視線(と時には小突きなどといった意地悪)を、同じ屋根の下で暮らす者たちより、たびたび受けていたアダムとサミュエル。
年齢も同じ、そして物心ついた時から、互いに近くにいた存在であった。
時には他愛もないことで掴み合いの喧嘩(年端のいかない少年の通過儀礼とも言える)など、”子供の頃は”全身全霊でぶつかり合っていたアダムとサミュエルである。
けれども彼らの関係は、”血のつながりこそないが家族”や”唯一無二の親友”などといった関係へと変わっていくことはなかった。
サミュエル自身は、ともに暮らす自分と同じ子供などよりも、知識と人生経験においては、自分より上のヘルキャット夫妻の方と触れ合い、話をすることの方を好んでいたようであった。
そして、彼は特にヘルキャット夫妻の”妻”の方にはとても良く懐いていた。
それに加え、サミュエルが”貴族の落とし胤ではないか”ということは、当然サミュエル本人の耳にも入っていた。
本来であったら平民である自分たちを机を並べるなんてことはなかった者が――上流にいた者が下流へと、身分という高い壁を溢れて流れ込んできたかもしれないということ。
けれども、サミュエルは”そのこと”で自分が特別な人間であるだなどと、子供特有の傲慢さで自分たち平民(生まれも育ちも平民)に誇示してくることはなかった。
むしろ、彼が自身を特別な人間であると少年の頃より自負していたのは、生まれでもなく、また甘やかで品のあるなかなかの美貌でもなく、彼自身が生まれ持った魔導士としての力によってであるだろう。
規格外の力を天から授けられた魔導士の少年。
彼は自分がどこから来たか(どんな身分の女の腹から生まれたにせよ、俺が今いるのは”ここ”だからな)ということよりも、人生の限界点などは決めず、自らの生まれ持った魔導士の力で切り開いていくための努力に日々力を傾けているようであった。
対するアダムは、魔導士としての力を極めて昇り詰めることよりも、周りの者(同じ屋根の下で暮らす者たちだけでなく、町の者たち)との調和を大切にしていた。
人は人の中で生きていく。
そして、中には何事もそつなくこなせる人間もいるが、大抵の人間には向き不向きがある。自分にできることとできないことを見極め、自分にできることを強みとして、伸ばしていこうと――
自分にできること。
アダムの場合は、魔導士としての力によっての人助けであった。
首都シャノンで王族に仕える魔導士たちに憧れたことも、少年時代のアダムのやや恥ずかしい一シーンとしてあった。
だが、アダムは、魔導士という存在が希少な土地においてこそ、自分の力を役立てていきたいと、孤児院を出る頃には考え始めていた。
そんなアダムにサミュエルは、「牙をひっこ抜かれたじいさんみてえな奴だな」「今からそんなんじゃ、こっから先のお前の人生は絶対にコンパクトなモンになっちまうぜ」とククッと笑っていた。
アダムとサミュエルの魂は、互いにやや異なる趣きの”根っこ”を持っていたに違いない。
彼らのどちらが正しいか、どちらが悪いかなどと決めることではない。
互いをライバル視し、心臓を焼き焦がさんほどに憎み合っていたわけでもない。というよりも、サミュエルは絶対に自分の方がアダムより優れているとの自信があったのだろう。
こうして――
次世代の”平民の中での”魔導士の礎を築かんとする善良なヘルキャット夫妻の元で、アダム・ポール・タウンゼントとサミュエル・メイナード・ヘルキャットは15年の時を共有し、ともにヘルキャット夫妻の元から巣立ったのだ……
遠い記憶――といっても、今の時点にいたっては、わずか9年前までのことを思い出していたアダムであったが、腕の中のオリーが目を覚ましたらしい。大変に愛らしい”神人の子供”がむずがる声にアダムは我に返った。
「どうした?」
アダムはオリーに問う。
ぷくぷくの真っ白いほっぺたのオリーの、天使が絵筆でほんのりと色を付けたかのようなふっくらとした唇からは涎がつたっていた。
長く濃い睫毛に縁どられたオリーの両の瞳。
彼のその瞳は、まるでひそかに命をたたえ育んでいる、澄み渡った空気が漂う深碧の森をアダムには思わせた。
「パパのところに戻りたい……」
「……そうか、すぐ戻ろうな」
優しい声で彼の父・トーマスの元に戻ることを約束してくれたアダムに、オリーは「うん!」とギュっと無邪気にしがみついた。
そうして――
オリーは安心したのか、再びアダムの腕の中で、瞬く間にスースーと可愛い寝息を立て始めた。
なぜ、子供というのは、こんなに可愛いのか?
腕の中のオリーの柔らかさと温かさ、そして愛らしい仕草と行動に、またしてもアダムの心がふにゃふにゃとほぐされそうになった時――
アダムは気づいた。
いや、感じ取ったと言うべきか。
この雑踏の中、自分たちのいる方向へと歩いてくる者――そう、自分が物心ついた時から近くで感じ、そして9年前に袂を分かったが、今も忘れ得ぬ強い気の持ち主を。
サミュエル・メイナード・ヘルキャット。
自分と同じく24才となった彼もまた、自身の進行方向からやってくるアダムの放つ気を感じとったに違いない。
約9年ぶりに、彼らは雑踏の中で視線を交わらせた。
アダムの目に映るサミュエルは、生まれ持った顔の美点を生かしたまま最終的な二次成長期に入ったらしく、15才の少年から、甘やかで優し気な風貌の24才の男となっていた。
そして、サミュエルの目に映るアダムは、成長途中の少年の青い肉体から最終的な二次成長期に着実に入ったらしく、15才の少年から男らしい精悍な風貌の24才の男となっていた。
交わり合う視線。
決して仲が良かったわけではないが、まあ儀礼的な挨拶ぐらいはするべき間柄だろう、と互いの視線は物語っていた。
だが――
次の瞬間、アダムは気づく。
サミュエルは、一人で歩いているわけではなかったことに。
彼は隣に一人の男を連れている。
彼はその連れの男もろとも、すれ違う者の注目を浴びながら、こっちへと向かって来ている。
いいや、”連れの男もろとも”というよりも、まず何よりこの雑踏の中では連れの男の方が注目を集めてしまっているらしい。
その連れの男は、おそらくサミュエルの二倍近い横幅があろうかと思われる巨体の持ち主であった。
巨体といっても、筋肉で鍛えられているというわけはなく、おそらくブヨブヨとした脂肪が大半であるだろう。
それに加え、男は周りの(主に若い娘たちの)ギョッとした視線をものともせず、両手に食べ物(おそらくパンか?)を抱え、歩きながらむしゃむしゃと食していた。
そのうえ――
アダムはその連れの男”からも”発せられている、やや”とらえどころのない、どこかアンバランスな”魔導士特有の気まで感じ取ったのだ。
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