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第7章 ~エマヌエーレ国編~

―38― 絶望は染み込む(1)『俺たちがあいつらと海の上で決着をつけることができていたなら、今回の事件は起こらなかったはずだ』

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 己らの凶行の痕跡を隠そうとはせず、むしろ誇示するがごとく残してきたペイン海賊団。
 娼館の中庭には焼け焦げた惨殺死体、牢獄にも切り裂かれた看守たちの遺体が幾体も。
 ジムも自ら言っていた通り、奴らはあまりにも”散らかし過ぎた”。

 もちろん、オスカル・マウリリオ・トゥーリオの絶望の叫びはアドリアナ王国の魔導士三人にも届けられていた。
 特に魔導士クリスティーナと強制的に繋がらされている状態のミザリー・タラ・レックスには、より強く、おぞましく、さらには”悲しく”、それを感じざるを得なかった。

 だが、あの夜に溢れ出た絶望の余波は、魔導士としての力を持たずに生まれた者たちにも届いていた。
 歩みを進め、別の町の宿舎へと移っていたアドリアナ王国兵士軍団。
 広がりゆく波のごとく、彼らもまたペイン海賊団の凶行をめいめい耳にすることとなった。

 その時の彼らの胸には、ペイン海賊団に対する恐怖の念など一かけらも湧き上がらなかった。
 湧き上がったのは怒り、そして悔恨であった。
 俺たちがあいつらと海の上で決着をつけることができていたなら、今回の事件は起こらなかったはずだ、と。
 誰しも一度きりしかないかけがえのない人生をあいつらによって、断ち切られてしまった人たちは今もきっと生きていた。


 夕刻。
 ルークとディランは、兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリーによって呼び出された。
 事件の捜査に当たっている役人たちが話を聞きたい、と宿舎を訪れたのだ。
 彼ら二人を共犯と見なしているわけではなく、ペイン海賊団の主要な構成員と同僚として寝食をともにしていた過去を保有しているがゆえ、奴らの思考や行動パターンについて、さらに”奴らの行き先に心当たりはないか”とのことであった。

 凶行についての詳細な情報は兵士たちの間でも錯綜し続けていたが、ルークとディランの二人には一番精度が高く、正確な情報が直接的にもたらされた。

 第一の事件の現場となった牢獄への襲撃は、外からではなく中から始まったらしい。
 牢獄の前で見張り(門番)として勤務していた看守二名は、中から湧き上がってきた、ただならぬ騒ぎに剣を抜いて駆け付け、ともに重傷を負ったとのことであった。
 襲撃者たちは牢獄で勤務していた魔導士一名ならび看守九名を殺害し、ランディー・デレク・モットを拉致した。
 だが、看守たちも――殺害されてしまった者も、重傷を負いながら生き残った者も――応戦したのだろう。
 後には、襲撃者六名の遺体も転がっていたのだから。

 身も凍るような殺戮のなか、皮肉なことに傷一つ追うことなく生き残り、事件の目撃者となったのは牢の中にいた囚人たちであった。
 奴らも一つ一つ牢の鍵を壊して、目撃者たちの口封じをする時間の余裕はなかったようだ。
 目撃者の一人となってしまった囚人男の話では、襲撃者の中でもひときわ目立つ二人――「背はそんなに高くねえけど俺らでもゾッとするような目つきをした黒髪の男と、不気味な薄ら笑いを終始浮かべていた赤茶けた髪ののっぽの男がいた。二人とも二十歳そこそこぐらいだ。絶対にあいつら二人は取り分けやべえ野郎だって」――がいたとの話であった。
 ルークとディランに、その二人が誰なのか分からないはずがなかった。
 なお、襲撃者の中に”弓矢を使う者はいなかったらしい”。

 この第一の事件とほぼ同時刻に、第二の事件が町はずれの高級娼館にて発生した。
 高級娼館の経営者であるオスカル・マウリリオ・トゥーリオという四十六歳の男性が生きたまま焼き殺された。
 人間のものとも思えぬその断末魔は、客や娼婦たちにも聞こえていた。
 なお、オスカル・マウリリオ・トゥーリオの焼死体だけでなく、彼の護衛たちの他殺体も娼館内で発見されている。
 怯えきり泣きじゃくる娼婦の一人から話を聞いたところ、この護衛たちは第一ならび第二の事件発生前にペイン海賊団の構成員に殺害されていた――「私たちだって、いくら娼婦とはいえ、海賊の……しかも、あのペイン海賊団の相手をするなんて嫌でたまらなかったんです。あの日……日が暮れた頃、ただならぬ様子のあの人たちが連れ立ってご主人様の部屋に入っていくのを見ました。それからしばらくもしないうちに、中からすごい悲鳴が聞こえてきて……私もあの人たちに殺されるんじゃないかって怖くて、ずっと隠れていて…………」――と思われる。

 その後、ペイン海賊団は娼館を立ち去った。
 立ち去る際、若い海賊たちに「親方」と呼ばれていた毛むくじゃらで酒浸りの中年男は、満足しきっていなかったのか、まだ十四歳の娼婦も一緒に連れて行こうとしたらしい。
 だが、親子ほど年の離れているリーダー格の二人に「てめえ、そろそろいい加減にしとけよ。この状況でもヤることしか頭にねえのか」「俺たちは別にいいんだぜ。あんた一人、ここに置いていってもさ。でも、”吊るされた後”に俺たちの前に化けて出るのだけはマジ勘弁」と凄まれ、しょげていたとのことだ。

 そして、拉致されたランディー・デレク・モットのものだと思われる遺体は”まだ”見つかっていない。
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