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第7章 ~エマヌエーレ国編~
―34― ランディー(3)『クリスティーナの愛弟子は、海賊たちに生きたまま焼き殺された……』
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オスカル・マウリリオ・トゥーリオは、生きたまま焼き殺された。
今宵、海賊たちの手により彼の人生の幕は下ろされた。
いや、”彼の人生そのものが焼き尽くされた”のだ。
この世に生まれてきたことすら悔やませるほど、彼の最期は凄まじいものであった。
その断末魔は風をも震わせ、遥か上空へと舞い上がった。
遥か上空。
神人の船の一室に、ランプの灯りが二つ。
サミュエル・メイナード・ヘルキャットは頬杖をつきながら本を読み、ヘレン・ベアトリス・ダーリングはその小さな指先を動かし繕い物をしていた。
二人の魔導士の間には会話はない。
半世紀以上も共に暮らし、もう一種の家族とも言える彼らは、苦にならない静寂の中でめいめいのことをしていた。
彼らにとっても、今宵はいつもの同じ夜のはずであった。
ここにまで聞こえるはずのない”それ”が届けられるまでは。
――!!!!!
魔導士たちの体は、ほぼ同時にビクッと飛び上がった。
サミュエルの手からは本がバサリと床へ落ち、ヘレンは針で指先を刺してしまった。
ヘレンは指先のわずかな痛みなどより、この身を怖気立たせた”それ”に慄然とせずにはいられなかった。
瞬時に顔を見合わせた魔導士たち。
サッと立ち上がったサミュエルとともに、ヘレンも窓へと駆け寄った。
開け放たれた窓から激しく吹き込んでくる生暖かい風が、彼女たちの髪を乱す。
下(地上)は夜の帳に包まれていた。
しかし、この眠り始めた大地のどこかで、明らかに”何か”が起こっている。
”何か”などというまどろっこしい言い方をする必要はなくとも、互いに無言のまま闇へと落ちた大地を見つめる二人には分かっていた。
魔導士の力を持って生まれた者が二度と目覚めることのない永遠の眠りへと誘われた、身も蓋も無い言い方をするなら殺されたのだ、それも相当に残虐なやり方で……
まるで地獄の業火がここまで舞い上がってきたかのようだ、と自身も炎を使うサミュエルは感じていた。
下は地獄などではない。
それに、殺された魔導士が罪人であるかなんてことは知るわけがない。
けれども、そいつは間違いなく”地獄の中で”その人生を焼き尽くされたのだろう。
殺された魔導士は男だ。
生まれ持った力はそう優れているわけではないも、曲がりなりにも魔導士と言えるレベルには達している。
おそらく(サミュエルに比べると)まだ若い。
肉体的な年齢は、まだ五十歳にもなってはいなかったはずだ、ともサミュエルは感じ取っていた。
まさか……ネイサンを連れて下りているフランシスが何かしでかしたのか、という考えが脳裏をよぎらないでもなかった。
だが、あいつが何の理由もなく、これほど”派手なこと”をやらかすほど頭が足りないはずがない。
となると、自分たちには関係のないところで別の大事件が起こっている。
一定以上の力を持つ地上の魔導士にも、間違いなく”これ”は届けられたはずだ。
フランシスは当然のこと、アダムの野郎にも――
遥か上空にて、全くの無関係の魔導士たちをも怖気立たせた断末魔を、その地獄の近くで実際に聞いていた者がいた。
セシル・ペイン・マイルズ。
奴は、娘であってもおかしくない年齢の娼婦――なんということか、今宵の娼婦は十年以上昔に奴がその手で絞殺した元妻にどこか似ており、その首の細さまでもが元妻を思い起こさせた――に欲望を吐き出した後、酒をあおり、寝転がっていた。
奴にも聞こえていた。
聞こえないはずなどなかった。
人間とも思えぬ、その叫び声が誰のものであるのかも察していた。
自分も少なからず世話になった(上質な酒のみならず、初物で上物の娼婦を提供してもらった)この娼館の主が殺されたのだということも、そして、殺したのは”あいつら”だろうということも。
”あいつら”の中心にいるジムとルイージは、昔から手が付けられないガキどもだった。
一体どんな理由で、”あいつら”がオスカル・マウリリオ・トゥーリオを手にかけたのかは知らないし、知ろうとも思わないが、明日の朝に転がっている死体は一つではないかもしれない……
だが、外の様子を見に行くことも、起き上がることすらもせず、セシルは酒でむくんだ瞼を閉じただけであった。
好きにやらせとくか、と。
今宵、海賊たちの手により彼の人生の幕は下ろされた。
いや、”彼の人生そのものが焼き尽くされた”のだ。
この世に生まれてきたことすら悔やませるほど、彼の最期は凄まじいものであった。
その断末魔は風をも震わせ、遥か上空へと舞い上がった。
遥か上空。
神人の船の一室に、ランプの灯りが二つ。
サミュエル・メイナード・ヘルキャットは頬杖をつきながら本を読み、ヘレン・ベアトリス・ダーリングはその小さな指先を動かし繕い物をしていた。
二人の魔導士の間には会話はない。
半世紀以上も共に暮らし、もう一種の家族とも言える彼らは、苦にならない静寂の中でめいめいのことをしていた。
彼らにとっても、今宵はいつもの同じ夜のはずであった。
ここにまで聞こえるはずのない”それ”が届けられるまでは。
――!!!!!
魔導士たちの体は、ほぼ同時にビクッと飛び上がった。
サミュエルの手からは本がバサリと床へ落ち、ヘレンは針で指先を刺してしまった。
ヘレンは指先のわずかな痛みなどより、この身を怖気立たせた”それ”に慄然とせずにはいられなかった。
瞬時に顔を見合わせた魔導士たち。
サッと立ち上がったサミュエルとともに、ヘレンも窓へと駆け寄った。
開け放たれた窓から激しく吹き込んでくる生暖かい風が、彼女たちの髪を乱す。
下(地上)は夜の帳に包まれていた。
しかし、この眠り始めた大地のどこかで、明らかに”何か”が起こっている。
”何か”などというまどろっこしい言い方をする必要はなくとも、互いに無言のまま闇へと落ちた大地を見つめる二人には分かっていた。
魔導士の力を持って生まれた者が二度と目覚めることのない永遠の眠りへと誘われた、身も蓋も無い言い方をするなら殺されたのだ、それも相当に残虐なやり方で……
まるで地獄の業火がここまで舞い上がってきたかのようだ、と自身も炎を使うサミュエルは感じていた。
下は地獄などではない。
それに、殺された魔導士が罪人であるかなんてことは知るわけがない。
けれども、そいつは間違いなく”地獄の中で”その人生を焼き尽くされたのだろう。
殺された魔導士は男だ。
生まれ持った力はそう優れているわけではないも、曲がりなりにも魔導士と言えるレベルには達している。
おそらく(サミュエルに比べると)まだ若い。
肉体的な年齢は、まだ五十歳にもなってはいなかったはずだ、ともサミュエルは感じ取っていた。
まさか……ネイサンを連れて下りているフランシスが何かしでかしたのか、という考えが脳裏をよぎらないでもなかった。
だが、あいつが何の理由もなく、これほど”派手なこと”をやらかすほど頭が足りないはずがない。
となると、自分たちには関係のないところで別の大事件が起こっている。
一定以上の力を持つ地上の魔導士にも、間違いなく”これ”は届けられたはずだ。
フランシスは当然のこと、アダムの野郎にも――
遥か上空にて、全くの無関係の魔導士たちをも怖気立たせた断末魔を、その地獄の近くで実際に聞いていた者がいた。
セシル・ペイン・マイルズ。
奴は、娘であってもおかしくない年齢の娼婦――なんということか、今宵の娼婦は十年以上昔に奴がその手で絞殺した元妻にどこか似ており、その首の細さまでもが元妻を思い起こさせた――に欲望を吐き出した後、酒をあおり、寝転がっていた。
奴にも聞こえていた。
聞こえないはずなどなかった。
人間とも思えぬ、その叫び声が誰のものであるのかも察していた。
自分も少なからず世話になった(上質な酒のみならず、初物で上物の娼婦を提供してもらった)この娼館の主が殺されたのだということも、そして、殺したのは”あいつら”だろうということも。
”あいつら”の中心にいるジムとルイージは、昔から手が付けられないガキどもだった。
一体どんな理由で、”あいつら”がオスカル・マウリリオ・トゥーリオを手にかけたのかは知らないし、知ろうとも思わないが、明日の朝に転がっている死体は一つではないかもしれない……
だが、外の様子を見に行くことも、起き上がることすらもせず、セシルは酒でむくんだ瞼を閉じただけであった。
好きにやらせとくか、と。
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