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第7章 ~エマヌエーレ国編~
―33― ランディー(2)
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「たたた頼む……こここ殺さないでくれ……っっ……」
篝火に照らされたトゥーリオの目には涙が光っていた。
「黙ってろ……」
ボールドウィン――トゥーリオが自らの術を放棄して逃げ出さないよう、彼の喉元に剣を突き付け、脅し続けているボールドウィン――は、低い声で囁いた。
”黙ってお前が今していることに集中しろ。それが俺たちのためでもあり、お前自身のためにもなるんだ”と言いたかった。
魔導士やそいつらが使う術についてはボールドウィンはよく分からないが、確かにトゥーリオ本人の言う通り、この術は屋外でしかできない術であった。
地・水・火・風の中のどれかにあえて分類するとしたなら、トゥーリオの術は風に該当するであろう。
この世界を循環している”動き”に全身全霊を集中させ、対象者がいる場所を探り当てる。
そうすると、その者がいる場所に穴――トゥーリオ自身は扉と呼んでいるも――を生じさせることができる。
ここまでの所要時間は、三十分以上一時間未満。
もちろん、トゥーリオがランディーのいる牢獄に生じさせた穴はただの穴ではない。
ボールドウィンたちの前にも、一般的な扉ほどの大きさの縦長の紫色の穴がその口をぽっかりと開けている。
この穴と”向こうに生じているらしい穴”は繋がっている。
どれだけの距離があろうが、この穴の中に足を踏み入れたなら裏切り者のいる牢獄に一瞬で移動できるのだ。
牢獄と言えば看守がいて、そして内外からの防御のために専門の魔導士までも配属されているらしいが、サクッと殺しちまえばいい。
殺戮へと繋がる扉へとジムとルイージは一切ひるむことなく足を踏み入れ、ペイン海賊団の現在のメンバーの数名ならび新メンバー候補者たちもそれに続いた。
加入試験とはいえ、途中で何人かは脱落するであろう(すでにメンバーである奴も今夜を境にメンバーでなくなってしまうかもしれない)ことは、ボールドウィンにも予測はついていた。
ついに、ジムとルイージの声が中から響いてきた。
「てめっ!! 暴れんじゃねえ!!」
「おい!! お前らも早くしろ!!」
ホッと息を吐くボールドウィン。
ランディーの奪還には成功したのだろう。
ひとまずの区切りは近づいている。
オスカル・マウリリオ・トゥーリオはもうすぐ地獄から這い上がることができ、ランディー・デレク・モットは二度と這い上がることのできない地獄へと引きずり込まれ、屍と化すのだ。
ジムとルイージの二人に抱えられ拉致されてきたランディーは、地面に放り投げられた。
乾ききった土埃とランディーの悲鳴が重なり合って宙を舞う。
ランディーなりに必死で抵抗したのだろう。
すでに片頬は腫れ上がり、鼻血を出していた。
ランディーと目が合ったボールドウィンは、反射的に目を逸らしていた。
私刑に積極的に参加する気はない。
でも、助ける気もない。というか助けられない。
こうなったら、もう止められねえ。
こんなことは過去(アイザック殺人事件 第6章参照)にもあったのだ。
そして、ジムとルイージ率いられていた者たちだが、やはり三分の一ほど人数は減っていた。
新メンバー候補者の中でも、少しばかり際立った存在感を放っていた眼帯野郎は戻って来なかった。
恐怖で腰が抜けて立てないのか、全身をガタガタ震わせながらもランディーはなおも這って逃げようとした。
「お~い、お前抜きじゃ今夜のパーティーは始まんねえだろ(笑)」
ルイージがランディーの左脚を――不自由な方の脚――を捩じるように踏みつけた挙句、腹に強烈な蹴りをお見舞いした。
ぐげええっと呻きながら、ランディーはのたうち回った。
「こっ……ここれでもういいだろう? じゃ、じゃ、じゃあボクはこれで……」
トゥーリオがそそくさと逃げようとした。
確かにオスカル・マウリリオ・トゥーリオは役目は果たした。
”成功するか確約できなかったけれども成功した”。
どんな理由だか知らないが、海賊たちが目当ての者を牢獄から拉致してくることに魔導士として一役買った。
生と死が表裏一体となった――彼の人生において、これほど最悪で最凶はないだろう危機――を見事、切り抜けられたようであったのだが……
「おい、待て」
なんと、ジムが血が滴り落ちている剣を彼にスッと向け、ルイージもそれに倣った。
「今夜のパーティーの主役はランディーだけど、お前はお前で準主役なんだぜ。つまるところ、クリスティーナにチクられちゃあ困るからよ。ま、口封じってやつ?」
ルイージが喉を鳴らして笑った。
「いいい今さら何を……っ……こここ、ここまでの事態になったら、ボクが師匠に何も言わなくても、キミたちの仕業だってすぐに分かるだろう?!」
すでにこの娼館内には護衛達の他殺体が転がっている。
そして、ここから離れた牢獄にても、魔導士や看守たちの死体も多数、転がっている。
緻密な計画犯罪などではなく、残虐さと勢いの赴くままの犯行の痕跡はあちこちに残されたままだ。
いや、むしろ自分たちの力と容赦の無さを誇示するかのごとく、残してきた。
「てめえの言う通り、今夜の俺たちはちょっと”散らかし過ぎた”。でも、ンなこと、どうでもいい。殺れる奴は殺れる時に殺っておかないとよ。”金持ちのおっさん”に二度も俺たちのメンツを潰されるのは御免だ」
ジムの言葉に、ルイージが笑い声で同意した。
今、奴らは同じ人物を思い出している。
自分たちが手に入れられるか定かではないジュウ(銃)なんてモンにこだわったせいで、結果的には殺り損ねた(アドリアナ王国のクソ野郎どもに救出され、ドブス妻とドブス娘と涙の再会をしたであろう)エマヌエーレ国の貴族のおっさん(パウロ・リッチ・ゴッティ)を。
「ににに二度もメンツを潰されるって何のことだ?! ボボボ、ボクとキミたちが揉めたのは今夜が初めてだろう?! 頼む!!! そんなワケの分からない事情で殺さないでくれ……っ!!! ……お願いだお願いだお願いだお願いだお願いだ……」
必死の命乞い。
自分たちと親子ほどに年の離れた男が土下座し、涙ながらに命を乞うている。
だが、それを聞き入れるジムやルイージではない。
「待った! 待った!」
ボールドウィンが止めに入った。
その頬も強張っていた。
先ほどまでトゥーリオの喉元に剣を突き付けていた張本人ではあったが、慈悲の心からトゥーリオ殺害を阻止しようとしたのではない。
「こいつだけはやめておけ! こいつまで俺たちが殺ったって分かったなら、さすがにクリスティーナだって黙っちゃいねえ!!」
極めて少数であったものの、一、二名の海賊がボールドウィンに同意するように頷いた。
超えてはならない一線を越えまくってしまったけれども、クリスティーナの弟子を無理やりに利用したばかりか殺しちまうのはまずい。
それに、なんだかんだ言って、ペイン海賊団は魔導士クリスティーナにはいい思いをさせてもらっている。
こんなこと、恩を仇で返すどころの話じゃない。
ジムとルイージが顔を見合わせた。
「ボールドウィン、てめえの言うことも一理あるな。でも、要するに俺たちがこの剣でこいつを殺ったって分からなきゃいいんだろ」
「そうすりゃ、ノープロブレムってことだな(笑)」
や、やべ……
顔面蒼白となったボールドウィン。
自分が余計なことを言ってしまったがために、オスカル・マウリリオ・トゥーリオはどのように最期を迎えさせられるのかを瞬時に悟ってしまった。
殺されるにしても、まだ喉を剣で一思いにザックリ切り裂かれていた方が、その苦痛や恐怖は遥かにマシであったのに。
ジムとルイージの視線は、ともに赤々と燃える篝火に注がれていたのだから。
篝火に照らされたトゥーリオの目には涙が光っていた。
「黙ってろ……」
ボールドウィン――トゥーリオが自らの術を放棄して逃げ出さないよう、彼の喉元に剣を突き付け、脅し続けているボールドウィン――は、低い声で囁いた。
”黙ってお前が今していることに集中しろ。それが俺たちのためでもあり、お前自身のためにもなるんだ”と言いたかった。
魔導士やそいつらが使う術についてはボールドウィンはよく分からないが、確かにトゥーリオ本人の言う通り、この術は屋外でしかできない術であった。
地・水・火・風の中のどれかにあえて分類するとしたなら、トゥーリオの術は風に該当するであろう。
この世界を循環している”動き”に全身全霊を集中させ、対象者がいる場所を探り当てる。
そうすると、その者がいる場所に穴――トゥーリオ自身は扉と呼んでいるも――を生じさせることができる。
ここまでの所要時間は、三十分以上一時間未満。
もちろん、トゥーリオがランディーのいる牢獄に生じさせた穴はただの穴ではない。
ボールドウィンたちの前にも、一般的な扉ほどの大きさの縦長の紫色の穴がその口をぽっかりと開けている。
この穴と”向こうに生じているらしい穴”は繋がっている。
どれだけの距離があろうが、この穴の中に足を踏み入れたなら裏切り者のいる牢獄に一瞬で移動できるのだ。
牢獄と言えば看守がいて、そして内外からの防御のために専門の魔導士までも配属されているらしいが、サクッと殺しちまえばいい。
殺戮へと繋がる扉へとジムとルイージは一切ひるむことなく足を踏み入れ、ペイン海賊団の現在のメンバーの数名ならび新メンバー候補者たちもそれに続いた。
加入試験とはいえ、途中で何人かは脱落するであろう(すでにメンバーである奴も今夜を境にメンバーでなくなってしまうかもしれない)ことは、ボールドウィンにも予測はついていた。
ついに、ジムとルイージの声が中から響いてきた。
「てめっ!! 暴れんじゃねえ!!」
「おい!! お前らも早くしろ!!」
ホッと息を吐くボールドウィン。
ランディーの奪還には成功したのだろう。
ひとまずの区切りは近づいている。
オスカル・マウリリオ・トゥーリオはもうすぐ地獄から這い上がることができ、ランディー・デレク・モットは二度と這い上がることのできない地獄へと引きずり込まれ、屍と化すのだ。
ジムとルイージの二人に抱えられ拉致されてきたランディーは、地面に放り投げられた。
乾ききった土埃とランディーの悲鳴が重なり合って宙を舞う。
ランディーなりに必死で抵抗したのだろう。
すでに片頬は腫れ上がり、鼻血を出していた。
ランディーと目が合ったボールドウィンは、反射的に目を逸らしていた。
私刑に積極的に参加する気はない。
でも、助ける気もない。というか助けられない。
こうなったら、もう止められねえ。
こんなことは過去(アイザック殺人事件 第6章参照)にもあったのだ。
そして、ジムとルイージ率いられていた者たちだが、やはり三分の一ほど人数は減っていた。
新メンバー候補者の中でも、少しばかり際立った存在感を放っていた眼帯野郎は戻って来なかった。
恐怖で腰が抜けて立てないのか、全身をガタガタ震わせながらもランディーはなおも這って逃げようとした。
「お~い、お前抜きじゃ今夜のパーティーは始まんねえだろ(笑)」
ルイージがランディーの左脚を――不自由な方の脚――を捩じるように踏みつけた挙句、腹に強烈な蹴りをお見舞いした。
ぐげええっと呻きながら、ランディーはのたうち回った。
「こっ……ここれでもういいだろう? じゃ、じゃ、じゃあボクはこれで……」
トゥーリオがそそくさと逃げようとした。
確かにオスカル・マウリリオ・トゥーリオは役目は果たした。
”成功するか確約できなかったけれども成功した”。
どんな理由だか知らないが、海賊たちが目当ての者を牢獄から拉致してくることに魔導士として一役買った。
生と死が表裏一体となった――彼の人生において、これほど最悪で最凶はないだろう危機――を見事、切り抜けられたようであったのだが……
「おい、待て」
なんと、ジムが血が滴り落ちている剣を彼にスッと向け、ルイージもそれに倣った。
「今夜のパーティーの主役はランディーだけど、お前はお前で準主役なんだぜ。つまるところ、クリスティーナにチクられちゃあ困るからよ。ま、口封じってやつ?」
ルイージが喉を鳴らして笑った。
「いいい今さら何を……っ……こここ、ここまでの事態になったら、ボクが師匠に何も言わなくても、キミたちの仕業だってすぐに分かるだろう?!」
すでにこの娼館内には護衛達の他殺体が転がっている。
そして、ここから離れた牢獄にても、魔導士や看守たちの死体も多数、転がっている。
緻密な計画犯罪などではなく、残虐さと勢いの赴くままの犯行の痕跡はあちこちに残されたままだ。
いや、むしろ自分たちの力と容赦の無さを誇示するかのごとく、残してきた。
「てめえの言う通り、今夜の俺たちはちょっと”散らかし過ぎた”。でも、ンなこと、どうでもいい。殺れる奴は殺れる時に殺っておかないとよ。”金持ちのおっさん”に二度も俺たちのメンツを潰されるのは御免だ」
ジムの言葉に、ルイージが笑い声で同意した。
今、奴らは同じ人物を思い出している。
自分たちが手に入れられるか定かではないジュウ(銃)なんてモンにこだわったせいで、結果的には殺り損ねた(アドリアナ王国のクソ野郎どもに救出され、ドブス妻とドブス娘と涙の再会をしたであろう)エマヌエーレ国の貴族のおっさん(パウロ・リッチ・ゴッティ)を。
「ににに二度もメンツを潰されるって何のことだ?! ボボボ、ボクとキミたちが揉めたのは今夜が初めてだろう?! 頼む!!! そんなワケの分からない事情で殺さないでくれ……っ!!! ……お願いだお願いだお願いだお願いだお願いだ……」
必死の命乞い。
自分たちと親子ほどに年の離れた男が土下座し、涙ながらに命を乞うている。
だが、それを聞き入れるジムやルイージではない。
「待った! 待った!」
ボールドウィンが止めに入った。
その頬も強張っていた。
先ほどまでトゥーリオの喉元に剣を突き付けていた張本人ではあったが、慈悲の心からトゥーリオ殺害を阻止しようとしたのではない。
「こいつだけはやめておけ! こいつまで俺たちが殺ったって分かったなら、さすがにクリスティーナだって黙っちゃいねえ!!」
極めて少数であったものの、一、二名の海賊がボールドウィンに同意するように頷いた。
超えてはならない一線を越えまくってしまったけれども、クリスティーナの弟子を無理やりに利用したばかりか殺しちまうのはまずい。
それに、なんだかんだ言って、ペイン海賊団は魔導士クリスティーナにはいい思いをさせてもらっている。
こんなこと、恩を仇で返すどころの話じゃない。
ジムとルイージが顔を見合わせた。
「ボールドウィン、てめえの言うことも一理あるな。でも、要するに俺たちがこの剣でこいつを殺ったって分からなきゃいいんだろ」
「そうすりゃ、ノープロブレムってことだな(笑)」
や、やべ……
顔面蒼白となったボールドウィン。
自分が余計なことを言ってしまったがために、オスカル・マウリリオ・トゥーリオはどのように最期を迎えさせられるのかを瞬時に悟ってしまった。
殺されるにしても、まだ喉を剣で一思いにザックリ切り裂かれていた方が、その苦痛や恐怖は遥かにマシであったのに。
ジムとルイージの視線は、ともに赤々と燃える篝火に注がれていたのだから。
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