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第5章 ~ペイン海賊団編~

―96― 襲撃(40)~でも、海賊たちも無敵というわけじゃない ルーク vs エルドレッド~

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 ルーク・ノア・ロビンソンとエルドレッド・デレク・スパイアーズ。
 かつての友であった彼ら2人が、剣と弓矢ではなく拳を交えあう――いや、より正確にいうなら、怒りに震えるルークの右拳がエルドレッドの左頬で炸裂する数刻前に、非常にしつこいが時間を少しだけ巻き戻そう。
 またしても巻き戻される時間。
 その巻き戻された時間の主人公となる彼――ルーク・ノア・ロビンソンは、ペイン海賊団のツートップをそれぞれ相手にしていたディランやトレヴァーとはやや状況が異なり、まだ己の戦闘能力によって”なんとか切り抜けることができる”海賊どもと相次いで、対峙することとなってしまったのだ。


※※※

 開戦。
 どちらともなく、鬨の聲はあがった。

 ルークは、隣のディランが自身と同じく、剣を熱く握りしめ、踏み勇んだのを感じ取った。
 自分たちは人を剣で斬り、息の根を止めたことなどはない。
 港町で魔導士サミュエル・メイナード・ヘルキャットが失神し、全くの無抵抗の状態になった時すら、この手で止めをさすことに躊躇いがあったのだ。極悪の指名手配犯である奴をそのまま、法の裁きに任せようとした。

 だが、今日は違う。
 海賊どもを殺さなきゃ、自分自身が殺されるだけでなく、あの海賊どもはこの船ごと奪い、引っ掻き回すのは間違いない。
 自らの手を血に染めてでも、守り抜かなければならない。
 たとえ、海賊どものなかに”鬨の聲があがった今ですら、海賊になったなんて信じたくない、かつての友”の姿があろうと、そして”昔も今というこの時も明確過ぎる敵意(いや殺意か?)を持って向かってくる2人の者”の姿があろうとも……


 そう、ルークとディランの元同僚であり現海賊である、ジェームス・ハーヴェイ・アトキンスとルイージ・ビル・オルコット。
 きっと奴ら2人の性格上、”どっちがどっちを殺(や)ってもいい”と自分たち2人を目指して、一直線に向かってくるはずだ。
 無論、自分たちも奴ら2人へと一直線へと向かうつもりだ。

 ”今日は面白い展開になったな”というニヤついた笑みを浮かべたルイージと、”ふん、気に入らねえ奴らに再会しちまったな”と憮然とした表情のままジムとの距離は、みるみるうちに縮まり――


――ディラン!
 ルークは見た。
 ディランの前に、ジムが剣を手にバッと躍り出たのを。
 と、いうことは……!

 ルークとルイージの視線が一直線に、相手を射抜くがごとくサッと交わった。
 ”そう、お前のお相手はこの俺ってわけよ”と、ルイージは――ルークの記憶の中にあった奴の姿より、さらに縦にひょろ長い体格となり、肌も数段日に焼けたかのようなトーンとなっているルイージが、その片方の唇の端を歪める薄気味悪い笑い方だけは昔のまま、剣を手にルークへと――

 けれども……
「おい、こっちだ!」
 ルークの聞き覚えのない海賊の声と、奴のその剣先がルークへと突き付けられたのだ。

 ルークは倒すべき敵となった海賊・ルイージへの道をザッと遮断されてしまった。
 そして、ルイージは今日こそコテンパンにする予定だった獲物(ルーク)を横から、掻っ攫われた。

 カシャン! と、ルークと海賊の刃が”最初のいがみ合い”の音を響かせる。
 今日、この甲板で初めて顔を合わせ、本気の殺意で相対することとなった双方ともにニューフェイスの若き男が2人。

 ペイン海賊団構成員。
 後方の囚われの船にて、ジム、ルイージとともに息を潜め、にじり寄ってきていた海賊たちのうちの1人。
 やけに口が大きく、髪を短く丸刈りにしているその海賊は、自分よりわずかばかり目線が高く、無造作なくすんだ金髪が顔立ちと相まってなんだか洒落ても見える”アドリアナ王国の兵士”の顔をチラリと見た。
――こいつが、ジムが言っていた昔の同僚の”くすんだ金髪で超絶に生意気な面(つら)した”野郎の方だよな。”栗色の髪のいかにも坊っちゃんって面(つら)した”野郎っぽい奴は、今、ジムが”潰し”にかかってるわけだし……

「――お前にゃ悪いけど、”俺の踏み台”になってもらうぜ」
 ルークに向かって大きな口を威嚇するがごとくクワッと広げた海賊は、クククッと喉を鳴らし笑った。

 ”俺の踏み台”。
 ジムとルイージが目をつけていた野郎のうちの1人を俺が倒せば、俺の戦闘力への評価はうなぎ登り♪ ペイン海賊団における、さらなる出世だって期待できらあ――と、奴のその顔には描いているようであった。
 だが、よく考えてみよう。
 奴は先輩であるルイージの獲物(ルーク)を横から掻っ攫ったのだ。ルイージから見れば”しゃしゃり出てきた礼儀知らず”でしかない。
 評価はあがるどころか、”全部終わった後”ルイージにしめられるのはまず間違いない。
 そのことにまで考えが至らない奴は、残念ながら出世の階段を着実に上がっていける者ではない。
 そもそも、奴が頭の中で描いた未来想像図通りになるとは限らない。奴の思い通りに”全部終わる”との保証はない。
 ルークと剣を交える奴は、”こいつ、俺の想像以上にできる野郎じゃ……”との”不吉な手ごたえ”を感じ始めていたのだから。


「…………!!」
 弓矢のごとき幾つもの鋭い風が発され、また自らも剣とともに発す。
 殺意の風は、剣を交え合うルークと海賊の若き肌をそれぞれ”浅く裂き”赤き血を滲ませる。

 途中、大きくて黒くて臭い鳥の影が”調子に乗ったように”頭上を幾度も横切り、ルークも海賊も目がチカチカとし、わずかに咳き込みもした。
 だが、剣と視線は彼らの間に鋭く飛び交い続けていた。

 誰のことかはあえて言わないが、この甲板で剣を交わらせている誰かたちのように、戦闘中にベラベラ喋っている余裕などはルークとこの海賊の間にはなかった。
 明確に分かるほどの戦闘能力の差があるというわけではない。
 例えるなら、生と死の天秤はほぼ同じ高さで揺れ続けている。あるいは、青き空へと向かって投げられたコインは宙に舞ったまま、自身が明示する結末は表か、裏か――すなわち生か死かを決めかねているようであった。

 猫ッ毛がさらに乱れたルークだけでなく、(レイナの世界で例えるなら高校球児を思わせるような)毬栗頭の海賊のこめかみにも汗が滲む。
 こいつに隙を見せたら終わりだ。本当に”ここで終わり”だ。
 ”ここで終わり”となったなら、挽回のチャンスも、そしてこの”オサレヘアー”の兵士への復讐のチャンスも冥海へいる者には二度と巡ってはこないのだ。

 この焦りだけではない。
 ”殺戮のプロ”と自負していたはずの海賊の足元より真っ黒い蜃気楼のごとく立ち昇り、まとわりついてきたのは後悔であったのだから。
 ”やっぱ……あのまま、ルイージにこいつを任せとくべきだったか”と。
 しゃしゃり出てしまった以上、こいつに背を向けて逃げ出すなんてカッコ悪すぎる真似はできない。それに俺は、粗削りでがむしゃらな剣筋のこいつを”絶対に”倒せないわけじゃない。俺に勝算が全くないわけではない。けれども、こいつは……とっとと”踏み台”にできるようなしょぼい戦闘力の雑魚などではなかった。 

 焦り。後悔。そして、怯み。
 その怯みから生じた隙を、剣筋の乱れを先に見せてしまったのは、海賊の方であった。
「――――!!!」
 ”しまった!”と海賊が目を見開いた次の瞬間、ルークの刃が――海賊との初めての戦いであるにも関わらず、焦りはあっても”後悔と怯み”をその魂に生じさせることはなく、闘志の炎を燃やし続けていたルークの刃が、海賊の血肉をズバッと”深く”引き裂いた。
 揺れ続けていた天秤は、たった今、完全に片方へと傾いた。
 宙へと投げられたコインも、どちらが表となり裏となったのかを”生者”であるルークへと明示した。



「!!!」
 勝者となり、”第一の戦闘”をなんとか切り抜けることができたルークの”右手”だけでなく、全身が震えた。
 人を殺してしまった。
 面白半分に殺したわけでも、快楽目的で殺したわけでもない。正当防衛であり、この船に乗る全ての者を守るためだ。
 けれども、この右手で同じ人間の息の根を止めた。
 まるで、ルーク自身の血も肉も一瞬で穢れ、なお魂までもが別の何かに蹂躙されてしまったかのような恐怖。

 その時であった。
 ルークの背後より、「――この野郎!!」という怒声とビュンと風を斬る音が聞こえた。
 仲間であった毬栗頭の海賊を殺されたため、怒り狂った別の海賊が、ルークを背後から斬りつけようと――


「……っ……!」
 瞬時に振り返ったルークは、その”新たな刃”を血が滴る自身の剣で間一髪、防いだ。
 ここで立ち止まっているわけになどいかない。仲間たちの無事も確かめないまま、何も守れないまま、ここで立ち止まり、恐怖と悔恨に震え続け、海賊どもに自分の首を差し出すわけにはいかない!
 海の獣どもと戦い抜くには、自分も獣となる必要があるのだ!
 
 ルークは叫び声をあげた。
 ゴオッと立ち上った炎のごとき、ルークの咆哮に、新たなる海賊はわずかに怯んだ。
「ンだよ、威嚇か!? 威嚇してやがんのか!? 一丁前によ! 俺たちペイン海賊団の恐ろしさをお前に思い知らせてやるぜ!!」
 この新たなる海賊――四角い顔の中心にある低い鼻をさらに横に広げたようなやや個性的な顔立ちの海賊も、ルークに顔を近づけ負けじと叫んだ。
 剣をクロスさせたまま、吠え合った2人の若者。
 ルークの鼻孔に届けられた、海賊のその息には不快な歯茎の臭いが混じっていた。そう、明らかに口内の治療を受けるべき臭いが。


 ルークにとって”第二の戦闘”となり、ベース顔の海賊にとってもは仲間の敵討ちとなった戦いであるが、ベース顔の海賊の戦闘能力(剣さばきや瞬発力、その他もろもろの動き)は、先ほどの毬栗頭の海賊よりも、ランクにすると数段とまではいかないが”一段ほど”劣っていた。
 ということは、この新たなる海賊は、ルークにペイン海賊団の恐ろしさを教えるどころか……

 2本の音は、それぞれの命をかけたいがみ合いの音を数度、響かせた。
 そして、”すでに海賊の血で濡れていた剣”の方が、再び新たな海賊の血に濡れる結末となった。


 2人目の海賊も甲板へと倒れ伏した。
 自分の血塗られた手に、更なる罪も塗り重ねられていくのをルークは粟立つ肌で感じた。
 ルークは、”苦しさに”ハアハアと息を喘がせ、血塗られた甲板にサッと視線を走らせた。

――ディランたちは、どこにいる? 皆、持ちこたえているのか? 
 甲板は、まさに地獄絵図であった。生者でありながら、地獄を見せられている。
 敵も、味方も、もはや”魂の抜け殻”となった血だらけの物言わぬ若者たちが、倒れ伏していた。
 ほぼ人数で睨み合い始まったこの戦いであるが、双方ともその命を削り取られていた。ルーク自身も2人の海賊の命を削り取っていたし、また海賊たちにもアドリアナ王国の兵士の命を削り取られていた。

「――!?!?!」
 この地獄絵図のなか、ルークの瞳はある1点に、ギュンと引きつけられた。
 いや、引きつけられたのと同時に、ルークは甲板を蹴り、ダッとその”ある1点”へと向かって駆け出していた。頭で状況を把握するよりも先に、ルークの体は動いていた。

――ヴィンセント!!!
 その”ある1点”にいた者。
 それはヴィンセント・マクシミリアン・スクリムジョーであった。彼も自分と同じく、この地獄の中でまだ持ちこたえていたのだ。
 その彼が、あろうことか3人もの海賊に剣を突き付けられ、嬲られ、最大であり残酷な窮地へと追い込まれている!
 1対3という卑怯さ。卑怯にもほどがある。
 あの折り紙付きの性悪で、虐めっ子特有の面白がりのルイージすら、剣での戦いにおいては自分をあの毬栗頭の海賊とともに1対2で斬りつけることはしなかったというのに……
 一体どういった要因が重なりあい、1対3となったのかはルークには知る由もない。けれども、あの海の獣どもは今にもヴィンセントに止めをささんと――!


――頼む! 間に合ってくれ!!
 風をまとった狼のごとく、甲板を駆けるルークの友を助けんとする願いは天へと通じたようであった。
 海賊の1人が、左腕を血で染めた手負いのヴィンセントに止めの一撃を発するよりも、ルークが「ヴィンセント!!」と彼を守らんと立ちはだかった動きの方が、早かったのだから。

 しかも、それだけではない。
 ルークの声に「スクリムジョー!!」という別の者の声も重なったのから。ルークとは全くの逆方向より、息を荒げ駆けてきたに違いない、その声の主もルークと同様にヴィンセントを背に守るように海の獣たちへとバッと立ちはだかった。
 兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリー。
 アドリアナ王国より兵士隊長に任命されるほどの彼の実力からすれば、至極当然ことではあるが、彼もまたこの甲板にて持ちこたえていた。
 あのギョロついた目と荒れた肌の、妙にいきがっていたロジャーという名の鉈使いの海賊は、やけに自信満々で命がけの喧嘩を自らパトリックに売りにいったものの、パトリックによって倒されてしまうという結末を自ら手繰り寄せてしまったのだろう。

 ルーク、ヴィンセント、そしてパトリック。
 先刻まで3対1で”男でも目が眩むほどに美しき獲物(ヴィンセント)”を嬲り追い詰めていた海の獣たち。
 奴らとは、これから3対3の戦いへと切り替わる。
 いや、単なる人数で数えると3対3であるが、この睨み合う構図で各々の戦闘能力を数値化したとするなら、明らかにアドリアナ王国側に軍配があがるであろう。
 
 特に、決して若いといえなくとも、生まれ持った優れた身体能力を厳しい自己管理とともに鍛え上げ、ある意味、海賊たちの縦社会よりもさらに厳しい、秩序とともにある男社会の中に長年にわたり身を置いていたパトリックより、ペイン海賊団における第二軍の海賊たちは揃いも揃って、”ヤバい。この長髪のおっさんは、特にマズイ……!”と、自分が敵う相手か敵わない相手かを本能的に感じ取らざるを得なかったのだから――
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