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【R15】Episode4 おまぬけ王子
Episode4 おまぬけ王子(2)
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「殿下! お下がりください!!」
ドナシアンを守らんと、ザッと前へ出たラポルトたちは、各々の剣先を2羽の青い鳥へと向けた。
「答えろ! なぜ、我々のことを知っている!?」
ラポルトが問う。
しかし、青い鳥たちは、臨戦態勢へと突入している勇ましい若い騎士たちに鋭く光る剣先を突き付けられても、全く動じはしなかった。
『それは単純なこと。我らは鳥。同じ鳥たちのさえずりが広がり、姫が眠るこの館にまで届けられた』
『ドナシアン王子が騎士たちを従え、海を渡り、野を越え、山を越え、我らの美しき姫に会いに来ると』
青い鳥たちが答える。
なんと、鳥たち間でのさえずりによる情報伝達もまた、海を渡り、野を越え、山を越え、自分たちドナシアン王子一行がこの館へと辿り着くよりも早く、この青い鳥たちの元へと届けられたと。
『我らは姫の眠りの門番』
『我らは待ち続けていた、王子の到着を』
この青い鳥たちのさえずり、いや”言葉”をそのまま受け取るなら、自分たちに向けられているのは、悪意や敵意ではなく歓迎の意である。
だが、まだ油断は出来ぬ、と険しい顔で剣を構えたままのラポルトたちであったが、当人のドナシアンがすっと歩み出た。
「私は……お前たちの姫に早く会いたい。私を姫のところにまで案内してくれるか?」
※※※
優雅に翼を広げた青い鳥たちを先頭に、ドナシアン一行は歩みを進める。
この世の最上の美を持つ心優しき姫が眠りについている館の内部は、不潔さや禍々しさなどは微塵も感じさせなかった。
それどころか、時空のはざまにて守られていた”ここ”は、静謐であり崇高な空間であった。
ここが悪しき精霊や悪魔の住処であるとは思えない。
ラポルトたち騎士は、各々の利き手に剣を握ったままであったも、その手の強さは徐々に緩やかなものとなっていかざるを得なかった。
さらに、そのうえ――
ドナシアン一行が歩みを進める廊下の左右の壁には、鳥の絵が幾つも描かれていた。
本来なら、絵に描かれた鳥などが喋るはずがない。
しかし、ドナシアンたちには、その絵の中の鳥たちの”さえずり”までもがしっかりと聞こえてくるのだ。
まるで淡い虹を寄せ集めたかのごとき羽根色の、可憐であり美しい鳥たちは口々にさえずる。
『我らの心優しき姫は、この世のものとも思えぬ美しさ』
『我らの心優しき姫は、流れる時すら止めてしまうほどの美しさ』
『我らの心優しき姫は、誰もが愛さずにはいられぬほどの美しさ』
『我らの心優しき姫は、美の女神ですら言葉を失うほどの美しさ』
『我らの心優しき姫は、悪魔ですら恐れ慄かせるほどの美しさ』
口々に、姫の絶世の美貌を幾度も称える鳥たち。
このような賛美のさえずりを聞いて、まだ見ぬ姫の美しさへの期待値が限界を超えるほどに高まっていったのは、当のドナシアンだけでなく、ラポルトたち騎士も同様であった。
※※※
ついにやってきた。
ここから先へと――この”長きに渡り閉ざされていた扉”を開けて、美しき姫の元へと行くことができるのは、王子であるドナシアン1人だけであるらしい。
そして、長きに渡り姫の眠り門番であった青い鳥たちが、ついにドナシアンへと問う。
『我らの美しき姫を城へとお連れし王妃とするか?』
『我らの美しき姫をいかなる困難があろうと永久に愛するか?』
即座に、首を縦へと振ったドナシアン。
普段はそれほど機敏な動きをするわけではないドナシアンであるのに、承知の意を示す、その頷きは壮途に速かった。
もう、後戻りはできない。
扉の前にて、まだ顔すら見ていない姫を自身の妃とすることを、そして姫への永久不滅の愛を誓ってしまった、無謀にもほどがある王子・ドナシアン。
この時、ドナシアンの脳裏で、城で自分の帰りを待っているであろうメリザンドの顔が、ほんのひとかけらほどチラつきはした。
しかし、もうすぐ自分は、この世界における女の”頂上に君臨しているがごとき美貌”の姫を手に入れることができるのだ。我が物にすることができるのだ。
”結構美人”な程度のメリザンドの顔など、一瞬のうちに掻き消えていった。
逸る心に急かされ、扉を勢いよく開けたドナシアンにラポルトがサッと駆け寄り、「殿下、油断なされませぬように」と小声で囁いた。
ラポルトは、思わずにはいられない。
確かに、この館も、案内役の青い鳥たちも、災いをもたらす悪しき者特有の悪意や禍々しさによって、自分の肌を湿らせ粟立たせはしなかった。
しかし、いくらなんでも話がうますぎやしないだろうか?
幼い頃より自分に目をかけてくれている主君を貶めるのは気が引けるも、ドナシアン王子殿下はお人は良いが考えが浅く、”一国の王子”としての技量が優れていると評価するのはやや厳しい。
それに、この館に辿り着くまでの旅路においても、”命の危機を幾度も乗り越えて”といった英雄物語などといったものでもない。
普通に都を出立し、海を渡り、野を越え、山を越えてきただけだ。
この世の最上の美を持つ心優しき姫を長き眠りから解き放つ男が、ドナシアン王子殿下でなければならない必然性はあるのか?
裏に何かが……我が国に仇なそうとする者の企みが隠されているのか?
それとも単に、”一国の王子の地位にある男”を、姫は待ち続けていたのであろうか?
そんなラポルトの心配を、いや彼の周りにいる騎士たち一同の口には決して出せない同様の心配を、やはりドナシアンは感じ取ることはない。
それどころか「姫の美しさで私の目が潰れたりすることのないよう、お前たちは祈っておいてくれ」と、にこやかな顔で言ったのだ。
※※※
姫の眠る寝台へと、逸る足を進めるドナシアン。
白く荘厳な光を放っているがごときレースの天蓋が、ふわりと誘うように揺らめいる寝台は、絶世の美姫が眠るにこれ以上ないほどふさわしいものであるように思えた。
姫はどれほど美しいのであろうか?
もしかしたら本当に、輝かんばかりの美しさに直視することすらできない美貌なのではないか?
比喩ではなく、本当にその美貌で自分の目は潰れてしまうのではないか?
心臓どころか、全身を、いや魂までをもドクンドクンと脈打たせずにはいられないドナシアンは、青いドレスを身に付けて寝台へと横たわっている姫の顔をのぞきこんだ。
「――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
息が止まらんばかりであった!
目も潰れんばかりであった!
流れている時すらも止まらんばかりであった!
一瞬の静寂ののち、ドナシアンの絶叫が響き渡った。
それは絶叫ではなく、もはや断末魔の叫びのごときものであった。
「殿下!!!」
「いかがなされました!!!」
ただならぬ叫び声に、ラポルトたちが剣を手に駆け付けた。
やはり悪しき者の罠であったのか!? 早く殿下をお守りしなければ、とザザッと勇み出た”ラポルトたちの時”も、瞬時に止まってしまった。
「な……っ………………………」
「こ、これは……………………」
姫の姿を目にしたラポルトたちも皆、言葉を失う。
いや、ラポルトたちだけでなく美の女神ですら言葉を失ってしまうだろう。
そして誰もが……そう、きっと”悪魔ですら”恐れ慄かずにはいられないであろう。
伝説の姫の、この世のものとも思えぬ”醜さ”に!!!
※※※
ドナシアン一行が乗る船は、穏やかな波に揺られ、帆を進めていた。
死んだ魚よりも光を失った目で、船室の天井を見上げずにはいられないドナシアンの隣には、姫が”ピッタリと”膝がくっつかんばかりに座っている。
それもそのはず、ドナシアンは扉の前で誓ってしまったのだから。
姫を城へと連れて帰り自分の王妃とすることを、そしていかなる困難があろうと姫を永久に愛することを……
そのうえ、ドナシアンがその誓いを一生涯守り抜くことを見届けるために、あの2羽の青い鳥もお目付け役として、姫に同行すると……
今頃きっと、青い鳥たちは船の帆先にでも止まり、自分たちの羽根色のごとき、海の青と空の青を眺めているに違いない……
姫が隣にいるにもかかわらず、ドナシアンは頭を抱えた。
なんということになってしまったのか。
早まった。
ちゃんと姫の顔を見てから、決めれば良かった。
そうしておけば、あの館から大急ぎで”脱出”していたものを。
そもそも、ラポルトが”嘘偽りの伝説”が今日までに語り継がれてきた可能性を示唆していた時に、私はきちんと耳を傾けるべきであったのだ。
しかし、なぜだ?
なぜ、あの青い鳥たち含め、壁の絵の鳥たちまでもが、真実とは真逆のことを示し合わせたかのようにさえずっていたのであろうか?
鳥たちと私たち人間の大半とでは、美的感覚が相当に異なっているのか?
やはり、これはやはり、禍々しい悪意を持った人ならざる者が仕掛けていた罠であったとしか思えない。
私はその罠に、まんまとかかってしまったのだ。
私の人生は、もう終わったも同然だ……生きながらにして死んでいるも同然だ…………
と、散々に、自身の傍らの”醜い姫”を疎ましく……というよりも、その顔を直視するのすら恐ろし過ぎる姫とともに、これからの人生を歩んでいくことになる自身の運命を呪うドナシアン。
しかし、生来のドナシアンは、人の外見など自分の力でどうすることもできないことを、侮蔑したり、中傷したり、差別したりするような人間ではない。
頭は決して良くはないが、純真そのものな人の良さと育ちの良さは、ドナシアンの美徳であった。
伝説の姫が自分好み(?)の外見ではなかっただけなら、ドナシアンは自分の運命を呪えど、これほどまで目から光を消失させはしなかったであろう。
そう、姫はその性格や立ち振る舞いまでもが、ドナシアン好みではなかったというか、ドナシアンがあまり得意ではないタイプであったのだ。
やたらとグイグイくる。
メリザンドをはじめとし、ドナシアンが今までに触れ合った貴族の娘たちは皆、控えめで落ち着いた性質の者が多数であった。
しかし、この姫は、何と言えばいいのか……”この私を拒む男などこの世に存在するわけないわ”と言わんばかりに、ドナシアンへの距離を、”恋愛の様々な手順”をすっ飛ばし縮めてこようとするのだ。
狙った獲物は逃がさない肉食動物のように。
いや、まるでダイレクトに雄の精子を求める雌のように。
「殿下、どうかなさいましたの? 私、少し船に酔ってしまったみたいですの。介抱してくださりませんこと?」
姫の口からは、牛の乳を腐らせたような臭いと、ガマガエルの鳴き声をさらに潰したような声が発される。
思わず鼻を押さえてしまいそうになったドナシアンではあったも、なんとかこらえて姫へと言葉を絞り出す。
「……す、す、少し横になっていたら、いかがですか? 後ほど飲物でも持ってこさせますので…………」
「まあ、鈍い方ですのね。私は殿下に介抱していただきたいのですわ。そう、殿下の胸の中で、甘く酔い続けたいのです」
「い、いえ、そのようなことは……」
「男性ならではの生理を我慢する必要などありませんわ。本当は今すぐにでも私を抱き寄せ押し倒したいのでございましょう?」
”いいや、本当は今すぐでも、私はここから逃げ出したいのだ”という口先まで出かかった言葉を喉の奥に沈めたドナシアンは、この窮地を切り抜けるための別の言葉を必死で探す。
「姫……”私たちのこと”は、城にお連れしてから、きちんと話し合うことといたしましよう」
そう言ったドナシアンの脳内では、父と母、つまりは国王陛下と女王陛下が、自分のこの後始末をしてくれている都合のいい物語が描かれ始めた。
姫に適当な金を握らせて、”この話は一切なかったことに”と超ハッピーエンドで集結する、責任感皆無のいろいろ甘いにもほどがある物語が……
「殿下、私を美しいとお思いになりませんこと? 美の女神ですら、私の美しさにはきっと敵いませんわ。あの山に棲んでいた精霊とて、私のこの美しさに『誰にも見せぬ、誰にも触れさせぬ』と私の肉体の時を止め、長き眠りへといざなってしまったのですから」
ニタニタ~ッと、悪魔級に邪悪な笑みを見せる姫。
信じられないことに、この姫は自分が美しいと思っているのだ!
自分の美しさなるものに、微塵の疑いも抱いていない!
ついに鼻を押さえてしまったドナシアンは、ふと思い出す。
もしかしたら、この姫は外見にも何かの呪いをかけられているのでは……?
確か、伝承されている”眠り姫”の物語においては、眠り姫は王子からの接吻で目覚める。しかし、実際は王子からの性行為によって、眠り姫は長き眠りから目覚めたのではという考察の文献もあると、確か以前にメリザンドが話していた。
まさか、この姫は……”自身が自他ともに認める絶世の美女であると信じて疑わない言動を見せている姫”は、長き眠りからは接吻なしで目覚めたも、その身に呪いが残留しているままではないか?
そして、王子からの”性行為”によって、その呪いが解けるのではないであろうか?
それなら……!
ドナシアンは決意した。
ただいまより自らを懸命に”奮い勃たせ”、この姫と褥を共にすることを!
ドナシアンを守らんと、ザッと前へ出たラポルトたちは、各々の剣先を2羽の青い鳥へと向けた。
「答えろ! なぜ、我々のことを知っている!?」
ラポルトが問う。
しかし、青い鳥たちは、臨戦態勢へと突入している勇ましい若い騎士たちに鋭く光る剣先を突き付けられても、全く動じはしなかった。
『それは単純なこと。我らは鳥。同じ鳥たちのさえずりが広がり、姫が眠るこの館にまで届けられた』
『ドナシアン王子が騎士たちを従え、海を渡り、野を越え、山を越え、我らの美しき姫に会いに来ると』
青い鳥たちが答える。
なんと、鳥たち間でのさえずりによる情報伝達もまた、海を渡り、野を越え、山を越え、自分たちドナシアン王子一行がこの館へと辿り着くよりも早く、この青い鳥たちの元へと届けられたと。
『我らは姫の眠りの門番』
『我らは待ち続けていた、王子の到着を』
この青い鳥たちのさえずり、いや”言葉”をそのまま受け取るなら、自分たちに向けられているのは、悪意や敵意ではなく歓迎の意である。
だが、まだ油断は出来ぬ、と険しい顔で剣を構えたままのラポルトたちであったが、当人のドナシアンがすっと歩み出た。
「私は……お前たちの姫に早く会いたい。私を姫のところにまで案内してくれるか?」
※※※
優雅に翼を広げた青い鳥たちを先頭に、ドナシアン一行は歩みを進める。
この世の最上の美を持つ心優しき姫が眠りについている館の内部は、不潔さや禍々しさなどは微塵も感じさせなかった。
それどころか、時空のはざまにて守られていた”ここ”は、静謐であり崇高な空間であった。
ここが悪しき精霊や悪魔の住処であるとは思えない。
ラポルトたち騎士は、各々の利き手に剣を握ったままであったも、その手の強さは徐々に緩やかなものとなっていかざるを得なかった。
さらに、そのうえ――
ドナシアン一行が歩みを進める廊下の左右の壁には、鳥の絵が幾つも描かれていた。
本来なら、絵に描かれた鳥などが喋るはずがない。
しかし、ドナシアンたちには、その絵の中の鳥たちの”さえずり”までもがしっかりと聞こえてくるのだ。
まるで淡い虹を寄せ集めたかのごとき羽根色の、可憐であり美しい鳥たちは口々にさえずる。
『我らの心優しき姫は、この世のものとも思えぬ美しさ』
『我らの心優しき姫は、流れる時すら止めてしまうほどの美しさ』
『我らの心優しき姫は、誰もが愛さずにはいられぬほどの美しさ』
『我らの心優しき姫は、美の女神ですら言葉を失うほどの美しさ』
『我らの心優しき姫は、悪魔ですら恐れ慄かせるほどの美しさ』
口々に、姫の絶世の美貌を幾度も称える鳥たち。
このような賛美のさえずりを聞いて、まだ見ぬ姫の美しさへの期待値が限界を超えるほどに高まっていったのは、当のドナシアンだけでなく、ラポルトたち騎士も同様であった。
※※※
ついにやってきた。
ここから先へと――この”長きに渡り閉ざされていた扉”を開けて、美しき姫の元へと行くことができるのは、王子であるドナシアン1人だけであるらしい。
そして、長きに渡り姫の眠り門番であった青い鳥たちが、ついにドナシアンへと問う。
『我らの美しき姫を城へとお連れし王妃とするか?』
『我らの美しき姫をいかなる困難があろうと永久に愛するか?』
即座に、首を縦へと振ったドナシアン。
普段はそれほど機敏な動きをするわけではないドナシアンであるのに、承知の意を示す、その頷きは壮途に速かった。
もう、後戻りはできない。
扉の前にて、まだ顔すら見ていない姫を自身の妃とすることを、そして姫への永久不滅の愛を誓ってしまった、無謀にもほどがある王子・ドナシアン。
この時、ドナシアンの脳裏で、城で自分の帰りを待っているであろうメリザンドの顔が、ほんのひとかけらほどチラつきはした。
しかし、もうすぐ自分は、この世界における女の”頂上に君臨しているがごとき美貌”の姫を手に入れることができるのだ。我が物にすることができるのだ。
”結構美人”な程度のメリザンドの顔など、一瞬のうちに掻き消えていった。
逸る心に急かされ、扉を勢いよく開けたドナシアンにラポルトがサッと駆け寄り、「殿下、油断なされませぬように」と小声で囁いた。
ラポルトは、思わずにはいられない。
確かに、この館も、案内役の青い鳥たちも、災いをもたらす悪しき者特有の悪意や禍々しさによって、自分の肌を湿らせ粟立たせはしなかった。
しかし、いくらなんでも話がうますぎやしないだろうか?
幼い頃より自分に目をかけてくれている主君を貶めるのは気が引けるも、ドナシアン王子殿下はお人は良いが考えが浅く、”一国の王子”としての技量が優れていると評価するのはやや厳しい。
それに、この館に辿り着くまでの旅路においても、”命の危機を幾度も乗り越えて”といった英雄物語などといったものでもない。
普通に都を出立し、海を渡り、野を越え、山を越えてきただけだ。
この世の最上の美を持つ心優しき姫を長き眠りから解き放つ男が、ドナシアン王子殿下でなければならない必然性はあるのか?
裏に何かが……我が国に仇なそうとする者の企みが隠されているのか?
それとも単に、”一国の王子の地位にある男”を、姫は待ち続けていたのであろうか?
そんなラポルトの心配を、いや彼の周りにいる騎士たち一同の口には決して出せない同様の心配を、やはりドナシアンは感じ取ることはない。
それどころか「姫の美しさで私の目が潰れたりすることのないよう、お前たちは祈っておいてくれ」と、にこやかな顔で言ったのだ。
※※※
姫の眠る寝台へと、逸る足を進めるドナシアン。
白く荘厳な光を放っているがごときレースの天蓋が、ふわりと誘うように揺らめいる寝台は、絶世の美姫が眠るにこれ以上ないほどふさわしいものであるように思えた。
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もしかしたら本当に、輝かんばかりの美しさに直視することすらできない美貌なのではないか?
比喩ではなく、本当にその美貌で自分の目は潰れてしまうのではないか?
心臓どころか、全身を、いや魂までをもドクンドクンと脈打たせずにはいられないドナシアンは、青いドレスを身に付けて寝台へと横たわっている姫の顔をのぞきこんだ。
「――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
息が止まらんばかりであった!
目も潰れんばかりであった!
流れている時すらも止まらんばかりであった!
一瞬の静寂ののち、ドナシアンの絶叫が響き渡った。
それは絶叫ではなく、もはや断末魔の叫びのごときものであった。
「殿下!!!」
「いかがなされました!!!」
ただならぬ叫び声に、ラポルトたちが剣を手に駆け付けた。
やはり悪しき者の罠であったのか!? 早く殿下をお守りしなければ、とザザッと勇み出た”ラポルトたちの時”も、瞬時に止まってしまった。
「な……っ………………………」
「こ、これは……………………」
姫の姿を目にしたラポルトたちも皆、言葉を失う。
いや、ラポルトたちだけでなく美の女神ですら言葉を失ってしまうだろう。
そして誰もが……そう、きっと”悪魔ですら”恐れ慄かずにはいられないであろう。
伝説の姫の、この世のものとも思えぬ”醜さ”に!!!
※※※
ドナシアン一行が乗る船は、穏やかな波に揺られ、帆を進めていた。
死んだ魚よりも光を失った目で、船室の天井を見上げずにはいられないドナシアンの隣には、姫が”ピッタリと”膝がくっつかんばかりに座っている。
それもそのはず、ドナシアンは扉の前で誓ってしまったのだから。
姫を城へと連れて帰り自分の王妃とすることを、そしていかなる困難があろうと姫を永久に愛することを……
そのうえ、ドナシアンがその誓いを一生涯守り抜くことを見届けるために、あの2羽の青い鳥もお目付け役として、姫に同行すると……
今頃きっと、青い鳥たちは船の帆先にでも止まり、自分たちの羽根色のごとき、海の青と空の青を眺めているに違いない……
姫が隣にいるにもかかわらず、ドナシアンは頭を抱えた。
なんということになってしまったのか。
早まった。
ちゃんと姫の顔を見てから、決めれば良かった。
そうしておけば、あの館から大急ぎで”脱出”していたものを。
そもそも、ラポルトが”嘘偽りの伝説”が今日までに語り継がれてきた可能性を示唆していた時に、私はきちんと耳を傾けるべきであったのだ。
しかし、なぜだ?
なぜ、あの青い鳥たち含め、壁の絵の鳥たちまでもが、真実とは真逆のことを示し合わせたかのようにさえずっていたのであろうか?
鳥たちと私たち人間の大半とでは、美的感覚が相当に異なっているのか?
やはり、これはやはり、禍々しい悪意を持った人ならざる者が仕掛けていた罠であったとしか思えない。
私はその罠に、まんまとかかってしまったのだ。
私の人生は、もう終わったも同然だ……生きながらにして死んでいるも同然だ…………
と、散々に、自身の傍らの”醜い姫”を疎ましく……というよりも、その顔を直視するのすら恐ろし過ぎる姫とともに、これからの人生を歩んでいくことになる自身の運命を呪うドナシアン。
しかし、生来のドナシアンは、人の外見など自分の力でどうすることもできないことを、侮蔑したり、中傷したり、差別したりするような人間ではない。
頭は決して良くはないが、純真そのものな人の良さと育ちの良さは、ドナシアンの美徳であった。
伝説の姫が自分好み(?)の外見ではなかっただけなら、ドナシアンは自分の運命を呪えど、これほどまで目から光を消失させはしなかったであろう。
そう、姫はその性格や立ち振る舞いまでもが、ドナシアン好みではなかったというか、ドナシアンがあまり得意ではないタイプであったのだ。
やたらとグイグイくる。
メリザンドをはじめとし、ドナシアンが今までに触れ合った貴族の娘たちは皆、控えめで落ち着いた性質の者が多数であった。
しかし、この姫は、何と言えばいいのか……”この私を拒む男などこの世に存在するわけないわ”と言わんばかりに、ドナシアンへの距離を、”恋愛の様々な手順”をすっ飛ばし縮めてこようとするのだ。
狙った獲物は逃がさない肉食動物のように。
いや、まるでダイレクトに雄の精子を求める雌のように。
「殿下、どうかなさいましたの? 私、少し船に酔ってしまったみたいですの。介抱してくださりませんこと?」
姫の口からは、牛の乳を腐らせたような臭いと、ガマガエルの鳴き声をさらに潰したような声が発される。
思わず鼻を押さえてしまいそうになったドナシアンではあったも、なんとかこらえて姫へと言葉を絞り出す。
「……す、す、少し横になっていたら、いかがですか? 後ほど飲物でも持ってこさせますので…………」
「まあ、鈍い方ですのね。私は殿下に介抱していただきたいのですわ。そう、殿下の胸の中で、甘く酔い続けたいのです」
「い、いえ、そのようなことは……」
「男性ならではの生理を我慢する必要などありませんわ。本当は今すぐにでも私を抱き寄せ押し倒したいのでございましょう?」
”いいや、本当は今すぐでも、私はここから逃げ出したいのだ”という口先まで出かかった言葉を喉の奥に沈めたドナシアンは、この窮地を切り抜けるための別の言葉を必死で探す。
「姫……”私たちのこと”は、城にお連れしてから、きちんと話し合うことといたしましよう」
そう言ったドナシアンの脳内では、父と母、つまりは国王陛下と女王陛下が、自分のこの後始末をしてくれている都合のいい物語が描かれ始めた。
姫に適当な金を握らせて、”この話は一切なかったことに”と超ハッピーエンドで集結する、責任感皆無のいろいろ甘いにもほどがある物語が……
「殿下、私を美しいとお思いになりませんこと? 美の女神ですら、私の美しさにはきっと敵いませんわ。あの山に棲んでいた精霊とて、私のこの美しさに『誰にも見せぬ、誰にも触れさせぬ』と私の肉体の時を止め、長き眠りへといざなってしまったのですから」
ニタニタ~ッと、悪魔級に邪悪な笑みを見せる姫。
信じられないことに、この姫は自分が美しいと思っているのだ!
自分の美しさなるものに、微塵の疑いも抱いていない!
ついに鼻を押さえてしまったドナシアンは、ふと思い出す。
もしかしたら、この姫は外見にも何かの呪いをかけられているのでは……?
確か、伝承されている”眠り姫”の物語においては、眠り姫は王子からの接吻で目覚める。しかし、実際は王子からの性行為によって、眠り姫は長き眠りから目覚めたのではという考察の文献もあると、確か以前にメリザンドが話していた。
まさか、この姫は……”自身が自他ともに認める絶世の美女であると信じて疑わない言動を見せている姫”は、長き眠りからは接吻なしで目覚めたも、その身に呪いが残留しているままではないか?
そして、王子からの”性行為”によって、その呪いが解けるのではないであろうか?
それなら……!
ドナシアンは決意した。
ただいまより自らを懸命に”奮い勃たせ”、この姫と褥を共にすることを!
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